第9話 仕事の後のご飯は美味しい
私が聖騎士たちにスプーンを持って食べさせる、という「はい、あーん」行為は却下された。と言うのもハクがすごく騒いだため、ランドルフ様たちに頼むことにした。
その前に三人にも疲労があったので、小さじ1ぐらいに飲んで貰ったが、効果抜群。疲労が一気に消えたのを鑑定で確認した。
ということで私の代わりに、イケオジのお三方が「はい、あーん」を引き受けてくださった。誰得か。知らない私に聞かないで。ちなみに新米組だと、「そのような貴重な物飲めない」とかいい出すのを回避するためだとか。
「看護している風な感じ、やってみたかったな……」
『……ダメ、危険、危ない』
ハクの駄々っ子が可愛い。あと何が危ないのだろう?
ぷんすかするハクを宥めてわしゃわしゃと撫でながら、重症者の回復具合をカルテもどきに書き込む。
ええっと、黒髪で紫色の瞳の魔法剣士、エドガーさん。年齢35、全身打撲と内臓に傷だけれど……。
「ランドルフ様、その薬ってものすごく高いんじ」
「いいから飲め!」
「ぐふっ……っ、痛みが!?」
容赦なく口の中に突っ込んでいるわ。「あーん」とは……そして全快早っ!?
これはいわゆる反則技なのでは?
「エイブラム様、その自分のタイミングで……」
「黙って飲め」
「ぎゃー。あまいー! もっと味わって飲みたかった」
空色の長い髪に紺色の瞳で、長身のディオールさん。年齢28、甘党……じゃなかった。片腕切断、全身火傷も回復……完治したけど、やっぱり鑑定通り欠損部分は無理っぽい。
「オウカ殿……、そこにおられる可愛い子に」
「はははっ、千年早い」
無情!
ちなみに新米組に「はい、あーん」を任せると、うだうだと飲まないあるいは拒否するかもしれないということで、絶対に逆らえない上官三名が抜擢されたのだ。
大半は生きるのを諦めて死を覚悟していた分、変に期待をしたくなかったから回復薬を拒んでいたらしい。「もう自分はダメだから、貴重な物は残しておけ」と、そんな重苦しいシリアス展開だったのが一点、もはやコントに見える。
絵面的に誰得かは知らないけれど。
悲壮感たっぷりだった彼らを一瞬で治してしまったものだから、自身の感情が追いつかず……しばらくはみんな放心状態だった。
そして次の行動は頬抓る。引っ張るなど……異世界でも夢じゃないか確認は同じ感じなのね。
「生きてる……」
「あれだけの大怪我だったのに……」
「はは……マジかよ」
じわじわと実感し、ややあって大号泣。
あんまり泣きすぎると脱水症状を起こしかねないので、レモン水を用意して持って行ったらさらに泣かれた。
気分的にはオカンな感じだわ。
それぞれデータをまとめつつ、万能薬がなくても、解毒したようで問題なさそうだった。ホッとした途端、緊張がほぐれたのかその場に座り込んでしまう。淑女として恥ずかしいことこの上ないのだけれど、今回は許してほしい。
聖女らしいことが少しはできたかな?
そう殊勝なことを考え、数秒で「ん?」と考え込む。
いや、私聖女としてここに来たわけじゃ無くて、異世界グルメ観光の長期出張取材だったはず。どんどん本来のやるべきこと以外に首を突っ込んでいるような気がしたが、仕事の環境は妥協すべきじゃないという結論に至ったのだった。
***
仕事を終えた後は、キンキンに冷えたビールとピスタチオとサラミで乾杯したいところ。もっと今の私は6歳の体なので、飲めるはずもなく夕食はライ麦パンを使ったサンドイッチとスープだった。
異世界ご飯!!
切り口を火であぶって蕩けた濃厚チーズに、ザワークラウト、ロシアンドレッシグ(ケッチャップ、ヨーグルト、マヨネーズ、マスタードを混ぜ合わせたもの)、厚切りパストラミビーフ的な牛肉を挟んでパンも少しローストしたボリュームたっぷりなサンドイッチだ。
これってアメリカのルーベンサンドイッチが近いかも!? ああでも香辛料が効いていて味の深みが違う。いくつものハーブと香辛料を混ぜ合わせたことで、アクセントになっている。
ほかにもグリルで焼いたチョリシーをパンに挟み、オリーブオイル、ワインビネガー、パセリ、ニンニク、タマネギ、バジルなどを加えたチミリュリソースをかけたサンドイッチもまた美味しい。こちらはアルゼンチンやウルグアイなどのファストフードに近い。
特にバジルソースは幾つも香辛料、特に塩やニンニクなど何種類も使っている。この世界では香辛料がより発達しているのかもしれない。それとザワークラウトやワインビネガーなど発酵させたものを使っている。
スープは、フランスの家庭料理の一つとされるポトフのようなものだった。ぐつぐつと煮込まれた鍋にはいくつもの野菜に香辛料、ソーセージ、コンソメだけれど胡椒、チュバブ、ニゲラなどの香辛料に近い味わいがよりスープの味を引き立てている。正直言ってめちゃくちゃ美味しい。しかしなぜか、ソーセージはカニの味がする。え、本当になんで?
