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未開島の召喚士  作者: 大判甘太郎
出会い
9/9

9.酔っ払い達の戯れ言

 アルミナン市全体が動きを止めた夜更け、酔いどれ客達が皆帰ったバクト珈琲店は、明かりが落とされ橙色の非常灯だけが灯っていた。


 心許ない灯りの下、カウンターには珈琲店のマスターと常連客であるホーマンが静かにウイスキーを舐めていた。


 2人が話しているのは、アイクチと名乗った青年のことだ。


 アイクチは店の2階で宿泊しており、他の仲間達は客達の相手をほどほどにした後に帰って行った。


「胸に島核を抱く人間。そんな存在があり得ると思いますか?」


 マスターは、短い頭髪をわしわしと掻きながらホーマンに尋ねた。


 昼間、アイクチは時分の胸に島核が埋まっているのではないかと発言していたが、客が言ったとおり島核の持ち主は魔物であるというのが常識だ。ましてや、島の出現に人間が含まれるといった話は、都市伝説でしかなかった。


「術具での反応はなかったものの、検出している魔力の波長が違うのであればあり得ると思う。前例がないのは、発見する前に死亡して島ごと海の藻屑となっていたのか、あるいは秘されてきたか……。とどのつまり、アイクチ君の言うことが真実だった場合、私たちはとてつもなく希少な存在を目の前にしていることになるな」


 ホーマンは言うと、ウィスキーをゴクリと飲み干した。ホーマンの爛々とした目を見て、マスターは、ううんとうなった。


「ホーマンさんはあの与太話を信じてるんですか? 流石に夢見がち過ぎるかと。あの島には15年前の出現当初に調査が入っていました。人が大規模に入っていた以上、島の出現と同時に現れた存在と考えるよりも、現実的な説明のできる仮定が多くあるんじゃないですか?」


 なだめる様に言われたマスターの言葉に、調査が入ったことをすっかり忘れていたホーマンは顔を赤らめた。


 ホーマンは、先ほどの表情を取り繕うかのように咳払いを一つし、すねたように口をとがらせ、瓶からとくとくと黄金に輝く液体を注いだ。


「夢くらい、見ても良いだろうに。マスターは理屈屋だからな。仮に現実的な状況を考えると……。彼はまだ高校生くらいの年齢だな。だとしたら初回調査時はまだ未就学児の時分だ。そんな子どもだけで島に入るとは考えづらい。とすれば、誰かに連れられてきたか、あるいは捨てられた」


「捨てられたは考えづらいですかね。飛行能力を持つカードは、鳥人であっても価値があります。捨てる子どもに持たせる理由がありません。それであれば、市に所属しないはぐれ者という線の方がよっぽどありえるかと」


「そういった犯罪者集団の一員だとしたら、アルミナン市の到着を待たずに島ごと離脱しているだろう。アイクチ君があの未開島から乗り込んできたことは状況証拠からして事実だ。だいたい、はぐれ者だとしたら、あんな皮の衣服を用意するまでのことをしない」


 ホーマンの指摘に、マスターはアイクチの衣服を思い返し、それは確かにと頷いた。


「だとしたら、やはり誰かに連れられて島に入ったんですかね。でも何のために子どもを……?」


「それこそ移動手段じゃないか。アイクチ君を連れ込んだ者、あるいは者達は島核を確保した。そして、鳥人を召喚させ、次の調査に来た群島に忍び込むつもりだったんだ」


「島核を独占するために子どもにカードを使用させた、か。相当なくずですね。ただ、まさか戦争のせいで15年も間隔が空くとは思わなかったでしょう」


「私だったら自殺している」


「俺もです」


 二人が目を合わせる。しばしその場を沈黙が支配した。


「実際、そのくずは生きてこのルフ島にたどり着いたと思うか?」


「それはないでしょう。彼の性格にそういった者に育てられた者特有の陰鬱さや卑屈さを感じませんでした。どちらかと言えば大切に育てられてきたのかと」


「鳥人にか」


「はい。ただし、鳥人だけではありません。おそらく今日一緒に来ていた連中全員にですよ」


 ホーマンは、怪訝な顔をし、昼間に見かけた無口な女、おしゃべりな女そしてアイクチに敬語で接していた男といった面々の顔を思い浮かべた。


 確かに、カード使いが人間を召喚していることは稀にある。ただ、あのような非武装の状態で見たことがなかったため、そうとは思えなかった。変な話をしていたことから、どこの田舎から出てきたのかと訝しがっていただけだった。


「彼等がか?」


「えぇ、あのトラジャさんの席に混じっていた娘。あの娘の長く横に伸びた耳の特徴を召喚された者で見たことがあります。それに、あの敬語で話していた男の黒いジャケットに見覚えのある紋章がありました。それも召喚された者の鎧に刻まれていたことがありました。もう一人の女は判断がつきませんでしたが、おそらくは」


