17
カンシと海鳥は顔を見合わせ、無言のまま船内へ引っ込んでいった。
カンシは海鳥について行き船内を進む。どうやらこの高速船、最初から魔獣を食べる前提で動いていたらしい。調味料も器具も揃っている。現場慣れしすぎだ。
甲板には、拘束されたままのトビウオ型魔獣が五体。
まだ生きているらしく、銀色の鱗がかすかに震え、喉の奥からギィギィと濁った音を立てている。魚というより、何か別の生き物のようだ。
「満月さん、怖がらなくていい。私に全て任せなさい。」
大海は袖をまくり、夜凪の横に立つ。声は低く、ゆっくりしている。
「魔獣だが、構造は魚に近い。刃を入れる位置を間違えなければ暴れないさ。これから捌くのはただのちょっと大きいトビウオと思いなさい。」
そう言って、トビウオを指さし上に向ける。
水が、彼の指の動きに合わせて自然に形を変え、魔獣の身体を空中に固定した。
「まずは鱗取りだ。鱗を流れに逆らうように取れるかい?」
「イェス、ドン。」
夜凪は言われた通りに鱗を取る。頭側から一斉に鱗が逆立ち剥がれていく。剥がされた鱗は半透明で鈍い光を放っている。
「流石だ、上手にできている。…鱗に触ってはいけない。海中の禍種は鱗や鰭が鋭いから簡単に指を持っていかれるぞ。」
魔獣の鱗に手を伸ばす夜凪にすかさず大海は注意する。
「わかった」
「いい子だ。」
素直に頷いた夜凪を褒めると大海は鱗の取れたトビウオを水で洗い流し甲板に置く。
「つぎに腹側の頭から尾に向けて開いてくれ。内臓は傷つけないように。」
夜凪はどこから開くか一瞬だけ躊躇するも言われた通りに異能で切り込みを入れる。
魚の体は獣よりも柔らかい。魔獣とて変わらないようだ。トビウオの肉は異様に弾力があり、ぬるりとした抵抗がある。
「……変な感触」
「最初は皆そう言う。そのうち慣れるさ。満月さんは魔獣を食べたことはあるかな?人を食べてない魔獣の肉は高級品だから今回は味わうと良い。絶品だぞ。…そう、ゆっくりと包むように内臓を取るんだ。引きちぎらないように。次は尾から頭に向けて切り込みを入れなさい。」
「…なんで食べてないってわかるの?」
「ここには私達しかいない。私がそうと言えばそうなるんだよ。わかるだろう?」
大海は夜凪に顔を向ける。真顔だ。瞳には温厚な光など少しもなく何の感情も写していない。
「うん。でも私、人食べたやつは食べたくない。」
本当は夜凪はこのトビウオが人を食べてようが食べていまいがどうだっていい。だがカンシは気にするはずだ。だから人を食べた可能性のある物はなるべくカンシに出したくなかった。きっとカンシは罪悪感で胃に穴を開ける。
「ふーむ……なるほど。なら、このワタ、内臓を開けばいい。そうすれば食べたかどうかわかるはずさ。」
そういうと大海は抜き取ったワタを水で切り開く。トビウオの胃からはボタボタと赤い血と肉が落ちる。カランと金属片が落ちた。夜凪が金属片を異能で持ち上げ確認するとそれは時計だった。
「あぁ、残念だったね。これはハズレだったみたいだ。ハズレは私と海鳥で食べよう。さあ、続きだ。腹びれの付け根の骨をおさえ、身を引っ張りなさい。腹びれと骨が抜ける。…そう、上手だ。良くでいている。」
大海はちっとも残念とは思ってい無さそうな態度で言った。指示を出し夜凪が失敗せず捌くとすかさず褒める。初めの頃と態度はちっとも変わらない。大海は誰にでも紳士的な態度だ。
「マーメイドンは人食べた魔獣を食べるのってキモくないの?」
「……牛も魚も豚も人間もただのタンパク質だろう?タンパク質がタンパク質を吸収しただけだ。特に何も思わんさ。」
「えー、やばぁ。」
「なら、言い換えよう。私は人間は食べてない。私が食べているのはただの美味しい魚だ。美味しい物を美味しく食べたいと思うのは普通だろう?……君もこっち側だと思ったみたいだが随分と人間らしいな。」
「私は情操教育キッチリ仕込まれたから。」
「…そんなものか」
「そんなもんだよ」
「最近の若い子は随分と生きずらそうだな。疲れたなら私のところに来なさい。何よりも優しく、海に還してあげよう。」
「嫌。遠慮しとく。我らが父なる海のマーメイドンは全然優しくないね。」
「それは残念。振られてしまったな。…私が優しいというのは劣等種共が勝手に幻想を押し付けているに過ぎない。みんな勘違いしているが、海は優しくはない。ただ誰にでも平等にあるだけさ。さて、続きだ。皮を剥ぎなさい。」
「怖いね。ドンが人魚ならきっとシャチの人魚だよ。王様でギャングじゃん。」
「ふっ。それはいい。私たちで指定暴力団にでもなるかい?飼い主に噛み付いて国を転覆しよう。」
「次の私の飼い主はドン?いいね、人魚の飼い主欲しかったんだよね。食べ応えありそうだし」
言葉を重ねる度に遠慮が無くなっていく2人の会話。だが当人たちは全く気にせずトビウオを捌くのに集中する。
1度捌いてしまえば姿形はほとんど同じトビウオなど見なくても捌ける。夜凪は残りの4匹を纏めて一瞬にして捌くと中に浮かせたまま固定する。盛り付けるお皿がないのだ。そして一切れ刺身を口に入れる。
「それは人を食べたやつだぞ。」
「あ、あー。んー、次から気をつける!」
「…なぁるほどねぇ。なら、次から気をつけるといい。」
大海は何かに納得したように頷き夜凪を見る。そうして夜凪はいそいそとトビウオの胃を切り開き人が消化されていないか確認する。2匹はただのトビウオのためそれをカンシに渡そう。そう考える。
その頃、船内から軽い足音が戻ってくる。
「塩よし、胡椒よし、ビールよし。あと米も炊けている!」
海鳥の声が明るく響く。カンシは無言だが、皿と炊飯器を抱えている。
「現場で何をしているんですか。あなた方は」
「食事だ。腹が減っては仕事にならん」
海鳥は当然のように言う。大海たちのいる甲板で食事の準備を始める。
「絶対溢れますよ」
「大海殿は水を操る。なら醤油もポン酢も汁物だって操れる。溢れる心配はないさ!」
この不気味な海の上で、これから潜る深海の前に彼らは魔獣を捌き火を起こし食事を取る。