地下迷宮なのに、栄養バランスの取れた食事、温かいスープにボリュームたっぷりで味が色々楽しめるサンドイッチ。聖騎士団の料理長は、なかなか素晴らしい腕と技術、そして仲間を思いやることができる方だわ。
こちらの素晴らしい料理はランドルフ様に許可を貰って、写真に納めた。毎回、「こんな料理で神々は喜ぶのだろうか」とか「不敬と言われないだろうか」と不安がっていたが美味しいものに目がない神様たちなので、大丈夫だと思います。
だって通知が止まらないのだから。怖い。超怖い。
フォロワーが0から今や一万。元の世界でもサバイバル飯とか、アウトドア飯など興味を持つ人も多く、近年では某アニメの影響もあり、ソロキャン(一人キャンプ)や車中泊などで作る料理配信を見かけたりした。それと同じように異世界という非日常的なものに、憧れるのもあるのだろう。
もしかしなくても、今まで異世界に送られた異世界人(同郷)は、マメにSNS投稿とかしてこなかったのかも。
今回のアングラザリガニのショウガとハーブの蒸し焼きと、魔法水(浮遊している)というのが好評だった。
神様のコメント曰く、今まで異世界と言っても王宮料理などで代わり映えがしなかったらしい。だからこそ、そんなタイムラインに飽き飽きしていたところに、私の投稿が際立ったとか。
私をこの世界に送り込んだ女神様がニマニマした顔文字を使って、DMに連絡してきたので、こちらの現状を伝えつつ、近いうちに教会本部と話し合いが行われる予定だということ。そのために必要な物があると相談してみた。
結果。アイテムストレージにとんでもない物が格納されていた。
『桃花?』
「うん。神様って極端だなって思い至っただけよ。……今日の投稿をして寝ましょうね」
『90階層の拠点にて。
異世界グルメ!!
ミノタウロスの肉を使った厚切りパストラミビーフ、シャキシャキなザワークラウト、ロシアンドレッシグに、良い感じにローストしたライ麦パンサンド!
粗挽き胡椒や香辛料が効いていて美味:☆5
蕩けた濃厚チーズがやばい。そしてよく伸びる:☆5
ザワークラウトとロシアンドレッシグ風味の味わいが最高:☆5
ライ麦パンは一度ローストしているから香ばしくて食欲をそそられる:☆4
他にもバジルソースを使ったサンドイッチがあって飽きない味付け』
写真もいくつか美味しそうなのをピックアップして投稿。連投になってしまうが、『アルゼンチンなどで親しまれているチョリパンに似たサンドイッチ、バゲットにハムやチーズ、スペイン風オムレツを挟んだスペインのボカディージョなど似たものだが、味わいは違って美味しかったと書いた。
元の世界の料理はとても美味しいのだが、それ以上に異世界の素材そのものの質が良く、味わい深い。特に香辛料の組み合わせが神すぎる。
食材そのものが美味しい。それともこの世界の食材は熱せないと食べられないからこそ、火を通すことで旨味が凝縮されている? その代わり、私たちの世界のような生で食べることはできない?
まだこの世界のことはよく分からないが、元の世界と遜色ないぐらいに食事が美味しいことは嬉しいことだ。まあ、この世界に自分たちの世界の神様が来たいと思わせるのなら、料理が美味しいのは絶対条件だと思う。そもそも私がこの世界に来ることになったのは、神様たちが行きたくなるような異世界グルメや、隠れ家カフェ、お勧めのレストラン、有名な観光地などのガイドブック的なものを求めていた。
とりあえず、今は地下迷宮にいるから、本来の異世界グルメ観光ではないのだけれど……まあ、今は異世界グルメに興味を持ってもらうことにシフトしておこう。
旅行のあり方も人ぞれぞれだ。
ふらりと身一つで行って楽しむ旅行もあるが、行く前にある程度オススメなお店や場所があるなら知って計画を立てたいと思う人の方が多いだろう。私は自分で開拓するのも楽しいから良いけれど。
案外、地下迷宮グルメツアーなんてあったらウケるのかも。
そんなことをちょろっとSNSに書いたのだが、それが現実になるのはもう少し先──。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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