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夜明け  作者: 新倉我流
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パラレルワールドの江戸時代

 江戸幕府の初期、世の中がまだ不安定だったころ九州で農民による大規模な武力蜂起があった。まず、そこから物語を始めたいと思う。九州北部の小さな藩が発端だ。その藩の大名は蔵方正成といった。


「年貢を上げよ。それに新しい税を作るのだ。そうじゃな、消費税とするのじゃ、物や作事のやりとりにすべて税を課すのじゃ。」

「殿、それでは民の生活が成り立ちません。おやめ下さい。」

「うるさい、儂の言った通りにすればよいのじゃ。」


 蔵方が焦って税を上げようとしていたのには訳がある。江戸城の普請に参加する意向を幕府に通達してしまったのだ。蔵方は現在九州の大名だが元々は近畿地方の大名だった。見栄っ張りで家格を上げようとしていたのだ。そのため実際は四万石の領地を十万石と偽って幕府に報告していた。そうなると、どう考えても金が足りず金の工面のことしか考えられなくなっていた。

 家老の大木官兵衛は困り果てていた。ただでさえ、いくつかの庄屋から代官所に百姓の窮状の訴えがあり、この上で年貢を上げるのは心苦しかった。だが、この侍は小心者で殿に意見するなどとてもできなかった。

 各代官所に庄屋達が集められ、年貢を上げる告知がされた。庄屋達は騒然となった。

「御代官様、餓死者がでますぞ。」

「この間御相談申し上げたばかりではないですか。」

「大変なことになった。」

「静かにせよ。上意であるぞ。」


 ある代官所では泣き崩れたものもいたようだが、それでも庄屋達はそれぞれの集落に帰り皆にこのことを伝えた。

「それだけの年貢を出したら、儂らの食い扶持は半年分も残りませんぞ。」

 ある庄屋は考えながら、こう言った。

「隠田を増やそう。」

 皆頷いた。


 庄屋達は大庄屋の平川彦一郎の屋敷に集まった。

「新しく来た殿様は儂ら百姓からむしり取ることしか考えていないようだ。」

「隠田を作ったりしているが限界じゃよ。」

「城下町では消費税なるもので町民からもむしり取るようじゃ。とりあえず、郡代様に相談してみよう。」


 皆が帰った後、平川は考えた。新しく来た殿様は独善的な方らしい、周りの意見に耳を貸すだろうか。隣接した幕府直轄領の代官の旗本は相当な切れ者との評判だ。いざというときのために秘密裏に旗本にも話を通せないだろうか。


 郡代の白井又三郎は困っていた。平川の申し分がいちいちもっともなものだったからだ。しかし、年貢の件は自分ではどうしようもないものだ。

「新田開発をして取れ高を増やすしかないの。」

「ただ、それには時間がかかります。」

「仕方ないのだ。とにかくやれることを考え出して実行するのだ。」

 郡代様は動く気がないことが分かった。


 それから百姓たちは野菜を作ったりして、なんとか自分たちの食い扶持を確保しようとした。それでも足りなかった。子供達は瘦せ細り、体を壊すものが出てきた。


「これは飢饉並みじゃ。」

平川はなんとかしないと大変なことになる。直轄領の大庄屋である。木村権左衛門に代官の旗本、小栗忠助に仲介を頼んだ。その頃、いくつかの村で抗議に向かった若者たちが拘束され、拷問にあった。それがきっかけとなり、密かに一揆の準備が進められ始めた。この話を聞いた平川は急いで小栗と面談を取り付けた。


 小栗は密かに情報収集しており蔵方家の圧政は把握していた。平川の話からは状況は緊迫していた。一揆の話を平川はしなかったが、小栗はその可能性も考えていた。そのようなことになれば周辺の藩の農民にも波及するかもしれない。

「蔵方家の問題じゃからのう。郡代には相談したのか。」

「相談いたしましたが、自助努力せよ、とのことでした。私ども農民もできうる限りの食糧を生産しましたが、とても足りません。このままでは餓死者が出てしまいます。」

 平川は憔悴していた。よほど悩んでいるのだろう。大目付の大船殿に報告する必要があるな。

「この話、預かる。不用意なことはするな。」

「ありがとうございます。」


 小栗は元々九州探題からの命で蔵方家中の調査を行っていた。問題が発生していることは把握していた。だが、小栗は江戸の大目付である大船に直接早馬をだし、九州探題の早川久利忠に報告した。だが遅かった、各地の村で一斉に農民が代官所を襲い、結集した。リーダーの庄屋である木村正一郎は武装した農民千五百人を率いて城下町に突入した。慌てた蔵方は藩兵五百人を出陣させた。しかし、この騒ぎを聞きつけた各地の村から農兵が城下町に入ってきた。

