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未開島の召喚士  作者: 大判甘太郎
出会い
6/9

6.予想外の目的

 アイクチ達がルフ島の散策を開始した頃、ソメイは飛び降りた空岸から離れ、旋回して島々を見下ろせる位置まで上昇していた。


 アルミナン市は、中央の巨大な島の周りを大小の島が囲み、動きを止めていた。それらの島の間を、小さな島や飛行船が行き交っていた。


「これが、この世界の営みか」


 ホルスはその光景に胸を震わせた。召喚される奇跡に巡り会えたものの、島で過ごすアイクチとの世界だけで終わってしまうのではないかと危惧していたのだ。


 翼を持たずにどの様な技術で島や飛行船が飛んでいるのか、ホルスには全く予想ができず、これからの生活への期待値がうなぎ登りだった。


 ホルスが空中で感動に打ち震えている間、島から飛翔する者達がいた。オズマ空軍アルミナン支部に所属する第12対空防衛小隊だ。


 4名がそろいの青のウィングスーツに身を包み、背負った飛行術具により接近していた。肩にはそれぞれおそろいの小銃がかけられていた。


「ルイナス中尉、対象を確認しました。発動光なし。黒い鳥の翼を模した術具を背負っています」


 隊員グレーンが双眼鏡を覗き、小隊長アイラ=ルイナスに報告した。その言葉は飛行時に生じる音にかき消されることなく、伝音術具により鮮明に伝えられた。


「明け方侵入してきたやつだな。同一人物かは不明だが、関わりがあると見て良いだろう。全員浮揚状態に移行。モルト、司令部へ状況を報告しろ」


「了解」


「しかし、妙だな。発動光を隠蔽する術具なんてあるのか?」


 小隊長アイラはもう1人の隊員ライに記録映像の録画を指示した。そして伝音術具の出力と指向を調整し、口を開いた。


「警告する。こちら、オズマ空軍アルミナン支部対空防衛隊だ。其方は飛行禁止空域に侵入している。直ちに高度を下げなさい。その空域は航空法第132条の3第1項により飛行禁止空域として指定されている。直ちに高度を下げ、此方の指示に従いなさい。繰り返す――――」


 警告を聞き、ホルスは徐々に高度を下げつつ声の主を観察した。


「ヒュムがその身一つで空を飛んでいる。しかもその場で停止できている? どんな魔法を使っているんだろう。あの背中の光っている道具かな? だとしたら誰でも空を飛べるのかなぁ。こっちの世界はやっぱり面白い」


