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手招きされる帰路【夏のホラー2023】

作者: 江渡由太郎

 けたたましい急ブレーキの音の後に鈍い衝突音。その後に何かが勢いよく地面に叩きつけられる音と共に女性の悲鳴が響き渡った。体があらぬ方向に圧し潰された肉塊は肘から手首を天に向けて痙攣している。まるで何かに向かって手招きしているかのようにも見えた。


 暫くすると緊急車両のサイレン音が遠くから聞こえてくる。


 横断歩道での事故現場には男子生徒が倒れている。薄暗い黄昏の中に鮮やかに広がる鮮血が湧き水のように痙攣している男子生徒から流れ出ていた。


 その場に居る誰もがその光景を正視できずにいた。

 桜が散り中学を卒業という一大行事が終わると四月から高校へ進学し新学期が始まった。


 慣れない環境と新しい人間関係で日々心身を疲弊させながら一日を必死に過ごしていた。


 志望校には合格したが何が楽しくて学生生活を送っているのだろうと疑問を抱いていたそんなある日、賢人は放課後に図書室へ向い気晴らしに何か本でも読んでから帰ろうと思った。


 ギリシャ神話や北欧神話等幼い頃より惹かれる題材であるためそれらの本を探す事に久しぶりに心躍る気分だった。


 図書室の扉を開け中に入ると、カウンターに貸出受付の職員と学生が一人居るだけで、その他は誰もいない。職員の陰険な眼差しが賢人に突き刺さる。賢人は作り笑いを浮かべたつもりが確実に引き攣った表情の苦笑いになっていると自分でも理解できた。そんな羞恥心を隠すために慌てて図書室も奥の方へ急いで移動した。


 そこ漂う陰鬱にさせる澱んだ空気は瘴気を孕んでいるかのように、賢人の全身を蝕んでいく。


「ここは嫌な感じがする」


 独り言が口から自然と漏れた。悪寒が走り鳥肌が立つ。ここに居てはいけないという本能的な直感が危険を告げている。


 ふと、カウンターへ視線を向けると、そこには肘から上の腕だけが賢人に手招きしている。


 明らかにテーブルの上に不自然な状態で宙に浮かんでいるようにそれはあるのだ。


 もうこれ以上、ここには居たくないと思い賢人は逃げるように図書室から慌てて出て行った。


 何もかもが幻であって欲しいと心底思い、得体の知れぬ恐怖に押し潰されそうになりながら校舎を出ていつも通学で使っているバス乗り場へ向かった。


 その間中、何かしらの気配を感じ、何度も後ろを振り返ったが、誰もいない。無機質な景色だけが視界に広がっていた。


 気にしすぎだと自分を諭しながら、バス停でバスを待っていると、道路の上に先程の肘から上の腕がこちらに向かって手招きしている。


 賢人はそこで自分の意識が朦朧とし体が勝手に動いていることにも気づかなかった。


 突然、けたたましく鳴り響くクラクションにハッと我に返ると、自分は道路に歩き出していて危うくバスに轢かれるところだったのだ。


「マシかよ?!」


 バスのクラクションの音で我に返る事ができなかったら、確実に大型車に引かれて大怪我するかもしくは死んでいただろう。


 賢人は自分が得体の知れない何かに操られていると思いながらも、今日は自分が疲れていて調子が悪いんだと自分に言い聞かせた。


 だが、影のようにぴったりと背中合わせについてくる恐怖心は賢人を一時も解放してはくれなかった。


 帰宅する頃には黄昏が堕ちて星が瞬いていた。


 自宅の車庫のシャッターが開いていたので、中を覗くためにスイッチへ手を伸ばし電灯の灯りをつけた。


 先程まで闇色のベールに包まれていた車庫内が一瞬にして明るく照らされた。


 ジメジメと湿気った黴臭い臭いが鼻に付く。車庫の中には車もあるし、たまたま家族がシャッターの閉め忘れかと思って電灯の灯りをを消そうと再びスイッチへ手を伸ばした瞬間、蛍光管が突然チカチカとまるで命が宿った生き物のように激しく点滅し始めた。


 薄気味悪くなり慌てて電灯のスイッチを切り、シャッターを閉めたのだが、シャッターが閉まる直前にその隙間からあの肘から上の腕が飛び出してきて賢人の足首を掴もうとした。


 心臓が飛び出るのではないかというくらいの恐怖であった。


 賢人は直ぐにスマホで自宅の玄関前から母親に電話をした。


「塩!荒塩!何かヤバイの連れてきたかも!」


 賢人はそう叫ぶように母親に伝える。


 扉を開けて慌てて飛び出してきた母親は賢人の背中や足元に塩をかけて払ってくれた。


「これで大丈夫思うけど……」


「マジで変なモノを連れてきたかな」


「このまま何もなければいいけどね」


 次の日の夜、母親は突然息ができなくなり病院へ搬送され緊急入院となった。


 検査をしたが心不全で肺に水が溜まり呼吸ができなくなったようだが、原因は不明と伝えられた。


 母親の入院もあり忙しさのあまり、あの出来事の事を忘れかけていた。


 数カ月後、唸るような暑さが続く夏の季節となった。いつものように退屈な学校生活を送っているが、あの図書館での手招きする手のことは忘れることができなかった。数学の授業が始まる前に担当の先生が夏の暑さで皆ぐったりしているから涼しくしてやろうと怖い話をしてくれることになった。


 以前、在籍していた男子学生が放課後に校舎へ現れたのだと話し始めた。


 その生徒は面識のある生徒であり、先生は遅い時間に校舎に居る生徒へ近づき話しかけた。


「もう下校時間過ぎてるぞ。早く帰りなさい」


 当時、先生は放課後に校舎の見回りをしている最中だった。


「すみません。図書室に忘れ物を取りに来ました」


 男子学生がそう言うので、早く取ってきて帰りなさいと伝えた。


 だが、男子学生が玄関に現れることがないため、先生はその図書室へ向かうとそこには誰も居なかった。


 気づかないうちに既に帰ってしまったのだろうと思った。


 そして職員室へ戻ると電話のベルが鳴っていた。


 先生は受話器を手に取り電話の対応を始めるとそれは警察からの電話であった。


 この高校の男子学生が先程交通事故に合い亡くなったと告げられたのだった。


 生徒手帳の学校名から学校へ連絡が入ったのだった。


 だが、先生がその亡くなった生徒とさっき校舎で会ったばかりなのだ。


 亡くなった男子生徒が自分が亡くなっていることに気づかずに校舎へと向かい忘れ物を取りに来たのではないか……


 そこで先生の話は終わった……


 先生はこんな話をしてからいつも通りの数学の授業を始めだしたのだが、明らかに生徒たち皆が怖がっていた。


 賢人は自分が見たあの肘から上の腕が、学校の帰りのバス停の道路の上で手招きしている光景が鮮明に記憶に蘇り独り恐怖に震えたのだった……

 はたしてあの手招きする手はあの悲劇な事故で亡くなった男子生徒の手だったのだろうか……


 もし、あの手招きする手が別の「ナニカ」の手であったならば、あの男子生徒は犠牲者の一人としてあの世に引きずり込まれてしまったのかもしれない……

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