 ある巨体の農民は作事で使用する大槌を振り回した。馬廻組の侍は大槌で刀を折られ、腹に大槌をくらい吹き飛ばされた。農民たちは雄叫びをあげながら突進した。その勢いは凄まじかった。女たちも戦いに加わっていた。斧や桑で侍を囲み串刺しにした。藩兵は圧倒され、城への突入を許した。蔵方は直轄領に逃げ出した。これを聞いた小栗は50人ほどの代官所の侍を連れ藩境に出陣した。一旦蔵方を保護し、追ってきた農兵にこう告げた。

「一歩たりとも直轄領への侵入は許さん。上様のお言葉と了知せよ。」

 その毅然とした態度と気迫に農兵の動きは止まった。

「まず、村へ帰れ。今なら大事にはならん。」

 小栗はそのまま城に向かった。農兵たちは殺気立っている。

「俺は直轄領の代官である旗本の小栗忠助である。開城せよ。」

「どうする。」

「中に入れろ。」

 小栗は緊張していたが、水面のように穏やかな心持だった。ここで騒乱を治めなければならない。徳川の世になってまだ年月が浅い、騒乱が長引けば何が起こるかわからない。だが、農兵たちは殺気立っている。一歩間違えれば殺されるだろう。そこに木村正一郎が来た。

「御代官様、儂らの言い分を聞いて頂けますか。」

 険しい顔つきをしているが、この状況なら当然だろう。

「まず、城を明け渡して欲しい。蔵方は当然処分する。」

「儂らはどうなりますか。」

「約束はできんが死罪にはならんように儂からも嘆願する。」

 小栗は端正な顔立ちをしていたが、その表情は峻厳さと気迫で満ちていた。木村は小栗を見て勝てる相手ではないと悟った。それに、この侍は信用できる。木村は直感的に感じた。ここまで来たら自分の判断を信じるしかない。

「しばし、お待ちいただきたい。皆に話してまいります。」


「皆の衆、よく聞いてほしい。あの侍は直轄領の代官の旗本だ。いずれは幕府の知れるところとなると思っていたが、早かった。あの侍は信用できそうだ。儂は死罪となるだろうが皆は助けたい。今、城を明け渡せばあの侍からも嘆願してくれると言っている。皆、村に帰ろう。」

 皆、急に不安になったようだった。

「儂ら皆死罪になるのなら戦って死のう。」

「そうじゃ、そうじゃ。」

「どうなるか確かに分からん。だが、あの侍は信用できると思う。それに、これまでの悪政を申し立てれば、皆が死罪にはならんと思う。だからこれで終いにして沙汰を待とう。やるだけのことはやった。」

 一人二人と徐々にその場を離れ帰路につき始めるとそのうちほとんどの者がいなくなった。木村は小栗のところに戻ると

「ほとんどの者が帰りました。残りの者もじきに帰るでしょう。」

「ありがとう。城は代官所で管理する。」

 

 翌日、九州探題の早川が代官所に来て、蔵方を見て吐き捨てた。

「なんということじゃ。」

 小栗のほうを向き

「農民たちはどうした?」

「村に帰しました。」

「江戸へ報告はしたか?」

「いえ、まだ致しておりません。」

「そうか。」

 早川は思案気な顔つきだった。

「今回の件、蔵方に非があるが、ここまでの一揆となるとな。ただ、お主が農民との交渉も致していたようじゃし、報告はお前がせよ。できるだけ早く。」

 そう言って早川は城の警備の兵を残し、帰った。さて、どのように江戸に報告するか。そこに大庄屋の平川が来た。

「大変なことになってしまいました。皆はどのようなことになってしまうのでしょう。」

「お主から相談を受けた後、江戸に早馬をだしたのだが間に合わなかった。江戸に事の顛末を報告する前に詳細を聞きたい。」

「どこからお話した方がよろしいでしょうか?」

「そうじゃな、まず皆がどのような状況にあったのかを詳細に聞きたい。」

「先日ご相談した際にもお話ししましたが、それは酷い状況でした。老人は体力がなくなり寝たきり状態になり、子供たちはやせ細りました。呑百姓には餓死者も出ております。その上、代官所に陳情に行ったものが、拷問にあって死にました。引き金はこの件のようです。」

