018 かっぽワニと竪穴式住居
解体が終わったらラフトに戻って調理開始だ。
だが、その前に食べる量を決めておく。
ワニ肉が多すぎるからだ。
一度の食事では絶対に食べきれない。
「このくらいでいいか? もう少し食べる?」
「十分だと思うよ」
「凛がそう言うならあたしも十分だと思う!」
「私もー!」
「なら調理を始めるぜ。ここからは時間との勝負だ。沙耶は魚を串に刺して焚き火にかけてくれ。凛と陽葵はコレに食べる分の肉を詰めていってほしい」
そう言って俺が渡したのは竹筒だ。
筒の中央付近を食い抜いたもので、そこから肉を詰められる。
「詰め込む肉はどれ?」と凛。
「手足以外だ。タン、ボンレス、サーロインだな」
手足は筒に詰め込むことができなかった。
手首と足首の先を切り落としていないからだ。
非可食部の指がひっかかってしまう。
だから、手足に関しては串焼きと同じで直に焼く。
「こんな感じでいいのかな?」
陽葵が確認してくる。
俺は彼女の持っている筒を見てから頷いた。
「肉はそれでオーケー。あとは輪切りにしたレモンを詰めてくれ。なんだったらキノコや山菜も一緒に入れてくれてかまわないぞ」
凛と陽葵の前にはレモンの輪切りが山積みになっている。
事前に仕込んでおいたものだ。
「竹筒に肉とレモンを詰めて焼くってなんだかオシャレー!」
「こういう料理、普通にありそうだよね」
凛の言葉に「あるよ」と口を挟む。
「宮崎の郷土料理に〈かっぽ鶏〉というのがある。名前の通り、厳密にはワニ肉じゃなくて鶏肉を詰めるんだけどな」
「へぇー!」
「そうなんだ」
感心する陽葵と凛。
そこへ作業を終えた沙耶が合流した。
「てかっぽ鶏ならぬ〈かっぽワニ〉じゃん!」
俺は「違いねぇ」と笑った。
「で、せっちゃんは何しているのかなー?」
沙耶が近づいてくる。
魚の調理をしたからなのか機嫌がよさそうだ。
「見ての通りさ」
「いや、見て分からないから訊いたんだけど!?」
「燻製だよ」
俺は専用の焚き火を作り、そこでワニ肉を燻していた。
やっていることは燻煙鞣しと同じだ。
焚き火の炎から50センチほど高い位置にワニ肉を干すだけ。
熱すぎて肉が焦げないように気をつけながら燻煙を当て続ける。
「燻煙には殺菌効果があるし、水分を飛ばしておけば保存食として使える。悪天候やらなにやらでラフトから動けなくなったとしてもメシに困らないぜ」
「こうすれば食べきれない肉も腐らせずに済むわけね」と凛。
「鬼だな刹那! あんたサバイバルの鬼だ!」
「かっぽワニはともかく、燻製は普通に閃くだろ」
苦笑いを浮かべながら、沙耶の肩に手を置く。
「俺はワニの皮を鞣すから、肉の燻製を頼んだぞ。今と同じくらいの火力を維持するようにしておいてくれ」
「オッケー! 任せて!」
皮を鞣す作業も時間との戦いだ。
作業の速さが革になった時のクオリティに影響する。
「やれやれ、サバイバル生活は息をつく暇が無いな」
などと言いつつ、俺は笑みを浮かべていた。
◇
調理が終わり、肉の燻製と皮の鞣しも落ち着いた。
ようやく慌ただしい時間が終わり、今日のディナーが始まる。
みんなで焚き火を囲み、「いただきます」の合図でがっついた。
「なんだこれー! かっぽワニの美味さが尋常じゃないんだけど!?」
ほくほくのワニ肉に舌鼓を打つ沙耶。
「ワニの肉ってこんなにあっさりしているんだ!」
「レモンの風味が加わったこともあってすごく爽やかな味だね」
陽葵と凛もかっぽワニに太鼓判を押す。
「ワニ肉は鶏肉と似た味って言われているしな。高タンパクで低脂肪、しかも低カロリーなのでたくさん食べても太りにくい。栄養面に配慮し辛い無人島生活では最高のご馳走と言えるだろう」
俺も箸でワニ肉を摘まむ。
この箸は凛が竹を加工して作ったもの。
予想以上に丁寧な仕上がりだ。
市販の箸と大差ない。
「うん、文句なしに美味い!」
我ながらかっぽワニはいい感じだ。
「あたしの魚も食べてよー!」
沙耶がイワナの串焼きを渡していく。
陽葵と凛に渡したあと、俺にも1本くれた。
「あれ、俺の分は沙耶が食べるんじゃ?」
そう尋ねたところ、沙耶の顔が真っ赤になった。
