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避難所内には人々の話し声、生活音など雑多な音が聞こえ最初の頃よりも活気に満ちた穏やかな空気が漂っている。
その端、人々の中心から離れた所に特A級三人は固まっていた。
特A級三人は相変わらず自由そのものだ。遮那王は簡易テーブルに向かい、ノートパソコンで淡々と報告書を作成している。画面に集中する目は真剣で周囲の雑音には完全に無関心である。指先の動きは正確かつ規則的だ。
慈悲王は椅子にゴロリと横たわり、軽く歌を口ずさみながら気ままに体を伸ばす。手元には何もなく、完全にリラックスした姿勢。避難所の騒がしさも、秩序立った人々の動きも気にならないようだ。
夜凪はスマホから音楽を流しながら今回の報告を打ち込んでいる。Wordは正義。わかんだね。
専属監視官達はパソコンをカタカタと動かし誰かへと絶えず電話をかけ、紙になにか書き込み大忙しだ。
ゆる〜い雰囲気で各々が自由に行動していた。
遠くから低いエンジン音が聞こえてくる。だんだんと近づき建物の目の前で止まると武装した隊員が続々と建物内へと入ってくる。
隊員たちの足音、装備の金属音が徐々に近づき、避難所内は緊張と安堵の空気が漂う。
避難所内の安全を確認したのだろう、 武装兵の次には黒光りする装甲車両が滑り込み、乗車していた隊員たちが地面に降り立つ。
全員が無言で整列し、リーダーの指示に従う様子は完璧でちょっとかっこいいと夜凪は思う。
重厚な装備と理路整然とした動きが、避難所の空気を一気に引き締める。しかし、特A級三人は相変わらず自由そのものだ。遮那王はパソコンの画面に向かい兵達へ一切関心を向けず、慈悲王は椅子でゴロゴロ歌い、夜凪は音楽を聴きながらやってきた武装兵たちを見ている。カンシはすぐさま指示を出している指揮官の元へと向かった。
カンシは整列した隊員たちの前に歩み寄り、指揮官に一礼する。
「特務異能対策本部司令官殿、お久しぶりです。特A級能力者満月付き専属監視官新月より現場の引き継ぎに参りました。」
司令官は背筋を伸ばし、挨拶を返す。
「久しぶりですね、新月さん。相変わらずお元気そうで。」
指揮官は苦笑いを浮かべている。相性の悪い特A級能力者が集まっていることからカンシの苦労は想像に難くないのだろう。
カンシは報告書を取り出す前に口頭で状況を簡潔に伝える。
「ええ、まあ。ありがとうございます。現場の状況は送付した報告書通りです。避難所内の物資配布、救護体制、避難者の動線は全て報告通りに。建物内の禍種は駆除住みです。また、結界と崩壊箇所の再確認をお願いしますね。」
さらに、特A級三名の動向と行動予定も説明する。それに司令官は短く頷き、SASとHABの隊員たちに号令をかける。
「了解。報告感謝します。現場の統制は我々が掌握します。以降、状況報告は逐次お願いします。」
その言葉を聞いたカンシは最後に一礼して引き継ぎを完了させる。
「はい、かしこまりました。」
整然としたSAS・HABの隊列は動き出し、避難所内の巡回や物資の接地、マツガタ達ランク持ちから仕事引き継ぎを行う。
夜凪はカンシの指示を受け、次の任務へと移動するためSASの装甲車両へと向かう。
「では、行きます」
夜凪はカンシの言葉に軽く頷く。遮那王はパソコンを閉じ、夜凪へと手を振る。
「またな。無理はするな。」
慈悲王も椅子からゆるりと立ち上がり、にこやかに手を振る。
「気をつけてくださいね、満月ちゃん。ここで退屈しながら無事を祈ってます。」
夜凪もばいばーいと軽く手を振り返す。
「ありがと。遮那と慈悲と気をつけてね。」
こうして三人は互いにゆるやかな別れの挨拶を交わし、それぞれの任務地へと散っていった。
夜凪は後部座席に腰を下ろし、装甲車両のシートにもたれる。運転手がちらりと振り返り、口を開く。
「満月様、お久しぶりです」
「はい」
夜凪は軽く頷くだけで返す。運転手は少し皮肉混じりに笑う。
「おや、俺のことは忘れましたか?半年前、満月様に治療ミスで腕折られた瀬呂理です」
「?あっ、あー。その節はすみません」
夜凪は少し顔を背けるようにしてあたかも思い出したような声を出し言葉を返す。全く覚えていないのだろう。横に座るカンシが口を挟む。
「あまり特A級能力者を虐めないで貰えますか?次の任務に差し障りますので。」
運転手は肩を揺らして大笑いする。
「がはは!虐めてませんよ!今回は感謝したくて運転手を代わってもらったんです。腕を折られたことはむしろ気付け薬にちょうど良かった!あの傷じゃ、絶対に助からないと思ってましたから。最後に汚い花火でも上げようかと思ってたんです」
夜凪は運転手の言葉を聞いているのかいないのか窓の外を眺めている。運転手はそれを気にせずミラー越しに真剣な目で夜凪を見て、笑みを浮かべる。
「だから、感謝したかったんです。俺たちは誰も欠けることなくうちへ帰ることができた。特A級能力者 満月様。私と部下の命を助けていただき本当にありがとうございました。」
「…どう致しまして。」
運転手は再び前方へ視線を戻し、ニヤリと笑う。
「じゃあ、ここからはスピードあげます。頭をぶつけないように注意して下さーい。」
そういうと運転手は猛スピードで装甲車を走らせた。




