1
眩しいほどに純白のドレス。繊細なレースや刺繍を施したドレスは動くたびにサラサラと音がする。隣にはこれから夫となる、愛する男。二人の目線が自然と合い、幸せを確かめ合うように微笑む。この愛し合う二人は今日、夫婦となるのだ。
ああ、なんて幸せな日だろう。
──そう思いながらノーラは他の客と共に拍手を送り続けた。花嫁がこちらに顔を向けると目が合う。すると、花嫁の目元から一粒の涙がこぼれ落ちた。何もかもが美しいこの光景で、その涙は真珠のように輝いている。
「お姉様、今まで本当にありがとう……!」
花嫁姿の妹は美しい。涙を流し微笑む彼女は、きっと今世界で一番美しく幸福に違いない。妹の言葉にこれまでぎりぎり耐えていたものに耐えきれず、ノーラの両目から涙が溢れ出した。こちらの涙は真珠ではなく、滝のようだ。
「おめでとう、テリーサ……。しあわせになるのよ!」
自分がこれまで苦労が報われた……そんなふうにノーラは思った。反抗期のテリーサには手を焼いた。取っ組み合うような喧嘩だってした。家出騒動で大騒ぎしたこともあった。でも、そんな生意気なあの子がこんなに綺麗な花嫁になったんだ。
ノーラの心は今、幸福で満ち溢れていた──。
***
「……ノーラ様、いい加減起きてください」
はっとノーラが顔を上げ、自分が枕にしていた書類を見る。これまで書いていた文字は途中で解読不能になり、黒いみみずが散歩をしていた。
「何やら寝言をおっしゃっていましたよ。幸せそうな夢を見ていたようで」
ノーラを見下ろす、青年はその金眼を細めてにこりと笑う。柔らかそうな黒髪をゆるく束ねた好青年だ。さわやかな笑みを浮かべたが、嫌味ったらしい言葉がその口から吐きだされたのをノーラは苦笑した。
「あはは、先週のテリーサの結婚した夢を……」
「それはよろしゅうございました。執務の最中に居眠りとは随分と余裕がおありですね」
「ええ〜……もう毎日毎日忙しくて疲れてるんだから少しは休ませてよ」
「お疲れなのはわかりますが、こちらの書類も今日中ですよ」
「うげっ」
彼の手渡した紙の束を見て、蛙の鳴き声のような声でノーラはうめいた。ページだけなら一冊の本ができるくらいの分厚さだ。
「アシュレイ、こんなの今日中に終わらないわよ」
「大丈夫。私も手伝いますから。日暮れまでには終わりますよ。というより、終わらせます」
「ひぇ」
この若い秘書アシュレイ・ヘイズマンが言ったことは彼によって必ず実行されるのだ。それをノーラは身をもって知っている。その言葉に慄きながらも、再び筆を走らせた。
ノーラ・ブライトン子爵はフィルポット領の小さな田舎の領主である。若い女領主として、毎日働いていた。
ノーラの両親が亡くなったのは五年前のこと。突然の事故にノーラは二人の妹達と悲しんだ。しかし、いつまでも悲しんではいられなかった。両親が遺したのは、まだ幼い二人の妹、これまで暮らしていた屋敷にそこに勤めている従者達、父の治めていた領地に住まう人々──。ノーラの父は恐ろしいほどにたくさんのものを遺していった。
当時ノーラはまだ十七歳にもなっていなかった。当然、年若い令嬢が遺産を相続したと知ると、近隣貴族達はノーラ達に同情の顔を見せながら擦り寄ってきた。そんな彼らがノーラには恐ろしい狼のように見えた。
このままでは、父の大切な土地や屋敷がなくなってしまう。そうすれば、妹達も適当な貴族に嫁がされてしまう──。
ノーラは自分を鼓舞した。悲しんではいられない。妹達のためにも、しっかりしなくちゃと。
言い寄る貴族達には丁重に感謝を述べながら、結婚や養子などの提案は全て退け、父の家業を継ぐべく、日々勉強し慣れない仕事をこなすようになった。
近隣貴族や親戚はノーラの決心に否定的だった。まだ若い上に女の身だ。相応の人に領地の所有権を譲るか、結婚した方がいいと。ノーラはその助言を受け入れなかった。
初めこそ、年若い女が領主となることに、領民達の中には難色を示す者もいた。しかし、順調ではなくても一生懸命に働き、あちこちへと走り回るノーラは、領民に少しずつ好感を持たれるようになってきた。
アシュレイに叱咤されながらも書類業務をこなしていると、扉から控えめなノックが聞こえた。返事を待って扉が開かれると、メリッサが顔を覗かせた。
末の妹メリッサこと、ミリーは今年で十四歳になった。まだあどけなさが残るが、姉のノーラから見ても可憐な令嬢だ。
「お姉様、アシュレイ、一緒にお茶会をしませんか?」
「ミリー! ええ、そうしま……」
はっとしたようにノーラは口を噤み、ゆっくりと自分の秘書を見上げた。もしかしたら、まだ仕事が残っているからダメだ、と言われるかもしれないと思ったのだ。アシュレイはため息と共に胸ポケットの懐中時計を取り出し、ちらっと見る。
「……そうですね、少し休憩にしましょう」
「やった! そうしましょう!」
飛び上がる勢いでノーラが立ち上がり、ミリーの手を取る。足取りはスキップをしそうなほど浮かれている。そんな様子にミリーはクスクスと笑った。
「もう、お姉様ってば。はしゃぎすぎですよ」
「ええ、それが一領主のすることですか、はしたない。もっと言ってやってください、ミリー様」
「固いこと言わないでよ、ここにはアシュレイとミリーしかいないんだから」
浮かれながらもそう反論するノーラに、ミリーはさらに愉快そうに笑い、アシュレイははぁとため息をついた。




