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「──父への説得には骨が折れました」
アシュレイは少しだけ微笑みながら経緯を話した。ノーラは部屋のソファを勧められ、腰をかけている。アシュレイも向かい合うように反対側のソファに座っていた。
格下の貴族に仕えると聞けば、反対はされるだろう。しかし、元縁談相手でもあり、父もブライトン家と交流があったのだから、手助けしても良いだろうと、良心に訴えかけた。
「最終的には許可をいただけて、それから今日まで貴女に仕えておりました」
「……じゃあ、目的なんてなかったっていうの?」
「いいえ、ありましたとも。貴女の助けになること。それが私の目的でした」
「答えになってないわ! 私なんかに仕えたって、何も得なんてしないじゃない!」
ノーラの声が荒くなる。アシュレイはノーラとは逆で、目を細め、穏やかな声のままだった。
「損得ではなく、心のまま自分のしたいと思ったことをしようと思っただけです。貴女が爵位を継ぎ、姉妹を守ろうと決意なされたことと同じように」
ノーラは口を閉ざした。長い間、自分を支えてくれたアシュレイが名前を偽っていたことや、本当は元縁談相手だったこと……真実を知るとノーラは困惑していた。どんな感情でいればいいのか分からない。
「ミリー様の手紙は実家に届いたものをこちらに送ってもらい知りました。そこで返事をし、貴女に手紙を書いていたのです。いずれ手紙はどこかで途切れるだろうと思っていましたが……私の書いた手紙がノーラ様の励みになっているのであれば、書かない理由はありませんでした」
それで余計に時間がかかり、返事が遅かったのだろう。
「今回のミリー様の件は私が手紙を書いて却って不安にさせたことが原因です。全ては私の責任です。……ですが、あの手紙の内容に偽りはございません。私の思ったことをそのまま書いておりました」
「……アシュレイ、私今どうしたらいいか分からないの。貴方が名前を偽って秘密にしていたことに怒ればいいのか、長い間私の力になってくれたことに感謝したらいいのか……」
ノーラは真っ直ぐアシュレイを見る。じっとアシュレイの目を見つめると、その目に吸い込まれそうで怖かった。けれど、目が離せなかった。その目に、これまでに見たことがないような熱がこもっているように見えたのだ。
「どうか、両方の思いを。怒りも喜びも全て、私にください」
「……貴方も、本当は他の貴族と同じだったんじゃないの……下心はなかったって本当に言い切れるのかしら」
自分はなんてことを聞いているのだろうと、ノーラは自分を責めた。しかし、聞かずにはいられなかったのだ。アシュレイを責める言葉に心が痛くなり、俯いた。
「……無いとは、言い切れませんね」
「じゃあ、何が望みだったの?」
「貴女のそばにいること、でしょうか」
その言葉にノーラは少し顔が熱くなった。しかし、その言葉に偽りはないのだと思うと、力無く笑った。きっと彼も私と同じく、自分がそうしたいからそうしたのだと、ノーラは信じた。
「……分かったわ。でも、隠し事はもう一切なしよ」
笑って言えば、アシュレイも微笑んだ。
「お約束いたします。貴女に隠し事はいたしません」
そう答えたかと思うと、アシュレイはおもむろに立ち上がり、ノーラの足元に跪いた。急に彼は何をするのだろうとノーラは驚いて立ちあがろうとしたが、ノーラの手に触れ、優しく握った。
「ノーラ、どうか私と結婚してください」
「へっ!?」
聞き間違いかと、ノーラは自分の耳を疑った。
「なんで……」
「隠し事はしないという約束をたった今したでしょう。ですから、私の秘密を打ち明けました。貴女のことを愛しているのです」
「そんな、急に言われても困るわ! なんで私なの?」
アシュレイがノーラの手を握る力はほんの僅かで、ただ自分の掌に乗せているだけだ。振り解こうと思えば簡単に解くことができるだろう。けれど、ノーラは振り解くことができずにいた。
「言ったはずですよ。妹を守ろうとする貴方の姿勢に好感を持つようになったと。……これも信用できませんか?」
ノーラは顔を赤くさせ俯いた。結婚を迫られたことはある。けれど、こんなにも真っ直ぐに求愛されたのは初めてだったのだ。喜びよりも、戸惑いの方が大きく、羞恥で今にも顔から火が出そうだ。
「結婚したとしても、フィルポット領は貴女が治めていただいて構いません。私も、今までと同じように支えましょう」
「でも……貴方のお父様は許してくださるの?」
「元々私たちは婚約するはずだったのです。反対する理由なんてありませんよ。ノーラ、私は父の是非より、貴女の気持ちが知りたい」
喉が焼けそうだ。いや、焼けて声なんて無くなってしまえば返事なんてしなくてすむのにとさえ思った。けれど、彼に答えなくてはいけない。自分の気持ちを。
「……嬉しいわ、とても」
そう返事をするのがやっとだった。アシュレイが立ち上がり、ノーラの両手を自分の両手で包み込む。アシュレイがさらに距離を縮めてこようとするので慌てて付け足した。
「でも、一つだけ条件があるわ!」
「条件? ええ、何なりと」
「ミリーが結婚するか、立派に独り立ちするまで、結婚はしません!」
ばっさりと言い切ると、アシュレイの動きが固まった。幸せそうに笑んだ表情もぴしりと固まってしまう。
「……ミリー様は十四歳でしたね?」
「ええ、そうよ」
「少なくとも、あと二、三年は先になると?」
「そうね、少なくとも。……約束してくれなければ、結婚はしません」
「……お約束いたします」
アシュレイの表情は苦いものを我慢するような笑みだ。その表情がおかしくて吹き出して笑うと、仕返しと言わんばかりに左手をぐいと引き寄せられ、口づけされた。
「な、何するのよ!」
「この指は、先にいただいておこうと思いまして。……約束ですよ」
口付けたノーラの薬指を愛おしそうに自分の指の腹で撫でながらアシュレイは言う。今度こそ幸せそうに微笑み、少し頬が赤らんでいる。それに応えるように、ノーラも笑ってみせた。




