希望した乙女ゲーム転生先をミスられました
用語説明
【太傅】皇帝の師。皇太子や王子の時から学問を教える官職。偉い。
【故事】物語。ジャッキーチェンの映画ポリスストーリーのタイトルが警察故事だったりする。
【小姐】お嬢様。使用人からの呼び掛け等で使われる。
【姑娘】お嬢さん、お嬢様。未婚の女性への敬称。
【喜喜】吉祥文字。おめでたい。中華料理屋でよく見かける。喜が二つ並んで合体している。
「乙女ゲームのヒロインになりたい、か」
何でも(但し現実的にイケそうな範囲で、後からメン倒が起きない限り程度の)願いを叶えてやるという、タダイケ縛りをする謎の白髪碧眼イケメンは、一瞬にして一切の表情を消してため息をついた。
無表情のイケメンってちょっと仏チックだよね。
心が穏やかになる効果は抜群だ。
しかもミステリアスなイケメンと会ってお願いを叶えて貰えるなんて、隠しボーナスミニゲーム発動か?
「そうですよー。乙女ゲーム『トキメキ絶愛狂詩曲☆聖ルクリリ学園』のヒロイン、リゼット・ディンブラにして下さいなっ!」
私は死んだらしい。
白髪イケメン曰く、まだ17歳の高校生で、女子校の乙女ゲーム同好会(通称乙会)所属、ツンドラ攻略切り込み隊長の私は、昨年度乙会一推しゲーム『風の彼方に〜封印の乙女は千尋の海に眠る』ノベライズ発売日に書店特典ポストカード全5種をコンプリートすべく、アニメショップから老舗書店へ向かっていた。
そしてスクランブル交差点の青信号が点滅中になってしまったので小走りをしていたところ、フライングスタートしたセダンに殺られたという。
気がつけばこの何もない真っ白な空間に立っていて、目の前に白髪イケメンが腕を組んで立っていたのだ。
五種類の絵柄、ネットで見たから知っているけれど、sampleの文字がかかっていない実物を見てから死にたかったな。
あ、でも風かなの続編、風かな2の完全攻略まだだったし、しかも2の隠しキャラ激好みだったのに。死にたくなかったー。やっぱり死にたくなかったー。
兎に角、死んだからには仕方無い。
「神絵師ちょっぽリー様のディルギルト様好き好き愛してる!次の書店は神絵師江戸前海老の尻尾様だー!」などと浮かれたまま、すっごい衝撃を右お尻辺りに受けて、『俄雨降りそうじゃない?洗濯物室内だっけ?』と思った次の瞬間、この真っ白な空間にいて、目の前の白髪碧眼が『早世した者の悲しみを軽減する為、願いを叶える』って言うから、元に戻してって言ったら『お前死んでるから無理。それ以外』って返されて、だったら一推しゲームの世界に転生お願いしちゃう感じっ!
「ゲームの世界のヒロインに生まれ変わりたいのだな?」
「そうです!『トキメキ絶愛狂詩曲☆聖ルクリリ学園』のヒロイン、リゼット・ディンブラですよっ!間違えないで下さいねっ!」
白髪碧眼イケメンは目を眇めて、斜め下を見た。
「わかった。強くなりたいものを思い浮かべよ。然すれば、汝の願い叶うであろう」
ゆらりっと歪む視界。
とっきめきー、とっきめきー、みーんな大好き絶愛!絶愛!るっくりーりーラプソティー〜。
強烈電波オープニングソングを脳内再生しながら、私はゆっくりと意識を手放した。
孤高のアサシン、リゼと暗躍救国エンドしちゃうんだー。
ーーーーーー
しくしくしく。
何故だ!何故だ!何故なのだ!
はたりはたりと涙が落ちてテーブルに模様を描く。
その切ない模様もすぐに女官に拭われる。
侍女じゃない。
メイドでも無い。
女官、だ。
言ったのにっ!間違えないでって言ったのにっ!
あの白髪イケメン、何してくださるんですかー!