「よく見ているな。しかしだとしたら、別行動をしていたのは納得だ。目立つ鳥人に注意を向けさせたのか。にしては早々と自分が鳥人を召喚したと白状していたな」


「本人に隠す気がなかったんじゃないですか? 隣の男が一瞬驚いた表情をしていたので、彼の独断でしょうけど」


「なるほどな。理由は分からないが、未開島を堕とした犯人であると疑われても構わないと考えたのか。店の客達は島核発言で狼少年扱いして興味を失ったようだが、警察なんかはきっとすぐにたどり着くだろうな」


「時間の問題でしょうね。まぁ、2日で着く距離に未開島がもう一つあったのは客達にとっても彼に取っても不幸中の幸いでしたよ」


 一度調査を断念された未開島は、何らかの理由により島核の確保が難しいことが想像される。


 今朝方墜ちた未開島も15年前に調査が打ち切られていたため、報道でも本命は次の未開島であるとされていた。


「これから彼はどうなるんですかね」


「まずは任意で事情聴取だろうな。未開島に居住していた者が墜落させたとしても、重罪だ。アイクチ君が島核を持ち出してルフ島のどこかで隠した、ないし受け渡した証拠が見つかれば囚人部隊入りは確実だろう」


 アイクチは、青年とは言えまだまだ子どもだ。そんな彼が戦争の最前線に人権の配慮も薄い囚人部隊に組み込まれる姿を想像し、マスターは顔をゆがめた。


「彼は、そういったことをするようには見えませんでしたが」


「他でもないマスターが直に見てそう言うんならそうなんだろう。誰かに受け渡すようには見えない。奪われた様子もない。とすると、答えは?」


「他に召喚した者に持たせている。海に捨てた。偶然にも核の魔力が切れただけ。島核を有する魔物を倒して逃げてきた。こじつければそれっぽいストーリーをいくらでも想像できます。……が、彼が島核である。というのはいくらか現実味を帯びてはいます」


「夢見がちなことを言うじゃないか」


 ホーマンがにやりと片側の口角を上げた。


「やめてくださいよ。そうであっても良いかなと思っただけです」


「それで十分だ。それが真実となれば、彼が囚人部隊送りにならずに済む」


「その真実はかぎ括弧付きの真実ですか?」


 その問いに、ホーマンは、ふんと鼻で笑った。


「ついていようがいなかろうが、私はどちらでも構わない。アイクチ君が捕まらなければどうでも良い」


「どうでも良いってまた適当ですね」


「まぁ少し語弊があったな。どうでも良くなったんだ。先のマスターの話を聞いて、考えたことがある」


「なんですか? あまり良い予感はしませんね」


「私は、あの戦争でカード使いと戦場を共にしたことがある。敵としても味方としてもな。その中で、ヒト種のカードで召喚された者も少なからずいたが、言葉を操る者は、1人としていなかった。ましてや、あのように表情をころころと変える存在などではなく、感情もない人工の戦闘用人形のようだとすら思っていた」


「俺もそう思っていました」


「彼等も15年前はそうだったのかもしれない。だが、アイクチ君と彼等の生活は、それほど濃密なコミュニケーションだったということだろう」


「もしくは、彼等が特殊なカードなのか、そういった術具を使用しているのか、彼が島核を持っているが故の特別なのかということも考えられますね。とはいえ、経過した月日を考えれば、彼等の努力の賜と考えるのが自然でしょうか」


 ホーマンは、うなずき、ゆっくりと強いアルコールを嚥下し、あごを撫でた。そして、口を開く。


「彼等が会話可能ということは、私たちは彼等の文化を知り得る状況にあると言える」


「文化、ですか?」


「あぁ、文化だ。今日の彼等の会話を思い出してみると、我々とは異なる常識を持っているように見受けられた。そこに、我々の知らない技術や知識が存在しているのだとしたら、ものすごい発見になる」


 アイクチの仲間達の会話を特に聞いていなかったマスターは、納得しかねると眉をしかめた。


「なるほど。それはまた夢が広がりますが、ホーマンさんは何が言いたいんですか?」


「私は、その未知の技術や知識を知りたい。それが社会にどのような影響を与えるのかをそばで見ていたいんだ。だから、彼等をここに繋ぎ止めておきたい。マスターにはその協力をしてほしい」


