怖がりなミクと、クマのノエルと押し入れの聖夜君。
子どもが産まれた折に夫の希望で田舎に引っ越した私達。そこは緑溢れる町。遊園地も、映画館も、大きなショッピングモールも無いけれど、
渓流があって、静かで、毎日キャンプしているみたい。
「幽霊が出るというより、妖怪が出そうだな」
「もう!怖いこと言わないで!せめて妖精さんにしてよ」
夕涼みがてら近所を散策。近所のおじいちゃんが、ホタルが見れるぞと教えてくれたから。涼し気な金魚模様のサッカー生地の甚平さんを着た娘を抱える夫に、手にした団扇でペシペシ叩いた。
「いてて!ほんとにミクは怖がりなんだから、昼間にホラー小説読むってどうなの」
「ホラー読んじゃうけど怖いの、だから明るい内に読んじゃうの。ほら、今は昼間に時間があるから、ね、田舎だけど、ネットも不便な事ないし、専業主婦させてもらってます」
「うん。倹約家の奥さんで僕は幸せだな、退屈なら……、パートとか、アルバイトなら出ても構わないよ、麓の町に行けばなんかありそうだろ?保育園もあるし……」
「うふふ、預けて迄は考えてない。それにご近所さんがね、お野菜分けてくれたり、この甚平さんも布地があったから縫ってみたよって、おばあちゃんがね、最初は隣近所が近すぎて、ええ!ってなったけど。今じゃ、良いところに来たなって思うの」
戯れる様に歩く私達。本当に幸せだなって思う。
高校生最後の夏休みだったかな。並んで歩く夫の聖夜に出逢ったのは。
(´(ェ┃☆
私は馬鹿だなっていつも思う。怖がりなのに、その手の夏の特番があればつい、見てしまうし、読んでしまう。目から耳から入れば、残像が何時までも残るし、読み込んでしまえば、妄想力がハンパなく刺激される。
「ああぁ……。読んじゃった。なんで公式さんは、夏の恋バナとか、夏のファンタジー企画じゃなく、ホラー企画しかないの」
ウェブサイトで読み専門の私、お気に入りユーザ様の新着がホラーが多くなるこの期間。それぞれにオリジナリティを出してて、タイトルもそれっぽくないのも沢山届いてありがたい。とっても嬉しいけれど。
怖いのぉぉ!ああー!読んじゃった!それも、一気に10作品も!だって、一話辺り長くても10000文字ないんだもん、複数読んでも、文庫本一冊に届かない。
キリのいい数字まで読んどかないと、怖くない?9作品で終わったら……、なんか出てきそうな気がするんだもん。あと文字数、99999文字近くもヤダ。
ホラーを堪能した夜、ふわふわなうさぎのぬいぐるみを、ぎゅうぎゅうに抱き締めた。小さい頃から夜、部屋で恐い事を思い出すと、ふわふわな柔らかいモノを抱き締める癖がある。
「うー……、こわ!喉、乾いちゃった」
ボスン。気持ちが落ち着いた私は、用無しになったうさぎを放り投げる。トン。ベッドから降りる。ペタペタ。裸足で歩くフローリング。キィ、ドアを開ける。スマホの灯りの中、ペタペタペタペタ。廊下を歩いて、ダイニングキッチンに向かう。
「お母さん、廊下に出たら、パッと灯りがつくのに変えてよ」
私は明るい部屋に入るなり文句を言う。廊下は壁に足元を照らすライトがあるけど、それだけだと、私はちょっと怖い。
「足元だけあったら大丈夫でしょう、灯りが欲しいならスイッチのとこまで、行けばいいじゃない」
「面倒くさいんだもん、あれ?ジュース無い、買ってきてよお母さん」
「お風呂上がりに飲んだでしょう、それが最後、ほしいんならまだ9時だし……、下のコンビニに自分で買いに行きなさい、お小遣いでね。それかお茶」
「お茶ぁ……、ジュースがのみたい、お母さん行ってきてよ」
椅子に置かれてるクッションを取ると、ぎゅうと抱き締めた私。
「ふふふ、恐い漫画でも読んだの?ミクは小さい時からそうだったわよね。なんかあったら、のえるを抱きしめて、何処に行くのも一緒で」
「うー、だって怖かったんだもん。あー!のえる。懐かしいなぁ……。寝る時もご飯食べるときも、ずっと一緒だったな。前の家で、押入れに隠したりして、かくれんぼごっこや、ままごと遊びをしたの覚えてる。うん。遊園地にもキャンプにも持って行ってた。写真にもあるよね。そういや、幼稚園のお泊り会の時は、駄目だって言われて、わんわん泣いた気がする」
オーバーオールを着た男の子、フアフアな白いくまのぬいぐるみを思い出す。生まれた時から、ずーと一緒だった、クマの『のえる』。
「そういえば、何処にいっちゃったんだっけ?気がついたら今のうさぎになってた」
「あんた覚えてないの?あんなに、お気に入りだったのに、あの時は大変だったのよ、あら、明日のパンがないわね」
お父さんが帰ってくる前の時間。冷蔵庫を開けたおかあさんが話を変えた。
「コンビニで買ってきてくれない?ジュース買ってあげるからさ、おやつもつけるけど、どう?」
まんまとお母さんの策略にのせられて、お使いに出た私。
ガチャン。ドアを開けると、梅雨に入って間もないのに、ムァッとした暑さに包まれた。少し歩くとTシャツがペトペト。汗が滲んで来たのが判る。
お茶で我慢しとけば良かったな。
´(ェ┃♡
うふふ。夏休みが来た。恋なんて何処に落ちているのか分からない。あの日お使いに出た私は、なんと運命の相手に出逢ったのだ。
「ミクちゃん、夏休みでしょ?補習とか無いの?」
「無い!ない!頑張ったもん。聖夜君が映画に連れてってくれるって言ったから……、ホラーじゃないよね?ね?」
空いてる時間、レジの向こう側の彼との楽しい時間。
「デートなら、ホラーか鉄板なんだけどな」
「怖いのイヤだもん。鉄板って……、恋愛じゃないの?」
「ホラーなら、女のコの方から、手を握ってくるだろ?」
クスクス笑う聖夜君は、下のコンビニでバイトをしている、近所に住んでる大学生。最近、この街に越してきたんだって。独り暮らしをしているって、教えてくれた。
ずっと、ずぅうっと!一緒にいたいな。優しくて頼りがいがある、聖夜君が大好き!
