【つづき】ウチに転がり込んできたのは学校一の美人お嬢様。の後ろにいるメイドさん2
「新堂さん、今日からよろしくお願いします」
家に戻り、食事を済ませ、居間であらためての挨拶。
「咲夜子でいいわよ、歩。こちらこそよろしくお願いします」
座布団に座る咲夜子さんが丁寧に頭を下げた。
「じゃあ、咲夜子さん。オールワークスって昨日言ってたけど、家事全般任せていいんですか?」
「そうね。夜のご奉仕は遠慮したいけど」
「言いませんよ」
エロ親父じゃないんだから。
「そう? じゃあ、メイドとしてのご奉仕は、朝から夕方五時まで。以降は、基本オフでただの同居人ってことで」
ああ。
仕事という意味のご奉仕ね。
「ねぇ、歩」
「何ですか?」
「スケベなご奉仕と思った?」
「……思ってませんよ?」
「プッ、ククク」
バレてる。
あなたもわざと勘違いするような言い方したくせに。
「もう一度確認しますけど、本当にお給料はいいんですね?」
「ええ、三食住み込みで十分だけど、食費大丈夫?」
「そのへんは、なんとか。近所の畑やってる人たちが野菜やら何やらよくくれるんです」
いつも食べ切れないくらい持ってきてくれる。
「あっちにもお野菜あるわね」
咲夜子さんが庭を見た。
そこには、野菜が何種類か植えられていた。
「素敵な趣味じゃない、家庭菜園なんて」
「あれも近所の人に苗をもらって育てたんですよ」
収穫時期を過ぎた野菜から今実ってる野菜まで。
「へ〜。ずいぶんご近所さんと仲が良いのね」
「そうですね。昨日も言いましたけど、ここって元々じいちゃん家で、小さい頃からよく来ててみんな知ってるから、親戚みたいな感じですね」
とても良くしてもらっている。
「ご近所さんと親戚みたいな付き合いか。いいわね。そういうの好きよ」
柔らかく微笑む。
「そろそろ俺学校行きます。お昼に一回帰ってきます」
「うん。じゃあ、私は家事をやっておくわ」
と言って煙草を取り出し吸いはじめた。
フゥーと煙を吐き、
「まだまだ暑いわね〜」
ぼんやり外を眺める。
勢いで雇うことにしたけど、この人大丈夫かな。
掃除とかできなさそう。
タダ同然で雇ってるから文句は言わないけどさ。
「ん? 何?」
「いえ、家事お願いします」
「オッケー。人が来たらどうしよっか? 女の人がいるのバレたら仕送り止められるとか言ってたけど?」
「出てくれていいです。隠すの不可能だし」
「不可能って大袈裟よ。静かにしてればそうそうバレないのに」
……
お昼。
「ただいま」
と大学から一旦帰宅して家の中に入ると、玄関がピカピカに掃除されていた。
土間も靴箱の中も、埃の溜まりやすい窓枠なんかも隅々まで。
廊下の床板は、キラキラの光が見えそうなくらい。
「すげ〜」
掃除できないどころかめっちゃできる人だよ。
よくよく考えてみれば、財閥一族の扇屋の家で使用人やってたんだもんな。
「咲夜子さん、今帰りました」
居間に入ると、
「あ、おかえりなさい」
咲夜子さんと、
「おう、歩。おかえり。野菜持ってきたぜ」
お年寄りがいた。
頭ツルツル、ファンキーなサングラス、近所に住む竹中銀次郎さん(73)。
「やった、ナイスタイミング! いつもありがとう、銀次郎さん」
「歩、ちょっと」
咲夜子さんが俺の服を引いて廊下へ移動。
「私が掃除してる時にね、あのおじいさん普通に縁側から家に入ってきたんだけど?」
「ここの年寄りって、玄関じゃなくて庭のほう回って勝手に家に入ってくるんですよ」
「え? こ、この時代に?」
ビックリしてる。
言いたいことはわかるけど、あなたもまぁまぁ勝手でしたよ?
