思い出の家
夕食はスーパーで買った惣菜が多いです。
温め直すのも面倒でいつも冷えたまま食べてしまいます。
彼女に引っ張られる。
「こっち」
廊下のさらに奥にいくと階段があった。
古そうな家だったから階段に足をかけた時に音がなりそうなものだったが不思議とそんな音はせずコトネに引っ張られて二階へと連れて行かれる。
「わ、わかりましたから引っ張らないで!」
階段を登り切りすぐに入った部屋が客間のようだ。
ベッドに机、そしてクローゼットがあり窓はカーテンで閉じられているので部屋は少し暗い。
「待って」
部屋に入ると手を離されて前に倒れそうになるのを堪える。
そして今さっきまで握っていた手を見つめて頬を少し赤くした。
これでは中学生の思春期真っ盛りの男子みたいだ。
恥ずかしさを紛らわすために頭をかく。
シャーーーーーー.…
そんなことをしている間にコトネは窓のカーテンを開けて部屋の中に光が入ってきた。
すると暗くて見えなかったが部屋の壁にはいくつかの絵や写真が飾られている。
花、鳥、中には幼い少女をモチーフにした絵もある。
「写真…これは君と」
「うん、今まで迷ってきた人」
お婆さん、少女、夫婦に小さい男の子、大学生くらいの女性、人種や年齢はバラバラで中には犬や猫の写真もある。
「サツキ、料理と洗濯の仕方教えてくれた。立花、外での遊び、ジョンとミリーは新婚旅行、邪魔しちゃったっていったら自分たちだけの素敵な旅行ができたって喜んでた…それからーー」
ああ、気づいた。
これは思い出だ、コトネとここに迷い込んだ人達との。
それがとても楽しいものだというのは見ればわかる。
だってみんな笑っている、悲しそうなものは一つだってない。
そして、ーーー
「みんな無事に外に出たの、だから大丈夫」
歩夢もちゃんと外に出れるから、そう言いたいコトネはとても優しい女の子だ。
もしかして不安になっていると思ったのだろうか?
確かに歩夢は困ったような表情しか見せていない気がする。
だから、
「楽しみだ」
「?」
コトネはその言葉の意味がわからなかったらしい。
下から覗き込むように歩夢の表情を窺う。
だから伝えよう不安などない、これからの30日は楽しいことでいっぱいのはずだ。
「今日から君と…コトネと過ごすのはきっと楽しいことになりそうだ」
伊達に今まで不幸続きじゃない、きっとただ棒を倒しただけでも笑って見せる。
だから楽しみだと、そう伝えた。
それを聞いたコトネはどんな表情だろう。
言ってから恥ずかしいことを言ったと自分の顔が赤くなっていないだろうか?
チラリとコトネを見た。
「あ、あわ、あわ??!」
まるで真っ赤な林檎みたいだ。
自分の恥ずかしさは他人の恥ずかしがっている顔を見ると落ち着くというのは初めて知った。
「だ、大丈夫?」
「あわ?!ご、ご、ご、ご飯の準備す、る」
そういうとコトネはまるで猫が逃げるように部屋から飛び出していった。
「失敗した…」
どうだ、これが今まで不幸だった男の本領発揮だ。
それから窓から差し込む光が紅に近づくまで歩夢は部屋のベッドでゴロゴロしながら恥ずかしいセイフに後悔するのであった。
階段の一段目、慌てて部屋から逃げ出したコトネはそこに腰掛けて小さく呟いた。
「良い人」
目を閉じて太ももに赤くなった顔を冷ますために押し付ける。
「良い人」
同じ言葉を繰り返したコトネ、その表情は写真に負けない笑みをうかべていた。
夕日が水平線に沈もうとしているのを確認して歩夢は一階に降りることにした。
「時間は…」
腕時計はこの家に訪問した3時42分で止まったままだ。
最初は壊れたのかと思ったが携帯を開いてそこに表示された時間も同じく3時42分で止まっていることで気づいた。
「外の時間は止まったままなのか」
ここは歩夢が生きた場所とは違う空間、ここでは時間は停止したままなのかもしれない。
「と、なるとあの夕日も本物じゃないかもな」
立ち上がって見た夕日は外とあまり変わりない。
ネクタイと手帳、ペン、腕時計などを鞄にしまうと一階に向かう。
すると鼻に料理のいい香りがしてきた。
「これは、肉じゃが?」
懐かしい、最近はスーパーの惣菜とかだったので温かい食事も肉じゃがも口に入れるのは本当に久しぶりのことだ。
「コトネはどこに…」
匂いは外から流れてくる気がする。
机と赤いソファーが置かれた部屋を通り過ぎて開いている窓から外へと出る。
するとそこには木材で作られたそこそこ広いウッドデッキがあり4人がけの長足のテーブルと椅子が設置してあった。
「おお、美味しそう」
テーブルにはやはり肉じゃがとご飯、おひたしが2人前並べてある。
「食べる?」
「おおっ?!」
いきなり後ろから聞こえてきた声に驚いてしまった。
後ろを見ればコトネが他にもお盆に乗せて運んできたみたいだ。
先ほどの真っ赤な顔は通常の色に戻り、持ってきたお盆のカップをテーブルに置いている。
「座って」
「ああ、ありがとう」
歩夢が席に着くとコトネも向かいの席に座った。
「いただきます」
「いただきます」
箸を取り食事を始める。
一瞬、コトネの家と容姿を見て外国の出身かと思ったが箸を綺麗に使う姿を見て少し驚いた。
「コトネは日本生まれなのか?」
「違う」
それにしては夕飯のメニューも所作も日本人っぽい。
「サツキが教えてくれた」
「確か…料理とか掃除を教えてくれた」
あの写真に写っていたお婆さんだろうか?
「最初あった時、ご飯も掃除も何もできなかった。コトネが毎日パンを食べてたと言ったらさつきは『じゃあ、まずはご飯の炊き方から』って色々教えてくれた」
サツキとご飯を炊いた。
その上に卵をかけた。
そして醤油をかけて混ぜた。
コトネの初めての料理、他の人が聞けばそれは料理じゃないと言われるかもしれない。
しかし、楽しそうに話すコトネを見ていると目に浮かぶのだ。
写真に写るサツキと呼ばれているお婆さんが不器用に米を洗うコトネの手を取り一緒になって台所に立つ姿を。
そして思ってしまった、2人で作ったただの卵ご飯。
それはどんなに美味しかったのだろうか。
料理は愛情、それはよく聞く言葉だ。
だがそれを実際に感じることができたのはいつだったろうか?
両親の記憶は曖昧だ。
2人が亡くなってからもゴタゴタしてて思い出を振り返る暇もなかった。
だからなのか、つい口に出てしまった。
「食べて見たかったな、その卵ご飯」
卵を割る時によく破片が入るのはやっぱり不器用だからですかね。
週一で投稿します。
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