時間が止まった家
違う空間を異世界と呼ぶのか悩みましたが他の人はどう考えますか?
「食べて」
「ど、どうもありがとうございます」
玄関から入って真っ直ぐ廊下を歩いた先にある広い空間、そう感じたのはやはり庭の方の壁がほとんどないせいだろう。
外の光がいっぱいに入り込むその空間には白い西洋風のテーブルを中心に向かい合うように赤い柄のソファーがある。
そこで席につくことを勧められた歩夢はその後用意されたお菓子とお茶を恐縮しながら礼を言った。
「ご馳走様でした、それで…えっと何から言えばいいのか、そうだ!何か最近必要なものなどなかったでしょうか?」
「必要なもの?」
可愛げに首を傾げるコトネと名乗った少女は不思議そうに歩夢を見つめた。
やはり綺麗だ。
青い瞳ばかり見てしまうが顔も非常に整っている、しかしあまり見すぎてしまうと可笑しな男と思われてしまうかもしれない。
「すぐに思いつかないようでしたら夏用のカタログもありますのでこちらをご覧ください」
見ていたことを誤魔化すように営業鞄からカタログを出してコトネの前に広げる。
しかしコトネはおもむろにソファーから立ち上がると歩夢が座る隣へと回り腰を下ろした。
「へっ……あ、ああそちらからじゃ、よく見えなかったですね?」
ドックン…
心臓が跳ねた。
そう錯覚するほど高鳴る胸の音にカタログの説明をすることによって思考を切り替える。
「こちらはいかがでしょうか?かき氷を作る機械でボタン1つで細かい口当たりの良いかき氷を作ることが……」
「かき氷?」
あれ?反応が少しおかしい。
商品に興味がなければもっと退屈そうな雰囲気をされるものだがこのコトネという少女の反応はまるでかき氷を知らないような印象を受ける。
「食べもの?」
「もしかしてかき氷は食べたことがないですか?」
コクリッ
頭を縦に振る、その時に髪を結んでいるリボンの鈴がリィンと涼やかな音を鳴らす。
「でしたら車に体験用の機械があるので取ってきます、少しお待ちください」
立ち上がって車に一度戻るために玄関のほうに向かう。
「多分無理」
何が無理なのか、微かに聞こえた言葉を不思議に思いながら靴を履いて玄関の扉を開けた。
そして門のほうに向かい歩いた自分はおかしな事にいつの間にかまた玄関の方を向いていた。
「へっ?」
おかしい、疲れているのか…
再度、車に向かうために門のほうに向かうがなぜかその途中で玄関の方を向いている。
「何が、どうなって…」
「ここは隔離された空間」
振り返れば開いた玄関からコトネがやってきた。
そして歩夢が戻ってしまう辺りで腕を突き出す。
「ねっ?」
リィン…
首を傾げたコトネと鈴の音が響く。
「なっ………??」
そして歩夢はその光景に呆気にとられた。
何もない場所に突き出された少女の腕、か細く華奢なその腕はまるで水面に浸すように空間の中に消えそのすぐ手前から幽霊のように何もない場所から消えた腕が生えてきた。
「えっ……?」
思考停止してしまった歩夢の前でコトネは腕を抜く、すると何もない場所から生えていた腕も引っ込んだ。
「わかった?」
「は……い、よく分かりまし、た?」
再び2人は先ほどいた場所に戻っていた。
歩夢は何が起こったのかぐるぐる考えながら正面に座った少女に問いかける。
「えー.……多分、自分の考えが及ばない力が働いているというのは理解したのですが、あなたは一体……」
「コトネ」
「えっ?」
「この家に住んでる、家は魔女が作った空間で外の人がたまに迷い込む」
魔女。
聞き慣れない単語、ゲームや小説あとはハロウィンなどで仮装している人がいるぐらいじゃないだろうか?
「あなたは魔女?」
「違う、コトネ」
彼女は魔女ではないらしい。
なら外に出る方法はあるのだろうか?
「外に出るには…」
「1ヶ月」
歩夢は何が1ヶ月なのかを考えてみる。
だが答えが出る前にコトネが答えた。
「迷った人が外に出れるのは1ヶ月経たないと無理」
「……その間は」
「ここに住むといい」
まだ急な事態でいろいろ飲み込めていない歩夢だがこれには反応した。
「すむ?えっ、ここにですか?」
「そう」
「他にご家族は?」
「いない」
「えっと私も男でして、その、若い女の子と一緒に暮らすというのは……」
反射的にダメだろうと考えてしまう。
しかしコトネは気にした風もなく席から立ち上がると先程カタログを覗きにきたのと同じように隣へと移動した。
しかもさっきとは違いカタログを見る目は真っ直ぐに歩夢に向けられている。
「大丈夫、外に出る時は入る時と同じ時間。1ヶ月経つのはこの空間の中だけ」
ああ、その心配もあるのか。
仕事や生活のことなどより、目の前のコトネと同じ屋根の下で暮らすことについてしか考えが及ばなかった自分に赤面するほど恥ずかしさを感じてしまう。
「顔赤い」
「えっ、その、あのですね」
さらにコトネは顔を近づける。
最初にあった時に綺麗だと思った青色の瞳が間近に迫ってくる。
白旗をあげるのにそう時間はかからなかった。
「よろしくお願いします…」
「客間の準備する」
とととっ…
遠ざかっていく軽い足取りに何やったんだ自分はと頭を抱える歩夢、少ししていつもの癖で手帳に訪問した住所を横線で消そうと開く。
「ハハハッ…狐に化かされたのか」
そこにはくる前にはあった住所の部分がただの真っ白の余白となっているのをただ力なく笑いながら見つめた。
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