「これじゃあ確かに隠すのは不可能ね」
納得の顔。
「おいおい歩、聞いたぜ?」
銀次郎さんが居間から顔を出した。
「咲夜子ちゃん雇ったんだって? このスケベ」
ニヤニヤしてる。
なにもスケベじゃない。
「これには訳があるの。変な勘繰りやめてよ」
と話していると、
「お、いたいた」
庭に新たなお客さん。
麦わら帽子にフィッシングベストを着たおじいさん、新井千吉さん(81)。
「歩、鯛釣れたから持ってきたぞ。よっこいしょ」
縁側から入ってきた。
「やっぱりそこから入ってくるんだ……」
咲夜子さんの呟き。
「ん……? なぬ!? じ、女中さんがおる!?」
くわっと目を開いて驚く。
「初めまして。今日からここで働くことになりました、新堂咲夜子です」
咲夜子さんが綺麗な所作で挨拶。
「おお、こりゃご丁寧に。新井千吉いいます。は〜、べっぴんな女中さんだな〜」
「千吉さん、鯛か? いいねぇ。今夜はそいつで咲夜子ちゃんの歓迎会をしようや。我らが茜町へようこそってな」
「だったらみんなも呼ぼう。酒と食いもん持ってこさせよう」
「歩、まだ学校あるのか? その前に公民館行ってテーブル運ぶぞ」
「わかった」
とんとん拍子で咲夜子さんの歓迎会が決まった。
「え? え?」
一人戸惑ってる咲夜子さん。
「歓迎会? 私の? してくれるの?」
「そう」
「いいのかな」
「いいのいいの。よかったら付き合ってやってよ」
「それは、うん、嬉しいけど……」
咲夜子さんが老人二人を見た。
「大吟醸持ってこよう。今日は飲むぞー! ガハハハハッ」
「もしもし、一夫か? 今歩のところに来てるんだけどな」
わくわくした顔で準備を進めてる。
その様子に咲夜子さんの表情が綻ぶ。
「ここってなんだか、楽しそうなところね」
……
午後の講義を終えて帰宅。
玄関の引き戸は開けっ放しで、靴が外まで溢れていた。
居間は、襖を外して隣の仏間まで二列でテーブルが並べてあり、皿や箸が置かれている。
近所の人たちが集まっていて、家の中から外から忙しなく動き回っていた。
台所に行くと、咲夜子さんが料理をしていた。
鯛をさばいてる。
マジか。
「ちょっと、歩。咲夜子ちゃんすごいわね」
と丸い体型のおばちゃん、松本聖子さん(52)。
「料理の手際は良いし、包丁の扱いも上手だし、若いのにたいしたもんよ」
ベテラン主婦が褒めるくらいの料理スキルを持ってるのか。
「あら。歩、おかえりなさい」
咲夜子さんが気づいた。
「ただいまです」
「すごい数のお客さんでしょ?」
なんだか楽しそう。
「みんな集まってワイワイやるの好きなんですよ」
「私も好きよ」
白い歯を見せた。
「もうすぐご飯できるから待ってて。この家、刺し身包丁もうろこ引きもあるのね」
「それは、じいちゃんが前に使ってたやつで」
などと会話しながらも、今は大量の小アジの下処理をこなしている。
掃除といい料理といい、俺はもしかすると、すごい人を雇ったのかもしれない。
……
「新堂咲夜子ちゃん、我が町、茜町へようこそ! カンパーイ!」
「ありがとうございます」
夕方。
銀次郎さんが音頭をとって歓迎会が始まった。
テーブルの上には咲夜子さんや近所の人たちが作ってくれた料理がズラリと並べられていた。
どれも美味そうだけど、まずは、
「いただきます」
咲夜子さんの作った小アジの南蛮漬けから。
一匹口に放り込む。
パリッと揚がった身はサクサク。
とろりと甘酢が絡んでる。
骨まで柔らかい。
「うまっ!」
揚げ具合も味付けも完璧。
「良かった」
と隣に座る咲夜子さん。
「鯛のお刺し身と煮付けもどうぞ。鯛の子の煮たやつも美味しいわよ」
勧められるままに食べる。
どれも絶品。
箸が止まらない。
みんなも、「美味い!」と絶賛。
グイッとビールをあおって良い笑顔だった。
「そういや咲夜子さん、今日は飲まないんですか?」
目の前のビールが入ったコップに口をつけていない。
「それはね」
柱にかけてある時計に目を向ける。
「三、二、一、ゼロ」
午後五時になった。
「はい、今日のお仕事終わり。いただきまーす」
コップを掴んで口へ運ぶとグイーッと一気に飲み干し、
「プハー!」
CMに起用されそうなくらい美味そうな顔。
どうやら、仕事中だからアルコールは飲まなかったようだ。
意外と言っては何だが、真面目だ。
「いい飲みっぷりだねぇ」
銀次郎さんが愉快そうに笑う。
「おい、歩。オメェも飲め」
ビールの入ったコップを持たせようとするが、
「ダメよ、銀次郎さん。歩は、二十歳になってないんだから」
咲夜子さんがコップを取り上げた。
ちゃんとしてる大人だ。
