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来客の知らせをメイドが持ってきたのは、アシュレイの休暇が二日目に入った午後のことだった。その時、ノーラは仕事中で執務室にいた。
「テリーサお嬢様……いえ、ホスパース夫人がお見えになりました」
「テリーサが? なんでまた……」
先日嫁いだばかりの妹の来訪に驚き、ノーラは仕事を中断して客間に急いだ。
彼女は今、新しい夫と新婚旅行中のはずだ。それがどうして実家に戻ってきたのだろう。一抹の不安を胸に客間の扉を開くと、ソファに二つの人影が並んでいるのが見えた。
一つはミリーで、もう一つは久しぶりに見るテリーサだった。テリーサは流行の帽子やドレスを身につけ、すっかり貴婦人の様相を呈している。しかし、その明るい顔や、歌うように話す声は活気があり、以前と変わらないことにノーラは少しだけホッとした。
何かお喋りをしていた二人はノーラの方へ振り返った。するとテリーサはさらに笑顔を深め、立ち上がった。
「ノーラ姉様! 会いたかった!」
大袈裟にテリーサは手を広げてノーラを抱きしめた。それを歓迎するようにノーラはテリーサの肩を軽く叩いて身を離した。
「一体どうしたの? あなた、ヒュース様と新婚旅行中じゃあなかったの?」
「ええ、とても楽しかったわ! その帰りの途中に立ち寄ったのよ。ほら、お土産! ミリーにも姉様にもあるわ!」
テリーサはテーブルに広げた包みをミリーとノーラにそれぞれ手渡そうとする。ノーラは思わずそれを受け取るが、困惑した表情は変わらない。
「そうじゃなくて、ヒュース様はご一緒じゃないのかって聞きたかったのよ」
「ああ、先に帰ってもらったわ。お仕事の都合ですぐ帰らなくちゃならなくなったのよ。それで私は帰り道の途中にここに寄らせてもらったってわけ」
「あなたねぇ……」
ノーラの不服にテリーサは口を尖らせる。
「どうせ、家に帰れば嫌になるほど顔を合わせることになるんだし、いいじゃない。ヒュースもぜひそうしなさいって許してくれたわ。三姉妹水入らずで過ごせるなんて、今後は無いかもしれないじゃない」
あっけらかんと言うテリーサにノーラは隠れてため息をついた。
「嫌になるほどってあなた……」
「ああ、ご心配なく。喧嘩はまだしてないわよ。仲良くやってるわ。ほら、姉様座って! お土産のお披露目会をしましょう!」
言いたいことがいくつかあるが、ノーラは言われるがまま席に座った。ミリーは姉の来訪を喜んでいるようで、それを無碍にすることはできなかった。
テリーサに促されて、受け取った土産の包みを開く。ミリーには二色の青いリボンで装飾された帽子を、ノーラには上品な金色の刺繍が施されたシルクの手袋だった。土産のチョイス一つにもテリーサのセンスの良さが感じられる。
メイドがお茶を淹れてくれ、それを片手にテリーサはバカンスでの出来事を話してくれた。物珍しい話に二人は聞き入っていた。特にミリーは異国の様子を想像しているのか、頬を桃色に染めて夢想するような表情をしていた。ノーラも時折仕事のため外出することはあるが、旅行や遊びに行くためのお出かけはほとんどしていない。そのため、ミリーほどではないがテリーサの話に魅了されていた。
「──そうだわ、私帰りの途中にハームズワース伯爵のお宅を訪ねたの」
突拍子もないその名前に、ノーラは驚いて紅茶を吹き出しそうになった。何とか噴き出すのを耐えたが、おかげで舌を火傷してしまった。それに構わずノーラは問いただす。
「何であなたがハームズワースのお家に!?」
「最近、文通をされてるんですって? ミリーの手紙にその名前が書いてあって懐かしくなっちゃって、お訪ねしたのよ」
ノーラははぁ、とため息をついた。頭が痛い。この妹は突拍子もないことを言ったり、行動したりして周囲を驚かせるのは昔からのこと。結婚してから少しは落ち着いたと思ったが、生まれついた性格というのは簡単に変わるものではないようだ。
「ご、ごめんなさいお姉様、つい……」
「いいのよ、ミリー。あなたは悪くないわ」
「そうよ。誰も悪いことなんてしてないんだから。それに、訪ねて本当によかったって思ってる」
「え?」
どういう意味か、と聞こうとノーラはテリーサを見る。すると、先ほどまで上機嫌だった妹の表情は不機嫌を表すものに変わっていた。
「いなかったのよ。ロイ・ハームズワースなんて人」
「いないって……どういうこと?」
「正確には会えなかったの。伯爵も夫人も外出中だったから短い滞在だったんだけど、屋敷にいた若いメイドが言うには、伯爵の子息は長い間お屋敷にはいなくて、姿を見たことがないんですって」
ノーラは思わずミリーを見た。ミリーは困惑と驚きの表情でこちらを見返した。ロイ・ハームズワースがいなかったというのはおかしい話だ。
「そんな、ありえないわ。だって、手紙もハームズワース家の住所から届いているし、封蝋の紋章もある」
「ええ、そうよね。だから、誰かがロイ様に成り済ましてハームズワース家から手紙を出しているんじゃないかしら」
「そんな、一体何のために」
「そりゃあ、うちの土地を自分のものにしたいがためでしょう?」
血の気が引いていくのが分かった。信じたくなかった。あんなに温かい励ましの手紙をくれた人は、ロイではない。誰かが自分を騙すために出したものだったのか……。
「……信じられないわ」
「今の姉様はフィルポット領の領主。手っ取り早く自分のものにするには結婚するのが早いでしょう? 姉様をたぶらかして土地を自分のものにする。可能性はあると思うわ。でなかったら、なんでわざわざ偽のロイ・ハームズワースを作ってわざわざ手紙なんか送るの?」
「それは……」
テリーサの言葉に声がつまる。なぜ、何のために手紙を送ったのだろうと、頭で思考を巡らせる。しかし、一向に考えは思い付かず、テリーサの言う通り、自分の土地が目的なのだろうかと勘繰ってしまう。
「とにかく、警戒はすべきよ。ノーラお姉様も、お父様が必死に守ってきた土地なんですもの、そう簡単に渡しちゃだめよ」
「そう、そうね……」
警戒するべきだった。あの親戚たちと同じく、この人も同じなのかもしれないと……。
浮かれていたのだ。かつての縁談相手に再び手紙をもらって、優しい言葉に判断が鈍っていたのかもしれない。テリーサの言葉に、自分の頭の中に冷静さが取り戻されていくのを感じていた。
しかし、それと同時に、彼のことを疑わなければならない自分が辛かった。しかし、領主として土地を守り、営んでいかなければならない。時には自分にも他人にも厳しくなくてはならないのだと、ノーラは自分で自分を叱った。
そうして思考を巡らせて表情を固くするノーラの横で、ミリーは顔を青ざめさせていた。その表情は困惑しており、二人の姉の方を見ることができず、ただただ俯いていた。




