破滅の国の竜剣士
「お初にお目に掛かります。スイルムングと申します」
背には大太刀、屈強な体に精悍な顔立ちの男が南の国の王ミヴェルへ跪く。
「貴殿が噂の竜殺しの戦士か」
「噂がどのようなものかは存じておりませぬがおそらくは」
「表を上げて立つが良い」
ミヴェル王は立ち上がったスイルムングを見て驚嘆する。
背丈は二メートルを超え、巨躯とその巨大な大太刀に見合うものだった。
「竜を狩った偉大なる戦士と聞くが、此度は竜を殺すのではなく竜を生かす方法について尋ねたい」
「竜を生かす方法ですか」
「いかにも、この国には一頭変わった竜が居る。以前は極めて美しい鱗を纏っていたがある日、体から鱗が生えてこなくなり、姿が人を模すようになったのだ。今となってはほとんど人と変わらぬ見た目に人間の言葉を話すようにさえなった」
「人の姿に言葉ですか、なるほど」
「嘘では無いぞ?」
「嘘とは思いません。人に化ける竜の話はいくつも聞いたことがございます。それに人の言葉を話す竜とは会ったことがございます」
「ふむ、ならば話は早い。その竜のかつての姿を取り戻して欲しいのだ」
「やれるだけのことはやってみましょう」
ミヴェル王は金の王冠に金の差し歯を見せつけるように笑う。豪華な服に絢爛な玉座は北の国の富を象徴するのにぴったりだった。
スイルムングはこの話に乗り気では無かったが、人の姿をした竜というのに興味があり依頼を受けることにした。
早速、使いの者がスイルムングを竜の居る場所に案内する。
竜のねぐらは王城の地下で、人が二人ほど通れるかほどの狭さでスイルムングの頭を掠めるほどの高さだった。
この通路から竜自体はそこまで大型ではないことがすぐにわかった。
「竜とお会いする前にいくつか禁止事項がございます」
「禁止事項?」
「まず竜を外に出すこと、次に病気であることを伝えてはいけない、最後に目隠しを外してはいけない」
「何故?」
「それがルールです」
それ以上聞いてもまともな答えはないなとスイルムングは諦めて禁止事項を飲むことにした。
「こちらが竜の姫君オルトランになります」
通路の先に鉄格子がありその先だだっ広い空間があるだけだった、魔法石か何かを使って最低限の明かりがある。
中央にはソファーとベッド、机と椅子がぽつんとあるだけだった。外周と天井には入り口と同じで腕ほどの太さがある鉄の格子を張り巡らせて出られない構造になっていた。
「どちら様でしょうか?」
スイルムングの体の半分ほどの女性がベッドの上にいた。髪は絹糸のように真っ白で顔には魔法で細工された目隠しがつけられ、白いワンピースを着ている。
小柄な体躯であることは間違い無いのだが、スイルムングが人並み外れた巨躯であるためより一層体格差が強い。。
人間と変わりなく見えるがスイルムングは直感的に彼女が竜であることを認識した。
スイルムングは使いの者と目を合わせ彼女の問いに答えて良いか尋ねる。使いの者は頷いて去って行った。
「スイルムングと申します」
「スイルムング……竜殺しの話は存じております。次はわたくしの首でしょうか?」
「殺すつもりは無い」
「では何用でしょうか?」
「俺にもわからん」
「変な人ですね」
「俺もそう思う」
スイルムングはため息をついて状況を整理する。
「少し、考える時間が欲しい」
「ええ、待っています」
ミヴェル王はスイルムングを竜殺しと知って南の国に呼んできた。
いざ南の国について頼まれたことはオルトランの鱗が生えない症状を治すこと。
矛盾だらけでスイルムングの頭は痛くなった。
「はぁ……やってられないな、どう踏ん張っても厄介事だ」
「厄介事?」
「……こっちの話だ。気にするな」
今はオルトランにもミヴェル王にも尻尾を振っておくことにした。
頃合いを見て、この国から離れるように方針を決めた。
「ねえ、竜を狩ったときの話を聞かせて」
「同胞を殺された話だぞ?」
「何故同胞は殺されなきゃいけなかったかのも知っておきたくて」