「あれは拗ねて言っただけだし! 刹那の分もちゃんとあるっての!」
「よかった、ありがとう」
俺は串を受け取り、豪快にかぶりつく。
「塩味が効いているな」
「実は焼く直前まで海水に浸しておいたんだよね! あと、海水がしみこむように隠し包丁も入れてるんだ!」
「隠し包丁? 打製石器でやったのか?」
「うん!」
「器用だな。言ってくれたら俺が指でやったのに」
「みんなに内緒でしたかったんだよー! 驚かせたくて!」
そんな沙耶の心意気は功を奏した。
俺だけでなく、凛と陽葵も「美味しい」と絶賛したのだ。
「やっぱり今日の主役はこのあたしだー!」
「いや、どう考えてもかっぽワニだけどね」
「なんでそんなこと言うのさー! 凛のバカ!」
ぶーと頬を膨らませる沙耶を見て、俺たちは声を上げて笑った。
◇
晩ご飯を楽しんだあとは川で体を清める。
――という予定だったが、その前に少しやることができた。
保管庫の建設だ。
革や燻製肉など、周囲に物が溢れてきていた。
全てをラフトへ放り込むわけにもいかないので保管庫を造る。
「本当に手伝わなくて大丈夫?」
凛が訊いてくる。
彼女は竹細工をしている最中だった。
「問題ないよ。他の二人と同じく自由に過ごしていてくれ」
視線を海に向ける。
沙耶がブタ君に紐を括り付けて〈イノシシぞり〉を堪能していた。
縦に割った竹をスキー板に見立てて足に装備している。
「いいぞー! ブタ君! スピードアップだぁ!」
「ブヒィー!」
ブタ君も楽しそうだ。
巨大イノシシとは思えぬ可愛さをしている。
「えいっ、えいっ、えいやっ!」
違う場所では陽葵が火熾しを頑張っていた。
既に何度も成功していて、今はスピードアップを図っている。
(待たせるのも悪いし急がないとな)
3人は俺を待っている。
俺が一緒じゃないと川に行くのが不安らしい。
こちらとしてもそう言ってもらえるとありがたい。
頼りにされるのは嬉しいし、なにより裸を覗けてグッドだ。
「あとはこれを組み立てて行くだけだな」
保管庫は竪穴式で造る。
旧石器時代に住居として利用されていた方法だ。
造り方は簡単で、大きく分けて3つのステップからなる。
ステップ1、床。
建造物の内部に該当する部分の土を掘り返す。
竪穴式住居は円形なので、掘り返す土もまた円形だ。
ステップ2、骨組み。
先ほどこしらえた床に柱となる木を突き刺す。
今回は規模を考慮して4本の柱を立てることにした。
次に、床の外周に木や竹を並べて円錐形に組み上げる。
そしてラストのステップ3、屋根。
屋根の材料には耐水性の高さを考慮して茅を使う。
茅を覆ったら、掘り返した土をかぶせて仕上げる。
骨格となる木や竹に屋根を葺けば終了だ。
「ざっとこんなもんだな」
建材調達に40分、建設に20分の計1時間ほどで完成した。
住居としても使えるよう、頂点付近には煙突も備えている。
「ちょっとー! ラフトより大きいじゃん! 保管庫なのにさ!」
沙耶がブタ君に騎乗してやってきた。
「竪穴式住居だよね!? 歴史の教科書で見たよ!」と陽葵。
「私が竹の籠を作るよりも先に家ができちゃったよ」
凛が苦笑いを浮かべる。
「あえて大きめに造っておいた。何かあってラフトが機能しなくなったら、コイツを住居として使うことになるからな」
「刹那って縄文時代からタイムスリップしてきたのかってくらいサバイバル能力が高いよなー」
保管庫を眺めながら呟く沙耶。
「歴史の先生でもここまで手際よくできないよ」
陽葵が笑いながら言った。
「皆の言い方で言うと、中二病を極めた結果がコレだ」
「中二病、恐るべしだね」と凛。
「そういうことだ。それじゃあ保管庫に物を移そう」
「「「了解!」」」
ここからの作業はみんなで協力して進める。
それが終わったら川へ行き、体と服を洗う。
かくして3日目が終わった。
これまた朝から晩まで動き回る大変な1日だった。
そろそろ休日が欲しいけれど、しばらく休めなそうだ。
これにて3日目終了です。
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