「紅玉小姐、嫌でも泣かずに刺繍を仕上げて下さい」
「別に刺繍が嫌で泣いてるんじゃないもん」
「それなら泣かないで下さい」
私は香華国の太傅、江家の正妻の一人娘江紅玉として育った。
大切にされ、幸せに暮らしていた10歳の誕生日、従兄弟が持って来た凧が風に煽られて高速落下、私に頭にぶちあたり、私は庭の池にきりもみ回転で落下した。
その結果、あの真っ白の空間と、白髪イケメンとの会話、そして前世の日本人の女子高生の記憶を思い出したのだ。
「ここどこー?何でインチキ中華料理屋みたいな部屋なのー?」
池落ち後、ベッドで覚醒した時の衝撃は凄かった。
一気に記憶がフラッシュバックして、目がチカチカした後、やっと周囲がわかる様になったと思ったら中華。
ツンドラアサシンリゼ様の世界は『喜喜』なんていう飾りが溢れたりしていない筈だ。
白のレースとフランス窓、マホガニーのテーブル、ベルベットのカーテン、ゴブラン織の絨毯、視覚効果で癒しも狙える暖炉。石造りの街並みには美しい石畳の上を馬車が行き交い、平和で豪華絢爛な時期の中世ヨーロッパを彷彿とさせつつも、城下町の裏路地に紛れ込めば、アサシンや冒険者ギルドが暗躍する剣と魔法とイケメンの国。
それがどうしてこうなった!
昨夜、15歳の誕生日を迎えた私は、昨日から勤め始めた後宮で愛するリゼ様を思いながら止まらない涙を流していた。
いや、わかっている。わかってはいるのよ。
今こうしている事が、リゼ様との未来につながっている事は。
でも、今会えない辛さを泣いたって良いと思うの。
しくしくしく。
ーーーーーー
赤を基調に原色が目眩し効果でも狙ってんのか?的な部屋。お祝い事があれば、狂った様に大盤振る舞いで弾ける爆竹。精巧な細工は数ヶ月かかるが、燃えれば一瞬な木の家具。城下町に行けば屋台で麺をすする人、竹籤に飴がけした山楂をぶっ刺したおやつをふりまわす子供、どこからか香る漢方薬の国。
10歳の幼気な私は、それでもリゼ様がどこかにいるのでは無いかと、子供の私が出来る範囲いっぱいいっぱいに連日探しまわった。
私の死んだ後で、絶狂学園の続編、ファンディスク、ノベル化、スピンアウト、コミックス化が行われていて、そのどこかで、リゼ様が中華系の国を訪れたのかも知れない。私は本当はヒロインのリゼット・ディンブラなんだけど、何かこう凄い何か事情みたいな事があって、江紅玉として育てられたのでは無いか?という一縷の望みにすがりつつ、リゼ様との出会いを祈った。
教会が無かったから廟で祈ったけど。西洋的な神様はいなかったので、北斗星君に祈ったけど。
自分で言うのもなんだけれど、10歳の紅玉は美少女だった。射干玉の豊かな黒髪、黒檀の様に真っ黒だけれど、日差しが当たるとキラキラと輝き茶色がかる瞳、白磁の様な白さとしっとりとした艶を持った肌、桜色の頬と桃の様な柔らかな色の唇。
周囲の人もみんな絶賛してくれた。
してくれたけどさ。
リゼットはミルクティーの様な柔らかな茶色でゆるゆると柔らかなカーヴを描くロングヘア、石榴石の瞳は魔力に反応してウォーターオパールの様に虹色に輝き、抜ける様な白く滑らかな肌、薔薇色の頬と桜桃の様な唇。
違うでしょ!根本的に違うでしょ!
民族からして違うでしょ!
