王太子に婚約破棄されたので、もう内気令嬢の仮面は脱ぎますわ~弟愛と国家の狭間で選んだ外交官の道~
「お前のような至らない女は私の婚約者にふさわしくない」
「申し訳ありません」
「したがって婚約破棄をしてやる」
上級生の卒業パーティで、クラウディア・ジェルク公爵令嬢がバレント王太子殿下に婚約破棄をされた。
美しき金の髪に青い瞳のバレント王太子は何をやらせても完璧だ。
バレント王太子もクラウディアも16歳。今日は上級生の卒業を祝うパーティに特別に出席していた。
バレント王太子はクラウディアに向かって、
「お前は社交的ではない。派閥の令嬢達と交流を広げる場の学園において、いつも孤立している。私の婚約者は将来、このパド王国の王妃にならねばならぬ。それなのに、その内向的な性格、なんとかならぬかとこの1年間、様子を見てきた。15歳で結んだ婚約。王太子妃教育を受けてきたはずだ。それなのに」
「申し訳ございません。わたくしの至らなさのせいです」
銀の髪、青い瞳のクラウディアの瞳から涙が零れる。
その様子を卒業パーティを楽しむために来ていた上級生達が皆、ひそひそと陰口を言いながら見ていた。
「やはりな。ジェルク公爵令嬢では無理だと思ったんだ」
「家柄だけは良いが、彼女自身があまりにも」
「そうそう、内向的過ぎる。王妃には向かないな」
クラウディアの父であるジェルク公爵が進み出て、
「婚約破棄承りました。私からも常々言っていたのですが。もっと王太子妃になるのだから、社交的になれと」
バレント王太子は吐き捨てるように、
「この女には荷が重かっただけだ。それにしても面倒だな。また王太子妃になる女を探さねばならん」
クラウディアをバレント王太子は睨みつける。
その様子を見ていたファルト・ジェルク公爵子息が、泣いているクラウディアの傍に寄り添い、
「姉上。見世物になっております。さぁ、帰りましょう」
「ファルト。有難う」
ジェルク公爵が、クラウディアに向かって、
「この恥さらしが。修道院へ入れるしかないか。王太子殿下。改めた場で婚約破棄の話を致しましょう」
バレント王太子は背を向けて、その場を去っていった。
他の令嬢達とダンスを踊る為だろう。
クラウディアをエスコートして馬車に乗せるファルト。
一緒に育ってきたクラウディア。二つ年上の彼女はずっとファルトの憧れだ。
美しい銀の髪。青い瞳。
いつもファルトを気遣ってくれて、とても優しい姉だ。
血は繋がってはいない。ファルトは執事の息子である。優秀なので公爵に認められて、養子になったのだ。
馬車の中でずっと泣いているクラウディア。
ファルトはその背を優しく撫でながら、慰めて。
「婚約破棄が認められるでしょう。姉上は王太子妃にふさわしくなかった」
「そうね。わたくしは、ふさわしくなかったんだわ。だって王太子殿下と結婚したくなかったんですもの」
「え?」
「そうでしょう。あの人、凄く我儘で上から目線でわたくしを顎で使うのよ。だから結婚するのが嫌で。派閥の令嬢達との付き合いも大変だから、わたくし一人で本を読んでいたの。修道院?上等じゃない。お父様。さっさとそこへわたくしを送って頂戴。そこでわたくし好きな事をして過ごすわ。修道院長を買収してもいいわね。慎むなんて嫌だわ。豪華な食事を食べて、綺麗なドレスを着て、優雅に過ごしたいの。今から楽しみだわ」
ジェルク公爵は呆れ果てて、
「お前、わざとだな?わざと気弱な令嬢を演じてきたんだな。政略だぞ。政略。王太子妃に、我が家から王妃を出すことは名誉なことだ」
「嫌よ。わたくしは修道院へ行くの。王妃になったら、心労で倒れるわ。嫌です。本当に」
ジェルク公爵にファルトは言われた。
「クラウディアにやる気を起こさせろ。クラウディアを修道院へ行かせる訳にはいかない。なんとしても公爵家の為に役立って貰わねば。王太子殿下には思いとどまって頂くように話をつける。いいな?」
公爵はファルトに押し付けた。
ファルトは困った。
自分の言う事を聞く姉か?自分は養子だ。
姉には遠慮する立場だ。
「姉上。どうしても王太子殿下と婚約を続けるのは嫌ですか?」
「だから言ったじゃない。面倒ごとは嫌いだって。わたくしはのんびりと過ごしたいの。王太子妃って、王妃って忙しいじゃない」
