010 最強の解体
ライフラフトまで戻った時には日が暮れていた。
探索がてら遠回りしたことで時間を食ったようだ。
「見て刹那! 火がついたよ! あたしがやった!」
帰還して間もない俺にそう言ったのは沙耶だ。
俺の作った焚き火の横に、彼女の作った焚き火があった。
さらにその横にも別の焚き火がある。
「私も火熾しできるようになったよ」
背後から凛が現れた。
その隣にはブタ君の姿もある。
彼女はブタ君と共にキノコを集めていたようだ。
「もう火熾しをマスターしたのか、器用だな」
俺は火熾しができるようになるまで数日かかった。
6時間足らずでモノにする2人には心の底から感心する。
「刹那たちは何を――って、ワサビじゃん!」
沙耶が嬉しそうに声を上げる。
陽葵の持っているワサビに気づいたようだ。
「ワサビって抗菌作用があって食中毒予防になるんだよ!」
ドヤ顔で解説するのは陽葵だ。
「すっげー! そうなんだぁ!」
「知らなかった、陽葵は博識だね」
「刹那君の受け売りだけどね」
「だと思った」
凛が言うと、沙耶と陽葵が愉快げに笑った。
「俺たちのワサビよりもこっちの方が驚きだぞ」
俺は物干し竿に吊された2匹の動物を指す。
「どうやってゲットしたんだ? このウサギたち」
野ウサギだ。
野生にしては珍しくふくよかな体型をしている。
「ブタ君が捕まえたの!」
「ブヒーッ!」
「すごいじゃないか、ブタ君」
俺が撫でてやると、ブタ君は「ブヒヒィ」と嬉しそうに鳴いた。
「ブタ君が気絶させた状態で捕まえたんだけど、締め方とか分からないから縛って吊しておいたの」
「それは実に正しい行動だ。生き物ってのは鮮度が大事だからな。食う直前まで生きているのが理想的だ」
俺は物干し竿のウサギを掴んだ。
ものの見事に失神している。死体のようだ。
「こいつら捌いても大丈夫か? 可愛い可愛いウサギさんだぞ」
「私は大丈夫」と凛。
「私は……ちょっと気が引けるかも」
陽葵が悲しそうな顔をする。
「仕方ないって! 弱肉強食だよ! 諦めな!」
沙耶が陽葵の背中を優しく叩く。
すると陽葵は「分かってる」と頷いた。
「気が引けるって言ったけど、反対ってわけじゃないよ」
「つまり賛成ってことか」
「うん。でも、捌くのを見るのは辛いかも」
「それはあたしも同じ! だから刹那、見えないところでお願い!」
「はいよ」
俺は海に向かう。
捌いたウサギは綺麗に洗う必要があった。
できれば川が理想的だが、距離があるので海で我慢だ。
塩味がつくことでかえって美味くなるだろう。
「ついてきて大丈夫なのか? かなりグロいぞ」
何食わぬ顔で隣を歩く凛に尋ねた。
「私は平気だよ。それに、興味があるから」
「グロテスクなのが好きなのか?」
「ううん、嫌い。興味があるのはサバイバルのほう。YoTubeとかでも山の中で生活する模様を配信している人とかいるでしょ? ああいうのを観るのが好きなの」
「なるほど。だが、ご期待には応えられないと思うぜ」
「どうして?」
「だって一瞬だからな」
俺は波打ち際で足を止め、ウサギを上に投げた。
いや、投げたというよりも浮かせたというべきか。
ともかく、2匹のウサギは俺の頭より少し高い位置にある。
「せいやー!」
素早く手刀で解体する。
ウサギの体は竹に比べると柔らかかった。
「はい、終了」
放り投げたウサギたちの空中解体が終了する。
5秒にも満たない出来事だった。
「速ッ……というか、何がどうなったの?」
「見ての通りさ」
海水の上に落ちた肉塊を指す。
「左から順に皮、可食部、その他だ」
「皮はどうするの?」
「鞣して革製品にする予定だ。具体的に何を作るかは決めていないが、とりあえず鞣しておけば何かあった時に役立つ」
「鞣すこととかできるの?」
「もちろん。鞣すのは別に難しくないからな」
「刹那ってなんでも知っているんだね」
「勉強以外はできる男だ」
凛が小さく笑う。
俺のジョークがお気に召したようだ。
もっとも、勉強が苦手なのは本当である。
「さて、皮と可食部を洗うとしよう」
「手伝うよ」
「サンキュー」
海水で血を落としていく。
ゴシゴシし過ぎると傷むので慎重に。
血抜きをすっ飛ばしたせいで凄惨な光景だ。
「これでよし」
「美味しそうだね」
部位別にバラされたウサギの肉を見つめる凛。
「間違いなく美味いよ。野ウサギとは思えないほど肥えていたからな。それに、俺が捌いたから鮮度も抜群――まさにSランクの食材だ」
俺たちはラフトの傍にある焚き火へ向かった。
「もう終わったの!? 早ッ!」と驚く沙耶。
「ここからだと刹那君の手の動きが見えなかったよ、速すぎて」
「大丈夫だよ陽葵、近くても見えなかったら」
沙耶と陽葵は夕食の準備をしていた。
目の前に敷いたバナナの皮はまな板の代わりみたいだ。
そこに積んだキノコを、竹で作った串に突き刺している。
刺し終わった串は海水の入ったシャコガイの貝殻へ。
「ついでにウサギの肉も頼む。串に刺しやすいようブロック状にカットしておいた」
バナナの皮にウサギの肉を置く俺たち。
「まるでサイコロみたいに綺麗な正方形じゃん! どんな技術だし!」
「すごすぎだよ刹那君。こんなの人間の成せる技じゃないよ」
「でも俺は人間だからな」
沙耶が「怪しいもんだねぇ!」とニヤリ。
凛と陽葵は声を上げて笑った。
「あ、そうだ」
俺は置いたばかりの肉をいくつ手に取った。
「これはお前の分だ。ありがとうな」
「ブヒーッ!」
肉の表面を軽く炙ってからブタ君に食わせてやる。
ブタ君の大きな口にとっては小さすぎる肉だが、それでも喜んでくれた。
「陽葵、残りの作業は私が引き受けるよ。火熾しの練習をしておいで」
「いいの!? ありがとー、凛!」
陽葵と凛が交代する。
「ワサビは俺に任せておけ」
ということで、俺はワサビをすりおろすことにした。
適当な木の板をギザギザに加工して、根茎をゴリゴリする。
手作りのおろし器なのでいつもより荒い仕上がりだが我慢しよう。
そんなこんなで今日のディナーが完成した。
「「「「いただきまーす!」」」」
「ブヒーッ!」
本日の献立は、キノコとウサギ肉の串焼きにワサビを添えたもの。
デザートは栄養満点のバナナだ。
「肉ー! やっぱり肉ってサイコー!」
沙耶が叫ぶ。
俺たちは激しく頷いて同意する。
本ワサビの上品な風味を漂わせたウサギ肉は最高に美味かった。














