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ミーアと少年


 ふかふかの寝台の上でゴロゴロと転げまわったミーアは、ぴたっと止まると、ぎゅっと頬をつねった。


「いたひ……」


 夢ではないのだ!

 ドキドキする胸をそっと押さえた。


「パパ……」


 公爵さまは本当の父親ではなかったが、新しい父親になってくれるのだという。

 ママと契約結婚したって言っていたけど、普通の結婚とはどう違うのだろう?

 七歳のミーアにはわからないことだらけだけど、きっとその契約結婚というのがママがやりたかったことなのだろう。


「ミーアが家族になっていいのかな……」


 きっとママはそれを望んでいない気がする。

 楽しかった気分が一気に悲しい気持ちになった。

 

 だれよりも大好きで

 だれよりも綺麗なママ


 ママは言った。

 これからの人生にミーアは邪魔だと。


「ママを悲しませちゃダメ……」


 空が白み始めたことを確認したミーアは、ぴょんっと寝台を飛び降りて靴を履いた。

 メイドのお姉さんが着せてくれた寝間着は、ミーアからしたら上等な服と同じだ。だからこれを着て外に出るのは恥ずかしくない。

 でも、綺麗なこの服は、とっても目立つだろう。

 ソファーにかけてあったひざ掛けを手に取ったミーアは、それを体に巻き付けて満足そうに頷いた。

 小さなミーアをすっぽり覆ってくれる。


 背を伸ばしてそぉーっとノブを回すと、重い扉を一生懸命引っ張った。

 なんでこんなに重いんだろう!

 うんしょ、うんしょと扉を開けたミーアは、ようやく隙間に体を滑り込ませて廊下に出ることができた。


 とっても広くて長い廊下。

 キラキラ光る石造りの廊下に赤い絨毯が敷かれていた。

 

 絨毯の敷かれていない端っこを歩いていたミーアは、声が聞こえてきて、さっと大きな狼の像の後ろに隠れた。

 籠を抱えたメイドのお姉さんたちが忙しそうに通り過ぎていった。


「よしっ」


 ぐっと両の拳を握りしめ、気合を入れたミーアは、小さな体を利用して身を潜ませながら宿を後にした。


「ふわぁ~、ドキドキした……」


 玄関と思わしき煌びやかな扉の前には、屈強な男たちがいたから、使用人達の出入り口へ回ったのだ。

 案の定、そこに怖い人たちはいなくて、難なく抜け出すことができた。

 小間使いをしているときに使用人の出入り口があることを教えてもらったのだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。


(パパ……悲しむかな)


 それとも怒るだろうか?

 本当のパパではないのに、優しくて綺麗なパパを思い出したミーアは、すんと鼻をすすった。

 

 でも、これはママのためなのだ。

 ママのために……。

 ぎゅっと首元の布を握ったミーアは、ふっと聞こえてきた呻き声に目を瞬いた。

 苦しそうな声!

 恐る恐る声がするほうに近づくと、人気のない裏路地に倒れている人影があった。


「だい、じょうぶ!?」


 腹部から血が流れていた。

 十歳くらいだろうか。ミーアより年上みたいだが、なぜこんな怪我を……。

 フードで顔はよく見えないが、仕立てのよい服を着ているから、きっといいところの子供なのだろう。

 ミーアは、ひざ掛けを少年の腹部に押し当てた。


「う……っ」

「血がね、いっぱい流れるといけないんだって。だから、ぎゅってするのよ。大丈夫、死なないから」


 ミーアにはこれ以上の手当ができない。

 だれか大人を呼んでこないと。

 

 そのときすぐに思い浮かんだのが、パパの顔だった。


(パパなら助けてくれるかな……でも、)


 迷ったのは一瞬だ。

 パッと立ち上がったミーアは、少年を元気づけるように頭を撫でた。


「まっててね。絶対に助けるから!」

「……きみ、は……」


 少年の意識が少し戻ったのだろう。

 ミーアが口を開こうとした瞬間、お嬢様、どこにいらっしゃるんですか、と焦った声が聞こえた。


 アザスさんの声だ!


 ほかにもたくさんの足音が聞こえる。

 ミーアを探しているのだろうか?


