第16話 不穏な動きと黒狐聖騎士団 ※間者ザムエルの視点あり※
精巧な天使像が建ち並ぶ建造物──教会本部内は、夜明け前から騒がしい。朝五時の段階で鐘が七つ鳴らされ、緊急招集会議の発令がなされた。
神の神託により、今後教会側がどのような対応を行うか決める重要な会議でもある。
招集をかけられた者の中に一際目立つ青年が二人。
目鼻立ちが整った彫刻のような顔立ち、漆黒の髪に、緋色の瞳を隠すような眼鏡をかけているのは、次期教皇候補の一人、ベルンハルト・アッヘンバッハ枢機卿。
ふわりとした金髪に青い瞳、王家の特徴を受け継いだ第三王子であり、次期教皇候補のロベルト・カレンベルク枢機卿。常ににこやかで、物腰も柔らかい。
そんな二人が会議室前で鉢合う。
「やあ、ベルンハルト枢機卿」
「おはようございます、カレンベルク枢機卿」
表情を一切変えないベルンハルト枢機卿は、何かと声をかけてくるカレンベルク枢機卿が苦手だった。
「今日はまた会議が長引きそうだね。……特に地下迷宮に聖女様がご降臨なされたのだから、誰が迎えに行くのか──とか」
和やかに笑うロベルト枢機卿に対して、ベルンハルト枢機卿は酷く冷めた顔で答える。
「地下迷宮も、この国には幾つも存在している。聖騎士団と共にしているのなら、教会本部に聖女様を保護した連絡が入るはずだ。それらの情報が出払ってから出迎えを誰が行くか決めれば良い」
日が昇り、朝を告げるかのように風が吹き荒れる。
「新たな聖女様は、これまでとは違う現れ方をした。僕はね、少し期待しているんだ。もしかしたら何か大きく変わるかもしれないってね」
「……期待などするものではない。どうせ聖女などみな同じだ」
緋色の瞳は一瞥すると、軽薄そうなカレンベルク枢機卿を置いてスタスタを歩いて行ってしまう。その後を蒼の外套を羽織った第二聖騎士団が追っていく。
「君は相変わらず【黒石化死病】にしか興味が無いみたいだね。……まあ、聖女様を迎えに行くのは、僕の率いる第三聖騎士団だと思うけれど」
桃花の知らないところで聖女に対して勝手に期待され、失望されるのだったが、それらの会話を聞いている者たちがいることを枢機卿たちは知らない。
**間者ザムエルの視点**
俺は聖女がいや、教会全てを憎んでいた。
神に仕える聖職者でありながら、権力と地位と名誉を欲して止まない強欲ども。そう言う認識だった。そしてそれは聖女モモカと出会っても、俺の中では覆らない。
地下迷宮90階層。
聖女モモカを保護して一週間。
見渡す限りの草原に魔物は遠巻きにいるが、それらを狩って食材や素材にするのが黒狐聖騎士団の日課になりつつあった。
(55階層に向けて二週間の準備、か)
思わずため息が出た。
55階層までの携帯食料の備蓄、聖騎士たちのリハビリに休息などもあり各々準備をしている。以前と異なるのは、団員たちは今後の身の振り方について、真剣に考えているところだった。
(今までと違って活気があるし、誰も彼もが未来について明るく語る。……聖女がいるってだけで、こうも変わるのかよ)
それは団長のランドルフが今後の活動方針を公表したことから始まる。
***
「聖女モモカ殿は神々の勅命により、地下迷宮を出た後、各地を巡る巡礼に出られる。その護衛は我ら聖騎士団に行って欲しいと依頼を受けた。私はこれを受けます。そこで諸君には、55階層までに黒狐聖騎士団に残るか、別の聖騎士団に移るか、脱退するか決めて欲しい」
その発言で団員内はざわついた。だがそれ以上に驚愕な展開になったのは、聖女の言葉が続いたからだ。
「ちなみに脱退、黒狐聖騎士団から移籍する場合でも、しっかりと退職金は出します」
「たいしょく……きん?」
「退職金なんて都市伝説じゃないのか?」
退職金。辞める時に今までの貢献を讃えて組織が出す報酬らしいが、黒狐聖騎士団にそのような制度はない。あっても微々たるものだ。貰えるものがあるだけマシ。
そう誰もが思っていたのだが、ここから聖女モモカはとんでもないことを言い出した。
「今手持ちの金貨がないので、織姫が作ったロングコートと制服一式。脱退すると加護は消失しますが、大体の相場は金貨2,000枚です。聖女からというサインも入れるので付加価値はそれなりに付くと思います。それとポーションを三つ。これは一つ金貨100枚で聖女印を付けておいたので、もう少し高く売れるかもですね」
総額、低く見積もっても金貨2,300枚。年間で平民が暮らすのに必要な金額は金貨25~35枚前後だ。豪遊しなければ、一生暮らせるだけの金額ではある。破格の待遇とも言えたが、残るほうの勤務内容や給金にも驚かされた。
「基本給は住み込みで月金貨10枚。武器や装備品は、怪我や病なども聖騎士団が負担するわ。休日は交代制の七日に一~二日。有休申請はとりあえず年単位で十二回。魔物を狩った素材は、教会2、聖騎士団3、本人が5の割合。仕事用の衣服、食事は聖騎士団持ちだけれど、お酒は含まれないわ」
「「「「!??」」」」
(おいおい、マジかよ。今までの十倍!?)
