011 皮を鞣す
食事が終わったらあとは寝るだけだ。
――とはいかない。
「違う違う、もっとこう、板の窪みに棒を押し付ける感じ」
「こうかな? えいっ、えいっ」
「いいよ! 煙が出てきた! 頑張れ! 陽葵!」
「頑張る!」
陽葵は火熾しに挑戦している。講師役は沙耶が務める。
火がつきそうでつかない展開が続いていて悔しそうだ。
その頃、凛は――。
「ブタ君、これは?」
クンクン……。
「ブヒッ!」
「あー、毒ね」
ポイッ。
――毒キノコの除去を行っていた。
ブタ君に毒性の有無を判断させて、有毒なら抜いて捨てる。
翌日以降のキノコ採取を楽にする考えのようだ。
ブタ君はここでも大活躍である。
「これで準備は整った。さぁやるぞ」
俺はこれからウサギの皮を鞣していく。
今まではラフトから少し離れた砂辺で準備をしていた。
「刹那先生のサバイバル講座が始まるぞー!」
沙耶が気づいて声を上げる。
それによって陽葵と凛は作業を中止した。
スクールカースト最上位の美少女たちが集まってくる。
「見世物じゃないんだが?」
「いいじゃん! 教えてよ! 皮の鞣し方!」
「オーケー」
焚き火を挟むように設置した物干し竿へウサギの皮を吊す。
「皮を見てもらうと分かるが、肉を極限まで削ぎ落としている。皮膜のようなものまで完全に除去した。面倒だが必要な作業だ」
「皮を綺麗にするのが大事なのね」と凛。
「そういうことだ」
俺は頷き、焚き火に松の葉を盛った。
炎が見えなくなるまで山盛りにする。
すると炎の代わりに松の葉の煙が漂い始めた。
その煙が皮に吸い込まれていく。
「こうして松の葉の煙で皮を燻すわけだ」
「今のところ狼煙の上に皮を置いてるだけだよね?」と沙耶。
「いかにも。だから狼煙を上げながら皮を鞣すことが可能だ」
「一石二鳥じゃん!」
「俺の大好きな言葉だ」
「それでそれで、このあとはどうするの?」
目を輝かせる陽葵。
「あとは皮が縮まないよう適当な板に皮を張り付けて乾かすだけだ。俺は竹を加工して作ったすのこでやるよ」
事前に用意しておいたすのこを指す。
一般的なすのこに比べて隙間が大きい。
これは意図的にそうしている。
「ただ、今すぐには使えないんだよな」
「どうして?」と凛。
「しばらく燻煙を当て続ける必要があるんだ」
「しばらくってどのくらい?」
「少なくとも数時間」
「長ッ! そんなに待てないよ!」
沙耶がぶったまげる。
「俺も待つ気はない。だから今すぐに張り付ける」
と言ってウサギの皮を物干し竿から回収する。
その皮をピンと伸ばし、四方に穴をあけ、紐で縛ってすのこに固定。
「伸ばして固定するのは縮まないようにするためだ」
念のために補足しておいた。
女性陣は「おー」と感心する。
「あとはすのこごと燻して放置だ」
物干し竿をもう1つ設置して、2つの竿の上にすのこを載せた。
松の葉の燻煙はすのこの隙間を通ってウサギの皮に侵食する。
「竹だったらそう簡単に燃えないから放置していても大丈夫だろう」
「そこまで考えているんだ」と凛。
俺は「まぁな」と笑みを浮かべる。
「皮の鞣し方は色々とあって、今回の方法は〈燻煙鞣し〉というものだ」
「あたしらの使ってる革の財布とかもその方法で作られているの?」
「いいや、違うと思う。燻煙鞣しはかなり古いやり方だからな。流通している革製品の大半が〈クロム鞣し〉と呼ばれる方法を採られている。塩基性硫酸クロムだかそんな感じの化学薬品を使った鞣し方で、効率良く鞣すことができるんだ」
「すっげー! 刹那って物知りだなぁ! じゃあさ、クロム鞣しもできる?」
俺は「もちろん」と頷き、白い歯を見せて言った。
「って、できるわけないだろ! 化学薬品なんて持ってるわけねぇ!」
「それもそっかー!」
沙耶が満足げな笑みを浮かべた。
「とまぁ、これで作業終了だ」
皆が「お疲れ様」と拍手をくれる。
俺の満足度が上昇した。
「じゃ、みんなで川に行こっか」
凛が立ち上がる。
沙耶と陽葵が「そだね」と続いた。
「なんだ、俺を待っていたのか」
「だってあたしらだけで水浴びとか怖いじゃん!」
「刹那君が一緒じゃないと夜の川は不安だよ」
「何があるか分からないからね」
「それもそうか」
たしかに、警護がブタ君だけだと心許ない。
森の中には危険な生物がたくさんいるから。
「待たせて悪かったな。日が暮れる前に川へ行こう!」
「いや、もう真っ暗だけどね。完全な夜だよ」
凛の冷静な指摘に、沙耶と陽葵は声を上げて笑った。
◇
「川の水は気持ちいいけど、できれば温かいお湯がいいよね」
「陽葵、それすっごい分かる! あたしもお風呂とシャワーが恋しいもん!」
川で身を清めて帰ってきた。
もちろん着ていた服の洗濯も忘れない。
今日もバレずに覗くことができて大満足だ。
特に凛の尻がいい感じで、しゃぶりつきたくなった。
「洗濯物は私が干しておくよ、刹那はゆっくり休んでて」
凛が気を利かせてくれた。
俺は礼を言って彼女の言葉に甘える。
「凛、あたしのも頼む! 陽葵に火熾しのレクチャーするから!」
「ごめん、私のもお願い」
「任せて」
3人はそれぞれ作業を続けている。
(俺も何かするか)
一足先に寝るのは気が引ける。
それに時刻はまだ20時を過ぎで、眠気が少し足りなかった。
せっかくだからラフト内にある飲食物の期限を確認しておこう。
「思ったより足が早いな、あと数日じゃないか」
スナック菓子の期限が迫っていることに気づいた。
流石はラフトの内蔵装備すらケチっている船のお菓子だ。
かといって、現在の環境でお菓子を食う気にはなれなかった。
スナック菓子なんて食っても喉が渇くだけで腹が満たされない。
「菓子は明日か明後日のサプライズに回すとして、他に何かないかな」
バックパックを物色する。
大体がタオルや着替えで、面白味に欠けている。
船から脱出する際に詰め替えたせいだ。
とはいえ、あの時は緊急時。
落ち着いて物を選ぶ時間などなかった。
だからだろう。中には予想外の物が入っていた。