特捜刑事「相方」 副都心危機一髪
俺の名前は杉下左京。警視庁特別捜査班の刑事だ。
今まで役職が不明だったが、俺は警部補。
で、特捜班の班長でもある。
俺とよく似た名前の刑事のドラマがあるらしいが、モデルは俺ではない。
「杉下さん!」
まるでうっかり八兵衛のようなトーンで、只一人の部下である亀島馨が特捜班室に飛び込んで来た。
「何だ、騒々しい」
俺はモーニングコーヒーを楽しんでいる最中だったのでムッとして言った。
亀島は呼吸を整えてから、
「新宿副都心に爆発物らしき紙袋が…」
「そんなの、俺達の出番はないだろ?」
俺は亀島を一瞥して言った。しかし亀島は、
「そうでもないんです。紙袋は駅構内、都庁周辺とかなりの数発見されています。中から時計の秒針の音が聞こえているそうですよ」
「何!?」
随分と眠っていた刑事の血が沸き立つのを感じた。
「愉快犯かよ。一番許せねえ」
「防犯カメラに犯人らしき人物の姿が映っているそうです」
「そうか」
俺は革ジャンを右手に持つと、
「取り敢えず鑑識だ。その映像を見せてもらおう」
「はい」
俺達は鑑識課に向かった。
「ヨネさん、例の映像見られますか?」
鑑識課の最古参である米山さんに亀島が声をかけた。
「はい。これです」
ヨネさんが慣れた手つきでマウスをクリックすると、モニターに映像が映った。
「これが犯人のようです」
俺と亀島は凍りつき、思わず顔を見合わせた。
犯人らしき人間の映像。
その犯人と思われる人物は「メイド服」を着ていた。
顔ははっきりしないが、体型と髪型からすぐに誰なのかわかった。
「そんな……」
亀島が思わずそう呟いた。
俺も同じ気持ちだ。
惚れた女が「爆弾魔」かも知れないのだ。
「あの、どうしました?」
ヨネさんが俺達の様子が変なのに気づいて言った。
「ああ、何でもないんだ、ヨネさん。忙しいのに悪かったね」
俺は亀島を急き立てて逃げるように鑑識課を出た。
「杉下さん、あれ……」
「言うな。裏を取りに行くぞ」
「は、はい」
俺も亀島もテンションが下がってしまい、捜査に行く気力を失いかけていた。
だからこそ、自分に鞭を入れた。
まだ犯人と決まった訳じゃない。
もし犯人なら、俺達の手で止めたい。
そして、俺達の手で確保したい……。
以前彼女が容疑者となって逮捕された時、住所が記録されたはずだ。
俺は亀島にそれを警視庁のホストコンピュータから探させた。
他の連中が気づく前に何としても……。
俺は改めて思った。
こんなに心を奪われた女は今までにいないと。
「彼女の住所はそのままですね。でも、ここにいるかどうか……」
亀島は後ろ向きだ。しかし俺は、
「そこにいなければ、犯人の可能性が高まる。ならば尚の事俺達で確保するんだ」
「わかりました」
ようやく俺の思いが通じたのか、亀島はいつもの顔に戻った。
俺達はあるマンションの最上階に来ていた。
彼女がこんな高級マンションに住んでいるなんて驚きだった。
インターフォンのボタンを押す指が震えた。
もし、ここに住んでいなかったらと思うと正直怖かった。
「はーい」
彼女の声だ。俺はホッとしたが、
「警察です。ちょっとお話を聞かせていただけますか?」
と続けた。
「そうなんですか」
いつものトーンで彼女は応じた。
ロックが解除され、ドアが開いた。
「どうぞ、亀島さん、刑事さん」
何となくその言葉に怒りがこみ上げたが、隣でニヤついている亀島を見て抑えた。
玄関に入ると、そこに御徒町樹里がいた。
以前と全く変わらない笑顔で。
「どうぞお上がり下さい」
「いや、すぐ済みますから」
俺は折れてしまいそうな心に活を入れて言った。
「そうなんですか」
樹里は心なしか寂しそうに見えた。いや、思い過ごしだ。
「今、新宿近辺で爆発物と思われる紙袋が多数発見されています」
亀島が切り出した。
「そうなんですか」
「現場にある防犯カメラの映像にメイド服の女性が映っていました」
亀島は悲しそうに言った。
「あ、それ、私です。カメラで撮られていたのですか? 恥ずかしいです」
「はあ?」
俺はこうもあっさり犯行を自白するとは思わなかったので、ショックというより、脱力してしまった。
「あんたが爆弾を仕掛けたのか?」
俺は遂に一番訊きたくない事を尋ねた。
「爆弾? ハンバーグですか?」
「違ーうッ! あの紙袋の中身の事だ」
俺は一瞬デジャブかと思った。
「あれは時給八百円で配ったものです。ハンバーグではないです」
樹里は笑顔全開で言った。俺はカッとして、
「ふざけるな! ハンバーグの話なんかしてない! 配っただと? 誰に頼まれた?」
俺の剣幕に樹里はビックリしたようだが、
「今度開店する時計屋さんにです。皆さん、置いて行ってしまったですね。悲しいです」
「……」
俺達は脱力した。
誰も悪くない。
こんな偶然があるのかと思う。
時計屋は新装開店のために販促品として時計を配ろうとした。
御徒町樹里は雇われて時計を配った。
受け取った通行人はいらないのでその辺に置いて行ってしまった。
しいて言えば、ところ構わず紙袋を放置した連中が悪いのだが。
それでも逮捕するほどの事でもない。
とにかく何事もなくて良かった。
そして何より、樹里が爆弾犯でなくて本当に良かった。
しかし、俺達は本当にこのままでいいのだろうか?
それが一番の心配事だった。