ラムネに投影
腐ってないけど一応防衛張っときます。安全第一。
薄暗い幼馴染の話が書きたくて書いてみました。
ざっと説明➡️
優:主人公。男。根暗。何となく抜けている。
あー君:本名アキラ。男。主人公とは幼馴染。しっかり者で優しい(?)
また書きたくなったら書くかもしれない。
大学生は金がない。
以前から知っていたけれど、本当に金がない。
だからこうして、暑い中でもエアコン代をケチって暑さに耐えなければならない。
本当はエアコンを今すぐ入れて、部屋をガンガンに冷やしてその中で寝ていたい。そもそもそのエアコン自体がないんだけど。
頑張って買った扇風機も電気代がもったいないのでめったに使っていない。最近高いんだよなあ、電気代。勘弁してほしいよ。
そんなけちけち生活を送っていた僕だったが、ついに限界が来てしまったらしい。
昼寝をしようと少し床に伏していたのだが、目を開けると体が動かなくなっていた。
金縛りってこんな感じなのかなあと間抜けに考える一方で、死んでしまったんじゃないかという焦りが募っていった。
寝たまま熱中症になることってあるのだろうか。だとしたら死因は間違いなくそれだ。
多分エアコンがなく扇風機も回さない状態で、ずっと窓しか開けていないこの部屋の室温は35℃とかそのあたりだろう。いや35は言いすぎか、まあとにかく尋常じゃないくらい暑い。
床につけている背中は汗でぐっしょりと濡れているし、息もなんだかしずらい。視界もちかちかしてきた。体がほてっているのが自分でもわかるほど体温が上がっている。力も入らない。
あ、これ本当にやばいやつだ。熱中症なら即救急車かもしれない。
まだ死ねないんだけどなあ、と蚊の鳴くような声でつぶやく。どうすることもできない、もどかしい。
もうだめだ、と意識が遠のきかけた時、頬にヒヤッとしたものが当たった。
カラン、と心地の良い音が耳元をかすめる。体温が低下していくのが分かり、意識がその輪郭を取り戻していく。
「…気持ちい」
「やっとお目覚めか、相変わらずだな」
声に驚いて慌てて起き上がると、目の前に濃紺のシャツを着て胡坐をかいたよく知る顔があった。
シュッとした切れ目が不機嫌そうにぎらついている。
「ええ!?あ、あー君なんでここに!?!?」
「なんでって…誰かさんがさっぱり待ち合わせ時間に来ねえから、心配になってきてみたら予想通りくたばってたんだわ。」
少々ぶっきらぼうな口調で言いながら、不法侵入者且つ幼馴染の男はラムネをずいっと僕の目の前に差し出す。さっきの音の正体はこれだったのか。
なんだか上から目線な物言いでむかつくので、
「ふほーしんにゅう」
とからかってやると、「不用心なお前が悪い。」と言い返されてしまった。ぐうの音も出ない。
飲めよ、という声に促されて差し出されたラムネを受け取る。それは事前にふたが外されていた。
なんだ、来てたなら「だ、だいじょうぶか!?」とか「死ぬな、しっかりしろ!!」とか、もう少し慌ててくれたってよかったのに。
友達が多かったからあー君はこういうのは慣れていたんだろうか。
それとも________
「伊代?」
ラムネを飲みながらそんな考え事をしていると、心配になったのかあー君が名前を呼んだ。
寂しそうに瓶の中でビー玉がカラン、と音を立てる。
顔を上げても目は合わせられなくて、あ、いや、えと、と歯切れの悪い返事しかできない。
昔から考え事をするのが癖だった。内気な性格故かもしれない。些細なことでも、すぐに難しく考えようとしてしまう、面倒くさい人間。
そんな僕に、真っ先に手を差し伸べてくれたのはあー君だった。
陰湿な僕とは対照的に、あー君はいつもクラスの中心にいた。
すらっと背が高くて、大人びた横顔。笑うたびにスッと細くなる黒い瞳。でも笑い方は何だか子供っぽくて、幼い。ずっとサッカーやってたっけ、やたらと運動神経がよかった。
面倒見も良くて、抜けている僕のフォローをよくしてくれた。あー君のおかげで、今も孤独にならずにすんだ。
だからこそ思っていたのだ。
なぜ彼はこんな僕と一緒にいるんだろう。
こんなつまらない、面倒な男となぜ一緒にいるんだろう。
僕にはあー君みたいに、人望も、才能も、器量も…
「熱があるんじゃないか?」
そういって額に手のひらが被さる。ひんやりと冷たい。
「顔色悪いけど、本当に大丈夫か?一応薬とか」
「い、いや、全然大丈夫!」
やや彼の言葉を遮るように言ったせいで声が上ずる。恥ずかしい。せっかく冷えた体がまた熱くなってしまう。
それを誤魔化すように言葉を並べる。
「ちょっとね、最近電気代ケチってて。バイトもそんなに器用じゃないから何個も入れられないしさ、そんなんで金欠だから暑い中我慢して過ごしてたんだけどついに限界が来ちゃったみたい、でもラムネで体も冷えたしいくらか元気出たよ大丈夫!!」
思った以上にするすると言葉が出て自分で驚く。もちろん、あー君も。思わず下を向いてしまう。
暫く沈黙が流れる。
「そうか」
声音はいつも通りだった。安堵して顔を見た瞬間、言葉が出なかった。
あー君の顔は今にも泣きそうだった。
「え、ちょ、ええ!?そっちこそ大丈夫!?どこか痛い、それとも」
「あ、いや、伊代がさ、生きてるなあって」
やべ、止まんね、はは、と言いながら涙をふく彼に唖然としてしまう。
そんなに心配してくれたのか。
「…ありがとう、あー君。今からでもいいならさ、行くよ」
暑い中、わざわざこっちまで来てくれた彼の優しさが、バターのようにじんわりと胸に滲む。おそらくラムネだって、集合場所で飲む予定だったのだろう。僕が好きだから、わざわざ買っててくれたのだろうか。
「そうだな、ここは暑いし、このまんまだと俺も倒れそうだ」
そう言って立ち上がり、空き瓶を僕の手から回収する。
「じゃあ俺はこれ捨ててくるから。お前は着替えてこいよ」
そういえば僕はずっと部屋着のままだった。彼の指摘がなければ危うくこのまま出かけるところだった。
「わかった、じゃあ、また後でね」
「おう、鍵、気をつけろよ」
「はいはい」
玄関を出ていく背中を見送ると、思わず涙が出そうになった。
気を取り直して立ち上がり、埃を被らないようにタンスの奥にしまっていたTシャツとズボンをひっぱって、いそいそと着替える。
でも、その服のサイズは僕には合わない。
「…やっぱりお前には敵わないよ」
この紺色も、お前の方がよく似合ってた。
「毎年毎年、懲りずにくるよなあ」
あまりのその律儀さに思わずため息が零れる。本当は寂しがりやなのかもしれない。
いや、寂しがり屋は僕のほうか。だって今日もこうやって、家でじっとしてたんだもの。
行ってきます。
パタンと扉を閉めて、鍵をかける。
じゃあ行こうか、あー君の墓参りに。
果たしてそのラムネは、中身は入っていたのか、いなかったのか。