優しさのなくなった日
完全自動運転でない車は今日から道路を走ってはならないことになりました
私は先月買った愛車マツダMX5Aに乗って
おそるおそるドライブに出掛けた
町は様子が変わっていた
煽り運転をする者はいなくなった
その代わり
みんなが車間距離5メートルを保って走っていた
まるで電車のように
前のスピードが落ちたら感知して自動でブレーキを踏むので
それでもぶつからないのだ
ただ後ろの人の顔が見えすぎて
私は頑張って見てないふりをしてあげたけど
どうしても見てしまった
多くの人がモニターで映画か何かを観ていた
ハンドルからもペダルからも手足を離して
それはそれは運転の時間をとても有意義に使えるようになったものだ
本を読んでいる人もいた
眠っている人もいた
路肩で足をくじいている子猫がいても
誰も気づかなかった
急ブレーキを踏んでしまうことはなくならなかった
機械はバカなので人間のように危険予測はできなかった
車の陰から子供が飛び出して来たらキキーッと停まる
陰から飛び出したのがアヒルの親子なら
人間ではないことを認識してそのまま轢いた
後ろの車に優しくするために
機械なので躊躇はなかった
乗員の中に妊婦がいる時は
シートベルトをしなくてもよいので
そのぶん急ブレーキを踏むわけにいかず
前の車の急ブレーキにつられるわけにもいかないので
車間距離は広めに取る設定を選び
それでも急ブレーキを踏む必要がある時には
重要な人物を轢きそうな時には仕方なく踏んだ
飛び出す子供は構わず轢いた
機械なので躊躇がなかった
機械の判断は妥当とみなされ誰の罪にもならなかった
イライラする人はいなくなり
みんなが鈍感になった
側道からなかなか出られない車がいても
どうぞと譲る車はいなくなった
出られない人は映画を観ているので
イライラはしなかった
イライラすることがなくなったから
優しさもなくなった
それらはセットだった
いらない感情などない
イライラがあったから優しさもあった
イライラがなくなったので優しさもなくなった
遅い車が車線変更できなくて困っているのを
速い車がニコニコと広い車間距離に入れてあげることもなくなった
速い車が前に行きたいのを
遅い車がニコニコと先を譲ってあげることもなくなった
お礼はいらなくなった
渋滞はなくなった
みんなが順番で目的地についた
追い越しもなくなった
急いでる人も
特に用事もなく走ってる人も
イライラしてもしょうがなかった
どうぞお先にと
優しくしようとしてもできなかった
完全自動運転を考えた人は優しい人なんだろう
優しい社会を実現しようとして研究開発し
みんなに優しい技術をもたらしたのだろう
しかし誰も他人に優しくしようと自分の頭で考えることをやめてしまった
私は郊外を少し回り
すぐに家に帰って来た
恐ろしかった
優しい技術が人間を管理し
支配していた