032 沙耶の依頼
「陽葵ー、たくさん作るぞー!」
「おー!」
朝食後、沙耶は陽葵と土器作りを始めた。
色々な大きさの容器を作って利便性を高める狙いだ。
土器の用途は幅広い為、量産して損はない。
「刹那ー、よろしく頼んだぞー!」
「おう」
俺は一人で森へ向かう。
沙耶に頼まれて、今日の晩ご飯に必要な物を調達する。
「いってらっしゃい」
凛が声を掛けてきた。
彼女の作る布団は完成まで秒読みの段階だ。
既に布団の形をしており、そのままでも使えそう。
「凛のほうこそ根を詰めすぎないようにな」
「ありがとう、刹那も無理しないでね」
誰もが陽葵の誕生日に向けて取り組んでいる。
そのことに気づいていないのは陽葵だけであった。
◇
今日は大忙しだ。
最初にするべきことは木の伐採。
「これが良さそうだな」
太い幹の木に目を付ける。
「そいっ!」
樹皮に縦の切れ込みを入れ、そこから皮を剥く。
大根の桂剥きのようにめくれて気持ちいい。
「めくった樹皮も使い道があるが……」
今回は使わないのでポイッと捨てる。
そして、俺は手刀で木の伐採に取りかかった。
精神を集中させた全力の一撃でスパッと根元の近くをカット。
大木が豪快な音を響かせながら倒れた。
周辺にいたシマリスや猿が驚いて逃げていく。
「このくらいあれば十分かな」
8メートル程の長さにカットして完成だ。
こうして綺麗な丸太が手に入った。
ただ、このままだと持ち運びに苦労する。
そこでこの丸太を4等分にする。
「グッ、流石に重いな……」
計4本の丸太を両肩に担いで帰路に就いた。
◇
「すっご! 見た目に反してマッチョか!」
丸太を持ち帰った俺に驚く沙耶。
陽葵と凛もたまげていた。
「何度も往復するのは面倒だからな」
丸太を保管庫の近くに置く。
「細かいデザインは俺が決めていいのか?」
依頼人である沙耶に尋ねた。
「うん! 数もおまかせで! それだけあれば絶対に余るし!」
「余った分は薪にするから問題ないさ」
俺は丸太の加工を始めた。
まずは薄くスライスしたものを数枚。
「こんな感じでどう?」
「最高! これで料理が映えるよ!」
「それはよかった」
俺たちの会話に首を傾げる陽葵。
「スライスした丸太を料理に使うの?」
「違う違う! あれはお皿にするんだー!」
沙耶が嬉しそうに説明した。
「そういうこと。俺が依頼されたのは食器の製作なんだ。皿やサラダボウルなどを作ってほしいそうだ」
「そうなんだ!」
沙耶が特に欲しがっているのは皿だ。
今までは竹を縦に割った物を皿として使っていた。
それはそれでいいのだが、それだけだと盛り方が決まっている。
料理に拘りを持つ沙耶としては、他のバリエーションも欲しいところ。
「沙耶、これで十分か?」
作業を進めて、4人で使うには多すぎる分の食器を確保。
ついでだからブタ君のための大きなお椀も作っておいた。
「ばっちりだよ! あとは薪にしちゃってOK!」
「ほいほい」
言われた通り残りの木材を薪にして、最初の任務が終わった。
しかし、俺に休む暇はない。
やるべきことはまだまだ残っていた。
「さて、と」
竹の籠を背負って再び森へ向かう。
「刹那君、今度は何しに行くのー?」
陽葵がつぶらな瞳を俺に向ける。
土器作りの影響で、彼女の手は泥だらけになっていた。
顔も少し汚れていて、どことなくアライグマを彷彿させる。
そんな彼女を可愛いと思いつつ、俺は答えた。
「食材の調達さ」
「食材?」
「今日の晩ご飯のネタになる食材さ」
「具体的には?」
「まだ決めてない」
「えっ」
「森の中を歩き回って適当に見繕う予定だ――それでいいんだよな?」
沙耶に確認する。
「うん! 理想を挙げても手には入らなかったら意味ないしね!」
「ということだ」
「そっかー! それもそうだね! 刹那君、ファイト!」
「陽葵も頑張ってくれ」
軽く雑談したあと、俺は早足で森に向かった。
◇
沙耶が晩ご飯に考えている料理。
それは素揚げだ。
昨日、俺が精製した綿実油を使うらしい。
味付けはサッと塩をまぶすだけ。
それだけで十分に美味い、と沙耶は豪語していた。
俺もそう思う。
極上の油と作りたての塩の組み合わせは最強だ。
「もう少し詳しく訊いておくべきだったな……」
森を歩いてすぐ、俺は悩むことになった。
素揚げに適したネタが分からないからだ。
俺の料理に関する知識は乏しい。
塩の抽出を後回しにしたことからも明白だ。
「それっぽいので攻めていくか」
とりあえずシイタケを採取する。
この島に来てから毎日食べている有能な食材だ。
素揚げで食べたことはないが、きっと美味いはず。
なにせシイタケの天ぷらは俺の大好物の一つだからな。
天ぷらで美味いなら素揚げでも美味いに違いない。
「あとはこの辺も定番だろう、たぶん」
アスパラガスとインゲンを獲得。
味もさることながら彩りもよくなったはず。
「彩りと言えば!」
ピンッと来た。
「たしかこの辺に……あったあった!」
パプリカを発見。
近くで見るとすごく艶やかだ。
食品サンプルに見えなくもない。
「サンプルだと困るし、本物かどうか確かめねばならんな」
これは抜け駆けやつまみ食いではない。
食品サンプルでないことを確かめるための検証だ。
そう自分に言い聞かせて、パプリカを囓ってみた。
「うん、美味い!」
口の中にパプリカの味が広がっていく。
辛みや苦みはなく、ほのかな甘味が感じられる。
「このパプリカは本物だ! サンプルなんかじゃない!」
パプリカも背負い籠の中に放り込んでいく。
これで緑色に続いて赤色も加わった。
できれば黄色も加えておきたい。
だが、しかし。
「黄色のパプリカは見当たらないな……」
付近にあるのは赤色のパプリカだけだ。
「何か黄色い食材で素揚げに適した物ってあったかな」
ラフトへ向かいつつ考える。
この森には色々な食材があるから、何かしらあったはずだ。
「そうだ、いいのがあったぞ!」
ある食材が思い浮かぶ。
ワタ畑の位置を確認するためにジャンプして見つけた物だ。
俺は身を翻し、駆け足で目的地に向かう。
しばらく走り続け、森を抜けて草原に辿り着いた。
ワタ畑とはまた違った植物が群生している。
「これは……想像以上だな」
目の前に広がっている黄色い食材に感嘆する。
そこにあるのはトウモロコシだ。
「ここのトウモロコシは不思議だな」
成長スピードが物によって大きく異なっている。
既に育ちきった大きい粒の物から、まだまだこれからの物まで。
今回はお子様――ヤングコーンをいただくことにした。
「多めに持っておくか」
ヤングコーンの素揚げは美味い。
過去に食べたことがあるのだ。
「これでメイン以外は揃ったな」
素揚げと聞いて最初から考えていたネタがある。
それこそが今回の素揚げでメインを飾る食材だ。
「とりあえず戻るか」
メイン食材の調達はあとに回す。
その方が効率的だし、何より皆を驚かせられる。
「誰かの誕生日を祝うために駆け回るのって楽しいものだな」
陽葵の喜ぶ顔を想像しながら帰路に就いた。
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