第6話 90階層の拠点
「モモカ殿、こちらが我ら黒狐騎士団の一時拠点です」
「わあ!」
私はハクの背に乗ったまま周りを見渡す。90階層は広大な草原で、今は夕暮れになりつつあった。緑豊かなどこまでも続いている草原に、幾つもの結界を張り巡らせ、入り口付近にも魔物除けとしてローズマリーやセージに似たハーブが吊るされている。この多重結界や魔物除けのハーブが分かったのは、鑑定の表示にあったからだ。この鑑定は目を凝らすと鑑定結果が文字として浮かび上がる。なんて便利な機能なの!
真っ白で包むような形は、モンゴルの遊牧民が移動住居に使っているゲルを彷彿とさせた。二時間弱で組み立てができる移動型で、普通のいえのような調度品もあったはずだ。これはちょっと旅行っぽくなって気がする。取材の血が騒ぐ。
「ランドルフ、戻ったのか。予定より早い帰還は、やはり途中で誰か負傷して引き返したのか?」
「え……」
私たちを出迎えたのは、着物姿に日本刀を腰に携えた中年の男性だった。こちらの方も渋い。明らかに聖騎士らしくない身なりに二度見してしまった。腰まである白髪の長い髪、褐色の肌と日本人の特徴とは異なるが、その出で立ちは間違いなく和装だ。
「(めちゃくちゃタイプ──ではなく)さ、侍?」
「おや、モモカ殿はサムライをご存じなのですか。彼はオウカ、東の国の生まれです」
「え、あ、はい。私の居た世界にもいました」
元の世界の人かと思ったが、どうやらこの異世界にも似たような国があるらしい。目の保養と見ていたせいか、目があった。
「ランドルフ、この嬢ちゃんは──いや、まて地下迷宮に突如現れたということは……」
「はい、聖女様ですよ」
「ドウモ、セイジョデス」
ランドルフ様が断言し私も魔法の言葉「聖女だ」と名乗ると、オウカ様は破顔した。
「なんと! それはめでたい! 聖女様が我ら騎士団を護衛役として指名していただけるとは、光栄ではないか」
「ええ、本当に……今日まで生きていて本当に良かったと思っています」
もしかしてこの世界では、女神様が聖女を預けるにふさわしい人たちのいる場所に、転移するようになっている……とか?
もしそうなら色々と辻褄は合う。そういうのは転移する前に話してほしかったけれど。やっぱりあとで神様にいろいろ問い正しい。
「なるほど。聖女様をお迎えするために戻ってきたのなら、途中で戻ってきたのもわかる。それで聖女様とは92か93階層で出会ったのか? 出会って戻ってくる日数を考えると──」
「聖女──モモカ殿と出会ったのは、数時間前で、98階層ですよ」
「は?」
オウカ様は目を丸くして驚いていた。この方は表情豊かだわ。考えていることが顔に出やすいのかもしれないけれど。
「99階層はまだ未到達ですが、神獣様のおかげで魔物に遭遇せずここまで戻ることができたのです」
「なんと! では95階層も」
「ええ。モモカ殿が私たちのことを察してくださり、貴重な薬草などを採取することはできました」
「そうか」
すみません。実は何も察していません。とりあえず薬草が必要な状態だったということ? でも怪我人やそれらしい人は見当たらないような?
「我々は、まだ神々に見捨てられてはいなかったようです」
「然り。これも貴殿の信仰心による神のご加護ってやつだ。なに、今までの貢献が最高の形で戻ってきたってことだろう」
「ええ、耐えて待ち続けた甲斐はありました」
若干涙声となるランドルフ様と、それを労うオウカ様。込み入った事情と思われる内容だったのでとりあえず聞き流し、その後は拠点内を案内して貰った。
ゲルの建物は全部で六つ。調理場や武器装備など、草原だが、ちょうど近くに湖があったので、そこから水を引いているらしい。私は携帯端末をアイテムボックスから取りだし、ランドルフ様たちに許可は取って写真を撮った。
騎士たちの年齢は、ベテラン組と新米組と両極端で中堅がいない印象を受けた。何より騎士たち全員の装備や武器などがやはり気になる。どれも使い込んでいるが、聖騎士としての服装や甲冑などどれも独自にカスタマイズしていて、騎士っぽい統一感がない。個人的には聖騎士団と名乗るのならせめて、外套だけでも揃えたい。いや揃えようと心に決めた。ユニフォームじゃないけれど、お揃いってカッコいいもの!
それにランドルフ様やエイブラム様、オウカ様の大人組と、青年のアルバート様たちもみんな顔が良すぎる。顔面偏差値が凄いから、きっと騎士装備をしっかりすれば映えるわ!
「モモカ殿こちらへ」
(あれ? あの一番大きなテントが団長の部屋じゃない? じゃあ、あの中は?)
