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高城幹也の憂鬱(前編)

召喚勇者女組の“高城美咲”の弟視点の、高城家の家族紹介のようなお話です。

 高城幹也は約半年前に姉を失った。

 家長である父と、母と、姉、長男である自分の四人家族だった。それが三人に減ったのだ。半身を失った・・・とまでは言わなくとも、自身の腕の一本を失う程度には衝撃的な事件だった。


 家族間の仲は決して良好だったわけではない。

 父は駄目な仕事人間で、家庭内で嫌な事があると、要は母と何らかの諍い――軽い喧嘩などでもそうだが――を起こすと、仕事に逃げる。そんなに仕事が好きな訳でも、出来る訳でもないのに、事あるごとに『仕事だからと』家族から家庭の嫌な事から、ほとぼりが冷めるまで距離を取るような男だった。

 家族サービスが嫌だから、土日にサービス出勤するタイプだ。

 子供が嫌いと言う訳ではなかったが、それ以上に母の小言に耐えられない人間だった。

 冷徹な人間だとは思わなかったが、


「・・・なさけねー親父」


 と陰口を零す程度には、父の態度に腹を立てていた。


 母は、兎角細かいことがきっちりしていないと癇癪を起す。

 リーダーシップがあると言えば聞こえはいいが、勝手に家族のルールを敷いて、それから逸れるとヒステリーを起こし喚き散らかすという、どちらかで言えばトラブルメーカーだった。自分ですら守れないルールを設定し、家族が守れないと切れる。母も守れていない事を指摘すると「お前らが非協力的だから守れなかった。守れるように協力しろ」と切れる。


 家族で出かけるときなどは、顕著だった。


 自分で朝9時に出発すると告知しておいて、母以外は8時50分には準備を完了しているが、母はまだ化粧もしていない。遅れを指摘すれば、皿洗いや洗濯などの家事を手伝わなかったお前らが悪いとヒステリーを起こす。

 そして出発はいつも9時半を回るのだ。

 これがほとほと嫌だった。

 少し言葉が悪かったが、それでも『ちょっとヒス気味の母親』と言うカテゴリーの中に入る程度のものだ。

 要するにアメとムチの使い方が下手と言う所だろう。アメの使い所が全く分からず、ムチでしばけば相手が行動すると思っているので、むやみやたらに振り回す。しかしムチの使い方も下手で、碌に当たりもしないし、運悪く当っても効かない・・・当事者ですら理不尽にