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避難所端。避難民とは少し離れたところに死体が数十体丁寧に並んでいる。慈悲王が動ける避難民たちを使い一纏めに並ばせたのだ。慈悲王は、その中央でしゃがみ込み、女の子が人形遊びでもしているように楽しげな声で言った。
「この子は笑顔が似合うんですよ。ほら、可愛いでしょう?」
死人の頬をぐにっと押し、口角を持ち上げて笑わせる。横では別の死体の腕を組ませる。
「上司っぽいポーズ!はい、偉そう〜」
それを見た避難民の中には泣いている者がいる。慈悲王の専属監視官の1人、温情は気分悪そうに顔を歪めて慈悲王を睨んでいる。
「慈悲王様。遺体で遊ばず治療に専念してください。」
「はいはい、わかりましたよ。これでいいでしょう。」
慈悲王立ち上がり重症人の方へ近づくとおざなりに手をふりかざす。すると頭上から緑の光が降り注ぐ。傷口は逆再生可のように塞がる。荒い呼吸をしていた人の呼吸は安らかな寝息に変わる。折れていた骨は音を立てて元の位置に戻り痛みひとつ、傷1つない状態に治ってゆく。
「これで構わないでしょう。温情、寛容。そんなことよりもこれを見てください。腸で蝶結び!なんちゃって。ふふっ。これがっ、っふふ!本当の、ちょう結びっ!で、ですねっ!くふっ!ふふふ!」
夜凪にクビ宣言されたもう一人の専属監視官 寛容は死体で遊ぶ慈悲王が理解できなかった。気持ち悪くてたまら胃の中のものをぶちまける。慈悲王はそれに構わず次の死体に手を伸ばし独語を続ける。
「えーっと……あ、こっちの子は手足が柔らかい。開脚できますよ。死んだばっかりなんですね。」
死人の脚を180度に広げる。
「どうしましょうか。今なら楽しめますね。」
「何を楽しむんだ。」
その声は地獄のそこから響いたかのように存分に憎悪が含まれ重たかった。目尻は吊り上がり憤怒の表情をした遮那王が戻ってくる。その後ろにはいつも通り気怠げな夜凪と気持ち悪そうな、嫌悪したような専属監視官二名。遮那王は慈悲王の顔を見る前に、死体たちの並べられ方が目に入った。笑顔が3体、隣で敬礼してる2体、床にハートマークになるよう配置された4体、組体操みたいに積まれた5体。
慈悲王は振り返って満面の笑み。
「遮那さ─「やめろ」
「まだ作品の紹介もしてないのに。」
「いいからその手を離せ。」
慈悲王は開脚していた死体を抱え直し髪を撫でる。
「こんなに綺麗な髪なのに?触らないのはもったいないですよ。ね?」
死体の顎をぷらんと揺らしながら喋らせる。
「『わたしも遊んでほしい』って。」
遮那王の怒気が膨れ上がる。建物全体が揺れ地震が怒っているかのように錯覚する。慈悲王はさらに口を開く。夜凪は得意ではない結界魔術の維持に尽力する。異能を使うよりも難しいな。なんてくだらないことを考える。
「ねえ、遮那さん。この子たち、生きてた頃より表情豊かですよ?あなたみたいに怒ってばっかりの顔より─「殺すぞ。」
「あっ、怒りました?では笑顔になるように芸を見せてあげましょう。はい、みんな拍手。」
慈悲王は能力を使う。死体たちはそれぞれ手をパンパンと叩き手拍子を繰り返す。避難民達からは悲鳴と嘆きの声があがる。遮那王は一歩踏み出し、地面を割りながら言う。
「その遺体を、今すぐ、元の位置に戻せ。」
慈悲王は死体の頭を撫でながら続ける。
「満月ちゃん、見てください。死体って怒らないし、裏切らないし、静かで素直だし……はぁ、ほんと、かわいい。満月ちゃんも死んだら僕が使ってあげますよ。」
その言い方が声が妙に甘く熱を孕んでいる。遮那王の目が完全に据わっている。
「慈悲王。」
「はい?」
「最後の忠告だ。今すぐ遺体から離れないと──」
「はぁ。わかりました。みなまで言わなくて良いですよ。遮那さん。ですが、最後にこれだけは言わせてください。」
慈悲王は死体の顔を遮那王に向ける。そして光を放つ。それは死体を蘇生するための光ではなく、怪我の回復に使う死体には無意味の回復の光。
「この死体の目をね、ちょっと光らせると……ホラ、イルミネーション♡ハッピーハロウィーン♡♡」
ピカッ。
「あー……もう鬱陶しい。」
夜凪は遮那王の怒りが爆発する直前に能力を遮那王と慈悲王に向けて発動する。夜凪の手が軽く動いた。
次の瞬間、慈悲王と遮那王が外へ吹き飛んだ。側壁をぶち抜きとんでゆく慈悲王と遮那王。音は遅れてやってきた。雷鳴より重く、地殻が折れたような轟音。その音だけでどれだけの威力を込めて2人を弾き飛ばしたのか想像に難くない。遮那王と慈悲王は、抗う間もなく吹き飛ばされた。その軌跡の下で、禍種の群れがまとめて平らに押し潰される。肉が潰れる音はしなかった。大地には円形の静寂が刻まれた。
監視官たちは息を呑む。誰も言葉を繋げられない。吹き飛ばされた遮那王は、重力を調整し、斬撃を地面に叩き込み強引に体勢を立て直した。着地し、凹んだ地面を見て、顔を歪める。底へ響く慈悲王の笑い声。どうやら生きていたらしい。
