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カンシと海鳥は人魚と相対しても安全だと思ったのだろう。いつの間にか大海と夜凪の近く立ち人魚を観察していた。大海は海にいる人魚を水の檻に閉じ込め前後左右、四方八方に振り回し遊んでいる。いや、無力化している。
カンシと海鳥が近くに来たのを確認した夜凪はずっと思っていた疑問を口にする。
「人魚って肺呼吸?エラ呼吸?」
夜凪の疑問に場に沈黙が落ちる。
「え、カンシも海鳥も知らないの?いつもあんなに魔獣について講釈垂れるのに?」
海鳥が気まづげに言う。
「一応、人魚は上半身が人型のため括りとして魔人です。そんな魔人が群れで人間には不利な海中で戦うんです。研究が進められないのも無理はないですよ。」
カンシが説明を追加する。
「それに、魔人は滅多に発生しないので人魚というのは本当に珍しいんです。人魚伝説が残るほどに。」
夜凪は考える。
「……なら、この魚生け捕りにする?それか殺す?解体して肉が残れば魔獣、消えたら魔人ってことでしょ?」
またもや場に沈黙が落ちる。
「確かに、人魚は殺したことはあるけど最後まで見届けたことはなかったな」
大海が夜凪に賛同するように声をこぼす。
「マーメイドン。私人魚飼いたい。」
「勿論良いとも。」
その言葉を理解したのかしてないのか、人魚の喉が大きく震えた。特A級能力者2人の視線が甲板に打ち上げられ無様に転がる人魚へ向けられる。
人魚の喉からはキュイ、と甲高い音が漏れる。次の瞬間、甲板に打ち上げられていた人魚の口が、不自然なほど大きく開いた。
歌。
先ほどまでの甘美な旋律とは違う。鋭く割れるような高音。音というより衝撃に近い。
だが、その声は、夜凪の耳には届かない。空気はすでに彼女の掌中にあった。音が生まれた瞬間、振動の進路は歪められ、反転し、霧散する。人魚の叫びは、意味を成す前に消えた。
「大丈夫、優しくするから。」
夜凪は淡々と呟く。甲板の人魚は、混乱したように身をよじる。鰭が甲板を叩き、爪が金属を引っ掻く。魔力が不規則に噴き上がり必死に逃げようと藻掻く。
その様子を、大海は興味深そうに眺めていた。
「どうだい、満月さん。下半身は美味しいと思うかいな?」
「うん。歌に全振り。身体能力は低め。魔力は多いけど制御が雑。ドンの言う通り群れないと何もできないタイプだった。下半身はモチーフの魚の味がしそう。」
「いい判断だ。素晴らしい。」
大海は満足そうに頷く。その背後で、海が再びざわめいた。いつの間にか大海の水の檻にから人魚は抜け出していた。人魚たちは円を描くように広がり始める。歌声と魔力の波が重なり、海面がざわつく。
だが、それ以上は何も起きなかった。人魚たちの円陣が完成する前に、海が止まった。
大海が指を一度、軽く動かしただけだった。
波は凪いで水面下の流れまで固定される。人魚たちは泳ぐことも沈むこともできず、宙に浮いた魚のようにその場で身を震わせた。
「一般人が人魚に合えば運が悪かった、で死んで済む話だが」
大海は穏やかな声で言う。
「特A級に出会ったなら、伝説も幻滅されるだけさ。」
夜凪も特に気負う様子はない。歌声はすでに意味を失い、空気は完全に掌握下にある。
「確かに、もっと面白いと思ってたけどあんまり。」
夜凪が指先を払う。1匹ずつ小分けに空気を圧縮し見えない膜を張り檻を形成する。
「これは?」
大海が問う。
「空気を操った応用」
「そうか、本当に満月さんは素晴らしい。その歳でこれだけ能力を拡張できるとは。」
その檻を大海は拾う。人魚たちは檻ごと水流に掬われて甲板へ運ばれる。
縄も鎖も必要ない。
空気の膜が檻の代わりになり、身動き一つ取れない。
「……捕獲、完了?」
海鳥が間の抜けた声で言う。
「…ええ、呆気ないですね。」
カンシは淡々と頷いた。
甲板には、12体の人魚が転がっている。
美しい顔、魚の顔、人魚混じりの顔。だが今はどれも同じ、無力なモルモットだ。
夜凪はその一体を見下ろし、首を傾げる。
「ほんとに、人魚ってだけで怖がられてるんだね」
「伝承は大抵、弱者側の視点で作られるからね」
大海はどこか楽しそうに言った。
「さあ。生け捕りはできた。あとは順番に調べようか」
海は静かだった。嵐も、歌も、恐怖も、最初から存在しなかったかのように。特A級能力者にとって、人魚はただの禍種。それ以上でも、それ以下でもなかった。
七角龍の遺物の真上到着まで残り約3時間。




