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人権なし異能者  作者: 緋鯉
海 大海
18/44

16

港に装甲車両が滑り込むと、夜凪の目には異様な景色が映った。

岸に近い水面は血の赤に染まり、人や魔獣の死骸が浮いている。それを捕食する禍種。漂う臭いに鉄の香りが混じっている。水面下では黒い影が蠢き、何かが確実に潜んでいる。

遠くに行くほど海は深い青に変わり、濃青の海底では未知の何かがゆらゆらと揺れている。これだけ異様な雰囲気なのに驚くほどに静寂である。カンシはこの海の異様さに息を呑む。


港の桟橋には、男がいた。群青のスーツに身を包んだ長身の男。年齢は60近いが、筋肉は衰えず、肩幅は広い。腕には使い込まれた時計。短髪に無精髭で険しい顔立ちだが、テレビで顔出ししており国民人気は高い。瞳は温厚で柔らかい光をたたえている。

能力者名は大海。渾名はマーメイドン、我らが大海、父なる海である。マーメイドンはもっぱら特付きの中だけでの渾名だが。特A級能力者というカードを全面にきって外交から治安維持まで幅広く行うエリートだ。異能は水操作。海に出せばマーメイドンの無双である。

現に夜凪達が乗り込む高速船周囲の海のみ円球にぽっかりと綺麗である。海は真っ青で血も禍種も何もない。


「満月さん、ようこそ」


大海が夜凪を見て低く穏やかに声をかける。口調には重みがある。大海の後ろでは専属監視官である海鳥が頭を下げている。


「お疲れ様です、ドン。」


夜凪は軽く会釈。


「今回の任務は日本近海の太平洋の水域に潜り、七角龍の遺物を回収することだ。船で遺物の真上まで移動した後、私の力で海中へ潜る。沖合は未知の大物が潜んでいる可能性が高い。心してかかるように。」


「はい」


夜凪は視線を海に落とす。岸近くの赤い水面に漂う影。遠くの海は濃青に揺れ、不気味な影がチラついている。


「なに、そんなに緊張しなさんな。君は私が護るさ。港は現状無人だが、魔獣の第二波も想定して行動するぞ」


夜凪はカンシをチラと見る。海の中では守り切れるだろうか。夜凪の得意分野はもっぱら空中戦である。地上や空中であれば感知したもの全ても操ることができるが、海ノ中は水で満たされていて地上とは感覚が違う。こんなことなら真面目に海中戦を学んでおけばよかったと後悔する。拳を軽く握り、静かに息を吐く。海の匂いと、血の赤、濃青の水面が彼女の緊張感を高める。それにカンシを守る以前に夜凪は泳げないのだ。着衣水泳などできるはずもない。溺れたらどうしようという心配が頭をよぎる。


夜凪は装備を確認して甲板に一歩を踏み出す。濡れた船床が足元で軋む。風に混じって潮の匂いが鼻を突く。

船はもうすぐ港を離れる。今回、高速船を操縦士するのはここまで装甲車を走らせた高位異能対応部(HAB)の隊員の1人瀬呂里である。


大海は先導するように緊張もなくどっしりとした歩みで座席へと向かう。その後に専属監視官である海鳥とカンシが続く。歩みの遅い夜凪へカンシが眉を顰め声をかける。


「満月様、さっさと進んでください。」


こ、このカンシ。なんてうざったらしい顔!人の気も知らないで。私が守ってやろうと心配してたのに!


夜凪は少しムッとした表情をしながらもズカズカとカンシを追い越し進む。勿論、カンシは夜凪が泳げないこと、海中戦が苦手なこと、己を守ることが出来るか不安に思っていることなど全て知っている。知っていて夜凪が余計な心配をしないような態度をとっているのである。


船はゆっくりと港を離れ、赤と青の不気味な海へと滑り出す。

夜凪と大海の任務は、今まさに、未知と恐怖に満ちた海の中で始まろうとしていた。



船は赤と青の不気味な海を滑るように進む。岸に近い血の海面では、漂う魔獣や死骸が揺れ、腐敗の匂いが鼻腔を刺す。港から離れるにつれ、水面は深青に変わり、沈んだ影が揺れる。海底で何が蠢いているのか、視覚だけではとても把握できない。


「満月さん、警戒は怠らないように」


大海の低く温厚な声が耳に届く。高速船の周囲の水は穏やかに青く澄み、異様なほど安全そうに見える。しかしその青の下には未知が潜んでいることを知っている。夜凪は頷くと得更意識して海中へと異能力を広げ魔力や異能、生命エネルギーなどを知覚していく。海中の中は数え切れないほどの禍種が高速でうじゃうじゃと蠢いていた。まるでマンホールの中のゴキブリ。


そのゴキブリよりも数いる魚型禍種の群れは何度もこの船に体当たりをしていた。だが全て大海の能力によって船に近づく前に防がれる。

すると、遠くの水面下から突然、銀色の魚群が弾丸のように飛び出した。銀色に輝く鰭がギラギラと鈍い色を放つ。飛距離が長い。水しぶきが甲板に飛び散る。魚たち、いや、魚型の禍種は異常な速度で弧を描きながら船へと体当たりするために飛んでくる。


「うっ、わ!」


夜凪はビクッと驚き空飛ぶ魚型の禍種を全て切り刻む。来るとわかっていても驚くものは驚くのである。

そこに海鳥が声をあげる。


「満月様、参考のために数匹、確保できますかな?」


「そんな無茶な」


そう言いながらも夜凪は空を滑空してくる5匹を捕まえ残りを駆除していく。甲板に禍種を下ろす。


体調は60cm程。殺しても消えないことから魔物ではなく魔獣であることがわかる。


「私、トビウオの魔獣って初めて見た。」


呟く夜凪の隣で海鳥が歓声を上げる。


「生け捕りにできるとはなんて素晴らしい力だ!大海殿、これを持ち帰るぞ!」


「いや、この場で捌いて食べよう。満月さん、これを捌けるかい?」


「捌き方がわからないです。」


「なるほど。なら私が指示するからその通りに切込みを入れてくれ。なに、これも訓練と思いなさい。」


「…マーメイドンの仰せの通りに」


大海に指示された夜凪は渋々その命令に従う。カンシは海鳥に連れられて船内へと入っていく。




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