008 川である物を探す
大量の竹を持ってライフラフトまで戻ってきた。
「では今から竹の使い方を教えてしんぜよう」
「おーい、刹那先生の講義が始まるってよー!」
沙耶が茶化すように言う。
陽葵と凛がクスクスと笑った。
「マジで竹は万能なんだからな!」
焚き火の前で並んで座る3人に向かって、俺は立って説明する。
「まずは基本中の基本、水筒だ」
俺は川の水が詰まった竹の筒を皆に見せる。
「こいつをそのまま火にかけることで煮沸できる。筒なので水がこぼれにくいし、飲む際もペットボトルと同じ感覚でグビグビ飲むことが可能だ」
「おー! でもそれって既にシャコガイがあるじゃん!」と沙耶。
「そうだけど、竹のほうが貝殻よりも容量が大きい。それに細長いから数本を同時に煮沸することが可能だ」
焚き火のすぐ隣に物干し台を設置した。
当然ながらこの台も竹で作っている。丈夫で火に強い優れものだ。
設置した物干し台に、焚き火を跨ぐように竹筒をひっかける。
「あとは焚き火の炎が勝手に筒を火炙りにして、中の水を沸騰させるって寸法だ」
「これなら飲料水を今までよりも確保できるね」
「その通り。だがそれだけじゃないぞ。ライフラフトを囲む木の壁に立てかけておけば水がこぼれることもない。貝殻と違って、飲みきれなかった分はあとに回せるわけだ」
美少女たちは仲良く「おー」と感心する。
その反応が俺を気分よくさせた。
「せっかくだから物干し台の正しい使い方も披露しておこう」
別の竹で新たな物干し台を作り、そこに竹製の物干し竿を設置。
「あとは洗濯物をここに干せば清潔さを維持できるってわけだ」
「いいねー!」と沙耶。
「竹の用途は枚挙にいとまがないが、既に理解しているだろうからこれ以上は省略するとしよう」
いつの間にやら時刻は12時30分。
俺たちのお腹は「メシをよこせ」と喚き散らしていた。
◇
昼食が終わったら新たな作業へ取りかかる。
二手に分かれて行動することにした。
俺と陽葵、沙耶と凛の組み合わせだ。
「ブタ君、ちゃんと二人を守るんだぞ」
「ブヒッ!」
ブタ君は沙耶たちの警護を担当する。
「心配しなくてもあたしらはここから動かないよ!」
沙耶は焚き火のすぐ近くに腰を下ろしていた。
彼女の手にはきりもみ式の火熾し道具がある。
隣に座っている凛も同様の板と棒を持っていた。
二人の任務は、サバイバルの基本である火熾し技能の習得。
何かあった時に火を熾せるかどうかが生死を分けることになる。
早い段階で全員が火を熾せるようになっておきたいところだ。
「行こうか、陽葵」
「うん!」
俺と陽葵は2人で川に向かう。
「2人きりだからってイチャイチャすんなよー!」
沙耶の声が俺たちの背中に突き刺さる。
「しないってば!」
陽葵が顔を赤くしながら言い返した。
恥ずかしそうにしている彼女はいつにも増して可愛い。
ただ、イチャイチャが否定されたことは悲しかった。
密かに「手とか繋いじゃう?」などと思っていたのだ。
世の中そう甘くはない。
◇
「ここの川って本当に綺麗だよね」
川沿いを歩いていると陽葵が言った。
「陽葵のほうが綺麗だよ」
唐突に冗談を言ってみた。
「えっ」
驚く陽葵。
「それって……どういう……」
彼女の顔が赤くなっていく。
「なんとく冗談を言っただけだ」
「ああ、そうなんだ」
陽葵はどういうわけか残念そうにしている。
1万円札と思いきや子供銀行券でしたって感じの顔だ。
俺はてっきり「なにそれ、うける」と笑うのかと思った。
思った通りの反応が得られなくて悲しい。
「そういえば、昨日の夜のこと、覚えてる?」
「昨日の夜のことって?」
「刹那君、いきなり手を繋いできたよね」
「ああ」
そのことか。
「もちろん覚えているよ」
「急だったからびっくりしちゃった」
またしても陽葵の顔が赤くなる。
彼女の顔は色の変化が激しくて面白い。
「迷惑をかけたようなら謝る」
「迷惑だなんて、そんなことないよ。ただ、男の人と手を繋いだことがなかったからびっくりしただけ」
「じゃあ、俺が陽葵の初めての相手なのか」
「初めての相手って言い方は誤解されちゃうよ」
陽葵は愉快げに笑い、それから真顔で尋ねてきた。
「手を繋いだことに深い意味とかなかったの?」
「深い意味って?」
「その……なんか、そういう、その……なんていうか……」
えらく言いにくそうだ。
俺には陽葵が何を言わんとしているのか分からなかった。
ただ、彼女の質問に対する答えは分かっている。
「別に深い意味はなかったよ」
「そっか、そうなんだ」
目に見えて落胆する陽葵。
どうやら深い意味はあったほうがよかったみたいだ。
知らぬ間にフラグをへし折ったのかもしれない。
「意味はなかったけど、手を繋いでもらえて嬉しかったよ」
俺なりのフォローをする。
「本当!?」
陽葵の目が輝く。
これはいい兆候だ。流石の俺でも分かる。
「よかったらまた手を繋いでくれないか」
「うん! 恥ずかしいけど、沙耶と凛にバレない時ならいいよ!」
陽葵が自分から手を繋いできた。
おのずと体が密着する。
視線を斜め下に向けると、彼女の胸の谷間が見えた。
(実にエクセレント!)
強い高揚感が全身を駆け抜ける。
血液が下腹部のあたりに集中していくのを感じた。
脳内では淫らな妄想が絶え間なく繰り広げられている。
「そういえば」
唐突に口を開く陽葵。
それによって全ての妄想が掻き消された。
「はぁ……」
「えっ、刹那君、どうしてそんなに悲しそうなの!?」
「いや、今ちょうどいいところでさ」
「いいところ!? 歩いていただけじゃ!?」
「そうなんだけど……いや、気にしないでくれ。それでどうした?」
陽葵は「なんかごめんね」と言ってから訊いてきた。
「そういえば、川である物を探しているって言っていたけど、ある物って何なの? それが分かれば私も一緒に探せるかも」
「そのことか」
別に取り立てて隠す程のことでもない。
だから俺は答えを言おうとする。
しかし、言うより先に見つけてしまった。
「アレだよ、アレを探していたんだ」
川を指す俺。
それを見た陽葵は、頭上に疑問符を浮かべた。
「アレが刹那君の探していたものなの?」
「そうだよ、アレの名は――」