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ミーアとママ


「ねえ、ミーアちゃん、ここはね、小説の中の世界なのよ」


 だれよりも大好きで

 だれよりも綺麗なママ


 その日のママは、いつもと違っていた

 

「あたしは、悪女として終わるわけにはいかないの、わかるでしょう?」


 ふふふ、と楽しそうに話すママは、少女のように可憐だった。

 だからミーアも、にこにこと笑った。


「うん!」

「まあ、可愛い子!」


 ママはそう言って、ミーアの頭をそっと撫でてくれた。

 真っ白な手は、お姫様のようでドキドキした。

 

「だからね、ミーアちゃん。あたしは行かないと。だれよりも幸せになるの」

「い、く……?」

「ミーアちゃんは、一人でなんでもできるもの。あたしがいなくても大丈夫でしょ。だって、あなたは脇役ですらないんだもの」


 子供を産むなんて、書いてなかったわ、って爪を噛みながら苛立ったように零すママに、びくっと肩が跳ねた。

 でもそれ以上のことはなくて、ホッとする。


 しばらくブツブツと言っていたママは、しばらくするとぱああああっと顔を輝かせて、ベッドの下に隠してあった木箱を取り出した。


「まったく、貴族社会って面倒よね。だれだかわからない子を身ごもったくらいで絶縁なんて。まあ、餞別代りに、生きていけるだけのお金を与えられただけマシかしら。娘がこんなに苦労してるっていうのに、血も涙もないわね」


 ママが革袋に金貨や宝石を入れるのをハラハラと見ていたミーアは、恐る恐る言った。


「ママ、それをどうするの?」

「賢いミーアちゃんならわかるでしょ? ……ほんと、だれの子かしら。明るい茶髪に、碧色なんて、ありふれてるわ。ま、モブ相手じゃしょうがないわね」


 ママは、綺麗な蒼い双眸を細めると、溜息を吐いた。


「ねえ、ミーアちゃん。あなたはあたしが産んだ子だけど、あたしのこれからの人生には邪魔なのよ」

「じゃ、ま……?」

「ミーアちゃんは、ママが大好きでしょ?」

「! う、うん……!」

「だったら、あたしが悲しい目に遭うのは望まないでしょ?」

「ぅ、うん……」


 否定は許さない冷たい目。

 それに圧されるように頷いたミーアを見た瞬間、ママは花が咲いたように笑った。


「ミーアちゃんと生活できて楽しかったわ。もう会うこともないだろうけど、頑張って生きていくのよ? ミーアちゃんはママに似て可愛いんだもの。それだけで人生勝ち組よね。貴族の血も流れているんだし」


 困ったら、お爺様を頼りなさい、と言い残してママは部屋を出て行った。

 残されたミーアは、呆然とその場に佇んでいた。


「ぁ……どう、しよう………」


 貴族令嬢だったママは身の回りのことが何もできない。

 ミーアが物心つくまでは、身の回りの世話をしてくれる人が来ていたらしいけど、いつの間にか来なくなってしまったらしい。


「ミーア、騒がしかったけど、大丈夫かい? 怪我はしてない?」

「おばさん……」


 ママがいないことを確認したリノおばさんは、ミーアの顔や全身を確認すると、安心したように頬を緩ませた。

 リノおばさんは、隣に住んでいて、いつもミーアたちを気にかけてくれる。


「ママ、いなくなっちゃった……」

「え?」


 ポロポロと涙が溢れてくる。

 拭っても拭っても止まらない。


 だれよりも大好きで

 だれよりも綺麗なママ


 ママと一緒に居るだけで良かったのだ。

 それ以上のことは望んだことがなかった。

 ママができないことはなんでもやったし、ママがお姫様になれるようにお仕事だってした。


 でも、駄目だった。


「ミーア……悲しいなら、わんわん泣いていいんだよ」

「……っ」


 リノおばさんが、声を殺して泣くミーアをそっと抱きしめてくれた。

 リノおばさんはママと違っていつも抱きしめてくれた。

 ママとは違うふわふわの体はあったかくて、胸がツンとした。


「あの女は……! いつかやらかすと思ったけど……っ。ミーア、しばらくアタシの家においで? 一人でこの家にいるのは物騒だろ……なんで、嫌なのかい?」

「……嫌、じゃない……。でも、ママがかえってくるかも……」


 冗談よ、とママが帰ってきたときに自分がいないとママは何もできない。

 お茶だって淹れられないし、服だって着替えられないのだ。

 幸い、この家はママのものだから、家を追い出されることはないだろう。

 

「だからって……。生活費はあるのかい?」

「ママが全部持ってちゃった……」


 すんと鼻をすすった。

 自分だけなら、そんなにお金がなくても大丈夫だ。

 数日間食べなくても死なないことをミーアはちゃんと知っていた。


「なんて女だ! ミーアの稼ぎも持っていくなんて」


 小間使いのお金なんて大したことはない。

 すぐに黒パンを買うお金に消えて行ったのだから。


「ママ……真っ白なふわふわのパンが食べたいって言ってた……」

「ふんっ。相変わらず贅沢な女だねぇ」


 リノおばさんはママが嫌いみたいで、いつも辛辣な言葉を吐いていた。

 平民に堕ちたってどういう意味だろう?

 ママはいつだってお姫様みたいなのに。


「いい? ミーア。あの女が戻ってこないなら、ずっと一人じゃいられない。孤児院で面倒を見てもらわないと」

「ぅん……」

「あたしが養子にできたらよかったんだけど……うちも余裕ないからね」


 ごめんねと謝ってくれるリノおばさん。

 ミーアは、ふるふると首を振った。


「大丈夫! ママはかえってくるもの」



 ――だが、その願いは叶うことはなかった。

  



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