 驚かせては申し訳ないと、ソメイは手を広げ、ゆっくりとアイラ達と同じ高度へと下り始めた。


「え? ルイナス中尉! 人ではなく魔物です! 即時発砲許可を!」


 ソメイが振り返り、鳥の頭が露わになると、グレーンは慌てて小銃を構え、セーフティを解除した。


「少尉……却下だ。司令部からは対話の指示を受けている。理由なく戦闘を開始する訳にはいかない。ただし警戒は怠るな」


「くっ、しかし!」


 正体不明の敵性体と推測される者が目の前にいるのだ。戦闘の開始ないし威嚇射撃をするのがまっとうな判断だろう。それはアイラも理解していた。


 何より、指示をしたアイラ自身は、未開島調査において頻繁に人型の魔物の駆除が行われていることを知っていた。


 過去に未開島から飛来した魔物によって死傷者が出た事案は教本にも載っている。


 だが、司令部からの対話の命令には従わなければならない。経験不足が司令部に判断を躊躇させているのだろうかとアイラは訝しがった。


「モルト、司令部は?」


「対話の継続をと。それと、居住区から離れるようにとの指示です。応援は、現在招集中。見捨てられましたかね?」


 モルトと呼ばれた男は、ライの構える記録装置をちらと見て、最後の一言だけ小声で言った。


 対話の一言に安堵する反面、危険な状況にあることに変わりない。さてどうしたものかとアイラは上唇をなめた。


「禁止空域から離れる。ゆっくりと外縁側へ移動しろ」


 ソメイは、アイラの指示に従いゆっくりと羽ばたいて、移動した。


 眼下では複数の戦闘島が集結に向けて動いていた。アイラはそれを見て取ると、顔をしかめた。


 相手を過小評価せずに動くのは良い。だが、戦闘経験の少ない新兵ばかりの小隊に対応を任せるというのはいくら何でもいただけないのではないか。


 戦争が終わって早5年。国境から遠いアルミナン市の対空防衛隊ならば、哨戒任務だけの左うちわだと父親に言われていたが、とんでもない。


 なぜ自分が中尉となり小隊長に就任したタイミングで、しかも自分が当直のタイミングでやってくるのだと、アイラは正体不明の鳥人間をねめつけた。


 明け方、アルミナン市が向かっていた先の未開島が墜落した。その墜落前に何者かが島から脱出し、先ほど市内に侵入したことが確認されていた。


 許可なく未開島調査をすることは法により禁じられている。さらに、島の核を勝手に持ち出し、島を墜落させることなど禁固30年以下の重罪だ。


 アルミナン市が接近したことを確認してから墜落させたのは、タイミングから見ておそらく間違いない。


 だが、なぜそうする必要があったのだろうか。市内に侵入するのであれば、近付いてから、ひいては調査が開始されてからでも良かったはずだ。


 小学生だってそうするだろう。


 島に入り、1度見失いはしたものの、わざわざ監視網に引っかかってきたお粗末な侵入者。司令部からはそう認識されていた。


 実際に相手を目の前にしてそのイメージは崩れ去っていた。相手は、ただの人ではない。


 人ではないとする場合、目の前の存在は何者なのか。アイラは必死に頭を巡らせた。


 浮島は、核により維持されている。その核を失うことにより浮力を維持できなくなり、明け方のように墜落する。


 目の前の鳥人間が島を離れたタイミングと墜落のタイミングはほぼ同時と見て良い。


 核は、基本的に魔物の体内にあるか、魔物が守護する何らかの物である。


 教官に守護する魔物が核を持ち出すことはあり得ないと教わった。


 ならば島の主である魔物本人、いや本魔物? という可能性が高い。だが島の主が島の外に出ることなどあり得るのだろうか。


 もちろん島の核の崩壊を察知した魔物が逃げ出してきたという希望的観測もできるが、それはデーツよりも甘い発想と言えるだろう。


 鳥人間はアイラの指示に従っている。おそらく言葉も十全に理解している。未開島由来生物とのファーストコンタクトにアイラは頭を悩ませた。


 せめて鳥の頭を模したかぶり物であれば良かったのだが、見た目に作り物の安っぽさはない。鳥足の形状を見るに、特殊メイクを使用した変装ということもないだろう。


 モルトは司令部に引き続き指示を求めている。色よい返事がない以上はアイラが自分の判断で対応するしかなかった。


 観測されたのは1体だけだったが、本当に1体のみなのか? 敵対した瞬間各地で暴れ出す危険はないのか? そもそも会話は成立するのか?


 様々な疑問がアイラの頭で渦巻く間に、アイラ達は外縁部へとたどり着いた。


「私はソメイと申します。飛行禁止空域というものを知らず、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 流暢な挨拶にアイラは心の内で胸をなで下ろした。いきなりの実戦にはならなそうだ。


 くちばしで人の発話をどのように実現しているかは甚だ疑問であったが、今は些事だろう。


 遠目にソメイが青い羽毛に覆われているのかと思っていたが、近くで見れば深い青のローブを纏っていた。


 およそ空を飛ぶに似つかわしくない服装。ローブの作りを見るに、それは何らかの文化を想起させるには十分だった。


 アイラが島核の探知機を操作しているモルトに目配せをすると、首を横に振った。核を持ち出した犯罪者や島核を体内に有する者ではないことが明白となった。


 懸念事項が一つ減り、疑問が一つ増えた。島核はどうした? 先ほど見失った際にルフ島に隠したのか?


「私はアイラだ。何用であの島から出て来た?」


 アイラは、唇をなめ、努めてゆっくりと言葉を発した。


「移住するためが主ですね。あとは観光もしたいです」


 ソメイはそう回答した。ソメイ自身は召喚された泡沫の存在でしかない。それでも自分たちが何のためにあの島から出てきたのかと問われれば、アイクチの移住のためでしかなかった。


