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いつのまに眠ったのか、覚醒した夜凪は瞼をゆっくり開ける。周囲は明るい。どうやら夜は開けているようだ。
頭の芯に異能力を使いすぎたことによる疲労感が残っている。昨日の戦場の記憶が断片的に浮かんでは消える。夜凪が外に出ると太陽は真上に来ていた。どうやら眠りすぎてしまったらしい。建物内には避難民が各々自由行動をしている。中心ではランク持ちが声を張っている。秩序は取れているよう。辺りを見渡すも慈悲王と遮那王は見当たらない。後ろからカンシの近づく気配がする。夜凪はカンシに声をかける。
「かわりは?」
「ありません。」
「始末書は?」
「早起きして終わらせました。」
夜更かししないのが実にカンシらしい。短いやり取りの中、夜凪は異能力を外へと伸ばし近くに禍種がいないか確認する。
「禍種は?」
「中心部を慈悲王が、経路を遮那王が確保しに行きました。今で5時間程になります。」
「…長いね。」
「ええ、SABからの報告によれば魔乱の第一波は落ち着いついているらしいので後は残党狩りと言った所でしょうか。昨日のうちに貴方たちが暴れたおかげでだいぶ減りました。支援部隊は今日の夕方までには物資と共にこちらに着くそうですよ。」
「わかった。来るのはどうせ公安でしょ?」
「ええ。それと自衛隊も支援しにくるそうですよ。今回は規模が大きくかなりの数の団体が動きます。ここで特付きが勝手に動けば色々な場所に迷惑だし責任問題が生じます。なので夜凪は私の指示を遵守するように。」
「サーイエッサー。じゃあ、いつ出発する?」
カンシから釘を刺された夜凪は面倒くさそうに返事をし、昨日メールで届いた任務を思い出しカンシへ岀立を問う。
「SABが到着しだい行きましょうか。ここには慈悲王が残ります。貴方はここに結界を貼り出立準備を進めてください。…ああ、ご飯は適当に食べなさい。」
「わかった。」
カンシは夜凪の顔をじっと見て言葉を放つ。夜凪の返事と顔色に体調に問題ないと判断したのだろう。他の専属監視官の方へと歩いていった。
夜凪はポケットから通信端末を取り出し目を落とす。昨日送られてきたメールを開く。そこには青白い文字が浮かび、任務内容が簡潔に示されていた。
――七角龍の遺物を回収せよ。
つまり、次の任務地は海になるのか。海、泳げないんだよなぁ。
夜凪はこの避難所を離れるための準備を行う。まずは安全確保だ。
夜凪はきちんとした結界を張るため、避難所の中を徒歩で1周し印をつける場所に当たりをつける。1周後、当たりをつけた建物の端っこに向かう。そして深呼吸。短剣を手に取るり握りしめる。短剣をひいて手の平を切り床に血を垂らす。この垂れた血液は、魔術構築の印として使われるのだ。その後別の場所に向かい長い髪の毛の毛先をほんの数センチ切り落とす。建物の四方八方を歩きながら、夜凪は髪の毛や血液を床や柱、壁の隅に配置していく。ひとつひとつの印は慎重に、無駄のない位置に置かれる。
「ここ広すぎ。」
小さく呟く。印を置くたびに指先から微かな光が滲む。光はすぐに消えるが、その痕跡は空間に魔術の力を潜ませている。全ての印を置き終えると夜凪は中央に立ち詠唱を始める。ちょうど避難民たちが集まっているフロアの中心部に位置する。
そして歌うように言の葉を紡ぐ。声は微かだが、言霊が空気を震わせ、印に触れる魔力が順番に結びついていく。床や壁に残された血液や髪が、青白い光を帯びて発光する。
「天の赫き御許に在りて、地の深き闇を鎖し此処に在るもの、全ての刻を護らん。血と髪の証を繋ぎ、円環の印に従いて我が意の如く結ばん。護天円環」
最後の言葉を呟くと、印をつなぐ光の糸が空間に広がり、建物全体を包み込むように回転する。壁も柱も床も魔力で覆われ、外部からの侵入や禍種の接触を瞬時に跳ねかえす結界が完成する。その瞬間、夜凪は大きく息をつく。
「はぁ、きつ。」
魔力消費は大きい。全身に倦怠感が現れるも筋力を異能力で補助する。結界の光は次第に穏やかになり、建物を守る防御の力として空間に溶け込んでいった。
夜凪は手を下ろし、結界の安定を確かめるようにゆっくりと視線を建物の四方に巡らせる。発動したのは上級魔術である。
上級魔術とは高い魔力や代償、生贄を伴い緻密な魔力コントロール力と魔術理論を理解し構築するだけの技能が求められる。今回使用した結界は、発動に多大なる魔力が必要になるが地脈のエネルギーを利用しているため一度発動すれば長時間、結界を張り続けられるという優れものだ。これがあればこの建物はしばらく外部の脅威から守られる。
弱点として外側からの物理、魔法攻撃には耐性があるが異能力や内側からの攻撃、または印を消してしまえば結界を破壊できるという点だ。
一応カンシからの命令と避難民を守っているというポーズの為に結界を張っただけのため夜凪としては壊されても構わない。もし内部から壊されても勝手に印を触った者が悪いのである。
結界を張ったことにより避難所出発のための準備がほとんど終わる。あとはご飯を食べSABが到着するのを待つだけである。