破格の給金に全員が耳を疑った。月に金貨18枚。俺たちの給料はどう頑張っても、金貨1枚。そこから宿代、甲冑や武具、武器の修理や手入れ代、食費などを考えると毎月マイナスだ。何とか生活ができているのは、魔物を買い取って貰うことでなんとかしのいでいる状態だ。それでも素材は教会8で、聖騎士団1、本人1という小遣い程度。
聖騎士を続けたほうがメリットは大きい。なにせ今後は、聖女の護衛聖騎士団と名乗れるのだ、地位や名誉だって回復するだろう。重責は増えるが、聖騎士としての矜持を持つ者なら望んでも得られない機会。
どちらを選んでも悪くない。だが人生の節目になることは、間違いないだろう。
その発言があった日から、団員たちの話のネタは今後の身の振り方や、自分が昔に諦めてた夢を語ることが増えた。必然的に会話が増え、明るい声が聞こえてくる。
(今まで明るい表情をしている奴らなんて、ほとんどいなかった)
悔しいが以前よりも団の雰囲気が明るく、活気に満ち溢れて互いに夢を語り合う姿は俺には眩しく見えた。
今までの夢、希望……明日さえ乗り越えられるかわかない漠然とした恐怖と悲壮感が嘘のようだ。
希望。
生活面での余裕が生まれるだけで、こうも心が軽くなるなんて思いもよらなかった。
自分で選ぶ。
自分で道を選ぶことの喜び。いつだって底辺の俺たちは自分の人生の道を、何一つ選べなかった。相手に決定権を奪われるだけだと思っていたというのに、それをひっくり返した。それが教皇と匹敵するほどの力のある存在──異世界の聖女。
傲慢で、思いやりもない、自分勝手な存在だった聖女とは違う。
(確かにこれが本物なのかもしれない)
自己利益よりも、他者への気配りを優先して、嫌味や敵意も真正面から受けても受け流せる度量。と言って誰かのためなら自分のことのように怒り、動こうとする。
絵空事を言って理想論を掲げる空想家ではなく、現実的な着地点を見据えての選択肢。いつかとか曖昧ないものではない。
有言実行。
その点においては、認めざるを得ないのが少しだけ悔しかった。
***
聖女モモカは宣言通り、黒狐聖騎士団専用のコートを人数分用意した。今まで黒狐聖騎士団では支給された聖騎士服以外、個々人で装備や武具を揃えるようにしてきた。だからお揃いというものはなかった。
しかも精霊、織り蜘蛛による付与魔法と加護付きの特別製。一人一人、全員の背丈や体格に合わせて作り上げた高級仕立て という点もテンションがあがった。
(うわぁあ! マジか。本当に全員分用意しやがった!)
第一聖騎士団のみに許された白を使ったコートを越える白さ。
魔法防御A、物理攻撃無効化S、炎、風、雷、水、氷魔法無効化。冬は暖かく、夏は涼しい。軽くてドラゴンの一撃、ブレスにも耐えられる。
「ドラゴンのブレスって、耐えられるものだったんだな」
「普通は避けるものだって思っていた」
「いやいやいや、オウカ氏やバルトロメオ嬢の機動力と俊敏さがあって初めてできるヤツだからな!?」
聖騎士団に残る場合のみ、聖騎士団の紋章を追加で刺繍を入れるという。ちなみにその場合、聖女の護衛聖騎士として神獣と精霊の加護がコートに付与されるので、一気に値段が金貨一千万に膨れ上がる。もちろん、脱退すれば価値は同じだ。
そしてこの紋章だが、今回のことをキッカケに黒狐聖騎士団から白銀狐に変わる。元々、黒狐とは教会では『役立たず』とか『厄介な存在』など蔑視に近い意味合いだった。それを白銀という最上級の色を賜る名にすると言うのはある意味痛快だった。
「ハクがこんなに素敵な白銀のモフモフですもの。マスコット的存在としても全面に出していこうと思います。イメージ戦略としても、黒狐聖騎士団が大きく変わったことを見せてあげましょう」
今まで蔑んで来た連中、馬鹿にして野次を飛ばした奴ら、教会専属ギルドで足元を見てきた馬鹿どもがどう反応するのか。
想像しただけで愉快な気持ちになった。
痛快だろう。だが聖騎士団に残れば教会本部といずれぶつかる。あちらには海千山千の怪物どもがいるのだ。それこそ白も黒にするだけの権力が可能な連中とくれば、あの聖女様だって無傷とは言えないだろうし、潰される可能性が高い。
それなら現段階で聖騎士団を脱退したほうが、得をするだろう。別に俺はランドルフ様のような高い矜持も、信仰心もない。ただ「庶民の出だから」という理由で、第八聖騎士団長からの命令で、黒狐聖騎士団に送り込まれた間者だ。
聖騎士団の状況を逐一連絡している。もちろん聖女様のことも。情報は俺から第八聖騎士団長と一方通行なので教会の様子は分からないが、55階層に戻る頃には枢機卿が聖騎士団と共に出迎えに来ているだろう。
聖女を自分の派閥に引き入れることで、現在の勢力図を大きく変えることができる。あるいは次期教皇すら狙えるだろう。聖女であり錬金術も使えて神獣と精霊と契約した幼女。
正直言って年齢が三十歳未満だったら最高の婚約者候補となったのに、残念だ。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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