確実にリゼットに転生していない。
それでも10歳から12歳まではマシだった。乳母の息子と娘が私のお手伝いとしてついてくれていて、街に出たいと言えば、大人の従僕を呼んでくれてある程度自由に歩く事が出来たし、女性必須技能の縫い物と刺繍も無理に練習しなくて良かったし、筝や琵琶とか楽器を習ったり出来た。
それが12歳になった途端、子供時代はもうお終い。そろそろ結婚相手も決めます。良家の子女は気軽に出かけてはいけません。楽器を奏でるのは奴婢や従僕の仕事です。刺繍と縫い物の腕を上げなさい。香を習いなさい。美しい所作を身につけなさい。
一挙手一投足にケチをつけられる。
絶望の一年を過ごし、13歳の誕生日の夜。
「紅玉よ、この度は申し訳ない事をした」
主役である私が部屋に下がったと言うのに、大人たちが大量のお酒を消費する狂宴をぶちかましていて、家のあちこちに潰れた酔っ払いが転がるそんな真夜中。
リゼ様を思い出してテーブルに突っ伏してほとほとと涙を流していた私の前に、白髪イケメンが現れた。
「貴様っ!イケメンだからって何もかも許されると思うなよ!百遍死んでお詫びしろ!リゼ様の前に案内してから腹を切れ!イケメンのくせにミスするなっ!若しくは今すぐリゼ様を召喚しろ!召喚したら安全な場所まで送ってから、お詫びにその後の生活が成り立つ様に手配してから消滅しろおおおおお!」
「転生先の基本設定が揺らぐ様な人を送り込む事は出来ない。違う転生先に移動する事は不可能だ」
「じゃあ、じゃあ、最初の予定通り、私をリゼットに転生させて!今すぐ!」
「それは出来ない」
私の魂の叫びをあっさり却下する白髪イケメン。
「何で!どうして!そっちが間違えたんでしょー!」
「既に枠が埋まっている」
「枠?」
私は首をこてん、と傾げた。
「最近早世する女性から、乙女ゲームへの転生要求が加速的に増加しているのだ」
「つまり、『トキメキ絶愛狂詩曲☆聖ルクリリ学園』のヒロイン枠が埋まっちゃってるって事?」
「そのトキメキ何とかはヒロイン枠どころか、悪役令嬢、ヒロインの親友、女性騎士、悪役令嬢の取り巻き、学園の女教師、攻略対象王太子の近衛騎士、食堂のおばちゃん、モブなど満員御礼状態だ」
「なっ!」
流石!流石絶凶学園!人気がぱない!
モブ枠すら埋まっているとは。
逆に考えるのよ、私。それだけ絶狂学園がみんなに愛されている神ゲーだって事よ!素晴らしい!何と言う朗報!愛される絶凶!愛されるリゼ様!
リゼ様愛してるううううううう!
尊い、流石リゼ様、尊い。
数多の女性を惹きつける唯一無二天上天下唯我独尊リゼ様!唯、我、独りとして尊し!リゼ様に変わるものは無し!
凄い!凄すぎる!
え?リゼ様以外の攻略対象?
それは他の推し担にお任せしますよ?
リゼ様推しだけで転生枠を埋めた訳じゃ無い?
はあ?
私だってリゼ様以外の攻略対象も愛していますよ?
誰だって推し担以外も全て愛して受け入れる、それが推しゲー。
リゼ様のスチールショットや公式カットやゲーム画面や音声を高速で脳内に流しまくり、危なくリゼ様の魅力で倒れる所だった。
供給が無ければ、脳内再生で自家供給すればいいじゃない。
推しを思い浮かべた時、灰色の脳細胞の可能性は無限だ!
じゃなくて!
いや脳内高速再生も重要だけれど!