「わぁあああ!アッハッハッハッハッ!!!」
慈悲王が地上に落下した地点で衝撃波が発生し、魔物数百体がまとめて消える。地形がめくれ、森林が波のように倒れる。
慈悲王は地面に叩きつけられる。肉がえぐれ骨が露出している。足は吹き飛び片足はない。だが瞬きの間になくなっていた足が生え、衝撃で折れたはずの首は音を立てて元の位置に戻り、身体は綺麗に修復していく。
「……あっ、僕いま首折れてました??危ない危ない、死ぬところでした。」
それを視認した瞬間、遮那王は慈悲王を圧し潰す。
「死ね」
「遮那さんが怒るから面白くってついからかいたくなるんです。つまり、遊びが止まらないのは遮那さんのせいです。」
潰された慈悲王はなんて事ないように立ち上がる。死ねば死ぬだけ一時的に身体は頑丈になってゆくのだ。その頑丈さは遮那王の重力操作に抗うほどに。慈悲王の頑丈になった身体は1日死なずにいれば普通の人間程度の脆さに戻る。だが、現状慈悲王を殺す手段は見つかっていない。物理に殺しても細菌を使っても毒を盛っても病でもバラバラにしてコンクリートに閉じ込めて海の底に落としても死なない。慈悲王は幸いなことに人間に協力的だった。どう処分しても生き返り、戻ってくる。拘束しても脱出する。実験体にすればいつの間にか実験体になっているのはこちら側。だから国は慈悲王を道具として使っている。いや、使わされている。ネクロマンサーであり条件付きではあるが死者蘇生という神の御業のごとき力を持つ慈悲王は己を国に使わせている。
遮那王の怒気はさらに増す。
「貴様──ッ!!」
慈悲王は微笑む。そして二人の激突が始まる。周囲の魔獣や人間の死体を操りけしかける慈悲王。重力を操作し時に潰し、叩きつけ慈悲王の体ごとねじ切る遮那王。それでも慈悲王は再生し、死体を操り遊んでいく。悪戯に人間を蘇生しては遮那王に投げて肉盾にし、時間差で過剰回復した禍種を遮那王に突っ込ませて爆発を起こす。遮那王は蘇生された人間を遠くに避難させながら安全を確保し慈悲王を殺すため能力を発動する。禍種より死体より一番危ないのは特A級能力者であるという事実だけが人々の中に印象づけられた。
側壁が吹き飛んだ直後の避難所は、瓦礫と悲鳴と、誰のものとも分からない返り血の匂いが入り混じっていた。夜凪は結界を貼り直し息を整える。専属監視官たちの反応はそれぞれだ。
それを一瞥した夜凪はものすごく面倒くさいという気配を全身から出していた。
「…はぁ。」
ため息を1つ。床に散らばる死体たち、慈悲王が遊び倒して整列したはずの作品群はぐちゃぐちゃになっている。離れたところでは怪我人たちが怯え、震えている。
ヨナは避難民たちの泣き声を聞きながら作業を開始する。指先を軽く動かす。空気が静かに震え、死体がふわりと宙に浮く。散らかった死体たちが次々と元の位置に戻されていく。ハート型に並べられた人達も組体操も敬礼も笑顔も全部、ただの遺体として淡々と並べ直していく。夜凪は死体を並べ追えるとカンシをジトッと見つめて言った。
「……だから、私一人で良いって言ったのに」
次に、吹き飛んだ側壁へ歩く。
夕日と外の暴風が吹き込み、砂埃が舞い上がる。ヨナは掌を壁に向ける。その瞬間、瓦礫が逆再生のように浮かび上がり、亀裂がパズルのように組み合わさり、
破壊された壁が元の形へと戻っていく。結界が外と内を隔て、ようやく避難民たちの悲鳴が遠のく。
「監視官、マツガタ、あと動ける人はランク付きに従ってご飯の準備させて。」
蚊帳の外だったマツガタは急に夜凪に声をかけられて驚いて声を上げる。
「うぇっ!は、はい!」
夜凪は泣きじゃくる子どもの前にしゃがみこむ。目の前の少年は、慈悲王のおざなりな回復の範囲から外れていたのか、腕を押さえて震えている。少年に黙って手をかざし、物理操作で骨、血管、筋繊維などの位置を微調整する。そして治癒魔術を発動する。これで最低限傷は塞いだ。その様子を見ていた子供は涙を引っこめ夜凪を見つめる。下から覗き込まれればフードを付けた意味なんてない。
「動かさないで。動かすとさっきみたいにぐちゃぐちゃになるよ。」
表情を変えずに注意だけする。その言葉に少年は痛みを思い出したのか涙を浮かべる。すると隣にいた親は慌てて頭を下げ感謝を述べる。そして少年が泣かないように抱き抱え口を塞いぐ。まるで少年が泣くことで夜凪の期限を損ねないように、嵐が過ぎ去るのを待っているみたいだ。その様子を見て夜凪は再度ため息を吐く。その後、マツガタが見つけた治癒師3人と共にご飯の用意ができるまで慈悲王の回復の範囲から外れた軽傷の人達の治療を行った。慈悲王が重傷の人だけでも治しておいてくれて心底良かったと思う。
外からはまだ、爆音と悲鳴と木々が折れる音が響いている。遮那王と慈悲王の喧嘩は終わる気配がない。
「温情、鞍馬。あの二人中心部に近い方に投げてるから後で土地の被害状況と禍種の駆除範囲確認しといてね。」