「一体目に殺した竜の名はモンスーンという竜だった。風を操る竜で、弓矢が全部はじき返される。常に大空を駆け抜け嵐を呼ぶんだ。モンスーンの嵐によって何千の人が死んだ。モンスーン自体に悪意は無かったがこれ以上被害を出さないために殺した」
「どうやって殺したの?」
「満月の晩にモンスーンは崖で羽休めをする。その隙を突いて背中に飛び乗り眼をひとつきしてそのまま頭蓋骨を貫いた」
「晴れて英雄になれたときの気分は?」
スイルムングは眼を閉じてゆっくりと息をした。
「竜なんて殺すんじゃなかった」
「……人々を助けたのに? 英雄になったのにですか?」
「たぶん竜殺しをした者は皆同じことを言うだろうな」
「変ですね」
「その理由がわかる時が来ないことを祈るよ」
「どうしてですか?」
「秘密だ。それよりモンスーンを倒したあとこんなことがあってな――」
それからスイルムングは初めて竜を討伐した後の旅路の話をした。
王宮に呼ばれ晩餐会が開かれたり、幾人の美女に囲まれた時の話、権力争いに嫌気が差して温泉へ浸かりに行くと言って王宮から逃げ出したり。そんな話をした。
オルトランは眼を輝かせてそれを聞く。この牢屋のような場所に連れられて長く刺激に飢えていたようだ。
「今日はこれくらいだな」
「もう少しだけ」
「明日もまた来る」
スイルムングは牢屋のような場所を後にした。
仕事は王城の地下ではあるが滞在は城下町にある宿にしばらく厄介になる。
一ヶ月分の金を支払い、少しほこりっぽい格安の部屋の藁束の上に布を被せたベッドで眠る。
野宿の多いスイルムングにとってこれでも上等でむしろ快適なものだった。
部屋の確認が終ると荷物を持って城下町で夕食の店選びと観光をする。
商業国家というのもあり城下町は物に溢れ、夜も昼もなく様々な交易商たちが取引をしている。その商人たちを支える飯屋や服屋、装飾店なんかもあった。
裏路地に入れば少々治安が悪いが男が楽しい思いをするには十分な店が並ぶ。
裏路地特に用はないので安そうな飯屋を探して適当に入る。
「見ない顔だね。観光客なら中央通りの店の方がいいもん食えるよ」
店主は優しさかそれとも新参者が嫌なのか見えに入るや否やそう言った。
「いや何、懐が痛まない店を探してたんだ」
「金ねえ奴は帰ってくれ」
「払えるくらいの手持ちはあるさ」
スイルムングは銅貨を何枚か見せる。
「注文は?」
「夕食によさそうな物、パンを多めに頼む」
「酒は?」
「酒乱なんだ。遠慮しておく」
「酒乱は酒を遠慮しねえよ」
「違いない」
スイルムングは銅貨を五枚渡すと店主は笑顔で厨房に向った。
しばらくすると豪快に盛られたトマトと豆のスープにパンが二本、それから鶏肉の香草焼きが出てきた。
スイルムングは飯を乱雑に詰め込む、どれも美味い満足のいく物であった。
「美味かった。また来る」
すぐに食事を済ませると宿に戻った。
生まれつきのこの体格のせいで血気盛んな連中に絡まれることが多いからだ。
地面より快適な藁のベッドでぐっすり眠る。
朝になると宿の裏で水を浴びて体の汚れを流す。
冬場というのもあり水が凍みる。スイルムングは北の国よりマシと何度も言い聞かせる。
着替えると王城へ入った。
ミヴェル王が顔を出すようにと門番から話がありオルトランのところより先にミヴェル王のところに向った。
「スイルムングか、して竜は治せそうか?」
「……手は尽くしていますが、おそらくあれは病気ではないかと」
「お前が来る前……いつだったか忘れたが獣医も同じ事を言っていた」
「竜というのは環境適応が凄まじく、生物とは思えないほどの速度で体を進化させ続けます。人の姿になったのもそれでしょう。鱗が無くなった原因はおそらく鱗が不要になったから、あるいは鱗がある良くないことが起こるかのどちらかでしょう」
「あの竜の鱗はどの宝石よりも美しくどれほど高値に吊り上げても売れる我が国の貴重な交易品のひとつなのだ。それが取れぬとなると国が傾きかねぬこと」
