1 忘れた詩
ライトノベルです。初めてライトノベルを書くので、どうなるかわかりません。内容も、特に決めないで書こうと思います。適当ですね、すいません。少々卑猥な言葉も出てくると思いますが、エッチな意味合い重視ではないので、18禁ではありません。あと、サービスカット的なものでもありません。最近、ブローディガンを読み直して、とっても面白かったので、影響受けちゃってると思います。
1
僕は清掃員のアルバイトをしている。
おかしな清掃員。
普通じゃない。
僕の清掃範囲はとても小さい。
僕が清掃するのは、ビルの5階だけだ。
毎朝清掃員の服に着替えてビルに行く。
エスカレーターで5階に行く。
5階はいつもがらんどうだ。
誰もいない。
僕はそこをせっせと掃除する。
手が疲れたらやめる。
「手が疲れたらやめていい」
といわれているのだ。
気が利いた雇い主だ。
僕の雇い主は、とても背が高い。
「背が高いと便利なんだ、でも疲れるときもある」
と彼は言う。
口癖だ。
彼は、シンプリー・レッドとアジムスが好き。
お酒はウィスキーを水割りで、煙草はピースだ。
毎朝カレーを食べる。
服はジョセフでしか買わない。
2
5階以外の階のことをまったく知らないわけじゃない。
ちょっとは知っている。
例えば、ビルの3階には「フランス現代思想」の研究会が入っている。
彼らは毎日、レヴィナスやデリダやラカンを読んでいる。
彼らはとてもまじめなので、漫画やグラビア雑誌を読んだことがない。
「それで大丈夫なの」
と僕が問いかけると、ヒッピー風に髪を伸ばした若い男は
「心配してくれてありがとう」
と答えてくれた。
「そりゃ心配にもなるよ」
「でも大丈夫、ほら、下を見て」
「下?」
僕は彼の足元を見る。
「もうちょっと上」
あ。
彼の股間はちゃんと起立していた。
「ね。なかなか刺激的なんだ」
「さっきまで何を読んでいたの?」
「ロラン・バルトの明るい部屋」
「今度読んでみるよ」
僕がそういうと、彼はうれしそうに微笑んだ。
3
ビルの2階には病院が入っている。
僕はそこにも顔を出したことがある。
病院には大きな音響装置がある。
コンサート用の音がでかいだけの音響装置じゃない。
鑑賞を想定して創られた、巨大なスピーカーと、真空管アンプだ。
「このスピーカーはタンノイ、アンプはフェアチャイルドです」
と、病院の院長はうれしそうに言った。
「そして、今かけているのは、バッハの無伴奏チェロソナタ。カザルスの30年代の録音、定番です」
僕はあいまいに頷いた。
きれいに化粧をした看護婦が、淹れたての珈琲を持ってきてくれた。
「おい、音が小さいだろ、もっと大きくしろ!」
院長が怒鳴ると、患者の一人が急いでボリュームを上げた。
チェロの低い音がフロアに広がる。
深い幸福感が僕の鼻腔をくすぐる。
「まったく、最近の患者は使えませんよ。うすのろばかりで」
「一日中こうしているのですか?」
「いえいえ、めっそうもない」
院長は心外とばかりに手を振った。
「カザルスばかり聴いているわけがないじゃないですか。昨日はポール・マッカートニーを聴いていましたし、二日前は坂本龍一を聴いていましたよ」
4
ビルの清掃業に身を転じる前は、絵を描いていた。
僕は美少女が好きだったので、美少女のヌードばかり描いていた。
その前は、詩を書いていた。
たくさん詩を書いた。
1000以上の詩を書いた。
政治のこと、生命のこと、宇宙のこと、火と土のこと。
でも、半分ぐらいは、無意味な言葉ばかりだった。
たとえば
『ぶっ殺すぞ!』
とか
『犯してぇ』
とか。
そういうのと、まともな詩との選定をすることがあまりにも困難だったので、僕は詩を書くことをやめてしまった。
5
1000以上の詩のうち半分ぐらいはまともな詩だったわけだが、その中に恋に関する詩はなかった。
僕はいつも恋を困難なものだと思っていた。
それがあまりにも困難すぎて、言葉に出来るとは思えなかったのだ。
僕は恋について語ろうとすると口がこわばった。
文字に書こうとすると指が震えた。
僕は、そういった困難について、友人の高梨ユリに相談したことがある。
彼女は長いきれいな髪をかきあげて言った。
「あら、そんなのぜんぜんマシよ。私の兄なんてもっとひどいのよ。そもそも、恋について書こうという気持ちすらないの。そこに考えが思い至らないのよ。はじめから、そんな概念がないの」
彼女の兄は、有名な画家だった。
今はもう絵を描いていない。
獄中で臭い飯を食べている。
彼女の兄は、恋愛や性に関する知識がまったくなかったので、それが悪いことだとは思わずに(性的だとも思わずに)、性器の絵を連続して描いたのだ。
「兄は、欲求に従順だったの」
高梨ユリは、照れたように頬を赤くして、僕にそのことを教えてくれた。
「彼は、性器のことを、美しい画材だと思ったのね」
「君の性器は、描かれなかったの?」
「私のはまだ未成熟だったのよ」
そう。
彼女はまだ幼い。
彼女の見た目は灼眼のシャナのシャナに良く似ている。
というか生き写しだ。
僕は美少女アニメが好きで、シャナにもかなり欲情していたので、高梨ユリがシャナに似ていることには興奮を覚えていた。
だが僕は、彼女に手を出そうとは思わない。
僕は、純粋に高梨幸一(彼女の兄)の絵が好きで、彼女と知り合ったのだ。
「兄の絵がそんなに好きなの?」
彼女の兄がすでに獄中にいることを知って愕然とした僕に、高梨ユリは優しく微笑んでくれた。
「そう。そうなんだ。僕は彼の絵にとても感動していた」
「そう……」
僕の熱意がうれしかったのだろう。
以来、高梨ユリは、ときどきビル清掃中に遊びに来る。
僕たちは、歌をうたったり、しりとりをしたりして遊ぶ。
6
僕たちのしりとり遊びは、とっても変だ。
僕たちは、語尾をとろうとしない。
「言葉をキャッチアップする必要なんてないの!」
高梨ユリは僕にそう言う。
「そうなの?」
と僕。
「そうよ。言葉を無理に捕まえようとするから、ユビキタスさんは恋愛の詩をかけなくなっちゃったのよ!」
ユビキタスさん、というのは、彼女が僕につけてくれたあだ名だ。
僕が『どこにでもいそうだから』らしい。
「ねぇ、『なっちゃった』ってのはおかしいよ。僕は一度も書けていないんだ」
「もう、細かい人ね!でも本当?本当に一度も書けたことがない?」
「ん……たぶん。たぶん、そう思うけど」
僕は気が弱いので、すぐにもごもごしてしまう。
僕はたぶん、一度も恋の詩を書いたことがない。
でも僕はそれを引きずってなんかいない。
だって僕は今、ただのビルの清掃員に過ぎないのだから。