「じゃあ入れ替えてよ!トキメキのヒロインと入れ替えてよー!」
「それも無理だ。ヒロインは望んで転生している」
「ずーるーいー。ずーるーい。もういい、ここで死ぬ。リゼ様を思って死ぬ」
白髪イケメンは大きくため息をついた。
「失敗したのはこちらだからな、少しだけ対応してやろう」
周囲が真っ白く輝いたと思うと、13年前の白い空間に立っていた。
13年前と違うのは、そこに一人の美少女がいた。
ストレートのロングヘアと切れ長の目はラベンダー色。スラリとした肢体。
「クラリエット・ウィンディ!」
「江紅玉!」
私達は同時に叫んだ。
クラリエット・ウィンディは絶凶学園の悪役令嬢の取り巻き二号だ。取り巻き一号が赤系で三号が黄色系。成績も常に上位、清楚な美しさは取り巻きにしておくのは勿体無い青系として悪役令嬢に花を添えている。
そう、悪役令嬢取り巻き枠を埋めている彼女が、本来香華国ヒロインに転生する筈だったのだ。
「私、中華系舞台乙女ゲーマーなの」
クラリエットがゲーム画面では決して見せない儚げな顔をする。
「貴女が転生したのは『五華国故事〜皇妃への道〜と言う乙女ゲーム。私の願い事は、五華皇妃のヒロインで、推しキャラの侍医の白子辰を攻略するつもりだったの。紅玉は13歳だから子辰にはまだ会って無いわよね。15歳になったら行儀見習いも兼ねて、宮中に上がるからそこで会える筈だったの」
ほとほとと涙を流すクラリエット。
当然私の涙も出っ放し。
「私は『トキメキ絶愛狂詩曲☆聖ルクリリ学園』のヒロインになって、アサシンのリゼを攻略するつもりだった。ねえ、クラリエット、ファンからの愛称リエットって呼んで良い?」
「勿論、貴女の事は紅児って呼ばせてくれる?」
やっと私達は情報交換が出来た。
号泣しながら。
「「結局私達は入れ替われるの?」」
「それなのですが、5年ほどそのまま過ごしてもらいたい?」
「「はぁ?!」」
「色々あるのだ、こちらにも。嫌なら諦めてもらう」
「「それは絶対に嫌!」」
「では5年頑張って過ごすがいい」
「でも私、五華国は未プレイよ!」
「私もルクリリ学園はやってません!」
「それについては力を貸そう」
白髪イケメンがすっと両手を広げると、右手の上に紙をこよりで綴った冊子、左手の上に革装丁されたノートが現れた。
冊子は私に、ノートはリエットに渡される。
「交換ノートだ。文章を書き上げると書いた側の文字は消え、相手のノートに浮かび上がる」
つまり、ノートを通じてやりとり出来る。
このノートがあれば、自分がやり込んだゲームの情報を伝える事が出来る。
私達は、お互いの攻略対象を5年間交換で攻略する事になった。
ーーーーーー
そして15歳。リエットの情報通り、行儀見習いの上級女官として後宮にいる。
そしてリゼ様を思って泣いている。
やりたくも無い刺繍を監視付きでやらされている。
「ううっ!お腹が痛いっ!」
「小姐!大丈夫ですか?今侍医を呼びますね」
嫌な事をやるより、リエットの攻略を信じて私も頑張るしかない!
女子高生時代の出たく無い授業の時、保健室に逃げ込む迫真の腹痛演技開始!
「江姑娘、診察させていただきます、侍医の白子辰でございます。よろしくお願い致します」
来た!白さん来た!
営業スマイルの様な微笑みを浮かべ、さらりとした肩より長い黒髪を後ろでゆったりと結んでいる。瞳の色は黒。官服を着ているので体型はわかりにくいけれど、袖から出た手は白くすんなりとしている。
すっごい美形だ。家からついてきた侍女も、後宮でつけてもらった女官達も、うっとりと白さんを見ている。
が。
素敵ではあるが、好みでは無い。勿論、嫌では無いけれど、リゼ様はアサシンだけあって細マッチョ。無駄のない筋肉がさらされたスチルを見た時は、基本の画面保存だけでは収まらず、ありったけの撮影機材を使って写真や動画を撮りまくった。
ああ、思い出しただけでも胸がいっぱい。血圧脈拍上昇。
結局、初エンカウントの結果は血流の薬を処方された。
拙い、これは恋に落ちれる自信が、無い。
無い、が、ツンドラ攻略切り込み隊長の名にかけて、負ける訳にはいきませんわっ!
