日本の躍動
二章
家光は畳の上に寝転びながら考えていた。今回の件で旧来の上級士分にもとんでもないのがいることがはっきりした。それに、農民には有能な者がいることがわかった。たしかに現在の身分制度は生産性を維持するための技能の伝承には必要な職業上の制度ではある。ただ思うのだ、生まれた家で人生が決まってしまっていいのだろうか?俺はついてたなと思う。人生は確かに色々だろうと思う。ただ、やはり自由でいられることは重要だろう。俺も自由とは言えないかもしれないが、生活に不安はないし、快適だ。誰もがこういう生活をすることはできないだろうが、皆になにか機会を与えることはできないだろうか?まず、早急に行わなければならないのは統治階級である士分に不適格者がいないか調査することだな。民を害する者たちは排除しなければならない。その上で士分にふさわしい者の登用制度を作るというのはどうだろう?ただ、士分にふさわしい者の選別方法だ、どういった基準を作るかだな。
「殿、昼寝ですか?」
「寝てはおらん。微睡んでいたのだ、気持ちの良いところを邪魔しおって。」
「それは、申し訳ございません。」
「どうでもよいは、それでなにか用か?」
「先日の九州での騒乱での処分の執行は終わりました。酒井は木村を家中に加えました。」
「そうか、それでよい。寺子屋などの件はどうなっている?」
「直轄領、親藩、譜代は順次村々に寺子屋、道場を作っておりますが、外様の動きは鈍いようですな。」
「人手のかかる話だからな。忠則、儂は幕藩体制についても変える必要があるのではないかと考えているのだ。」
「殿、それはまだ早いと思いますぞ。」
「しかしな、親藩・譜代で幕府を構成して、外様が敵対しないか監視するというのは、日本全体を考えた場合、実に勿体ない話ではないか?」
「島津や毛利を甘く見てはいけませんぞ、いつでも天下取りを狙っております。」
ここで、ようやく家光は起き上がり、胡坐をかいた。
「天下をとる、確かに気分はよいが大勢の人間が苦しむことになる。想像してみよ、50年前まで戦になっては大勢の人が死に、飢えで苦しんだのだ。二度とそうなってはならん。」
「ですから徳川幕府の体制を盤石にするのです。」
「そう言うと思った。だがな、どんなことでも最期は来るものじゃ。その終わり方次第ではまた多くの血が流れることになる。緩やかに体制の変更を行うことが必要なのじゃ。だからな、皆が納得する統治体制を作ることを考えた方が良いと思うのじゃ。」
「家康様が天下取りをされた時も多くの武将を味方につけられましたが、それは怨念や損得勘定を上手く操ったからです。権力を手にするとはそういうことですぞ。」
家光は立ち上がって、伸びをした。
本多、大久保、酒井の老中三人は輪になって胡坐をかいて、相談していた。
「殿は若いし、人を信じておられるのだろう。」
酒井は目を細めてそう言った。
「ただな、殿は島津や毛利を幕府の要職につけて、取り込もうと考えておられるのではないかと思うのじゃ。」
大久保は目尻を上げて
「それはいかん。幕府の内部情報が筒抜けになってしまう恐れがある。」
「儂もそう思った。だが、考えていくと情報を隠すからお互い疑心暗鬼になっている面はあるだろうと思う。有力な外様も含めて定期的な会合を持つというのはどうだろう?」
「どんな話をするんじゃ?」
酒井が冗談交じりに言った。
「冗談ではないぞ。全国の作物の状況や物品の流通、他にも諸外国の動向なんかじゃ。」
「かなりの情報を出す気じゃな。」
「なんとか信頼関係を作れんものかと思ってな。」
「どうかの~。」
大久保はため息交じりに言った。
「それでもう一つあったな。」
「身分に関することじゃな。」
「そうじゃ、関八州の村々に寺子屋を沢山作ったが、武州の村々ではなかなか優秀な子らが多いようじゃ。寺子屋の師範から既に随分たくさん報告が来ている。」
「飯能にはカラクリの技術に秀でている子がいるらしくての、江戸で修行させたいとの推薦がきたそうだ。」
酒井は頷きながら、
「これからはカラクリの技術の向上が必要だと思う。南蛮からきた鉄砲にしても日本はカラクリで遅れているようだからな。」
大久保も頷きながら、
「カラクリの技術が向上すれば、儂らが考えつかないような事が出来るのかもしれん。」
飯能から二日歩いて江戸に着いた。人だらけで酔いそうだった。源吉は江戸の華やかさを見て不気味に感じた。こんなに人が集まって騒いでいて煩くないのだろうか?来てすぐに飯能に帰りたくなった。しかし、江戸の中心からしばらく歩き、だんだん静かになっていった。道場のような大きな家に案内され、平賀という初老の男性に紹介された。源吉が挨拶すると初老の男性は
「ここは面白いものがたくさんあるぞ。」
源吉はさっき帰りたいと思ったことをすぐに忘れてしまった。本当に好奇心の塊のような少年だった。少年は早速家にあるカラクリをいじくり始めた。
それから少年の毎日は食う、寝る、風呂以外はカラクリをいじくることになった。そのうち少年は思い始めた。自動的に動くカラクリを作れないだろうかと。西洋のゼンマイ式以外の方法はないか考えていた。そんな少年に平賀はなにも教えなかった。少年の好きなようにさせていた。この少年には教えない方が伸びると思ったのだ。自分のやり方を自分で見つけるだろう。
ある日少年は故郷飯能の夢を見た、その中で水車が動き穂を叩いている光景があった。少年は飛び起きた。そうだ、水の力を応用できないだろうか。少年は初めて平賀に相談した。
「先生、僕は自動カラクリを作りたいと考えています。その力の源として水を使いたいと思うのですが、なにか良い方法はないでしょうか?」
平賀はこの発想に驚いた。自動で物を動かすためには動かす力が必要だ。具体的にどのようなもので動かすか考えている、その思考の柔軟性にこの子はやはり天才だ。しかし、水は上から下に動く、それだけでは数秒間しか力とはなりえない。循環しなければならないのだ。
「水を循環する方法を考えなければならないな。」
平賀がそう言うと源吉は
「水は寒いと固まります。沸かすと湯気になります。」
「火か。」
平賀は大発明になる予感がした。それから源吉と平賀は毎日試行錯誤しながら考えをだし、試作品を作ることを繰り返した。
それから十年後、巨大な人形を自動で動かすことに成功した。そう、蒸気の発明に成功したのである。源吉は平賀の養子となり平賀源吉となっていた。そして、家光の前で人形を披露することになった。
謁見の日、源吉は巨大な庭で人形の確認をしながら家光が現れるのを待った。しばらくすると、護衛を引き離すようにスタスタ足早に歩いてきた。
「楽にせよ。」
家光はこの日を楽しみにしていた。どんな面白い物が見られるのかワクワクしていた。
「お前が平賀か?」
「はっ、平賀源吉と申します。」
「見せてくれ。」
「はっ。」
源吉は火をつけた。すると人形は舞い始めたのだ。人のように艶やかに舞い始めたのだ。家光は真剣に見ていた。
「これはゼンマイではないのだな?」
「はっ、そうでございます。」
「では、どうやっているのだ?」
「水でございます。水を沸騰させた力で動いています。」
家光は立ち上がり
「平賀源吉に五百石を永大で与え、旗本とする。そして、新設する幕府の技術機関への出仕を命じる。この技術を幕府の総力を上げて研究・応用するのだ。」




