アメリカとの遭遇
三章
江戸中期、日本では蒸気の技術が発明されていた。平賀源吉がカラクリを考案中に発明し、その後、世の中に広まり船の技術に応用された。遠洋航海が可能になってきたのだ。日本人は太平洋に進出した。何回かの航海から太平洋の南東の方向に島々があることが分かってきた。この頃の日本ではオランダとの交易が盛んで外国語に長けた者が多くいた。外国語の習得に長けた者をこの島々に派遣し、交流を開始した。派遣されたのは渋谷統一郎であった。島々の人々は踊りが好きで、一緒に踊っていると歓迎された。統一郎は状況に応じて発せられる言葉から単語をピックアップし、それぞれの単語の意味を理解していった。二年足らずで島々の言葉を習得してしまった。統一郎は美しい島々を真珠島と呼んだ。この島の踊りは統一郎を魅了した。ゆるやかで人生を穏やかに過ごしている人々の気持ちを現わしているようだった。統一郎は一旦日本に帰り真珠語と日本語の辞書を作った後、許可を得て真珠島に移住し、日本人と真珠島の人々との懸け橋となる。
真珠島の人々は日本の技術に驚いた。しかし、統一郎を見ていたので、特に日本人を怖がることもなく、日本人を受け入れてくれた。日本はさらに東へ進出しようと考え、真珠島に小栗忠治を派遣した。忠助の子孫である。真珠島に蒸気船の港を作るための交渉を始めることになった。忠治と統一郎はすぐに打ち解けた。忠治が島の人々が開いてくれた歓迎会で一緒に踊りだしたのだ。
「おお~~、おお~~。」
なにやら雄叫びを上げながら踊っていた。統一郎とともに島の人々も忠治を受け入れた。その翌日、島の統領と忠治は会見した。
「ようこそ、お越しいただきました。日本の侍。」
「お招きいただき、ありがとうございます。統領。」
二人は向かい合って座り、統一郎が忠治の斜め後ろに座った。
「日本の未来への考えをお伝えしたい。よろしいですか?」
統領は興味深げに頷いた。
「日本から見て西には大きな大陸があります。その果てまで既に言っておりますが、その大陸の西側にも海があります。日本の東側の海には真珠島がありその東側にも海があります。我々はその果てまで行くつもりです。そのために、真珠島に大きな港をつくってほしいのです。」
「港ならありますよ。」
「もっと大きなものです。」
統領の目は笑っていた。
「よろしいでしょう。我々も世界の果てに行ってみたい。その後、日本はなにをしたいのですか?」
「お気づきかもしれませんが、海を見ていると少しですが扇形になっています。世界は丸いのです。つまり、球なのです。日本からみて西の果てと東の果てが同じ場所なのをまずは確認したいと考えています。」
「そうやって世界を確認した後はどうするのですか?」
「私自身は世界中を旅したいですね。」
統領は嬉し気に頷いた。
「私もそうしたいです。」
日本から技術者と資材が運ばれてきた。真珠島の人々と技術者は話し合い、港の場所を決め、工法を話し合った。日本の技術と持ち込まれた物質に真珠島の人々は驚いた。この工事をきっかけに真珠島の若者が日本に続々と留学してくることになった。
日本の軍艦武田丸が真珠島から北東へ進路をとり航海中に大きな船と遭遇した。両者は距離を取りながら、日本側から呼びかけた。幾つかの言語で呼びかけたところ、英語の呼びかけに応じた。噂に聞いていたアメリカである。非常に高度なからくりの技を持つ国であるとの情報をオランダや英国から伝え聞いていた。ヨーロッパとの交易があるらしいのだ。互いに船を近づけ、顔を見たところ日本人に似ていた。武田丸の船長の旗本勝周山は何人かの侍とともにアメリカ側の船に入った。勝は油断ならぬものを感じた。船員たちは笑顔だが、自分たちを注意深く観察しているように感じた。船長のノルアという人物が握手を求めてきた。握手すると、少しだが、手に汗をかいていた。緊張しているのだ。もちろん自分も緊張しているが、なにか異質なものを感じた。