(´(ェ┃★
フアフアとした気持ちが産まれ積み重なる。それは儚い泡が集まりしっかりとしたモノに变化をする様。気がついた。
『のえる』と、呼ばれる存在。
ぎゅうぎゅうにだきしめられ、回らぬ舌で名を呼ばれ続けて数年。片言からしっかりと話せるようになり、ずっとそばにいてねと言われ、そうだと思っていた。
ところが運命とは過酷な代物。
『おひっこし』とやらが、僕と君を引き裂いた。多くの人、バタバタとした日、ガランとし始める部屋で、はしゃいで僕を抱え走り回った君、さいごにあそぼう。
かくれんぼごっこをしたんだ。いつもの様に。
何故だろう。何時まで経っても君が、僕を迎えに来ることはなかった。代わりに来た手は小さく柔らかなそれとは違い、ゴツゴツとしたガサガサな手。
忘れ物?声とともに、ズルリと片手を持ち上げられ引っ張り出され、ダラリと下がった。その時、ああ……、僕はもうこのまま元に戻るんだな。と漠然と思った。
君がいないから。ずっとずっと、側にいて守ってきたのに。この先もずっとずっと。なのに。
ジクジクと熱いモノが身体の中でグングン、膨らんだ。
ガーガー、ガサガサ、ゴトゴト。シュウシュウ、ガーガー、音が響く空っぽの部屋。やがて、ふう、後は業者に任せるか。声とともに、床に、クタンとしていた僕をぶら下げ、ガチャンと外に出るヒト。
「……、こ、こんにちは。あ、あの……、おじさん、それ捨てるの?」
「ん?聖夜君だっけ?どうしたのその顔!」
「こ、転んだだけ、ほっぺたテーブルで、ぶつけただけ……、その、クマのぬいぐるみ、捨てちゃうの?」
やり取りがぼんやりと聞こえた。ああ……、棄てられるんだな。だんだん薄れていく僕。
「前の人の忘れ物なんだけど……、欲しいなら上げるよ、どうせ棄てるし」
こうして僕は新しい手に引き取られた。その手は酷く頼りなく、手首は細くて折れそうだった。
(´(ェ┃★★
「『のえる』って名札がある。君の名前?、僕は聖夜。クリスマスに産まれたんだって」
じっとり熱い押し入れの中が僕達の空間。ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、コソコソと囁くように話す君。
「かくれんぼ、得意?そうだろうなあ、押入れに隠れてたから、忘れられちゃったんだよね。僕はね、かくれんぼ、得意なんだよ、もっと隠れる場所があればいいのに」
ガタガタと震えながら僕に頬寄せ、話す君。
「あ!汚しちゃったかな。さっき殴られたから、口の中、多分切れてるから……、ごめん、明日、仕事に行って、誰もいない時に拭いてあげるね、ああ。早く夏休み終わらないかな、学校って知ってる?そこにも嫌なヤツ、いっぱいいるけど。ここよりはマシなんだ。給食もあるし」
ジワリと滲み入り込む。それは黒いけれど僕に力を与えてくれる。日に日に、しっかりと考える事が出来るようになる。
ヒトノヨウニ。
セイヤ ニ オンガエシ シナイト ナ。
助けてくれたのだから。
押入れで過ごす、僕。
時々に外に出る聖夜。
大きな音が聴こえる。
「消えろ!忌々しい!風呂から上がる迄にな!」
大きな声が聴こえる。
押入れの奥の奥、箱の向こう側、ぽっかりした穴。そこで声を殺してシクシクと泣く聖夜。
白い僕を所々、乾くと赤錆色になるそれで染めながら、ギュウギュウ、抱き締めて。ソレが染みとなり広がる度に、力が満ちてくる僕。
ある日。
「痛い。痛い、どうして殴るんだろ、今日はね、ほら見て、こんなところ、果物ナイフでちょこっと、切られちゃった。血、止まったけど蹴られたお腹がイタイ。頭もぶつけちゃった、クラクラする。僕、何も悪いことしていないのに、のえる、のえる、イタイ、助けて……」
助けて。あの子もこわいからたすけてって言ってた。助けなくちゃ、僕が助けなくちゃいけない。怖がりなあの子も、助けてくれたこの子も。
