第11話 桜花視点2・黒狐(ブラック・フォックス)聖騎士団
モモカ殿が就寝したのを確認して、90階層にいる黒狐聖騎士団全員が揃った。元々、重症者が寝ていた大部屋は今や集会所の場と様変わりしていた。
片腕や足を失った者もいるが、55階層の集落から出発して、八名の欠員を除いて全員が回復している。
八人中一人は黒狐聖騎士団を瓦解させるため、潜伏していた他の聖騎士団の工作員だと発覚。これは偶然だったが、58階層で任務失敗として来た道を戻るか、死ぬかを選ばせて彼は死を選んだ。
ランドルフにはバジリスクとの戦闘で石化と報告をしている。
うち五人は90階層に拠点を作ると言い出した時に、55階層に引き返して消息不明。おそらく他の貴族あるいは上層部の工作員だった可能性が高い。残る二名はモモカ殿がこの拠点に辿り着く前に、大量出血で亡くなった。
黒狐聖騎士団、現在二十三名。
全員が平民あるいは移民、孤児院の出身だ。そういう血筋だけで選別された聖騎士団。教会側の偽善と教義によって、産み落とされた闇。聖騎士とは名ばかりのごろつき、あるいは魔物討伐要員。
黒狐聖騎士団が魔物と戦い戦勝を上げても、それは他の聖騎士団たちの手柄になる。そういうシステムでカラクリだ。使い捨て可能な燃費の良い駒。それが今までの黒狐聖騎士団の価値だった。
それを一変させる存在が、聖女モモカ殿だ。
モモカ・スズハラ殿。
六歳とは思えない知識と、胆力と強い意志を持つ幼女。絹のような美しい黒髪、健康的な白い肌、金色の瞳に、庇護欲をかき立てられる姿。
そしてその傍らにいるのは、真っ白な神獣。よりにもよって黒狐と正反対の美しく真っ白な毛並みを持つ狐。常にモモカ殿を第一に考え、彼女だけに甘える姿は愛玩動物にも見えるが、その実──彼女が見ていないところでは常に威圧的な目を向けている。そのことにモモカ殿はまったく気付いていないようだった。
ランドルフは周りを見渡して、今いるメンバーが生き残ったことに安堵し、口を開いた。
「またこうしてお前たちと話す時間ができて、団長として嬉しく思っている。傷も癒えたとはいえ、まだ本調子ではないのは重々理解しているので、手短に話す」
ランドルフは本来の口調に戻したようだ。まあ聖女の前でタメ口はできないしな。
「まずお前たちと意見のすり合わせをしたいと思っている。今日、出会った異世界から転移した少女──聖女モモカ殿の件についてだ」
聖女と断言したことに、他の聖騎士たちは動揺を見せた。万が一聖女でなかった場合、処罰がくだるからだ。だがどう考えてもあの方は本物だろう。「静かに」と、エイブラムが少し圧を掛けたら黙った。
「彼女は神々から指名を受けて、この世界にやって来たという。そして地下迷宮を出た後も黒狐聖騎士団の一員として、各地の巡礼に聖女の護衛聖騎士団として付いてきてほしいと言ってくださった!!」
「聖女の護衛? 最底辺の黒狐聖騎士団のオレたちが?」
「そんなの上が許すはずない」
「そうだ、そうだ。ランドルフ様が聖騎士の最高位パラディンの称号を得る寸前で、冤罪で囚われたように、また何らかの理由を付けて我々を搾取するつもりだ」
「聖女の言葉なんて今更信じられるか」
「どうせ何か魂胆があるはずだ」
「では見極めれば良い」
そう言ったのはエイブラムだった。重い言葉に、先ほど騒いでいた声がピタリと止む。
「拙者も同意見だ。モモカ殿は今までの聖女とは根本的に違う。この異国で奇抜な拙者に普通に接してくださった。なにより──モモカ殿の傍に居れば、今までと違った景色を見せてくれる。拙者は愉快なほうを選ぶぞ」
「オウカ殿……」
ランドルフはホッとしているが、援護は拙者だけではあるまい。あのモフモフ好きが黙っているものか。
「俺も同意見だ。あの娘は面白い。何より錬金術で、アダマンタイトゴーレムの素材を加工しやがった。ドワーフや伝説の鍛冶屋ですら、その加工技術に苦労したというのに、アッサリと加工しやすいように素材を渡してきたんだぞ。鍛治師としても、癒し要員としても欲しい人材だ」
可愛いもの大好きで、鍛治師として超一流のエイブラムの言葉に、物作りの副職を持つからこそ目を輝かせた。
この聖騎士団は騎士職だけでは、食べていけないことが多かったため、若いうちから副職を身につけていることが多い。何より他人の評価に厳しいエイブラムが絶賛するのは珍しい。
「エイブラム様まで」
「俺もモモカ様と一緒は楽しい気がするッス」
「自分もモモカ様と話してみて、薬草の知識は結構あるので有意義でござったぞ……ふふふ」
98階層から一緒に行動しているアルバートを含めた面々は、モモカ殿に対して好意的だったが、今まで駒として扱われてきた黒狐聖騎士の団員の大半は、聖女という存在に拒否反応を見せていた。今までの扱いを考えれば当然かもしれない。