「その陳情とはどのような形で行ったのだ?」

「その地域では親分肌の本百姓が三人で代官所の手代に年貢を納めるのを少し待ってもらえないか頼みに行ったそうです。手代は苦し気にそれは無理だと言ったそうで、それでも三人は上に相談してもらえないか粘ったようです。すると与力が現れ、三人が拘束され拷問されたのです。死体は荷車に乗せられてそれぞれの家族に引き渡されました。その死体の惨さに親戚一同が激怒し、周りの百姓のみならず、小栗様もお会いした庄屋の木村も駆けつけ、その惨さに激怒したようです。そこで仲の良い近隣の庄屋に相談したようです。周りの村も状況は似たようなものですから、このままでは飢え死にしてしまう、藩に掛け合えば殺される、こうなったら藩をつぶすしかないということになったようです。」

「儂に相談したことは話していないのか?」

「はい、藩に漏れることを恐れてしまって私の胸の中に留めておりました。」

「それは仕方のないことだ。」


 平川が帰った後、急ぎ江戸に早馬をだした。二日後には江戸に早馬は到着し、九州での一揆の詳細が報告された。老中の本多忠則は激怒した、蔵方にだ。石高を偽っていたことに特に腹を立てた。九州で他の藩に不穏な動きがないか調査するよう指示をだし、蔵方と一揆を起こした百姓達の処分について考えた。蔵方は当然切腹の上、家は取り潰しだが、問題は百姓達だ。近隣の代官である小栗と九州探題の早川から温情ある処分をとの報告がされている。特に小栗は知恵小栗と言われるほど有能な旗本だ。小栗からの文には百姓たちの過酷な状況が詳細に記述されていた。しかし、百姓たちへの処分があまりに軽いと武士への反抗を認めてしまうことになる可能性がある。そうすると現在の身分制度の崩壊につながる可能性もある。とにかく老中寄合にかけよう。


 老中の大久保彦左衛門、酒井正成と本多の三名は輪になって、それぞれ考え込んでいた。口火を切ったのは大久保だった。

「士農工商の身分制度は生産性を維持するための技能の伝承を効率よくするためのものだ。蔵方のようなものが民を統治する資格がないのは明白だ。」

他の二人は頷いた。

「切腹の上で家は取り潰し。ここまでは異論はござらんであろう。」

 他の二人は頷いた。

「百姓達への処分をどうするかであろうな。」

「早川と小栗からは死罪は避けてほしいと言ってきておる。」

「だが、これだけの一揆を許容することにならんか?」

「そうなのじゃが、状況が酷すぎる。」

 それまで黙って聞いていた酒井が口を開いた。

「藩の侍で生き残った者はおるのか?その者たちの処分も考えねばならんだろう。」

「たしかにそうじゃな。蔵方と家老たちは切腹、その他の藩士、そして百姓たちの処分の三つで一つは意見が一致したと。」

 大久保と酒井は頷いた。

「藩士たちは浪人とするか?」

 大久保は二人に聞いた。

「それでよいと思う。藩政は蔵方の独断で進めていたようだしな。」

 酒井も頷いた。

「やはり難しいのは百姓達じゃな。主導したのは庄屋の木村というものだそうだ。この者を死罪として、他の者は小栗の方で調査させて百叩きにでもするか?」

「だが、小栗からの文では木村も義憤に駆られての行動のようだしの、死罪とするのもどうかと思うのじゃ。」

 大久保がそう言うと、酒井は目を閉じたまま話し出した。

「儂はこの木村という男を家臣として取り立てたい。その位気概のある男じゃ。」

「それでは、百姓達の処分は小栗に詳細な調査をさせた上で、各役割に応じて百叩きを上限とする処分とするか?」

「それでいいじゃろ。徳川の世になってまだ五十年、農兵分離を経てからも百姓達の気概を感じさせられた。この線で上様には報告するが、異存はござらんか?」

「ない。」

 二人とも同時に返事をした。


「百姓たちは死ぬ気で一揆を起こしたわけだ。武士の中でその行動がとれる者が今どの程度いるかの?」

「それは、いざ戦になれば皆やります。」

「じいさんは反乱や治安、それに戦の悲惨さを考えて農兵分離を行ったと思う。」

「そうでございます。」

「ただな、身分を固定してしまうと本当に骨のある人物が埋もれてしまうのではないかの?」

「身分を固定しませんと、技能の伝承や不用意な争いを起こすきっかけとなります。」

「たしかにそうじゃが、なんらかの登用制度が必要ではないかの?」

「しかし、どのような方法で?」

「例えばじゃ、各地に寺子屋を作って教師に報告させるのじゃ。それに、各職能で棟梁挌の者を登用してもいいだろう。なにか方法を考えるのだ。百姓達の処分はそれで良い。但し、九州の外様の大藩の内部は見張っておけよ。今回の件は幕府にも責があるぞ、代官の小栗は頻繁に報告していたのであろう。早く手を打つべきであった。」


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