「私は戦う姉上を見たいです。輝く姉上を見たいです。先行きパド王国の為に役立つ姉上が見たいです。それでも駄目ですか?」
クラウディアは驚いたような顔をして、
「貴方がわたくしにそれを望んでいるとは思わなかったわ。あの面倒な王太子と婚約を継続しなければならないのね」
「姉上なら出来ます。王太子殿下を手の平で転がすことも」
「確かにパド王国は貧しいわ。沢山の人が道端で飢えて亡くなっていく。でも、それを助けるのがわたくしで無くてもいいと思うの」
「でも、助けないで、死ぬのを見ているのは私は嫌だ。私が女性で姉上の立場だったら、助ける為に働く。姉上は王国の為に働きたくはないのですか?」
「だから言ったでしょう。のんびりと暮らしたいって」
「私は輝く姉上が好きなんです。どうかどうかお願いです。輝いて下さい。お願いですから」
「貴方、養子の癖に生意気よ」
「生意気と言われても構いません。姉上に王妃の器があるのなら、どうか婚約を継続して下さい。王太子と結婚して、将来、王妃になって下さい」
「考えておくわ。ああ、もう面倒だわね」
そう言って馬車の中でクラウディアは笑った。
ファルトはその笑顔がとても美しい。そう思えた。
婚約は継続になった。
バレント王太子は忌々しかった。
ジェルク公爵が頼むから、仕方なく継続してやった。
こんな内気な公爵令嬢が将来。王妃になれるものか。
「おはようございます。王太子殿下。今日はいいお天気ですわね」
扇を手にクラウディアに話しかけられた。
いつもは、挨拶もしない令嬢なのに。
教室で、クラウディアは他の令嬢達にも声をかける。
「貴方はシャリア・レジェド伯爵令嬢でしたわね。わたくしの派閥の。学年が変わったので、わたくしもやる気が出て参りましたわ。どうか、よろしくお願い致しますね。それから、貴方は‥‥‥」
色々な令嬢達に挨拶をして回るクラウディア。
今まで、本ばかり読んでいた内気な令嬢とは思えない。
休み時間、いつの間にかクラウディアの周りには令嬢達が集まっていた。
対抗派閥の令嬢達もだ。
クラウディアは、対抗派閥のレディア・アセル公爵令嬢に向かって、
「あら、レディア様。ごきげんよう。後、二年で隣国に嫁ぐそうですわね。隣国ルド王国の言葉習得は進んでいまして?」
レディアは、にこやかに、
「わたくしの事のご心配は無用ですわ。習得はつつがなく進んでおります。本当に、わたくしが王太子妃になりたかったのに、忌々しい。婚約破棄を王太子殿下からおっしゃられたとか。ジェルク公爵家が名門だから首の皮が一枚繋がったのですわね。貴方みたいな内気な女が王太子妃になんてなれるはずないわ」
「あら。わたくしが内気だなんて。これからは心を入れ替える事に致しましたわ。派閥の令嬢達もわたくしを支持してくれるとの事。よろしくお願い致しますわね。レディア様」
「悔しいっ。クラウディア様。貴方は内気でいればいいのよ。わたくしが王妃にっ。将来王妃になりたいのっ」
扇でバシっと、クラウディアはレディアの頬を叩いた。
「お言葉が過ぎますわ。レディア様。バレント王太子殿下の婚約者はこのわたくしです。そうですわね?」
バレント王太子は思った。
こんな強気な女だったか?
自分との婚約が嫌で猫を被っていた?
「そ、そうだな。クラウディアは私の婚約者だ。口を慎め。アセル公爵令嬢」
内気なクラウディアに振り向いてもらいたくて、上から目線で、何かと命じてきたバレント王太子。
「クラウディア。私に出た課題をやっておけ」
いつもなら、黙って課題をやってくれるクラウディア。
しかし、
「王太子殿下がやって下さいませ。わたくしは、わたくしの課題をやらねばなりません」
「お前は今まで私の言う事を聞いてきたではないか?」
「わたくしは内気な令嬢から強気の令嬢になることに決めたのです。弟が望むのよ。王国の為に輝けって。可愛い弟の願いは断れないわ」
「血が繋がっていないのだろう?お前、不貞をしているのか?」
「血が繋がっていないからってどうして不貞になるのです?可愛い弟です。わたくしにとって。それ以外、何があると言うのです?」
イライラする。血が繋がらない弟の為に強気になる?