 その間の抜けた回答に、アイラとモルトはぽかんと口を開け、言葉を失った。


 残された可能性として、未開島の調査をしていた者が、島の崩落に際して逃げてきたと推測していたが、それすらも否定された。


 アイラ達は移民希望者の対応方法など学んでいない。さて、どう対応したものかとこめかみを掻いた。


「移住だと!? ふざけるな、侵略ではないか! お前達魔物に居住権を与える土地などない!」


 グレーンの魔物という言葉にソメイは驚愕し目を瞬かせた。


 鳩が豆鉄砲を食った様な顔だったが、あいにく隼の頭をしたホルスの表情を読めないアイラ達には驚きが通じていなかった。


「私の姿はあなたたちと異なりますが、魔物とは根本的に異なります」


「何が違うものか! そんな顔で人まねの言葉を話すな!「少尉!「ちょ、待て!」」」


 そう叫ぶと、アイラとモルトの制止も間に合わず、グレーンは引き金を引いた。


 小銃に込められた術式が展開し、銃弾が加速されて射出された。


 乾いた銃声が三つ響いた。


 赤熱した銃弾は凶悪な暴力としてソメイを襲う。


「うわっ!」


 ソメイが咄嗟に体をひねるも、3点バーストの内の1発は脇腹をえぐり、青のローブに血がにじんだ。


「ぐぅっ……敵対の意思はありません!」


「うるさい、黙れ!」


 再度グレーンが引き金く。その直前に、アイラが銃身を上に持ち上げた。タンタンタンと空に向かって銃弾が飛び去っていった。「何を!」アイラは、狼狽えるグレーンから、銃をそのままひねり上げて取り上げた。


「個人的にどんな思想をしていようが知らんが、これ以上はやめろ。モルト!」


「分かってる!」


 アイラはモルトが衛生兵を要請するのを横目に、ソメイを確認した。苦しんではいるものの、すぐに墜落せずに安定した飛行を継続している。


 もう少し猶予があるだろうことが窺えた。


「ルイナス中尉、なぜですか!? 魔物は人類共通の敵でしょう!? それは新兵である私だって分かります。その排除が我々の任務ではないのですか!」


「魔物は基本的に敵だけど、理性的で会話できるやつと敵対しちゃいかんでしょ。だいたいお相手さんが魔物と断定された訳じゃない。ただうちらと姿が違うだけっぽいし」


 融和的な態度を取ってもらえるのであれば、たとえそれが演技だとしても乗っかるのが正しい。保身の為に、とは上官として口が裂けても言えなかった。


 アイラは、なおも同様の主張を繰り返すグレーンに鎮静剤を打ち、記録をさせていたライにグレーンの連行を指示して島へと返した。仮に見捨てられるのであれば、犠牲になるのは少人数の方が良い。


「ソメイさん、すぐに衛生兵が参ります。近くの島へ降りましょう。肩を貸します」


「問題、ありません」


 近寄るアイラの申し出に、ソメイは手をかざして待ったをかけた。


 ソメイは先ほどと打って変わり、痛そうにしていなかった。流血も止まりローブに血が当初以上に広がっていなかった。


「どういうことだ?」


 疑問に思いアイラがモルトに尋ねると、モルトは取り出した記録装置を手に首をかしげた。苦笑いしている口がひくついていた。


「信じられないが、やっこさん、術式で傷を治したみたいだ」


「は?」


 この世界に、生物の傷を治す術式はまだ広がっていない。研究自体はされているだろうが、解明されればトップニュースになるだろう。


 つまりそれは、自文明を超えた英知か、魔物故の再生能力かということになる。


 ますます自分の手には余る案件だと、アイラは心の中で頭を抱えた。


「問題ないのなら良かった。まずは謝罪させてほしい。あの者に対する相応の処分を約束しよう。失礼ながらこのまま続けても構わないだろうか?」


「大丈夫です。異なる種族に忌避感を覚えるのは仕方ありません。ましてや初めてであればなおさらです。内部の決まりもあるでしょうが、軽い処分にしてあげてください」


「ありがとう。そう言ってもらえると助かる。では先の続きだが、ソメイさんはここで観光をしていたのか?」


「そうですね。初めてこういった群れで動く島に訪れたものですから、全体像を見てみようと思った次第です。飛行禁止空域という概念についてご教示いただけると助かるのですが」


「なるほどな。ちなみに空域にもいろいろあるんだ。我々の国には人々の生活する上での決まり事があってな」


「法令ですね。ざっくりと教えてください」


「あぁ、まずはあの中央の島の周囲についてだが―――」


 アイラは必死に会話をつなげながら、モルトにハンドサインを送った。


 意図を理解し、モルトが少し離れて司令部に連絡する。


「司令部、至急だ。やっこさんこのまま飛行可能空域を自由に飛び回りたいらしい。移民に関する法律を調べろ。移民の制限に何かないか? 話の通じるやつみたいだから、行動範囲を制限して監視下におきたい」