それに比べてこのじいさんは。
「叱られちゃったよ、へへへ」
何で嬉しそうなんだよ。
「咲夜子ちゃんは、美味しそうに飲むわね」
みんなが集まってくる。
「美味しそうっていうか美味しいもの」
「ハハハッ、いいねぇメイドさん。飲もう飲もう!」
「飲もー飲もー! カンパーイ!」
飲んで食べて騒いで歌って、歓迎会は大いに盛り上がった。
……
夜。
歓迎会が終わってみんなが帰った後。
俺は、居間に布団を敷いていた。
咲夜子さんのためのものだ。
ついさっきまで起きてみんなを見送っていたのだが、気がつくと壁に寄りかかって寝ていた。
電気を消し、薄暗い中、起こさないように、そ〜っと。
ポポポン ポン ポポポン
スマホから軽快な着信音。
「うおっと。はい、もしもし」
「歩、俺だ」
父さん。
きっとこの電話は……。
「聞いたぞ。メイドさん雇ったってどういうことだ?」
やっぱり。
上手いこと言わないと仕送りが。
それに咲夜子さんも家にいるのダメって言われる。
「そ、それはね、え〜っと」
考えながら縁側に移動して軒下に座り、
「い、行くところないらしくて、お給料いらないって言うから、だったらって」
良い言い訳が思いつかずに結局ありのままを話した。
「何だそれ? 新手の詐欺じゃないのか?」
「ち、違う違う。彼女、新堂咲夜子さんっていうんだけど、仕事はできるし人柄もちゃんとしてるし、なんていうか、ちょっとカッコイイ大人な感じの人だし」
「本当か?」
疑ってる声。
「本当本当。前なんて扇屋の家で使用人やってたんだよ」
「あの財閥の扇屋か? へ〜」
感心したような声音に変わった。
やっぱり扇屋の名前はデカい。
「何にせよ、お前がいいなら俺は何も言わないよ」
予想外の返事。
「そうなの? 女の子家に入れて仕送り止めるぞ、とか言われると思った」
「ハハハ、言わないさ。お前はもう大学生なんだから」
ある程度は、大人として扱ってくれてるんだ。
嬉しい。
そのあと、「今度挨拶に行くよ」「少しでも給料払ったほうがいいぞ」と話して、
「信頼してくれてありがとう」
「いいさ」
電話は切れた。
「ふ〜」
良かった。
仕送りもだけど、咲夜子さんを雇うことを許してくれて。
カチリと後ろからライターの着火音。
振り返ると咲夜子さんだった。
「起きたんですか」
「ん〜」
畳に座り、テーブルに肘をついて半分寝てるような蕩けた目で煙草を吸う。
「歓迎会どうでした?」
「すっごく楽しかった〜」
思い出してるのか笑顔になった。
「みんな良い人だよね〜。今日一日でここが好きになっちゃった」
みんなが聞いたら喜ぶ。
俺にとっても嬉しい感想。
「フゥー」
咲夜子さんが煙草を吹かす。
部屋の中を漂った煙が縁側から外へと流れていく。
なんとなくそれを二人で目で追って、
「電話、ありがとうね」
「え?」
「私のこと、お父さんに一生懸命説明してくれてた」
聞いてたのか。
「今日見たままを話しただけですけどね」
「でも、ありがとう。歩は、優しいね」
とろんとした瞳で微笑む。
眼差しに色気がある。
「い、いや、そんなことは」
ドキッとして言葉がうまく出てこなかった。
「それで?」
「はい?」
「私ってカッコイイ人?」
それも聞いてたか。
「さ、さあ」
気恥ずかしくて咲夜子さんに背中を向けた。すると、
「照れるなよ〜」
後ろから抱きつかれた。
ギュッと密着してくる。
「おほっ」
二つの膨らみが背中に。
すげぇ。
ポヨンて。
何だこのポヨンは。
こんなにもポヨンなものなのか。
「そんな風に思ってもらえて嬉しいな〜。歩、愛いやつめ〜」
うなじに頬をすりすりしてきた。
サラサラの髪の感触がくすぐったい。
吐息が首筋に当たる。
背中ではポヨンポヨン。
これは、いろいろヤバい。
「タ、ターイム!」
立ち上がった。
「何〜?」
「い、いや、さ、咲夜子さんお酒臭いから、くっつかないでくれます?」
「む。乙女に臭いとかひどくない?」
「あくまでお酒臭い、です」
「だったらお姉さんがチューしてあげよう」
意味わからん。
酔っ払いめ。
「いいです!」
逃げた。
「待てー!」
追ってきた。
家の中を二人で走り回る。
「待ちなよ子猫ちゃ〜ん、ぐへへへ」
酔っ払い親父に絡まれている気分。
仕事中のしっかりしてた姿が嘘のよう。
どちらが本当の姿やら。
「(でも)」
と想像する。
これから楽しい毎日にはなりそうかな。
「歩〜」
「チューはいいですって」
「急に走ったから吐きそう……うぷ」
「我慢! トイレまで我慢して!」
大変な毎日にもなりそうかも。
あまりお酒を飲ませ過ぎないよう気をつけよう。