プチン!何かが、フアフアな僕の中で、弾けた気がした。
……、ナイテル セイヤ ニ ダイジョウブ? ト ハナシカケテミタ。モシカシテ。ウゴケル? テ ヲ モゾモゾ シテミタ。
「……!のえる?ええ?ちょっと……、うごいて、るの?夢?魔、……、法使い、みたい、……、ねえ、……、悪い大人を、やっつけ、て、僕を、助けて。僕の、持ってるもの、何でも、……、あげるから、……、」
そのまま、プツンと切れた様に、僕を抱えたまま眠った聖夜。ダラリと力が抜けて、僕は自由になった。
助けろと言われたら、助けなくてはいけない。きっと、ソレが 僕に課せられた 使命 ナノだから。
モゾモゾト デル ソトデ ワ オオキイヒト フタリ ネテイタ。
ユカ ニ ヒロゲラレタ カミ ノ ウエ グルグル ナ アカイ ノト シッテル アノコ ガ スキナ リンゴ ダ ソレ ト ギラリ ヒカル モノ。
「コレなら 持てる かな」
にぎにぎとしてみた。そして掴んだ。直ぐに判った、ソレから甘酸っぱいのと、聖夜の匂いがしていたから。仕返し、してやる、刺したらいいんだ。なんとなく判ったから。届くところって、あそこしかない。
グ……、ググ!力が湧き出る!凄い!こんなニンゲンみたいな事出来るなんて!
ワクワクとした。目がキラキラ光ってる気もした。
(´(ェ┃★★★
「ひゅい!ぐわぁぁ!ぐ……!こ、の!アマァァァ!」
男が衝撃で目が覚め、頸動脈辺りに刺さったナイフを抜くと、勢い良く鮮血が吹き出る。
モソモソと、クマのぬいぐるみが、押入れに逃げていたのだが、男の目には見えていない。ガクガクと震える男は末期の力を振り絞り、驚き飛び起きた女を、一突き!ふた突き!無我夢中で刺す。
ふらら、事切れどぉっと、血糊で満ちた布団に、ズシャリと倒れた男。ボトボトと刺された場所から血を流しながら、這いずり玄関へと向かう女。
熱と生臭い匂い、女の最後のうめき声で、いっぱいになる部屋。
クマのぬいぐるみは、己が引き起こした、外の惨劇等、知らない。ヤッタヨ。セイヤ。側にすり寄ると、気が付き薄らと目を開けた少年。
「ほんと……に?どこに、いるの?真っ暗、だから 見えない のえる のえる、僕、もっと、もっと、おとなになって……、でも、もういいよ」
まだだよ!カラダ、イキテルヨ!そう言ったのだが。気力の方が、先に事切れた聖夜。魂がフラフラと離れて逝った。
シカタナイ、セッカクダカラ。と、鮮血と怨嗟を浴び、完璧なるモノノ怪に变化を遂げた、クマのぬいぐるみは本能のままに動く。
やがて異変に気がついた人々が、部屋を訪れたのは、直ぐのこと。
――、「僕、僕、大丈夫か?おい!生きてる!生存者発見!」
事件は痴話喧嘩の果の心中となった。少年は助けられしばらく病院で過ごした。すっかり健康を取り戻すと、彼の身内である祖父母の元へ引き取られた。
始まる、穏やかなる生活。
ソレから。人間の器を手に入れた、クマのぬいぐるみは、しぶとく生き抜いた。先ずは、大人にならなくては、欲しいモノが手に入らない事を知ったから。
上手く立ち回り、気のいい青年に育つ。大学生となり街に出ると、あちこち探した、元クマぬいぐるみの彼。
のえる。だいしゅき。とぎゅうぎゅうに抱きしめた、あの子を探す為に。
初めて意思を持った時願った事。この子を永遠に守る。己の誓いを次こそは果たすため。
「いらっしゃいませ、レジ袋は要りますか?」
ある街で、ジメジメとした梅雨の走りに、彼はようよう見つけた。
のえる。ずっとそばにいてね。そう言って、ぎゅうぎゅう抱き締め、名を呼んでくれた、その子に。
ヨウヤク ミツケ タ モウ キミノ ソバカラ ハナレナイ ヨ ミク。シアワセ ニ スル。
ズット ズット イッショ。
終。
子どもが大事にしすぎて、棄てられないぬいぐるみがひとつ、家にあるのですよ。彼は、ずーと見守ってるのです(本棚に座ってます)