040 最後の晩餐
「短いようで長いようで短かったようで長かったような短かったー!」
沙耶が意味不明なことを言い出した。
川に着いた時のことだ。
そんな彼女を無視して、俺は川を指す。
「竹筒は無事のようだな」
ナマズを詰め込んだ竹筒が、いつもと変わらぬ場所にあった。
「確認してくるから待っていてくれ」
ブタ君から飛び降り、裸足になって川へ侵入。
竹筒にある無数の穴の1つから中を覗く。
ナマズが目を閉じて固まっていた。
「おーい、起きろ」
小石で筒を叩いてナマズを起こす。
「よしよし、元気そうだな」
ナマズが動いたことを確認してニッコリ。
「どうよー?」
背後から沙耶の声が聞こえる。
彼女はブタ君の上から俺に声を掛けてきていた。
「問題ないぜ」
俺は竹筒を掲げながら答える。
筒の両端に括り付けられている紐がぶちっと切れた。
「泥抜きもばっちり!?」
「それは分からないが問題ないだろう」
「早く帰ろう! ナマズってすぐに死んじゃうんでしょ? 酸欠で!」
「その通りだ。よく覚えていたな」
靴を履き、筒を持ってブタ君に乗る。
「今日は腕によりを掛けてナマズ料理を作るからなー!」
沙耶はブタ君に帰還するよう指示した。
◇
ラフトへ戻った頃には日が暮れていた。
「捌くぞー! 捌く! あたしはナマズを捌く!」
そう意気込む沙耶だが、言葉に反して手は動いていない。
「どうした? 捌かないのか?」
俺たちの視線が沙耶に注がれる。
「いやぁ……」
沙耶は舌をべっと出しながら後頭部を掻いた。
「ナマズってどうやって捌けばいいの?」
「知っているんじゃなかったのか」
「知識としてはあるんだけど、捌いた経験が実はなくて……」
「なら教えてやろう」
俺は木のまな板をテーブルに置いた。
まな板の右下隅を指でつついて小さな穴をあける。
「まずはナマズの固定だ」
まな板の上にナマズを載せる。
既に動きが鈍くなっていた。
早く捌かなければ鮮度が落ちる。
「まな板の穴と同じ位置にナマズの目をセットして……」
竹の串をグサッとナマズの目に刺す。
1本だと心許ないので5本ほど刺しておいた。
「これでナマズが固定されたから捌いていく」
「あれ? ヌメリは取らなくて大丈夫なの?」
沙耶が疑問を口にした。
近くで水を煮沸中の凛がちらりと見る。
陽葵はブタ君とシロちゃんを連れて海辺で遊んでいた。
「ヌメリに気がつくとは賢いな」
「へへん!」
「ヌメリって?」と凛。
「魚は体から粘液――つまりヌメリを放つんだ。これがすげー臭くて、そのままだと味が大幅に劣化する。ヌメリの分泌量は種類によって異なるけど、ナマズの場合は特にヌメリが酷いことで有名だ」
「なるほど」
「で、ヌメリだが――」
俺は視線を沙耶に移した。
「――既に取ってあるから必要ない」
「ええええ!? いつの間に!?」
「ナマズを筒から取り出した際にシュシュッと手刀でな」
「シュシュッと手刀で!? またインチキかよ!」
「インチキなどではない。これは刹那式高速……」
「あー、はいはい、もういいから! とにかく大丈夫なわけね!」
俺の見せ場を潰す沙耶。
そんな彼女を恨めしげな目で見つつ、説明を進めた。
「ヌメリを取り終え、まな板に固定したら、いよいよ捌く」
「ここからはあたしがやるから、どう捌けばいいかを教えて!」
「オーケー」
沙耶とポジションを交代し、彼女の斜め後ろから説明する。
「まずは胴体を切り開く。胸びれのあたりから包丁を入れろ」
「ほいさ!」
沙耶が俺の指示に従って作業を進める。
柄の付いた石包丁を巧みに操り、切れ味抜群の刃でナマズを当てた。
胸びれの下から包丁を入れ、真ん中のあたりでピタッと止める。
「ここから一気にお尻までスパッといっていい感じ?」
「おう」
「了解!」
沙耶は石包丁を寝かせて、綺麗な水平斬りを決めた。
ナマズの体が開かれて、内臓や体内の骨が姿を現す。
「今度は中骨を取り除き、尻尾を落としてから頭も落とす」
「中骨、尻尾、頭の順ね」
ここでも沙耶の動きは滑らかだ。
危なげなくナマズの頭を切り落とした。
「この気持ち悪いぶよぶよたちは?」