私を愛するから、強気な令嬢に変化したと言ってくれ。
私はこんなに美しい。美しくて優秀なんだぞ。
クラウディアに向かって、
「私は美しくて優秀なのだ。私の妻になれるお前はとても幸せではないのか?」
「王太子殿下自体に興味はありませんわ。だから、今まで嫌で嫌で。本ばかり読んでいたのです。でも、将来王妃になって輝けって弟が言うから。わたくしやる気を出すことにしたのですわ。貴方のどこが素敵だというのです?上から目線で顎で使う。わたくしを女性だからって馬鹿にしているでしょう。仕方なく結婚はして差し上げます。わたくしはわたくしの夢を叶えるために。そこに愛なんて一つもないわ」
ショックだった。
えええ?こんな美しくて優秀な自分に愛がない?
確かに今までのクラウディアのやる気がない態度は酷かった。
弟の為に、私との婚約を継続するだなんて。悔しかった。
「どうすればお前に気に入られるのだ?」
「さぁ、永遠に気に入らないかもしれないですわね」
弟の為に、強気になると言うのなら、こっちはクラウディアに振り向いて貰う為に、強気になろう。
そう、バレント王太子は強く決意した。
バレント王太子はクラウディアと一緒にいる時間を増やした。
一緒にいて、会話をするよう心掛けた。
上から目線はやめて、出来るだけクラウディアの話を聞く事にした。
聞き上手になれば、少しはクラウディアもこっちを振り向いてくれるかもしれない。
「クラウディアの好きな物はなんだ?」
「本を読む時間ですわね。今は、仕方ないので王太子殿下のお相手をしておりますが」
「ちょっと待った。仕方ないのでと言ったぞ」
「事実なので仕方ないですわね」
「だったら、私との時間が楽しくなるように努力しよう。クラウディアの話を沢山しておくれ」
クラウディアが微笑んで、
「わたくしの話なんてつまらないですわ。それよりも王太子殿下の話を聞かせて下さいませ」
自分に興味を持ってくれたのか?凄く嬉しいぞ。しかし次の言葉が。
「将来、貴方と結婚した時に、貴方の事をどう、扱っていいのか解らないと困りますわ」
ちょっと待ったーー。それか?それなのか?
仕方ないので、自分の事を話した。
「この間、馬術大会で優勝したぞ。王太子たるもの、馬術も一位でなくてはな。王立学園での成績は2位だが。お前が1位を取るのがいけない」
「本ばかり読んでいますし、王太子妃教育もありますから、学園の勉強なんて、簡単ですわ」
「将来、王太子妃として、王妃としてクラウディアは役立つだろう。社交的にもなったしな」
「そうですわね。可愛い弟の為ですから」
「弟っていちいち言うのはやめてくれ。どうか、私の為にと言って欲しい」
「では、王太子殿下の為に」
「そうだ。そう言って欲しい」
バレント王太子は必死に、クラウディアとの仲を深める為に頑張った。
社交的になって、綺麗になっていくクラウディア。
どんどん惹かれていく。
そして更に1年過ぎた。
ファルトは久しぶりに、姉クラウディアに会った。
今まで屋敷を出て、寮に入っていたのだ。
このまま、クラウディアの傍で暮らすのが辛かったから。
彼女の事が好きだったから。
だから、屋敷を出て寮に入った。
クラウディアと共にソファに座ってお茶を飲む。
対面に座るクラウディアに向かって、
「姉上。私は誇らしいです。姉上はこの1年間、王太子殿下や令嬢達との仲を深めて、将来の王妃として、立派にやっていける器を示してきましたね」
クラウディアは紅茶のカップをテーブルに置きながら、
「ええ、頑張ってきたわ。貴方が望むんですもの。王妃になれと。人々を助けろと。だから、わたくし頑張って来たの。本当は、のんびりと本を読む生活をしたかったわ。でも、公爵家の為にも、そうは言ってはいられないでしょう」
「そうですね。私はジェルク公爵として将来、姉上のお役に立ちます。必ず」
そして、言わなければならない。
「婚約話が持ち上がっているのですよ。派閥のアリディア・ルテル伯爵令嬢。とても、美しい令嬢で。父上もルテル伯爵家と結びたがっております。ですから、三日後、婚約を結ぼうと思っております」
姉に報告をするのが辛い。
アリディアはとても美しくて聡明な令嬢だ。
まだ王立学園に入学していない。歳は14歳。
ファルトは16歳なので、二つ下だ。
本当に大好きだった姉。
姉が王国の頂点に立って、王妃として君臨するのが夢で。
その夢を応援する為に背を押した。
愛している。大好きだ。本当はこんな婚約報告なんてしたくない。