団長のゲルは二番目に大きく、中は天上が思ったよりも高い。そして天窓もお洒落だ。中は赤と焦げ茶色の絨毯が幾つも敷き詰められていて、テーブルとソファ、ベッドと棚、そして暖炉が揃っていた。
「わあ。素敵なお部屋ですね」
「そう言っていただけますと助かります。ささ、お疲れでしょう、お座りください」
「はい」
ハクの背に乗っていただけなので、まったく疲れていないのだけれど。私がソファに座ると、ランドルフ様は向かいに座るかと思ったが、何故か傍で片膝を突いた。副団長のエイブラム様と、オウカさんもだ。
ハクは私の隣に座って膝枕を堪能している。君はなんと自由なのだろう。とりあえず頭を撫でて上げたら尻尾が揺れているので、良しとする。
「ところで皆さんは座らないのですか?」と言ってもいいかな。うーん。雰囲気的に大事な話をしそうだから、座って話してほしいのだけれど……。
「モモカ殿」
「はぃ!?」
「モモカ殿は、聡明な方だとお見受けしました。だからこそ我らの不揃いかつ、軽装の装備で聖騎士団を名乗っていることに、さぞ違和感を覚えたでしょう」
「……はい。まあ、それは」
「拠点に辿り着く前に、黒狐騎士団は教皇聖下から、この地の地下迷宮から魔物を地上に出さないよう命じられていると、お伝えしたのを覚えていますか?」
それは道中で説明して貰ったので覚えている。
「はい。……教皇から命じられているのに、皆様の装備や武器、外套一つ揃っていないことが気になってはいました。それにランドルフ様やエイブラム様のレベルを考えると、装備品を揃えるだけの資金などはあるはずだと思っているのですが……。もしかして聖騎士だけのお給金だけでは、生計が立てられていないのですか?」
「!」
ランドルフ様はグッと拳を握り、微かに震えていた。感じられるのは怒りだ。
「……おっしゃる通りです。我が黒狐騎士団の現状について、少し長くなるのですが、お話をしても?」
「ダメです」
そこはキッパリと否定した。大事な話をするのなら、話す姿勢というのは大事だ。
「話を聞くのなら、皆様も座ってください。それにお茶も煎れましょう。長くなるのでしょう?」
「え」
「は」
「それは……、身分的に」
「私がそう言う上下関係は好きではないですし、私は皆様に今後、保護していただく立場ですができれば黒狐騎士団の一員として接していただけると、嬉しいです」
「──っ」
割と普通のことを言ったつもりだったのだけれど、その場にいた三人全員が絶句していた。
え、なにその反応。
『桃花の膝枕~』
モフモフのハクだけは、尻尾も揺れていてご機嫌のようだ。君は自由だね。癒されるからいいけれど。
「貴方様は、そのようなお言葉を……掛けてくださるのですね」
「(涙声!?)そ、その、普通では?」
これは私の気持ちで、私であればそうして欲しいと願うことだ。でも異世界で身分制度は絶対なら、これは押しつけになってしまう。それはランドルフ様たちに無理を敷いてしまうのだとしたら、考えを改めないとダメだと思うのだ。
「大事な話というのは、同じテーブルに座って聞くものです。聞く側も話す側も、それに相応しい姿勢であってほしい。私はそう思うのですが……ダメでしょうか?」
最後のほうは尻つぼみになって、ごにょごにょしてしまったが言いたいことは全部伝えたつもりだ。
「いいえ、いいえ。……我ら騎士団はみな平民の血を引いています。本来は神々に近しい尊き聖女様と同じ空間にいることも、許されないのです」
なにそれ!? それが教会のルールってこと!?
格差社会が凄まじくない?
「この世界のルールを識らない貴女様の心根に付け入るような接し方をして、本当に申し訳ありませんでした。最初のご命令通り、集落のある安全区域55階層まで命に替えてもお守りし、お届けいたします」
「!?」
深々と頭を下げる三人の姿を見て、私がなぜ98階層の地下迷宮に転移させられたのかが分かった気がした。そして私が聖女として活動するに当たって、周囲は黒狐騎士団が務めることを認めないのだろう。権力を使って圧力を駆けてくる。
「(冗談じゃない! こんな素敵なイケオジがいるしかも凄腕騎士団! 磨けば光るのにお別れなんて絶対に嫌! 大体そうなってくるとランドルフ様たちと別れた後、私の護衛は教会上層部が決めた者たちなのでしょう!? 絶対に嫌! 安全で、気楽で、王侯貴族の面倒なしがらみのない、信頼できる人たちがいなきゃ楽しく取材旅行なんて出てきないもの!)55階層までじゃないわ」
私は断言した。そして誓った。
「え?」
「確かに私はこの世界のことを何も知らないし、この世界の常識だっない。それでも人を見る目ぐらいはあるつもり。私はこの国のことをもっと知りたい。様々な土地の巡礼?こそが、神々から下された私の使命だもの。だからこそ護衛は今後も黒狐騎士団が良い。そして私を一員に入れてほしいの!」
命令でもなく、希望で、願いだ。顔を上げてランドルフ様と目が合う。目を逸らしたらその瞬間に終わる。だから私からは何があっても、頷くまでは逸らしはしない。
ランドルフ様の目が潤んでいる。
「……っ、しかし我が騎士団に軍資金は」
「これから私が増やします。【聖女】ですからね。お手のものです」
「それではモモカ殿の負担が」
「労働法基準法に則った無理のし過ぎない程度に納めます。他に懸念点は?」
「か、過大評価です。我々は──」
「それは私の見る目がない、私を馬鹿にすると同義だと思いますが」
「ぐっ、……ですが」
「何度でも言います。私は(恋愛関係の見る目は無かったけれど)、仕事関係において、人を見る目はあるつもりです。貴方たちの価値を、私が変えます。変えて見せます! 平民とかそんなの関係ありません。私の傍に居てくださる方々は、凄腕かつ信頼できる人なのですから! 私はあなた方騎士団を選びました。今度はあなた方が私を選んでください!」
「私たちが……選ぶ。選んでもいいと……っ」
「はい!」
言い切った私に吹き出して笑ったのはオウカ様と、エイブラム様だ。お腹を抱えて笑っていて、なんだか苦しそう。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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