【キリデレです】
夜、一人になってノートを見た私は膝から崩れ落ちた。
デレかー。リエットはキリデレ推しかー。私にデレは要らんのですよ。クールなまま、ちょっとした行動に愛を感じるのが至高なのですよ。デレられるとちょっと照れちゃうのよね。ちょっと現実に引き戻されるというか。
でも、リエットは悪役令嬢の取り巻きというほぼモブの位置から、隠れキャラ並みに攻略の難しいリゼ様を攻略してくれているのだ。
同志の幸せの為、笑顔で交代出来る日の為、キリデレで正統派お兄さん系イケメンを攻略するのよおおおお!
私が拳を握ってキリデレ攻略を誓っているその時、同志リエットが【ツンドラです】の文字を見て崩れ落ちている事を、この時は知らなかった。
同志リエットにはリゼ様攻略方法の他、他の攻略対象の好意を調整して良い位置につける方法、時期に合わせて起きるイベント情報や、ヒロインが受ける嫌がらせ、リゼ様エンカウントポイント、悪役令嬢との関わり方など、思いつく限りの情報を送った。
逆に、同志リエットから、白さん攻略方法、後宮のライバル達とその攻撃について、上級女官として身を守る方法など、色々な情報が送られてきた。
それにしても後宮の攻撃えげつない。
絶凶学園でヒロインがされる嫌がらせは、水をかけられたり、教科書を隠されたり破られたり、足をかけられたり、階段から落とされ(でも好意度が高い攻略対象に助けてもらえて落ちない)たり、誘拐される(でも好意度が…)位なのに。
五華国のヒロインの私に対して、様々な毒を盛って来る、動物の死骸が部屋の前に展開される、普段使いの井戸に薬を投げ込まれる、部屋を荒らされる、暗殺者が狙ってくる、皇帝の妃達との仲を裂いて死を賜る様に狙ってくる、盗みの罪を着せて拷問にかけられる様に仕向けてくる、といったガッツリ命を狙ってくる系だ。
一つしか無い命、大切にね。
気を抜いたら殺される。
推しのいない世界で、推しの為に推しじゃ無い相手を攻略しながら、養分供給も無く殺される。
嫌だああああああああ!
そんなヒリヒリする毎日を送っている中、私は一人のイケメンを発見した。発見してしまった。
さりげなくリエットからイケメンの情報を送ってもらう。
【攻略対象の1人:月静:19歳:胡族:間諜(皇帝直属スパイ):属性ツンドラ】
うぎゃああああああああああ!
月夜に私の絶叫が響き渡り、白さんが呼ばれ安定剤を投与された挙句、翌日後宮を騒がした罪で外で正座2時間の反省をさせられた。
親が太傅である事に免じて、正座後真っ赤に腫れ上がった足の治療に白さんを呼ぶ事が出来た。
一応、白さんとの距離は近づいている。
痛い。
ツンドラ至上主義の私は、月静様を放っておく事は出来なかった。
だって、ツンドラで薄茶の髪で、水色がかった瞳で、細マッチョで、影があって、もうね、もう、ご馳走様!そこに気配があるだけで、ご飯が美味しく食べられますっ!
わかるから!わかるから!どれだけのツンドラを攻略して来たか?ツンドラ攻略実績大量ですよ?詳しい数ですか?あなたは生まれてから今までの間に食べたパンの数を覚えていますか?勿論、今まで攻略して来たツンドラ達は目を閉じれば高速で浮かび上がります!
リエットから攻略情報を貰わずとも、月静様の行動はほぼ予測出来る。何故なら、そこに絶大なる愛があるから!