「鱗が交易品ですか」
スイルムングは少し嫌なことを考える。
「然り、だから何としてでも鱗が生えるようにするのだ」
「……相手は自然の生き物、それも竜でございます。絶対はお約束できません。何より俺は竜殺し出会って竜の医者じゃありませんので」
「出来なければ縛り首だ」
ミヴェル王は冷たく言った。そして話をしていた獣医が居ないということはつまりそういうことなのだろう。
とんだ泥船に乗せられたとスイルムングはため息をついた。
オルトランのところへ行くと元気そうに鼻歌を交えていた。
「機嫌がいいな」
「お待ちしておりましたよスイルムング」
「待たせたな」
「声音が強張っているように見えますがどうなさいました?」
「ちょっとミヴェル王に嫌味を言われてな」
「それはお気の毒に、それより昨日の続きを」
「どこまで話したか」
「モンスーン討伐とその後話でした」
「そうか、となると次は二体目の竜の話だな」
「お願いします」
「二体目の竜はアイロイという竜で硬い甲殻に覆われどんな刃も通さない竜だった。鉱山に住み着いて鉱夫たちの集めた鉄鉱石を奪っていた。人語を理解し話すこともできた。俺は鉱山から立ち去るように交渉を持ちかけたが最終的には争うことになった。人間を道具としか思っていない物言いに正直腹が立った」
「どのように倒されたのですか?」
「鉱夫たちを総動員させて鉱山全体に無造作なトンネルを掘った。無茶なトンネルを掘れば崩落してしまう。だからあえてそうした。アイロイとの決戦の火に爆発の呪文を刻んだ札をトンネルの至る所に仕掛けてアイロイがその爆発と崩落に巻き込まれるようにしたんだ。アイロイとの決戦はあっさりと終った。爆発と崩落で生き埋めになり圧殺、これで二体目の竜は倒された」
「それでは鉱山が」
「もちろん駄目になった」
「鉱夫たちの仕事が」
「無くなったわけじゃない。面白いことに鉱山を爆発させたら今度は温泉がいたるところで湧き出すようになってな。今じゃ鉱夫は番頭やっているらしい」
「面白いこともあるのですね。ところでアイロイが死んだのをどうやって確認したのですか?」
「ん? ああ、俺も一緒に巻き込まれたからな、手負いのアイロイに止め刺ししたのは俺さ」
「よく生きていましたね……」
「やばかった、鉱夫たちに掘り起こして貰えなかったら生き埋めだった」
「アイロイだけを崩落に巻き込めば良かったのではないでしょうか?」
「それも手の一つだったが、アイロイに気付かれたら計画は終る。確実に成功させるために注意を逸らす必要があったんだ」
「どうしてそこまで命を賭けられるのですか?」
「俺が戦士だからだ。戦士という仕事選んだからだ。生きて戦って死ぬ。それまで殺した命で金銀銅の貨幣を積み上げ命を繋ぐ。それでより多くの人が命を落とさずに済む」
「人も殺すのですか?」
「金に困れば」
「金で人を殺すのですね」
「不愉快か?」
「そう見えます?」
「そう見える」
「……あまり良い気分ではないです」
「それでいい。俺たちの仕事は戦火が産んだ。戦がない世の中には不要な仕事で無い方がいい仕事だからな」
「違う仕事に興味は無いのですか?」
「どうだかな……そもそも一生遊んで暮らせるだけは稼いだし」
「じゃあ何故今も仕事を?」
「色々あるのさ。仕事イコール金のためってだけじゃないからな」
「それは……そうですが」
「でもやっぱ、竜は殺すんじゃなかったよ――」
スイルムングはしきりにその言葉を吐き出す。
「今日はこれでお終いだ」
スイルムングは幾日も旅の話や戦の話をした。
嬉々として話を聞くオルトランの姿に見とれて三ヶ月も南の国に滞在してしまった。
だがオルトランの鱗の問題は解決に至らなかった。
いつも通り夕食をいつもの店で食べていると声を掛けられた。
「なぁお前、王城に来たって言う自称竜殺しだろ」
「ん? まぁ自称っちゃそうか。勲章も一応あるが」
スイルムングは徽章を男に見せる。
「どうせ偽物だろ。噂になってるんだ竜殺しの嘘つきがいるってな」
