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夜凪はカンシと無駄口を叩きながらも、空を飛ぶ魔物や魔獣を駆除していた。
魔獣と魔物の総称を禍種と呼ぶ。
魔物は体が魔力で構成されているため、殺せば崩壊する。しかし魔獣は違う。死んでも形が残り、空中で倒せば落下した死体そのものが二次災害になる。
だから夜凪は考えながら殺す。魔法で消し、異能で爆散させ、細切れにする。どれも落とさないための選択だった。
その様子を横目に、カンシは宙を飛ぶ禍種を解析している。既存か、新種か。データを拾い、スマホとパソコンを併用して情報を送信する先は、政府直属の特殊部隊――特務異能対策本部(SAB)傘下の情報収集・避難所運営部隊NATSだ。
解析と報告。それがカンシの役割だった。役割だと、何度も自分に言い聞かせる。
目的地へ近づくにつれ、夜凪の口数は減っていった。眉間の皺が深くなり、代わりに魔物と魔獣の数が増えていく。
夜凪は強い。魔力量も異能も群を抜いている。どちらかが使えなくなっても、もう一方がある。だが、集中力だけは別だ。力を扱うために不可欠で、消耗すれば確実に死に近づく。だからこそ、カンシは彼女の体調を気にかけている。
「世はまさに大戦争時代、なんつって。カンシ、魔力すっからかん。あとは全部異能で対処するね」
夜凪へカンシの一瞥が投げられる。返事は帰ってこない。代わりに聞こえたのは、カンシの大きな舌打ちと、電話口へ向けた怒声だった。
夜凪はそれを確認すると何も問題ないと判断した。夜凪の気だるげに伏せられていた黄金の瞳が、惜しげもなく晒される。
灰色の空を切り裂く轟音。眼下に広がる街は、もはや都市ではなかった。魔力の生き物に覆われた、大地だった。翼を持つ魔物が空を舞い、雲のように密集して渦を作る。港湾では水面から魔物が跳ね上がり、倉庫やクレーンを破壊している。地上では、瓦礫を踏み潰しながら群れが進み、人々の逃げ場を奪っていた。
空と海と地面。すべてが禍種で繋がり、都市の輪郭は溶けていた。
夜凪が切り開いた道を、ヘリが全速で縫うように進む。
やがて目的地――大規模ホームセンター上空へ到達した。
逃げ惑う人々。それを追い、殺す禍種の群れ。現地にいた能力者たちが力を合わせ、必死に抵抗しているのが見える。
一目で分かる。死傷者は、数え切れない。
今この瞬間にも、増えている。
夜凪は地上から視線を逸らし、カンシを見る。カンシもまた、夜凪を見ていた。
カンシは電話から耳を離し、夜凪へ声をかける。
「この施設は、戦場最前線の安息地です。他の特付きが来るまで、持ちこたえてください」
夜凪にとってカンシの言葉は冷静に見えた。
「私も降り次第、指示を出します。……貴方が死ねば、私も死にます。言ってる意味は分かりますね?」
「勿論」
「国家認定特A級異能者、御月 夜凪。魔乱収束のため自己判断による能力の全面行使を許可する。禍種を殲滅しなさい。」
「かしこまりました監視官様。全ては安寧な休日のために。」
夜凪はカンシの言葉へ恭しく頭を下げると静かな足取りで、ヘリのドアから空へと飛び出す。その背中を見送った瞬間、カンシの顔から血の気が引いた。冷や汗が止まらない。
いつものことだ。
それでも、慣れはしない。
「新月殿、大丈夫ですか?」
操縦士の声に、掠れた返事を返す。
「……ええ」
大丈夫なわけがない。空を埋め尽くす魔物。
死地へ躊躇なく飛び降りる少女。国のために死ねと、そう命じている自分。全てが恐ろしい。
臆病なカンシはいつだって魔物に脅え、魔獣に脅え、自分や大切な人が死ぬことに怯え、夜凪が死ぬことに怯えている。
そんなカンシは夜凪が死なないように健康でいられるようにのびのびと成長できるように常に全力を尽くしていた。