「日本という国についてはヨーロッパの友人から話を聞いたことがあります。」
「私もヨーロッパの友人から貴国のことを聞いたことがあります。非常に大きい豊かな国だと聞いております。」
「少し驚いたのですが、我々は非常に似ておりますな。」
俺も驚いた。日本人より一回り体が大きいが顔はそっくり同じだった。だが、なにか違う感覚があった。
「貴国の軍艦が航行しているということは、この海域は既にアメリカ大陸の近くなのですか?」
「それほど、近くはありませんが、この辺りはアメリカの海域と認識していただきたい。」
勝は反発を感じた。だが、事を荒立てぬよう。その言質には触れず、
「それでは我々は航海を続けます。ただ、進路は南東に転じます。」
ノルアは満足そうに頷いて、
「それでは気を付けて航海されてください。」
勝は色々聞きたい事があったが、聞かなかった。日本の持っている情報を出すべきではないと感じたのだ。これが、これから数百年にわたる日本とアメリカとの最初の接触であった。
勝は真珠島に一旦戻り燃料や食糧を補給して東南東に進路をとり、アメリカとの接触を避けながら航海を続行した。英国からの情報だと、アメリカ大陸の北側がアメリカで南側に違う人々が住んでいるようだという情報を得ていたからだ。一週間程度の航海を行うと小さな島々を発見した。ここでも真珠島の時と同じような光景が見られた。船員と島民が一緒に踊っているのだ。言葉はわからない、しかし、日本人に敵意はないことを島民たちはわかったのだ。島に語学の習得に長けた者を残して、引き上げることになった。既にこの船員は島民とある程度の意思疎通ができるようになっていた。
一方、シルクロードを旅し、西に向かった木村正一郎の子孫である木村正五郎はヨーロッパに到着し、オランダ国王に将軍の親書を渡し、英国に向かった。英国はその頃、仏国との戦争状態にあり、ロンドンの街中も緊迫した雰囲気にあった。そんななか、木村は英国外務省次官マイク・ブッシュと会うことになった。ブッシュは長身で医者としての顔も持っていた。
「ようこそ、東洋の友人。」
ブッシュはフィリピンにいたことがあり、日本に来たこともあった。その時に木村が日本の案内をしたのだ。
「久しぶりですね。」
握手しながら、少し痩せたなと思った。イギリスの置かれている状況とブッシュの立場から考えて当然だろう。仏国との長い戦争で英国も仏国も疲弊していた。
木村とブッシュはヨーロッパの現状を話し合いながら、切り出した。
「日本は英国と仏国の間を取り持つ用意があります。」
ブッシュの表情が変わった。期待を持った表情だった。
「無条件での停戦ということですか?」
「できればそうしたいですが、いくつか条件を持っていればやりやすいとは思います。」
ブッシュは思案気な顔をした。
「例えば、どのようなものですか?」
「ひとつは捕虜の交換、もうひとつは仏国内の英国領の放棄です。」
ブッシュは無表情だった。
「その代わりに仏国に賠償金を求めます。」
ブッシュはまた思案気な表情になった。
「大臣とも話し合わなければなりません。数日時間を貰えますか?」
「もちろんです。」
英国は仏国との戦争で深刻な財政難となっていた。ある程度の賠償金を得られるなら、国内でも批判の多いヨーロッパ大陸の飛び地の領土の放棄は飲める提案だろう。仏国も英国との長い戦争は庶民の生活を直撃しているし、長年の仏国内の領土を取り戻せるなら賠償金の支払いに応じる可能性は高いだろう。問題は金額だった。木村はオックスフォード大学の教授を訪ねることにした。英国政府のアドバイザーを務める人物だ。
「今日はお時間頂きましてありがとうございます。」
「こちらこそ、日本の侍にお会いできて光栄です。」
「私の祖先は百姓です。祖父が取り立てられて士分になったのです。」
「正一郎さんですね、存じております。悪政を行っていた地方政府を潰した立役者、英雄ですな。そこから幕府は身分制度の改正に取り組み始めて日本社会は発展していった。そして、現在さらに統治体制の変更を将軍自ら行おうとしている。我が国も見習いたいものです。」