「はい? ここって、この店ですか?」


「そうだ。マスターが1人で切り盛りするには手が足りないと常々思っていたんだ。住込みで働かせたらどうだろうか」


「なぜうちに?」


「手の届く場所に留め置くためだ。私ではアイクチ君がルフ島を拠点とする理由が用意できない」


「いや、だから何故俺なんですか。幸か不幸かカード使いで戦力になるんですから、そこらの事務所に入れるとか、軍に入れるとか別の方法があるでしょう」


「事務所に入れたら私が話を聞く機会が減ってしまうし、軍に入れたら最前線に投入されてルフ島から離れる恐れがある。そうしたら、彼等と話ができないだろう」


「ホーマンさん、あんた阿呆ですか。だいたい、彼の目的だってはっきりしてないんですよ。勝手に俺たちで話をしたって意味がないでしょう」


「いや、トラジャと話していた娘が仕事や家についてそれとなく探りを入れていた。だとすれば、生活基盤を欲していると見て間違いはないだろう。住み込みの仕事は渡りに船となる」


 ホーマンのその言葉に、マスターはあきれて肩をすくめて見せた。


「流石は店の全テーブルの会話を盗み聞きする男ですね。会話の意図まで読み取るとは恐れ入る。ただ、俺に実利がない。俺は珈琲屋のマスターです。そこそこの稼ぎで別に不満もありません。そんな俺が進んでやる気にはなれません」


「本当にそう思うか?」


 問いかけると、ホーマンはカウンターから身を乗り出し、奥に置いてある木の実をつまみ上げた。赤く、ゼリーの様に少し光を透過するような性質を持つ直径2㎝程の丸くて小さい実だ。


「昼間にアイクチ君は、この実を何の躊躇もなく食べていた。これはマスターが趣味で調査士達から買い取っているものだ」


 ホーマンが指に力を込めると、ぐにゅりと果肉がつぶれ、小さい種が出てきた。少し青臭く、さわやかな果実の香りがカウンターに広がった。


「調査士連中によると、どうやらこの種に毒があるらしい。どこぞの事務所の若いのがそれで命を落としたとか」


 言うと、ホーマンは種をカウンターの上に置いた。種は小さいサクランボの種のようで、4~5粒で人間を死に至らしめるとは一見しては分からないだろう。


 それは、ギエンの国では過去の戦記物語で毒薬として使用されるほどメジャーな植物だが、この世界ではまだまだ名も付けられていない果実でしかなかった。


「よくご存じで。そして彼はその種を口から出していました」


「そう。慣れた手つきで。さもそれが当然かのように。もちろんあの未開島に同じ実がなっていたのだろう。だからこの実が食べられることを知っていた。そして、種が食べられないことも知っていた」


 ホーマンが指についた赤い果肉を口に含む。あまり美味しくはなかったようだ。


「あの未開島には、森林が広がっており、数多くの未確認の植物が自生していたと過去の記録にある。彼はその利用方法を熟知しているだろう。それは食用か否かだけではなく、薬になる植物などについても把握しているはずだ」


 マスターの眉がぴくりと上がった。それを見やり、ホーマンは片側の口角を上げた。


「あの未開島と同じものが別の島にも自生している以上、逆もまたしかりだ。未だ食用として知られていないものの活用方法についても彼は知っているだろう。趣味でやっている料理の世界が広がるとは思わないか? 副次効果として店を回す手が増えるとすれば特に損はないだろう?」


「確かに、悪くない提案だとは思います。……分かりました。明日、本人達に聞いてみますよ」


「そうかそうか! いやぁ、マスターならそう言ってくれると思っていたよ」


「ただ、都合良く俺たちの想像通りの展開に進んで、本人達が同意することが前提ですよ。あと、できるだけ面倒事は回避でお願いします」


「もちろんだ。情報提供の取捨選択でその視点を変えることはいくらでもできる。報道や軍、行政の視線誘導は何とかしておこう」


 そう言うなり、ホーマンは立ち上がり、多めの勘定を置くと手をひらひらとさせて出て行った。


 ホーマンは、軍のOBであり、情報通だというのがこの店の中での認識だ。調査士連中が次の未開島の情報を聞いている姿をよく見かける。


 数年前に子守だと言ってアイラという娘を連れてきたことはあったが、プライベートを明かすことはあまりない。


 ホーマンの姿が見えなくなると、空になったグラスに水を入れ、マスターは勢いよくあおった。


「酔いに任せてうまく丸め込まれた気がするが、さて、どうなるか。何を見落としているのか全くわからん」


 先ほどの答えは失敗だったかなとマスターは後悔し始めていた。


 バクト珈琲店のマスター、バクトは、何を隠そう酒に弱いのだ。いつもならおかしいな誘いは素知らぬ顔で断っていたことだろう。おそらくホーマンの発言の裏には別の目的があるはずだ。


 だが、そんなことは酔っていればどうでも良い。


 これはきっとホーマン持ち込みのスコッチが悪いのだ。そう結論づけてバクトは寝床へと向かった。

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