006 ワイルドガーディアン
こちらに腹を見せる巨大イノシシ。
さらには「ブヘヘェン」と間抜けな鳴き声まで。
その様子からは敵意が感じられない。
それがかえって俺たちの度肝を抜いた。
「せ、刹那君、イノシシがひっくり返っちゃったよ!?」
「これって、どゆことさ!?」
「分からないが……」
俺は自身の見解を述べた。
「どうやら俺たちに屈服したようだ」
「屈服!?」
「俺にケツを蹴飛ばされて改心したのだろう」
俺は腰を屈め、巨大イノシシの腹を撫でる。
野生ならではのきつい臭いを放っているが、触り心地は悪くない。
体毛はやや固いもののフワフワしていていい感じだ。
「クゥン、クゥン」
まるで犬のような声を出すイノシシ。
とても推定体重500キロ超えの大物には見えない。
「この子、刹那に甘えてるよ!」
「可愛いー!」
沙耶と陽葵もイノシシを撫でる。
そんな二人を見て凛も加わった。
「ウチらのペットにしようよ! この子!」
沙耶が提案する。
「賛成!」とすかさず右手を挙げる陽葵。
「寝込みを襲われたりしないかな?」
凛は不安そうだ。
「確かめてみよう」
俺はイノシシの口に左腕を当てる。
するとイノシシは、パクッと俺の腕を咥えた。
「せ、刹那の腕が食われたぁぁぁぁぁ!」
跳びはねる沙耶。
陽葵と凛も体を震わせる。
「大丈夫、甘噛みだ」
俺が額を撫でると、イノシシは口を開いた。
「ほらな?」
グロテスクさの欠片も感じられない綺麗な左腕を見せる。
「コイツに敵意があるなら今のチャンスは見逃さない。よって、このイノシシが寝込みを襲ってくる可能性はないと証明された」
「やったぁ! ペットにできる!」
「刹那君のお墨付きなら安心だね!」
沙耶と陽葵は声を弾ませ、何故かハイタッチする。
その際、陽葵のおっぱいが激しく上下に揺れた。
俺の視線は、その揺れに比例して上下に動く。
同様の視線を感じると思いきや、イノシシも陽葵の胸を見ていた。
こやつめ、分かっておる。
「ねぇ、刹那」
「どうした? 凛」
「甘噛みだったからよかったけど、本気で噛まれていたらどうしたの?」
「その時はその時さ。適切な対処をしていたよ。別に問題ない」
「そっか、ちゃんと考えていたんだ。やっぱり刹那は流石だね」
「ふふ、まぁな」
嘘だ。
何も考えていなかった。
大丈夫だろうと思ったが、確信があったわけではない。
(もしもこのイノシシに敵意があったら……)
簡単に想像してみた。
ぐちゃぐちゃになる俺の左腕。散乱する血。
俺は失血死し、美少女たちは食い殺されていただろう。
(あぶねー! コイツが心から屈服しててよかったぁ!)
無表情を装いつつ、心の中で安堵の息を吐いた。
◇
「やっぱりタロウマルでしょ!」
「そんなのイノシシっぽくないよ。沙耶はネーミングセンスが悪いなぁ」
「なら陽葵はイノシシらしい名前の案とかあるのかよ!?」
「それは……分からないけど……」
俺たちは巨大イノシシに名前を付けることにした。
今後は共に生きていく仲間なので名前が必要だ。
「名前は刹那が付けるべきじゃない?」
そう言ったのは凛だ。
「だって、この子は刹那に屈服してるわけだし」
「そうだよ、刹那君がご主人様なんだから刹那君が付けるべきだよ」
「それでもいいけど、タロウマルよりカッコイイ名前にしろよなぁ?」
ということで、俺が名付けなくてはいけないようだ。
「よし、任せろ」
こう見えて俺は名前を付けるのが得意だ。
「巨大で頼もしいし……ワイルドガーディアン、でどうかな?」
我ながら完璧な名前だと思った。
閃いた瞬間に電流が体を突き抜けたほどだ。
当然ながら3人は諸手を挙げて大賛成する――と、思いきや。
「マジ?」
「ワ、ワイルド……なんて言ったの?」
沙耶と陽葵が眉間に皺を寄せる。
「ひっどい名前」
凛の冷たい言葉が胸に突き刺さる。
「もちろん冗談だ」
慌てて軌道修正。
皆の反応を見る限り中二病っぽいようだ。
まともな名前に感じたが、ここは彼女らの価値観を尊重しよう。
「で、本当はどんな名前にするつもり!?」
沙耶が訊いてくる。
「イノシシは英語でボアだろ?」
「うんうん!」
「だからコイツの名前は……」
ボアにかかった名前にしよう。
そう思って考えた結果、何も閃かなかった。
とはいえ、ここで無言になったらダサい。
そこで絞り出した俺の答えは――。
「ブタ君だ」
「なんでだよ!」
