第一話 俺の計画は素晴らしい?!
「……はぐわっ!」
俺は突然鳴り出した目覚ましの怪奇音による奇襲で最悪の目覚めを迎えた。
だがこともあろうに今日は4月1日。つまり俺、鷹崎浩二は今日から高校生になるわけだ。
目覚めは最悪だったけど、目覚ましを早めにセットして置くという俺のファインプレーによって初日遅刻というフラグを消すことにはなんとか成功した。
昨日はニュースで流れ星が降るっていってたからついつい遅くまで起きてしまった。しょうがないだろ、生まれて初めて見るから興奮してたんだ。 俺は予定通り、さっそく昨日しっかりと用意しておいた制服に袖を通す。
制服は新品特有の匂いがして、なんだか中学入学の時を思い出させた。
そういえばあの日は学校まで辿り着けなくて遅刻したなぁ……。
なんだかそれが昨日のことのように思えて、切なさが無駄に脆い俺の涙腺をチクチクと刺激した。 だが脆いっていってもあれだぞ、最近だと近所の小学生のタクちゃんが突き指して泣いてたのに共感して泣いてしまっただけなんだぞ? さて、予定より早く着替え終わったし髪型チェクを。
とかいって俺は柄にもなく鏡の前で髪をやたらといじくり回してみた。
ヤバイ、前髪触るの楽しい!
ていうか前髪をいじくりながら嬉しそうに笑う俺、相当キモいぞ。
悲しいが鏡に移る般若のような自分の顔見て落胆する俺がそこにいた。
この悪徳セールスマンみたいな面を作り出している原因は多分こいつ、えくぼだ。俺には昔から笑うとえくぼが出るというオプションがついている。
いや別に可愛ければ問題ないんだが、俺の場合はまずい。
ただでさえ鋭い三白眼を持つ俺が笑うと、当然それに不釣り合いな可愛いえくぼが出る。
この組み合わせがアウトだった。
その般若のように不気味な笑顔が周りを恐怖のどん底に突き落とす。もはやムッキムキのプロレスラーでもビビってチビるくらいかもしれない。
大袈裟だと思われるかもしれないが、それほどに俺はコンプレックスに思っているんだ。
そんなこんなで俺が知らない間に自分の顔に自分で驚愕していたことに気づいてさらに驚愕していると、一階から母の声が聞こえてきた。
「浩二!早く起きないと遅刻するわよ!」
は?何言ってんだ全く。わざわざ一時間も早く目覚ましをセットするという俺の計画にはどこにも遅刻なんて付け入る隙はない。は、さてはついに俺の母にもボケが始まったのか?
ま、折角だから俺の計画にどれだけ余裕があるか見てみますか。
「…………ん?」
部屋の壁にかけてある時計の針は8時20分。現在もカチカチと元気に針を進めている。
ってあれ?8時20分……?!えぇぇええうぇ!
急いで目覚ましを確認すると、針は悪気なさそうにきちんと8時ぴったりに設定されている。
「1時間間違えたっ?!」
やべぇ!遅刻じゃねぇ?!暗闇で設定したのが間違いだったかっ!
いやむしろ暗闇だからこそ出来ることがあったはずだ!
って俺は何を言ってるんだ?!何なんだ?!チョコボールなのか?!
「ってはぐうぇっ!」
ターンしたその瞬間に足に激痛が走る。
とにかく早く行かなくてはと急激に足を動かしたため逆に足がつってしまう始末に。
だが今の俺に後悔している暇などない。俺はもつれる足にムチ打って急いで階段を駆け降りる。
あ、なんかいつかの俺とデジャヴュする。
「浩二、ごはんは……」
「いらない!学校って家出てからどっちだっけ?」 「左だけど……あんた大丈夫?」
やべぇ!完璧右だと確信していた俺は本当に学校に辿り着けるのか?!
駆け足で玄関を飛び出して左へ曲がると、そこには記憶にない地形が広がっていた。
っていうかなぜだ?!なぜ俺ん家の前の通りは毎回地形が変わるんだ!あれか、世界〇の迷宮なのか?!
「うをおおぉぉあ!」
道がわからないのでとりあえず人に聞くことにした。
――――
やっとのことで学校に着くと、既に入学式は俺抜きで無事終了していた。
なんかすごいやり切った感があるけど、当然ここで引き返すにはいかない。
幸いまだ校庭に残っていたクラス表の中に自分の名前を見つけると、俺はさっさと早歩きで教室へと向かった。
段々と階段を上がるにつれて、緊張で心臓が張り裂けそうになる。だって初日遅刻だよ?きっとみんなの前で自己紹介することにされるんだ。
そうやって俺は皆から笑われて、遅刻というあだ名をつけられて、さらにきっと文化祭の劇ではカオナシとかムスカの役にされるんだ……い゛やぁぁあ!
こうなったらもう想像は悪い方向にしか行かなくり、額からは抑え切れなくなった冷汗がタラタラと流れ落ちてくる。
そんな悪魔の囁きと戦闘している内に階段を3階まで登りつめ、とうとう目の前には自分の教室が現れた。
なぜだ!今の俺にはもはやプラスチックの扉も鉄格子に、1ーBの文字も地獄の標識にしか見えない!
生唾をごくりと飲み込むと、俺はやっとのことで勇気を振り絞って扉の前までやってきた。
「入っていいんだよな……」
頭ではわかってるけど、手が動かないんだよ!
わかるでしょ?この純情さが。
へたれだと?
わかったよ!入ってやるよ!見てろよ!
あ、待て。歯が痛いから少し休む。
そんなこんなで結局入れないでいる俺。もうへたれでもカオナシでも何とでも呼べや。
意を決して床に座り込んでいると、不意に階段からふらっと少女が現れた。
「お前。こんな所で何してるのよ」
「ほ、ほら!ちょっと最近流行りの長座体前屈を……なんて……ははは……」
少女は小柄で華奢な体型だったが、長くて艶やかな黒髪と人形のように整った顔立ちからは大人っぽさが感じられ、ぱっちりと開かれた漆黒の瞳はピタリと俺の目に焦点を合わせたまま逃がさない。
そう、紛れも無い、まさに美少女だった。
俺はあまりの美しさに、どのくらい自分が見とれていたのかすらわからなくなった。
もしかしたら一瞬だったかもしれない。
「あ、そ。じゃどうぞごゆっくり」
「え?あ……」
少女は少し怪訝そうに顔をしかめたが、それでもすぐに興味なさ気に顔を背けて教室へと入って行った。
俺があんなにも踏み出せなかった一歩を、何の躊躇もなく。
ていうか……
突然来たから咄嗟に体操してることにしちまった。
だって入るのが恐いから逆に入らない勇気を選択したんだ!
なんて堂々と言えたもんじゃないだろ。
しかし可愛かったな……
今思い出しただけでも思わず顔が赤くなってしまう。
多分、アホか変態だと思われたけど。
それでももう一度見たくて、それほどに少女が美しくて。俺は恐る恐る扉を開いたのだった。