任務帰りの月静様と偶然を装って出会い、彼と話が出来る様にもっていく。その次は点心(お菓子)を余分に作った体で受け取ってもらう。勿論、先に食べて薬を盛っていない事もわかってもらう。信頼感大切。
「はっ!?」
白さんと仲良くなったものの、月静様に全力を注いでいる事に気がついて、リエットに対する罪悪感に押しつぶされそうになった。
交代まで後2年程。推しのいない生活は心が死んでしまう。
リエットにも、心の支えを。
私は絶凶学園の攻略対象全員を思い浮かべて筆を取った。
【リゼ様攻略の心の潤いに:攻略対象の一人:ルフナ・オルティス:22歳:王宮医:属性キリデレ】
私が月静様を見つけて幸せな気分になれた様に、リエットも幸せな気分になります様に。
と祈りつつ筆を置くと、私の文字がすっと消えて直ぐリエットの文字が浮かぶ。
【大丈夫ですぞ、大丈夫ですぞ。既にチェック済みですぞ。ルフナ様神、神というか神医!】
【チェック済みというか、既に接触してるー。漢方も取り入れた医療の話とか捗ってるー】
【イケボで至近距離でフルボイスで!中華じゃないけど新しい扉が開いた!これ課金は?課金は要らないの?】
【やだ尊い!神医尊い!ツンドラ攻略ガンバレルー!笑顔が!こんな無料で笑顔良いんですか?】
【私は死んだんですか?死んだから今まで無かった乙女ゲー舞台がボーナスチャンスですか?】
「ふおおおおおおおお!」
石床正座連チャンを避ける心理が働いたのか、かすれた様な叫びが漏れるだけですんだ。
何で充実しちゃってるんデスカー?
負けるもんか!
私だって、月静様のご褒美リアルスチルゲットするんだ!
と、意気込んでふと思った。
そうだ、月静様は白さん攻略のエネルギー源で、白さんの正当な攻略者のリエットにも字の進捗情報以外も送ってあげたいなあ。
ごそごそと部屋の荷物を漁って顔料を取り出した。
翌日、毒入り朝食の相談を白さんにするついでに、白さんをスケッチさせてもらう事にした。こっそり交換ノートを開く。
書いたものの消えるノートなんて見つかったら、呪術を疑われて死一直性の世界だ。
真剣なキリッとした表情の白さんをスケッチする。
やっててよかったキャライラスト。自分の推しキャラを他人に描いてもらう為には、相手の推しキャラを描くのが正義。小学校の頃から少女漫画の男キャラを描きまくっていた経験が同志に活力を与える!
五枚目に突入したあたりで、一枚目が消えたページに文字が浮かんだ。周囲を窺いながら確認する。
【追加スチルですか?追加スチルですね?紅児は天使ですか?女神ですか?神ですか?対価は命ですか?】
【死にそうです。尊すぎて死にそうです。課金もしていないのに追加スチルとか大丈夫ですか?怖いです。震えます】
【大丈夫ですか?ノートの秘密は大丈夫ですか?紅児は命の恩人です!死にますが生きます!】
【死ぬ気でリゼさん攻略しますが、子辰様に会う為に死ねません。死んだら生き返ります!愛で!愛で!】
同志リエットが元気そうで本当に良かった。
そして次の日、本気の同志リエットによりリゼ様の差分スチルが送られて来た。
死ぬかと思った。というか死んだ。もう体全体で大地を味わった。
裏庭で大地に感謝を捧げていた所、訝しげな顔の月静様にそっと起こされた。
「何をしている?」
「うわああああ、理想が二次元から三次元に!奇跡が?奇跡を?奇跡で!」
「?」
「尊い。尊い。尊い。あ、お布施ですか?お任せ下さい、全力でいかせていただきます!」
巾着を取り出していると、月静様が私の手をそっと抑えた。
あああああああああ。
あったかいいいいい。
「生きてる!動いてる!理想が!夢か?死んだのか?」
ぱっしーん。
「痛い!リアル?リアルが夢を追い越した?」
「とりあえず落ち着け」
「起こしていただきました!起こしていただく対価はファンサですか?課金ですか?」
「落ち着け」
「落ち着いています。大丈夫です。月静様は今日も最高です。ありがとうございます。ありがとうございます」
「ふん」
ぴょこぴょこと動く私を木陰に座らせて、月静様は隣に腰をおろして並ぶ。
うあああああああああ。
「いけません、いけません、私の様な者と並んで座ると美形の無駄遣いに!ええ、もう私など月静様の服が汚れぬ様に、下敷きにされるので十分です。いや、私の上に直接などという不敬は申しません。クッションを、専用クッションを用意しますので…」
月静様が私の顔を覗き込んで、人差し指を口の前に立てた。
イエスサー。黙ります。
「紅児を下敷きにはしないし、普段貰っている点心も美味しいと思っている」
黙っていると息が出来なくて死ぬかも知れない。でも、月静様の立ち絵を見ながら死ぬのはご褒美です!