音速で反応する沙耶。
「ボアにかかった名前にすると思ったのに……」
陽葵が落胆のため息を吐く。
「さっきよりマシだけど、ブタってイノシシじゃないしねぇ」
凛のこの言葉で、俺は閃いた。
「それは間違いだ。ブタは元を辿るとイノシシなんだぞ」
「そうなの?」
沙耶と陽葵も同じセリフを言いたげの顔だ。
「家畜にしたイノシシが品種改良されてブタになったんだ」
「そうなんだ」
「だからブタ君という名前はあながち間違っていない。それに君付けだから可愛いだろ?」
半ば強引だった。
「まぁ、君付けだと可愛い感じはするよね」と沙耶。
陽葵と凛が「たしかに」と頷く。
「だろー? だからコイツはブタ君で決定だ!」
俺のゴリ押しにより、巨大イノシシは「ブタ君」と命名された。
「これからよろしくな、ブタ君!」
「ブヒィ!」
ブタ君が嬉しそうに鳴く。
早くもブタのような鳴き声をしている。
流石はブタ君だ。
「名前も決まったことだし、川でブタ君を洗ってくるよ。このままだと臭いがきつすぎる」
俺はラフト内のバックパックからタオルと着替えを取り出す。
「どうして刹那の着替えが必要なの?」と凛。
「ついでに俺も体を綺麗にしたくてな、汗でベトベトだ」
「あたしも汗が嫌な感じだし一緒に行く!」
沙耶が同行を申し出る。
「刹那君から離れるのは不安だし私も行く!」と陽葵。
「一人だけってのも嫌だから私も」
全員で川へ行くことになった。
◇
「見るなよ! 絶対に見るなよ!」
沙耶が何度も念を押してくる。
俺は「分かってるって」と流す。
「そっちこそ見るんじゃないぞ」
そう言って全裸になり、ブタ君と川に入った。
ブタ君の巨体を手でゴシゴシ洗いつつ、自分の体も綺麗にする。
「これでだいぶマシになっただろう」
「ブヒィ♪」
ブタ君は上機嫌だ。
可愛らしい声で鳴いて、俺に頬ずりをしてきた。
俺は「よしよし」と頭を撫でてやる。
それから自分の体をタオルで拭いた。
体が乾くと直ちに服を着て、そして――。
(うひょー、たまらん!)
ブタ君の体を盾にしつつ、スッと顔を出して沙耶たちを覗く。
いつの世も「見るな」と言われたら見るものだ。
もっとも、「見ろ」と言われていても見ていただろう。
つまりどう転んでも見るのだ。
(なな、なんというエチエチ具合じゃあ!)
3人は今まさに川の水で体を清めている最中だった。
月光に照らされた裸体は、ある種の芸術とすら言える美しさだ。
「たまらんなぁ、ブタ君、たまらんなぁ」
「ブヒヒィ……!」
俺とブタ君は美少女たちの裸体に上機嫌だ。
しかし、ブタ君と違って俺は油断していられない。
(おっと、あぶね)
凛の顔がこちらに向こうとしたので、すぐさまブタ君に隠れる。
覗いていることがバレたら大問題だ。
「刹那君、私たちも終わったよー! お待たせ!」
どうにかバレることなくウハウハタイムを堪能した。
果てしないスリルの先にある美少女たちの裸……癖になりそうだ。
◇
ライフラフトに戻ってきた。
あとは寝るだけだ。
「ブタ君、俺たちを守ってくれよな」
「ブヒ!」
ライフラフトの出入口で伏せるブタ君。
俺たちはラフトの中で寝そべる
横一列に並んでいて、俺の左隣には陽葵。
右隣は閉まりきったラフトのドア。
薄らとブタ君の背中のシルエットが見える。
「無人島だと分かった時はどうなるかと思ったけど、なんとかなるもんだね」
沙耶がしみじみした様子で言う。
「私たちはダメダメだけどね」と凛。
「刹那君がいなかったらブタ君に食べられていただろうなぁ」
「まさか刹那がこんなにすごい奴だとは思わなかったよ!」
「本当にね、刹那君はすごすぎるよ」
陽葵の手が動いて、俺の手と当たった。
それが恥ずかしかったのか、彼女は「あっ」と顔を赤らめる。
俺は何食わぬ顔で手を繋ごうとしてみた。
陽葵は驚いたように体をビクッとさせるも、俺の手に応えた。
他の女子に気づかれぬよう静かに手を繋ぐ。
「たしかに俺にはサバイバルの技術があるけど、それでも一人じゃ辛い。こうしてみんなで協力しているから今日を乗り越えられたんだ。この調子で明日も一緒に頑張ろうぜ!」
「「「おー!」」」
「ブヒィー!」
俺たちは目を瞑り、眠りにつく。
無事に今日を乗り切ることができた。
これにて1日目終了です。
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