でも……
姉クラウディアを見た。
涙を流していた。
「わたくしは貴方の為に、バレント王太子殿下と婚約を継続したの。強気に振舞って、社交的になったわ。パド王国の王妃になる為に、貴方が望む王国の人達を助ける為に頑張っているの。でも、何で泣けるのかしら。貴方が婚約をするって聞いただけで。わたくしは貴方の事を」
これ以上、聞いてはいけない。
私だって姉上の事を。
ジェルク公爵家の為、王家の為、この想いを口にしてはいけない。
「姉上。姉上が王国の王妃として君臨する日を楽しみにしております。では、私はそろそろ寝ますね。おやすみなさい」
ドアを閉めた。
姉のすすり泣く声が聞こえてきた。
王宮の自室で、影から報告を聞いた。
「そうか。クラウディアがそんな事を」
クラウディアに振り向いて貰う為に、頑張って来たバレント王太子。
綺麗な花も沢山贈った。アクセサリーだって、ドレスだって色々と贈った。
ただ、クラウディアはあまり嬉しそうじゃなかった。
弟の為に、自分と婚約を継続すると言っていた。
ずっとずっと、クラウディアは弟のファルトの事を思い続けるのだろうか。
今の彼女は優秀だ。王国の王太子妃として、将来、王妃として立派にやっていけるだろう。
でも、心が手に入らないのは嫌だ。
自分は王太子失格なのだろう。
卒業パーティが開催された。
上級生たちを見送る卒業パーティだ。
「お前のような女は私にふさわしくない」
クラウディアは驚いたように目を見開いた。
今日は、自分が用意したグリーンのドレスにダイヤモンドの首飾りを着けて、卒業パーティに参加しているのだ。
バレント王太子はクラウディアに手を差し伸べて、ダンスを踊った後に、宣言した。
「婚約を解消する」
「どうしてですの?わたくしは頑張って参りました。貴方様の婚約者としてふさわしくあるために、社交的になりましたわ」
クラウディアの耳元で囁く。
「ファルトは隣国へ渡ったそうだな。留学すると言って。婚約もしなかったというじゃないか。追いかけてやれ。いずれは戻ってきて欲しい。我が王国の為に私の妻にならなくても役立つ方法があるはずだ。クラウディア。君の幸せを祈っている」
そう言って、クラウディアから離れた。
いつの間にか好きになっていた。
クラウディアが弟の話をするたびに、イラついた。
自分を見て欲しい。
自分と王国の未来を築いて欲しい。。
心を通わせた結婚がしたい。
でも‥‥‥クラウディアはずっとファルトの事を思っていて。
だから、クラウディア。
君の幸せを願うよ。
「有難うございます。王太子殿下。王太子殿下にも幸があることを願っておりますわ」
深々とクラウディアはカーテシーをした。
1年後、バレント王太子殿下がエスコートする女性はレディア・アセル公爵令嬢だ。隣国の王族に嫁ぐはずだった彼女。しかし、その王族が問題を起こして、屑の美男をさらって教育するという謎の集団、変…辺境騎士団にさらわれたというのだ。だから、レディアは婚約が解消になり、バレント王太子殿下の婚約者になった。
レディアも美しい。金の髪に青い瞳の令嬢だ。
美しいが、彼女の事は好きでも何でもない。
クラウディアの笑顔が懐かしい。
でも、この女性と上手くやらないとならない。
自分は王族だ。このパド王国の国王になる男だ。
数日前、クラウディアから手紙が来た。
ファルトと結婚したという。いずれ外交官として働きたいと。
彼女は優秀だ。我が王国の為に役立ってくれるだろう。
クラウディアの事を思い出すと胸が痛い。
でも‥‥‥
レディアに向かって手を差し伸べる。
レディアがこちらを見て微笑んだ。
卒業パーティの扉が開かれる。
レディアと共に踏み出した。
パド王国のバレント国王は、レディア王妃と仲睦まじく三人の王子に恵まれた。
その治世は栄えに栄えた。
貧しかったパド王国も隣国との外交で、鉱物との交換で作物の輸入をすることが出来るようになった。
ファルトはジェルク公爵になったが、クラウディアはファルトと結婚後、外交官になった。
パド王国の為に外交官として役に立ちたいと。
輸入の交渉はクラウディアが中心になって交渉し成立した。
パド王国は道端で死ぬ人が減り、他にも産業が栄え豊かになった。
クラウディアの姿を時々見かける。
そしてふと懐かしく思うのだ。
クラウディアに恋したあの1年間は良き思い出だったなと。
バレント国王は今日も忙しく働く。
空を見上げれば今日も天気が良いようで、王宮の天窓から明るい日差しが差し込んでいた。