こんな弱いお姉ちゃんでごめんね。
点滅する携帯を確認すると不在着信が二件とメッセージが数件届いているのを見て、深い溜息をついた。送り主を確認すると、相原裕樹の名前が表示されている。きっと、鬼の様な内容のメッセージが届いているんだろうと考え、連絡を怠った数時間前の自分を恨んだ。
案の定「早く帰ってこい、連絡くらい寄越せ。」と書かれたメッセージが入っていたので、「ごめんね、すぐ帰る。」と返信をして携帯をバックにしまった。
裕樹は五つ歳の離れた弟で、数年前に交通事故で両親を亡くしていしている為、私と裕樹は二人暮らしをしている。生活は厳しいものだったけど、両親が残した家とお金でなんとか二人で生活してきた。だけど、流石にそれだけでは生活していけなかったから、大学生になってからは、大学に通いながら私が生活費を稼いだ。仕事が終わって家に帰ると裕樹がご飯を用意して待っていてくれる。
そして、私が連絡を寄越さないものなら、鬼のような着信が携帯に残り、何なら会社まで迎えに来る始末。何度「過保護か!」とツッコミをしたことか…それにも理由はあるのだけれど。
それ故、裕樹は帰宅時間が遅くなる部活に入部しないし、バイトだと言いながら時折出掛けるけれど、するのは私の心配ばかり。本当はもっと自分の時間を大切にして欲しいと思うのに、「姉貴には関係ないから。」と言われると何も言えなくなってしまうのだ。
(絶対あの子、迎えに来てるよね。)
きっとかなりの時間待たせてしまっている。せめて遅くなると一言だけでも連絡をしなくてはならなかったのに、時間を忘れて仕事に没頭してしまったことを後悔していた。急いで帰宅する準備をすませタイムカードを切り会社のゲートを潜る。
ゲート先の街頭の下に期待を裏切らない可愛い弟の姿を見つけ笑みが零れた。キャップを深く被り、パーカーのポケットに片手を突っ込んで、片手で携帯を弄る裕樹に近づいて、「お待たせ。」と声を掛けると、私に気付いたのか不機嫌そうに藍色の瞳は細められた。
「遅せーよ。遅くなるときは連絡しろっていつも言ってんのに。」
「ごめん、ちょっと集中しちゃって。」そう言って手を合わせて謝ると、裕樹は寄りかかっている電柱を靴のかかとでトントンと軽く蹴った。
「俺が迎え来れなかったらどうする訳?」
「心配してくれたんだー?裕樹君たらやっさしー?」
そう言いながら、私より少しだけ身長が高くなった裕樹の顔を覗き込むと、途端に顔を逸らされてしまう。心なしか裕樹の耳が朱色に染まっている様な気がするのはきっと私の勘違いだろう。方に掛けていたバックを後ろ手に持ち直し、少し前を歩き始めた。
(多少強引だけど、いつも私を心配してくれてるんだよね。)
「裕樹、迎えに来てくれてありがとう。」と言って振り返ると、「分かればいいけど。」とぶっきらぼうな答えが返ってきた。
何故こんなにも裕樹が過保護になってしまったかというと、両親が亡くなって私がバイトを始めた頃の話である。普段は早い時間のみで働いていたが、その子の代わりに遅番を引き受けたことがあった。仕事が終わり、暗い夜道を足早に自宅へと向かった。
そして、運悪く刃物を持った異常者に遭遇し、切りつけられた――
私の腹部にはその時の傷が残っていて、思い出すとゾッとする。
脳裏に張り付いて離れない止まらない赤い血と、恍惚とした男の表情は今でも夢に見ることがある。忘れたいのに忘れられないのだ。どんなに平気なふりをしても、どんなに時間が経ったとしても。そんな私の心境を知っているからこそ、裕樹はこうして私のことを迎えに来てくれるんだろう。
「ごめんね…」
「は?」
「さーて、我が家にかえりましょー!」
怪訝そうに私の顔を見る裕樹にばれないように、小さく震える右手を隠す様に握り締め、なんでも無い様に振舞った。