『何だと!? ちょっと待て』


 どたどたという音と共に、頁をめくる音がしばし続いた。


 アイラがうまいこと名産の話などを織り交ぜて持たせているが、長いことは難しいだろう。モルトは記録装置を指でたたきながら早くしてくれと祈った。


『すまない待たせた。出入国管理及び難民認定法があった。100年以上前からのくっそ古い法律だが、廃止されていない以上は生きているだろう。上陸の許可の条文がそれに当たると思われる。上陸審査官、これは市当局だな。は、浮島又は船舶に乗っている外国人が、当該島船が本国にある間、観光のため、本国の浮島に接岸する都度、当該島から当該島船が離岸するまでの間、30日を超えない範囲で上陸することを希望する場合において、法務省令で定める手続により、その者につき、当該島船の長又は運行する者の申請があったときは、当該外国人に対し、観光上陸を許可することができる。とある』


「そりゃできる規定じゃねえか。そんなの求めてねぇよ!」


『まて、続きがある。その許可をする場合には、許可証を発行する必要がある。また、その許可を与える場合には、上陸期間と行動範囲その他必要と認める制限を付することができる。許可証の発行には申請が必要だ』


「それだ! いやでも、接岸してなくないか?」


『あぁっ! 船も島もなしに入国する者を想定していない……? おい誰か! 判例集持ってきてくれ!』


「使えねえな! てか、上陸じゃなくて飛行の制限も頼む」


『飛行?』


「飛んでるんだよ。どれぐらいの時間飛べるかもわからん。外国人の飛行空域を制限するとか無いか?」


『確か、航空法にそんなのが……。あった、これだ。外国籍の浮島又は船舶は、市に申請して許可証を得ることでその市の中であれば市の定めた空域を飛行することができる。でもこれも飛ぶ人間を前提にしていないぞ』


「ウィングスーツの追加装備は発売されたばっかりだからな! って穴だらけかよ!」


『いや、まて! 逐条解説に書いてある。制限を受けるのは浮島又は船舶とされているが、当然にその島民や搭乗者の飛行についても制限を受けることは言うまでも無いそうだ! これだ!』


「よし! 飛行の条件とか考えておいてくれ!」


『すぐに検討に入る。近くのルフ島の支所に連絡を入れておくから案内してくれ。あと、許可証の発行には数日かかると伝えろ。滞在場所については追って連絡する』


「了解」


 アイラが最近買って良かった家用術具の話で苦し紛れ引き延ばしをしているところに、モルトが割って入った。


「ソメイさん、お話中すみません。禁止除外空域での飛行について、事前にソメイさんに確認したいことがあります。ソメイさんはこのオズマ共和国の国民として本籍をお持ちでしょうか」


「いえ。残念ながら。国籍がないとだめですか?」


「いえ、それであれば、申し訳ありませんが、まず飛行の許可を受けるために、許可証を発行する必要があります。申請のために市役所の支所までおいでいただいてよろしいでしょうか?」


「承知しました。支所はどちらでしょうか」


「近場ですと、あちらの島の支所で発行が可能です。あの赤い屋根の建物ですね。あと、移住に関しては、すぐに答えられないので、許可証をお渡しする際にご説明します。ではご案内しますね」


 指し示したルフ島は、人口が少なく、戦闘能力のある未開島調査士の多くいる島だ。ソメイが奇しくもアイクチを残してきた島でもある。


 このまま支所に向かおうかと思ったが、予定していた情報収集が完了しているソメイは日を改めることにした。流石に、アイクチとバックパックを抱えて飛び、さらに治癒魔法を使用したのはぎりぎりだった。


「承知しました。では後日申請に伺います。その際に移住についてもお聞かせください。一端、今日は失礼します」


 そう言い残すと、ソメイは翼を羽ばたかせて急激に高度を下げ始めた。


「は?」


 モルトが慌てて小銃を構える間にソメイは海に突っ込み、姿を消した。


 待てど暮らせど浮き上がってこない。


 モルトとアイラは顔を見合わせたが、どちらも理解できていなかった。


 軍ではその後、しばらくの間警戒を強化することが決められた。アイラとモルトは司令部から1か月間ルフ島の支所に詰めるように通達された。2人はある意味取り逃がしたことへの懲罰なのだろうと理解した。


 アイラが父親にこの話をすると、父親は件の鳥人間はカードの術具で召喚した者なのではないかと持論を展開した。ただし、通常召喚された者は話ができない。そのことについては疑問が残された。

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