そのまま私は気を失った。
期限の5年まで後少し。
私は頭を抱えていた。
上級女官として入宮して、宮廷の礼儀作法を習ったのち、上手いこと秀女選抜(皇族の妃嬪候補になる事)にペナルティ無しで落選し、皇女達の為の女性医官の助手となり、白さんと薬舗で毎日の様に交流できる様になった。
笑顔で世間話なんかも出来ちゃう。
全く医術に興味の無い私としては上々の結果だけれど。
「今日もありがとう」
「ありがとうございます」
「ふん」
白さんや他の侍医さんと城下の薬店に行ったり、休みの日に出かけた先でトラブルがあると、どこからともなく月静様が現れて助けてくれる様になった。
後宮で命を狙われた時も、月静様が救ってくれた。
これ不味くない?
不味い気がするけど、最高に幸せだからもうね。
交換ノートの内容も【今日の白さん】と【今日の月静様】になってしまっている。前者は必須だけれど、後者は。
あ、いや、でも、リエットがこっちに来たら、月静様とも付き合って行くんだし、いきなり付き合い方が変わったらおかしいよね。
付き合う、かあ。
リエットと白さんが付き合う。リエットと月静様が付き合う。
違う付き合うだけど。
けど。
私の交換ノートも【今日のリゼさん】と【今日のルフナ様】になっていた。
ーーーーーー
18歳の誕生日の夜、真っ白な光に包まれた。
白い空間、目の前にリエット。
「「ごめんなさいいいいい!」」
私達は同時に叫んだ。
そのまま勢いよく抱きつく。
私の手がリエットの背中に、リエットの手が私の背中にぎゅっと回される。
右肩が冷たい。
リエットが涙を流しているんだ。
私も涙が止まらなくて、リエットの右肩を濡らしている。
「いきなり何があったのか知らぬが、約束の5年が経過した。入れ替えを行う」
「そ、それなんだけど、私、どうしたらいいか分からなくて。ずっと子辰様に会いたかったんだけど…」
「私もリゼ様に会いたい。だけどだけど…」
私達はハグを解いて、相手の顔と白髪イケメンを交互に見た。
「少々残念な知らせがある。入れ替えの成功確率が低い」
「「は?」」
「入れ替え準備の前も含めて二人とも18年もの間過ごしていた世界のパーツとしての存在だからだ」
「「え?」」
「しかし安心して欲しい、五割の確率で成功する」
「「半分じゃない!」」
「四捨五入だからな、五割ならいける」
「いけるかああああ!」
「ふざけないでええ!」
私とリエットのフルスイングが、白髪イケメンを襲う。
が、立体映像の様に私たちの腕はそのまますり抜けてしまった。
一応、神秘の存在なんだな、白髪イケメン。
「ねえ、リエット。私、このままでもいいかなって」
「うん、紅児。私も、ルクリリ学園に楽しい思い出がいっぱい出来た」
白髪イケメンが私達を交互に眺める。
「入れ替えは今しか出来ないぞ。交換ノートも今後使えなくなる」
私達はぎゅっと手を繋いで見つめあった。
力強く頷く。
「「大丈夫」」
「リエット、あなたに会って5年間楽しかった。戻ってリゼ様に会ったら伝えて。『貴方の事を大好きな友達がいました』って。『遠くに行くけれど、ずっと幸せを願っています』って。白さんは任せて、大切な友達として絶対守るから!」
「紅児、本当に5年間楽しかったね。子辰様に伝えてね。『会えないほど遠くにいる友達が、貴方を大好きでした』『必ず幸せになれると信じて祈っています』って。リゼさんは仕事柄危ない事が多いけど、友達としてしっかり支えるね」
ぱん、とハイタッチしたその瞬間、私達は真っ白な光に包まれた。
「じゃあね、リゼット」
「元気で、紅児」
ーーーーーー
金髪イケメンに会う為に、侍女も下がらせた誰もいないはずの部屋に戻ると、テーブルの前に人かげがあった。
窓の隙間からうっすらと入る早朝の光で、薄茶の髪がキラキラと輝いている。
手に持っている本に向けていた顔をこちらに向けた。
「紅児?」
「ふえええええええ?」
な?