「そうか」
「それでだ、強いって聞いたから少し気になってな」
男は酒瓶でスイルムングの頭をかち割った。
「……止めな、店に迷惑がかかるだろ」
「うるせえ!」
男達はスイルムングの襟首を掴む。
スイルムングは瞳孔を開いて体が緊張に包まれ脈拍が上がった。ゆっくりと息を吐いて落ち着いた声音を出すように意識する。
「止めなよ――」
手甲を付けた拳でスイルムングは殴られる。
「降参だ。もう辞めろ」
スイルムングは呆れた顔で男達に言うが酒に酔っているのかスイルムングを殴りながら外に出すと三人で殴る蹴るとボコボコにした。
二十分ほど暴力の嵐に飲まれた。
男達が過ぎ去るとスイルムングは立ち上がって店内に戻ると席に座り食事を再開した。
「アンタあれだけやられて平気なのかい?」
「痛いとは思ってるよ」
「しっかしアンタが噂の竜殺しだったとはね……なんていうか拍子抜けだな。あれならやり返すのが普通だろ?」
「そう言うわけにもいかないんだ。それに竜殺しの証明だってここじゃできやしない」
「じゃあ偽者って言うのは?」
「それを決めるのは俺じゃない、他人だ。でもまぁ竜を殺したと聞かれたらそうだと答える」
「変わった奴だな」
宿に戻るとスイルムングは井戸で汚れた服を洗い、干して眠った。
翌朝、王城に行くとスイルムングの視線は竜殺しの英雄から偽者の竜殺しに変わっていた。
頑なに戦いをせず、抵抗もしない腰抜けと噂が立った。
中にはおちょくるように決闘を無理矢理挑む奴らもいたがスイルムングは拒否あるいは無抵抗を貫いていた。
だが背負っている大太刀の鯉口を切ることはなかった。
来る日も来る日も暴力に苛まれ、それでもスイルムングはオルトランと話をするために王城へ向った。
それでもオルトランは今日もスイルムングを心待ちしていた。
「今日はどのようなお話を聞かせてくれるのでしょうか?」
「今日は――」
スイルムングは言葉を詰まらせた。
「どうかなさいました?」
「俺は竜殺しなのか?」
「ええ、間違いありません」
「城も町も俺を偽者だと言う」
「わたくしのところにも噂は届いています」
「それでもなぜ信じるんだ?」
「何故でしょうね……わたくしはスイルムングが何かを変えてくれそうな気がしているのです。だからこの感覚はきっと正しいもので竜殺しもまた真実であると思っております」
「この国で俺を嘘つきだと言わないのはお前と飯屋の店主だけだな」
「光栄ですね」
「すまないな。それじゃあ最後に倒した竜の話をしよう。三体目の竜の名はスイルムング。誇り高き刃の竜だった」
「誇り高き刃の竜スイルムング」
「ある日、目の前に現われ一騎打ちを申し込まれてな。死と死がせめぎ合う戦いだった。必死すぎてほとんどのことを覚えちゃいないが。最期に俺へスイルムングという名を与え、そしてこの刃に俺に授けてくれた。俺が持っている大太刀だ」
「竜のスイルムングはどうしてそれを?」
「スイルムングは言っていた。自分が誇り高き者に討たれたならその魂は討った者の血肉になり再び力になると。変わった竜だったな」
「不思議な話ですね」
「そうだな。不思議な話だと討たなかった竜もいる」
「戦わなかったのですか?」
「ああ、コラプサという雌竜である時期になるととある村の花畑に現われてしばらくすると消えるという竜だった。なんでそんなことをしているのかとコラプサに聞いたらそこにある花畑が綺麗だったから毎年見に来ているだけだったんだ」
「それなら戦う必要もないですね」
「そうだな。面白い奴だったよ。花は如何なる時も上へ伸びる。それ故に愛でる価値のあるものだって言っていた」
「花は如何なる時も上に伸びる。ですか」
「さて、今日はこれでお終いだ」
スイルムングは牢屋のような場所から地上に戻る。
出口には王からの使者が来ていた。帰りにミヴェル王のところへ来いという連絡だった。
ミヴェル王のところに行くとやけに機嫌の良い王の顔があった。