夜凪からの定期報告が届く度に安堵の息を吐き胸を撫で下ろす。怪我をしている姿を見る度に悲鳴を上げては夜凪に笑われている。カンシはどこまでも平凡で平均的な凡人だった。
ヘリから飛び降りたヨナは落下中も目に付いた魔物、魔獣を殺してゆく。
重たい風が髪をゆらす。遠くで魔物の咆哮が重なり、都市全体が震えるようだ。
夜凪は考える。任務は禍種の殲滅。人間は見殺しにするか、邪魔だから禍種と共に纏めて殺すか、助けるか…。まだ施設外にも人間がいるから皆殺しも見殺しも論外、ニュースになってしまう。なら、助ける一択。
思考は一瞬だった
夜凪はホームセンター上空へ滞空しながら施設外にいる人間を次々と浮かせていく。
人々からは何が起こったのか分からず悲鳴が聞こえる。
時間にして5秒、人間だけを持ち上げることに集中する。数は100人以上。魔乱発生から時間が経っているが意外と多くの人が屋外で行動していた。
今回の魔乱発生は沿岸部だと聞いていたからこそ、ここまで逃げきれたのだろうか。いや、それもあるだろうがランク持ちが避難誘導と救援活動をしていたのか。現場は混乱状態でまともな連携が取れてないとカンシから聞いていたがそうではないみたいだ。
夜凪は上空から眼下を見下ろしこちらに向かってくる何かを発見する。それは魔物を施設へ引き付けながら一直線に走ってくる車4台だった。窓からは能力者が魔物に攻撃している様子が伺える。
わざと禍種を率いてるのか何かを運んでいるのか夜凪にはかわからないが禍種にぶつかり轢き殺しながら進む車の大胆さに思わず笑ってしまう。車の中からは魔力と異能者特有のオーラが僅かに感じられる。魔術師と異能者がそれぞれ車へ乗っているようだ。その車達もついでに上空へと浮かばせる。
夜凪は認識できる範囲の人間を全て上空に浮かせると眼下へ広がる魔獣、魔物をしっかり意識しながら手を広げる。そして、
「では、皆さん。お命を拝借…よぉ〜お。」
パンッ。
次の瞬間
夜凪の見渡せる範囲から人間以外の動いている生物は消えた。
ただの手拍子一拍。
それだけで魔物の体は瞬間的にに霧散し魔獣は悲鳴をあげる隙もなく地に倒れ伏す。
魔物の黒い体皮が砕け、ボロボロと灰のように空間へ溶ける。
残ったのは見るも無惨な魔獣の死体だけ。
3分とたたず夜凪は大規模ホームセンター、戦場最前線の避難所を禍種どもから奪還する。そして、夜凪は思い出したように浮かせた人を地面にゆっくりと下ろしていく。少し遠くではヘリから着地したカンシが夜凪を眺めていた。表情は伺いしれない。些か顔色が悪いかもしれないそう感じながら夜凪はカンシへとインカムを繋げる。
「カンシ、奪還完了。顔色悪いよ大丈夫?次はどうする?」
夜凪はカンシへと問いかけながらも上空を飛んでいる禍種を全て異能を使用し殺していく。空にはぽっかりと穴が空き光がさしている。
カンシはその光を感じながら今が昼時だと言うことを思い出していた。
「…あ、ああ。はい。ありがとう、ございます。」
夜凪は疲労を感じさせずいつも通りの音色で話し、いつも通り恐ろしく美しい。いつもと違うのは気だるげに伏せられていた眼が常人の様にしっかりと開き黄金の瞳を惜しげも無く晒している。光を反射した瞳がキラキラと虹色に煌めく様を直視したカンシは思わず目眩がした。
ああ、いっそのこと気絶してしまいたい……
カンシは心配するのが馬鹿らしくなるほど夜凪の化け物ぷりを今日、再認識したのだった。
「まずは外にいる人達から話を聞きます。貴方は施設内に禍種がいないか確認してください」
「いえす、ぼす」
そしてカンシは夜凪に降ろされた人達に向き合うのだ。ご丁寧に夜凪はカンシが話を聞くのがわかっていたのかすぐ近くに全員下ろしている。