聖女や枢機卿、大司教たちから目を付けられて、黒狐聖騎士団に追いやられた者も多い。特に冤罪、嵌められることなどもそうだ。
「どちらにしても55階層までモモカ殿を送り届ける。それまでにお前たちが見極めれば良い。そして体感するといい。本物はこうも違うのか、と。あの方は黒狐聖騎士団を変えると言ってくださった。私は、ランドルフ・ハーゼ個人として、彼女に剣を捧げるつもりだ。私の人生において、ようやく剣を捧げるにふさわしい存在と出会った今日に感謝するほど、あの方は文句なしに私の理想を形取った──仕えるに値する方だ」
「ランドルフ」
ランドルフ・ハーゼ。
元伯爵家三男でありながら、母方が庶民の血と言うだけで聖騎士に入るまで息を殺して生きてきた。聖騎士になってからは、その類い希なる能力を遺憾なく発揮して第一聖騎士団のポープ、そして二十五歳の時にパラティン候補となった。
しかしその時から、彼の転落人生は始まっていたのだろう。平民の血を引いている。たったそれだけのことで上層部からやっかみを受けて、魔物討伐の最前線に立たされた。そんな逆境をはね除けるだけの気概とカリスマと力を持ってしても、上層部──権力者たちに誇りと名誉と矜持を折られた。
それでもランドルフが黒狐聖騎士団の団長として道を指し示したのは、他ならぬ教皇猊下だった。元々黒狐聖騎士団は寄せ集め、聖騎士の中でもどうしようもない存在で、聖騎士とは名ばかりの問題児。
実際に、当時団長を務めていたエイブラムは悪の親玉と言った感じで、教会内部で起こっている派閥争いなど起こして失脚させるようなことを行っていた。そのあたりは横領やら人身売買をやっているようなクズだったので、目を瞑っていたが、そこからオウカが加わり、料理長のバルトロメオが入団した頃には、聖騎士団の中でも戦力に特化した化物集団になっていた。
いくら魔物討伐の手柄を聖騎士たちが奪おうとも、黒狐聖騎士団が戦う姿を民衆たちの目まで欺くことはできなかった。黒狐聖騎士団の活躍に憧れる者も増えた。元々、庶民の出が多かったこともあり、民衆の希望としてあっという間に人気者となった。それが気に食わなかった上層部は、地下迷宮攻略を言い出したのだ。国境付近の魔物とはまた違う脅威。
地下迷宮は魔石や魔法石、魔物の素材が手に入りやすいが、放置すれば魔物が増えて魔物の暴走を起こす可能性が高い。適度な間引きが必要となる。そうやってもっともらしい理由を付けて、黒狐聖騎士団を地下迷宮に追いやった。
「我らを地下迷宮に追いやったつもりだが、神は我々を見放していなかった。だからこそ最高権力者である女神様から使命を授かった聖女と神獣が現れたのです。そう思うと今まで耐えてきた全てに意味が生まれる」
耐え続けた意味。
がむしゃらに生きようとした理由。
諦めず、剣を捨てずにいた立場をランドルフは心から喜んだ。
「ふうん、でもアタシはそう簡単には認めないわ。まだ会ってもいないし、どんな子なのかも分からない。目的も含めて、私は慎重に精査させて貰うわ」
「バルトロメオ。ああ、そうしてくれ」
警戒することもなく存分にやってくれと、笑った。
「俺もそう簡単に認めない。所詮、聖女だの聖人だのは欲まみれで、頭の中お花畑の連中だ」
「リヒャルド」
「僕も……同意見。絶対に何か裏がある」
「ザムエル」
そう彼らの名を呼び、ランドルフは「そうか」とだけ答えた。だがその後で「これからモモカ殿がどのように教会を、世界を振り回すのか、何をなされるのか──楽しみだ」と、小さく呟いたことを拙者は見逃さなかった。
***
期待するランドルフの願い通り、教会本部では戦々恐々と大会議が開かれていた。これは桃花の投稿を読んで奮起した神々の何人かが、「それならば」と立ち上がったからだ。
神々は人の世に干渉することは殆ど無い。ただ気に入った者の助けとなろうと、少しだけ運を味方に付けることはする。
彼ら的には「僕たちのお気に入りが君たちの国にいるから、力になってあげてね。酷いことをしたら許さないぞ☆」というニュアンスを教会上層部に告げた。しかし神々の言葉を曲解する者は多い。そして神々の感覚のニュアンスが人と同じとは限らない。
神託。
桃花が眠っている間に、神託が教皇及び、枢機卿全員に告げられた。
『地下迷宮に黒髪の聖女と神獣が召喚される。その者は白き衣纏い聖騎士たちを従えて、各地を巡り厄災と腐敗を祓い、この国をより豊かにするだろう。万が一、黒髪の聖女を利用し、貶め、障害となる者には天罰が下るだろう』
この神託に教会本部は激震が走った。それと同時に早朝、緊急会議が開かれることとなったが、それを桃花が知るのはもっとずっと後だった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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