「よく来たなスイルムング、早速だがかの竜の件だがもう不要になった」
「と言いますと?」
「竜の血は大層な金になることがわかったのでな。鱗なんかよりも遥かに高値で売れるのだ」
「竜の血……」
「そうだ、試しに一滴だけ騎士団に飲ませたら遥かに強力な兵士となったのだ。あの竜から血を搾り取れば鱗なんか目じゃないほどに金になるのだ」
「そうですか。去る前に聞きたいことがありますが良いでしょうか?」
「なんだ?」
「オルトランの鱗は彼女に許可をもらって取っていたのですか?」
「竜に何の許可がいるのだ? 騒がしくなると言っていたから目隠しと痛覚遮断の魔法を使っておる」
「……今回の血の件はお話されましたか?」
「くどい! 相手は竜、獣に過ぎぬぞ!」
「そう……ですか」
スイルムングの心の中で何かが崩れるような音がした。
「ああ、そうだ。お前が偽者だという話も聞いた。この王に嘘をついた罪もその身に罰を受けさせてやる」
「でしたら最期にオルトランと話がしたいです。どうせ死ぬんですからそれくらいよいでしょう?」
「その間に逃げるのだろう?」
「今までの話を聞いて私が逃げ果せるとお思いで?」
「ふん、まぁ良いだろう」
「ええ、決して逃げません」
スイルムングは監視を二人付けられた状態でオルトランのところへとんぼ返りをした。
「オルトラン」
「スイルムング、忘れ物ですか?」
「いや何、俺の死刑が決まったからお別れを言いに来た」
「死刑? 何故!?」
「今はそんなことはどうでもいい。ただ最期に話がしたかったんだ」
「……であればこの目隠しを外して話がしたいです。最後にお姿を見ておきたいです」
「わかった」
スイルムングは目隠しを外す。
「あ? えっ?――」
苦痛に顔を歪め叫び声を上げる。
「痛い! 痛い! 痛い!」
スイルムングは監視の二人に顔を向けると一人を兜の上から殴りつけ脳味噌を霧散させる。
「兵を呼ぶと良い」
監視は怯えながら出口に走って行った。
「痛い! なんで!? 何この姿は! わたくしは竜で! これじゃあ人……何をしたの!」
オルトランはスイルムングを睨み付ける。
「オルトラン、良く聞いて欲しい。俺が来たときから君はその姿だった」
「そんな……」
「これを飲むと良い」
スイルムングが鞄から水薬を取り出しオルトランに飲ませる。
「痛みが……」
「落ち着いたか?」
「……はい」
「オルトラン……俺は竜を三体殺した。そしてコラプサという竜と約束した殺した分竜を救って欲しいと。ここを一緒に出ないか?」
「スイルムング、わたくしは外の世界を見たい。そして貴方と色々なものを見たいです」
「俺もだ。だからどうか頼む。俺に……俺に戦う理由をくれ」
スイルムングはオルトランの真っ赤なルビーの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「あなたの剣を」
スイルムングは大太刀をオルトランに渡す。
「これがあの剣なのですね」
そっと鞘から引き抜くとまる霞が掛かったような刃にどことなく優しいふっくらとした印象を与えるが切っ先に向うほど殺意に似た何かを感じさせるほどに鋭い雰囲気になる。
兵士達の足音が聞こえる。高価な鎧に身を纏い竜の血を啜った兵士達の足音だ。
「スイルムング、もうよいではないのでしょうか?」
「何のことだ?」
「本当は斬りたくて斬りたくて堪らなかったのでしょう?」
「それは――」
「あなたは一体どれほどの竜の血を飲んで浴びたのですか、竜の血は人に絶大な力をもたらします。代償にどこまでも飽くなき闘争への衝動との戦いでもあります。ここまで理性的に居続けられる貴方はスイルムングという名にふさわしい戦士ではありませんか。今は戦士をお休みになられ、衝動のままに生きてみるのもいいではないですか」
「ダメだ! 理由なき闘争に一度でも飲み込まれれば俺はもう戻れない!」
「そうですか……それならわたくしの夫になりわたくしをここから連れ出してください。愛する者の為なら修羅となっても神々はお許しになるでしょう」
