表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1 忘れた詩

ライトノベルです。初めてライトノベルを書くので、どうなるかわかりません。内容も、特に決めないで書こうと思います。適当ですね、すいません。少々卑猥な言葉も出てくると思いますが、エッチな意味合い重視ではないので、18禁ではありません。あと、サービスカット的なものでもありません。最近、ブローディガンを読み直して、とっても面白かったので、影響受けちゃってると思います。


僕は清掃員のアルバイトをしている。

おかしな清掃員。

普通じゃない。

僕の清掃範囲はとても小さい。

僕が清掃するのは、ビルの5階だけだ。

毎朝清掃員の服に着替えてビルに行く。

エスカレーターで5階に行く。

5階はいつもがらんどうだ。

誰もいない。

僕はそこをせっせと掃除する。

手が疲れたらやめる。

「手が疲れたらやめていい」

といわれているのだ。

気が利いた雇い主だ。

僕の雇い主は、とても背が高い。

「背が高いと便利なんだ、でも疲れるときもある」

と彼は言う。

口癖だ。

彼は、シンプリー・レッドとアジムスが好き。

お酒はウィスキーを水割りで、煙草はピースだ。

毎朝カレーを食べる。

服はジョセフでしか買わない。



5階以外の階のことをまったく知らないわけじゃない。

ちょっとは知っている。

例えば、ビルの3階には「フランス現代思想」の研究会が入っている。

彼らは毎日、レヴィナスやデリダやラカンを読んでいる。

彼らはとてもまじめなので、漫画やグラビア雑誌を読んだことがない。

「それで大丈夫なの」

と僕が問いかけると、ヒッピー風に髪を伸ばした若い男は

「心配してくれてありがとう」

と答えてくれた。

「そりゃ心配にもなるよ」

「でも大丈夫、ほら、下を見て」

「下?」

僕は彼の足元を見る。

「もうちょっと上」

あ。

彼の股間はちゃんと起立していた。

「ね。なかなか刺激的なんだ」

「さっきまで何を読んでいたの?」

「ロラン・バルトの明るい部屋」

「今度読んでみるよ」

僕がそういうと、彼はうれしそうに微笑んだ。



ビルの2階には病院が入っている。

僕はそこにも顔を出したことがある。

病院には大きな音響装置がある。

コンサート用の音がでかいだけの音響装置じゃない。

鑑賞を想定して創られた、巨大なスピーカーと、真空管アンプだ。

「このスピーカーはタンノイ、アンプはフェアチャイルドです」

と、病院の院長はうれしそうに言った。

「そして、今かけているのは、バッハの無伴奏チェロソナタ。カザルスの30年代の録音、定番です」

僕はあいまいに頷いた。

きれいに化粧をした看護婦が、淹れたての珈琲を持ってきてくれた。

「おい、音が小さいだろ、もっと大きくしろ!」

院長が怒鳴ると、患者の一人が急いでボリュームを上げた。

チェロの低い音がフロアに広がる。

深い幸福感が僕の鼻腔をくすぐる。

「まったく、最近の患者は使えませんよ。うすのろばかりで」

「一日中こうしているのですか?」

「いえいえ、めっそうもない」

院長は心外とばかりに手を振った。

「カザルスばかり聴いているわけがないじゃないですか。昨日はポール・マッカートニーを聴いていましたし、二日前は坂本龍一を聴いていましたよ」



ビルの清掃業に身を転じる前は、絵を描いていた。

僕は美少女が好きだったので、美少女のヌードばかり描いていた。

その前は、詩を書いていた。

たくさん詩を書いた。

1000以上の詩を書いた。

政治のこと、生命のこと、宇宙のこと、火と土のこと。

でも、半分ぐらいは、無意味な言葉ばかりだった。

たとえば


『ぶっ殺すぞ!』


とか


『犯してぇ』


とか。

そういうのと、まともな詩との選定をすることがあまりにも困難だったので、僕は詩を書くことをやめてしまった。



1000以上の詩のうち半分ぐらいはまともな詩だったわけだが、その中に恋に関する詩はなかった。

僕はいつも恋を困難なものだと思っていた。

それがあまりにも困難すぎて、言葉に出来るとは思えなかったのだ。

僕は恋について語ろうとすると口がこわばった。

文字に書こうとすると指が震えた。

僕は、そういった困難について、友人の高梨ユリに相談したことがある。

彼女は長いきれいな髪をかきあげて言った。

「あら、そんなのぜんぜんマシよ。私の兄なんてもっとひどいのよ。そもそも、恋について書こうという気持ちすらないの。そこに考えが思い至らないのよ。はじめから、そんな概念がないの」

彼女の兄は、有名な画家だった。

今はもう絵を描いていない。

獄中で臭い飯を食べている。

彼女の兄は、恋愛や性に関する知識がまったくなかったので、それが悪いことだとは思わずに(性的だとも思わずに)、性器の絵を連続して描いたのだ。

「兄は、欲求に従順だったの」

高梨ユリは、照れたように頬を赤くして、僕にそのことを教えてくれた。

「彼は、性器のことを、美しい画材だと思ったのね」

「君の性器は、描かれなかったの?」

「私のはまだ未成熟だったのよ」

そう。

彼女はまだ幼い。

彼女の見た目は灼眼のシャナのシャナに良く似ている。

というか生き写しだ。

僕は美少女アニメが好きで、シャナにもかなり欲情していたので、高梨ユリがシャナに似ていることには興奮を覚えていた。

だが僕は、彼女に手を出そうとは思わない。

僕は、純粋に高梨幸一(彼女の兄)の絵が好きで、彼女と知り合ったのだ。

「兄の絵がそんなに好きなの?」

彼女の兄がすでに獄中にいることを知って愕然とした僕に、高梨ユリは優しく微笑んでくれた。

「そう。そうなんだ。僕は彼の絵にとても感動していた」

「そう……」

僕の熱意がうれしかったのだろう。

以来、高梨ユリは、ときどきビル清掃中に遊びに来る。

僕たちは、歌をうたったり、しりとりをしたりして遊ぶ。



僕たちのしりとり遊びは、とっても変だ。

僕たちは、語尾をとろうとしない。

「言葉をキャッチアップする必要なんてないの!」

高梨ユリは僕にそう言う。

「そうなの?」

と僕。

「そうよ。言葉を無理に捕まえようとするから、ユビキタスさんは恋愛の詩をかけなくなっちゃったのよ!」

ユビキタスさん、というのは、彼女が僕につけてくれたあだ名だ。

僕が『どこにでもいそうだから』らしい。

「ねぇ、『なっちゃった』ってのはおかしいよ。僕は一度も書けていないんだ」

「もう、細かい人ね!でも本当?本当に一度も書けたことがない?」

「ん……たぶん。たぶん、そう思うけど」

僕は気が弱いので、すぐにもごもごしてしまう。

僕はたぶん、一度も恋の詩を書いたことがない。

でも僕はそれを引きずってなんかいない。

だって僕は今、ただのビルの清掃員に過ぎないのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