内臓と卵のことだ。
「不要だ」
「オッケー!」
そこから先の作業でも苦労しなかった。
内臓やらを取り除いたあと、大きな骨を除去する。
最後に身を適度な大きさにカットしたら完成だ。
「できたああああああ!」
「お見事!」
「せっちゃんの教え方が上手だからだよ! 最高!」
「それはよかった」
これで新鮮なナマズを堪能できる。
「で、そのナマズはどう調理するんだ?」
「やっぱり串焼きっしょ!」
沙耶はナマズの身に串を打っていく。
「タレがなくて塩だけってのが残念だなー!」
チラチラと俺を見る沙耶。
「せっちゃん、塩だけってのが残念だって!」
「2度も言う必要はない。分かっているさ」
いかに塩が最強といえども限界がある。
そこで俺は、森を探索中にある植物の実を集めておいた。
「流石にタレを用意するのは無理だから、別の調味料を作るよ」
「おおおおお! なになに!? なにを作ってくれるの!」
「ふっふっふ」
答えを言わずに作業を始める。
ポケットからその実を取り出し、竹のざるに入れて、焚き火の上で吊す。
「実を見ても何か分からないなぁ」
ざるを眺めながら眉間に皺を寄せる沙耶。
「直に分かるさ」
炎の熱で実を乾燥させると、今度はそれを土器に移す。
そして、適当な木の棒で粉々に砕いた。
その瞬間、土器からぷーんと匂いが漂う。
「あー! 分かったぁ!」
沙耶が表情をハッとさせる。
「山椒だー!」
「正解」
俺の切り札は山椒である。
「山椒は風味が強くて好き嫌いがある。だが、この環境においては純粋に嬉しいだろう。山椒がなければ淡泊な味で飽きやすいからな」
「たしかに! ナイス、せっちゃん!」
俺は「ふっ」と軽く笑い、土器の山椒を竹筒に移す。
懐に忍ばせられる大きさのコンパクトな竹筒だ。
「こっちは準備完了だぞ」
「あたしのほうももうすぐ完成だよ!」
串に刺さったナマズを焚き火の炎で炙る沙耶。
少ししてナマズの串焼きが完成した。
「陽葵ー、戻ってこーい! ご飯にするぞー!」
「はーい!」
陽葵が駆け足で戻ってくる。
シロちゃんは彼女の肩の上で誇らしげだ。
「皆、席に着いたね!?」
俺の向かいに座る沙耶が、全員の顔を見渡す。
隣の陽葵、斜め向かいの凛、最後に俺を見た。
「それじゃ、最後の晩餐を始めるよー!」
「「「「いただきます!」」」」
テーブルの真ん中に積まれたナマズ串へ俺たちの手が伸びる。
最初は塩をかけていただいた。
「うんめぇ!」
「ホクホクのふっかふかで美味しい!」
「これは絶品ね」
完璧な泥抜きで仕上げられたナマズは絶品だった。
あまりの美味しさに涎の分泌速度が加速してしまう。
「ブヒィイイイイイイイイ!」
「キュイイイイイイイイン!」
ブタ君とシロちゃんもナマズの身を食べて上機嫌だ。
「さて、次はせっちゃん印の山椒をちょこっとかけまして……」
沙耶は山椒をかけたナマズを口に含む。
「やっばー! 山椒やっば! 山椒!」
「沙耶、語彙力、語彙力」と陽葵が苦笑い。
「沙耶の気持ちも分かるけどね。山椒もすごくいい感じ」
凛は冷静に感心していた。
「喜んでもらえてなによりだ」
ひとしきり食べて、皆の胃袋が落ち着く。
そのタイミングを見計らって、俺は最終確認を行った。
「本当に明日はイカダによる脱出コースでいいんだよな?」
島を探検したことで気持ちが変わっているかもしれない。
――と、思ったが、そんなことはなかった。
「もちろん!」
「問題ないよ」
「私ももう覚悟を決めたから!」
女性陣は即答だった。
「ならば問題ない」
空を見上げる。
いつの間にか夜になり、星がきらめいていた。
「明日はこの島を脱出して、人のいる島を目指すぞ。そして、救助を呼んでもらって日本に帰還だ!」
「「「おー!」」」
士気を高めて食事が終わった。
「最後の晩餐が終わったことだし、最後のお風呂に行こー!」
沙耶の合図で、俺たちはブタ君に騎乗した。
今日の活動も残すところ入浴だけだ。
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