 良かった。これで助けられる。

 ぱあっと顔を輝かせると、大通りに出て、大きく手を振った。


「アザスさん!」

「お、お嬢様!! ああ、良かった! 暗殺……いえ、不届き者達が潜んでいるとの情報があり、案じておりました」


 喜ぶアザスさんの後ろには、騎士の服を着た男の人達が何人もいた。

 ご主人様にお嬢様を発見したとの報告を、と騎士に伝えると、彼は首肯して身を翻した。

 他の騎士達は、まるで目隠しをするようにミーア達を取り囲んだ。店を開ける店員達の好奇な視線から守ってくれているのだろう。

 

 壁みたい、と目を丸くしてると、涙目のアザスさんがミーアの前に片膝をついた、


「お怪我はござ……ああ、なんてことだ! ど、どこかお怪我を!? ご主人様にどうお伝えすれば……っ」


 知的な顔を青ざめさせたアザスさんの腕をミーアは引っ張った。


「あのね、怪我をした子がいるの。お願い、助けて……!」

「怪我、ですか? お嬢様は怪我はしておりませんか? どこか痛いところは……」

「もぅ、ミーアは大丈夫よ。これは、その子の血なの。放っておいたら、死んじゃうわ!」

「わかりました。他でもないお嬢様の頼み事ですからね」


 ミーアから裏路地の場所を聞きだしたアザスさんは、後ろにいた大柄な騎士に様子を見てくるよう伝えてくれた。

 本当はミーアも一緒に行きたかったのだが、危ないからと行かせてもらえなかった。


「そのような薄着では寒いでしょう。すぐに気づかず申し訳ございません」


 アザスさんはマントを脱ぐと、ミーアの体に巻いて軽々と抱き上げた。

 いきなり高くなった視界に、きゃっとびっくりすると、アザスさんが申し訳なさそうに謝ってきた。

 

「ご主人様が心配なさっておいでですよ。ご不快なことがございましたか?」

「ぁ、……」


 悲しそうに言われ、ミーアは押し黙った。

 ママのため、なんて絶対に言えない。

 でもアザスさんを困らせているにも心苦しい。

 きゅっと胸が痛くなって、ミーアもどう言えばいいのかわからなかった。


 アザスさんの顔が見られずに視線を落としていると、アザスさんに命じられて少年のところへ行っていた大柄な騎士が戻って来た。


「だれもおりませんでした」

「! そ、んな……」


 ミーアはオロオロした。

 あんなにいっぱい血を流していたのだから、遠くへ行けるはずもない。

  

「お嬢様、周辺を探させますので、ご安心ください」

「! ぅん、ありがとう!」


 ぱあっと顔を輝かせたミーアを見て、アザスも嬉しそうに相好を崩した。








    ◇◇◇◇








「――殿下、ご無事で何よりです」


 真っ黒なローブをまとった男たちが一斉に跪いた。

 どろりとした液体を飲み干したこの国の第二皇子は、口元を拭うと、傷口を確かめた。刺された箇所がすぅと塞がっていく。


「……っ」


 一瞬感じた眩暈。

 手の甲で額を押さえ、やり過ごす。

 貧血だろう。血を流しすぎたのかもしれない。

 神聖力が込められた高級回復液とはいえ、失った血液まで作り出すことはできない。

 剣先に毒が塗られてなければ、彼とて瀕死の重傷を負うことはなかっただろう。

 すべては自分の油断が招いた結果だ。


「生け捕りにしたか?」

「いえ……ベルナンド公の手の者が始末してしまいました」

「そうか。――まあ、いい。だれの差し金かわかっている」


 第一皇子の母である正妃の仕業だろう。

 幼少期より命を狙われ続けてきたが、最近は手段を選ばないようだ。

 それは、皇帝が皇太子を未だに定めないせいだろう。


(僕は、玉座など興味がないというのに)


 それを正妃は信じようとしない。

 皇帝を唆して、皇太子の地位を得ようと画策しているように見えるらしい。


 ふぅと小さく息を吐いた第二皇子は、視界の隅に先ほどまで手にしていた布が映った。


「あの子供は……」

「詳細は調べないと申し上げられませんが、どうやらベルナンド公に関わりがあるようです。あの少女を探して、ベルナンド公の騎士団が動いていたようですから」

「ほぅ」


 第二皇子はすっと目を細めた。

 どんな関りがあるのか興味深い。

 公爵に子供はいなかったはずだ。

 調べるよう命じた彼は、そっと布を手に取った。


「そちらは私が処分いたしましょう」

「! ならぬ!」

「は? ……あ、いえ、失礼いたしました。出過ぎた真似を」

「いや、よい。……これは、あの子に返すから、綺麗にしておけ」

「はっ、ご命令通りに」


 護衛を下がらせた第二皇子は、フードを取った。黄金の髪がはらりと零れ落ちた。


「春を告げる目を持った子だったな」


 そう呟き、目を瞑った。

 何も言えずにその場を去ってしまったことだけが悔やまれた。

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