「わかった。君をここから連れ出す」
オルトランに差し出された大太刀をスイルムングは受け取る。
晴れやかな表情で戦へと向った。
兵士達はスイルムングが今更になって刃を抜いたことを嘲笑っていた。
先陣は重装甲の鎧に体をすっぽりと覆い隠せるほどの巨大な盾、そして剣を持った男達が三人並んで進む。盾を少しずつ重ねて衝撃を三人で受け流せるようにしている。
「汝ら、人が無抵抗なことを良いことに散々やってくれたな――」
左手だけで大太刀を軽く横に撫でる。
盾も鎧も関係無く三人が胴体から両断する。
「我が名はスイルムング、竜を殺し今は竜と共に生きる竜の戦士なり――」
太刀筋が一閃となり、切り結ばれた――。
「逃げたければ去れ、挑みたければ来るが良い」
弓矢は風がはじき返す。
体には鉄の甲殻が覆われる。
刃は輝きを増し、かつてあった戦士が今ここに、再び――
狭い通路をゆっくりと大太刀を振るいながら敵を切り裂く。通路の幅を考えると大太刀が通路に引っかかってしまうが、スイルムングは通路の外壁諸共刃を滑らせて敵を斬り伏せる。
スイルムングが通路を切り開き外へ出た。
オルトランはその後を追う。死で溢れかえる通路を進み地上に出た。
まぶしい太陽、城は赤色に染まり、風には内臓と血の臭いが乗っていた。
「気分が良い」
積み上がる死体の山、その頂上にいるは一匹の男、破壊衝動のままに暴れ刃を振り回す。
騎士たちは畏怖した。
スイルムングが無抵抗に殴られていたのではない。
如何なる攻撃もスイルムングには子供のじゃれ合いでしか無く、じゃれ合いに激怒する大人は居ない。
つまり、つまりはこの国の騎士はスイルムングにとって子供と同じでただただ弱い者いじめは恥ずかしいとしか思っていなかった。
スイルムングは敵を斬り捨てながら城の正門までたどり着く。
迎え撃つは精鋭たち――
その後ろにはミヴェル王がいた。
「よぉ王様、偽者が通るぜ」
「おのれ賊が、斬り伏せてくれる。逃がすものか!」
「おいおい逃げねえって言ってるだろ?」
「嘘を言うでない!」
「ホントだって、ここに来れば腕利きとか精鋭とかが絶対いるだろ。だから来たんだ」
スイルムングは前屈みになり大太刀を右手は逆手に左手は順手で持つ。
「何を言っているのだ……?」
「だからさ、ミヴェルだっけ? お前をとっ捕まえて南の国にいる兵士をかき集めて俺を襲わせるんだ。スゲエ数に囲まれてさ、命のやり取りすんだ。体中に矢とか槍とかが刺さってさ痛てえ痛てえ言いながら殺し合いをするんだ」
犬歯が見えるほど口角を上げてスイルムングは歪に笑った。
「あーあー、やっぱり竜を殺すんじゃなかった――」
スイルムングは獣のように陣形を構える精鋭騎士に正面から挑む。
体を空中で大きく捻らせ、その回転の重みを刃に乗せる。
トラのように地面に着くと横に一周ぐるりと回って血の雨を降らす。
「なぁおい、精鋭って聞いて呆れるな装備ばかりいっちょ前で肝心の中身が空っぽじゃねえか」
スイルムングはタバコに火を付けるよりも早い時間で正門を制圧する。
「ば、化物」
「おいおい、そりゃあそうだろ竜の血一滴で人は人を超える。さてとかしこいミヴェル王さんや、その血でさ、その血でまるで風呂の水のように浴びて飲んだ俺は何なんだろうな?」
「竜殺し……落ち着け金でも宝石でも好きなものをくれてやる。だから命は――」
ミヴェル王の胸ぐらを掴んで玉座まで散歩をする。
王を玉座に投げつけると家臣達を呼び出す。
「家臣達に伝えろあらゆる貴族の兵士を俺に仕向けろとな」
「わかった」
「それから飯だ飯を出せ」
「スイルムングここまでする必要はあったのでしょうか?」
オルトランは尋ねた。
「逃げたらこいつら地の果てまで追っかけてくるぞ?」
「なるほど……それならば仕方ありませんね」
「オルトラン、これから楽しくなるぞ」
後にスイルムングは南の国でこう呼ばれた――。
破滅の国の竜剣士と――。