「夜中に曲者が入ろうとしていたので排除したんだが、部屋に紅児がいなかったから」
へ?
「何も無かったのか」
月静様が私の手を取って、寝台に座らせてくれる。
あれ?何これ?追加イベント?追加シナリオ?
お金?お金ですか?おいくらですか?持っている全財産投げ打つ用意が出来ていますが?
ふりふり。
月静様が手に持っていた本を見せつける様に揺らしている。
「これ俺?」
「うわああああああああ!」
私の口からかすれた悲鳴が漏れる。
交、換、ノ、オ、ト。じゃないですかああああああ!
そして開かれているのはリエットによるリゼ様ファンアートページ!
ヤバイ殺される。心の支えに殺される。
いやでもそれってある意味幸せメリバ?メリバ?
交換ノートの文字はリエットと私の前世共通語である、日本語で書いてある。
だから月静様には読めない。読めないが。
リエット様の描いたファンアートリゼ様の絵はガッツリわかる。
「あああああああああ」
「ふん」
リゼ様は光に当たると金色に輝く茶色の髪に、瑠璃色の瞳。
月静様は薄茶の髪に、水色の瞳。
絶愛学園の世界の絵具は日本より旧式だから、リゼ様再現した色合いは月静様と同じ…・
そして同じツンドラで、私が一目見て心の支えにした月静様はリゼ様と同系等で、雰囲気も見た目も凄く似てて。
ファンアートだから、模写じゃない分、リゼ様にも月静様にも見える。
一瞬、月静様が私から視線を外す。
すっと細められた目が、目が!
窓から漏れる光が月静様を包んで、ああ、もう!神!
凄い、美しすぎる。美しいを通り越してもう、もう、ああ、表現力を下さい!
「紅児の立場だといくら命があっても足りない。後宮を出た方がいい」
「え?」
嫌われた?出てけって事?迷惑かけた?
気持ち悪がられた?
いやわかりますわかります、鬱陶しい上に気持ち悪いですよね。
交換ノート、どう見ても月静様観察ノートで、内容バレない様に暗号使っている様に見えますもんね。
ぽたたっと涙が溢れ出た。
「いや大丈夫だ。俺がずっとそばにいるから」
ぽてし。
あれ?世界が真横に倒れたよ?
あ、私が倒れたのか。
あれ?世界が元に戻ったよ?
背中に温かい腕が当たってるよ?
目の前に月静様が?
「ち、近い近い近い近い!顔が良い!顔が近い!公式の供給が過剰すぎます!」
「気を失うなよ。今日は後宮を出る手続きをして、明日は紅児の家に挨拶だ」
「ふえええええええ」
「俺の事をこっそり観察する様な相手は、側にいるのが一番監視しやすいからな」
「ああああああああ」
語彙が死んだ。
監視とか言いながら、無表情で優しく頬を撫でてくる攻撃を受けて、脳細胞が死んだ。
え?もしかして死んでるの?知らないうちに死んでたの?
「?」
無言で覗き込まれた上に首こてんポーズなんかされたら、死んだ上に死んでしまいますうううううう!
大丈夫です!聞こえてます!
ぶんぶんと首を縦に振る私。
リエット、私は幸せ死にします。
きっとリエットも今頃、ううん、リエットなら絶対、幸せだよね!
幸せ死してるよね。
死んでも生き返る。何度でも生き返る。
だって私達は幸せだから。
そして推しと一緒にお互いの一推しと仲良く新しい生活を始めよう!