「将軍様は英国の議会による王権の制限を手本に権力の集中を避けようと考えています。英国を手本にされているようです。」
ギル・サンダース教授は微笑みながら、
「それでは本題に入りましょうか。何をお聞きになりたいのですか?」
「現在の英国の財政難を回復させるために必要な資金はどの程度必要ですか?」
「一千万ポンド(現在の一千億ポンド・日本円で約十五兆円)。ただ、その半分程度あれば、資金運用次第でなんとかなると思いますよ。」
最低でも五百万ポンドか。領土の回復と引き換えなら十分とれる金額だ。
「おそらく、重要な任務をおびて来国されているのでしょう。ご武運を祈ります。」
二日後、ブッシュと外務大臣のレーガン卿と会談することになった。レーガン卿は長身で端正な顔立ちの貴族だった。通された部屋は茶色を基調とした落ち着いた部屋だった。レーガン卿が
「どうぞ、お座りください。」
「失礼します。」
「先日、ブッシュにご提案頂いた件についてご相談したいと思います。」
木村は頷きながら話を聞いた。
「領土の放棄は非常に苦しい決断となります。国民の反発もあるでしょう。しかし、これ以上戦争を長引かせることはより国民の困難を長引かせることになると考えています。」
そこで、レーガン卿は言葉を切った。
「それでは。」
木村は先を促した。
「仲介をご依頼します。我が国の状況も調査していただいたようですし、条件に関してはお任せします。領土の放棄には応じます。ブッシュから少しお話したいことがありますので、私はこれで失礼します。」
そう言ってレーガン卿は部屋を出ていった。
「サンダース教授とお会いになったそうですね。」
「はい、英国の財政状況の説明をしていただきました。」
「今回の和平で英国の財政・経済状況が好転する機会としていただきたい、レーガン卿は条件をつけないとおっしゃいましたが、好転する賠償金の確保はお願いします。」
「承知しております。」
「領土と引き換えという点はあまり良い気分はしませんが、ヨーロッパ大陸の飛び地の領土を保持するのは財政的に負担になっていましたから、その点を国民に説明すれば納得は得られると考えています。」
「仏国では王室への不満が高まっているようですから、領土を取り戻せるのであれば、ある程度の金額でも賠償には応じると考えています。」
「早く平和になるといいのですが。」
「日本としてもヨーロッパとの交易を活発にしたいのですが、各地で治安が悪くて物流が難しい状況をなんとかしたいと考えています。平和になったら、また日本に今度は旅行に来てください。色々ご案内します。」
二人は握手をして別れた。
木村は船に乗ってベルギー経由で仏国に入った。その頃、仏国ではあちこちで紛争があり、非常に用心しながらの旅であった。パリに着くとピエール卿との会談に臨んだ。ピエール卿は木村が提示した英国側の仏国内の領土の放棄に驚いた。
「本当ですか。」
「ただし、賠償金をお願いします。」
「どの程度の額ですか?」
「15万ポンドです。」
「15万ですか。」
ピエール卿は少し目をつぶって考えているようだった。
「今の我が国に支払える額ではありませんな。金額に関しては持ち帰らせていただいてよろしいですかな?」
「結構です。ですが、英国も重大な決断をしていることを前提に話し合いをお願いします。」
「承知しております。」
15万ポンドは無理だ。10万ならなんとかなるかもしれない。国王にはその旨を報告して決断して頂こう。
仏国王ルイ15世は疲れた顔をしてピエール卿の話を聞いていた。
「分かった。10万ポンドならなんとかなるのだな?その線で英国側と協議せよ。」
早く英国との戦争を終わらせないと仏国の統治自体が危うくなっていた。
こうして100年に渡る英仏の戦争は終結した。日本と英国は同盟を結ぶことになった。日英同盟である。




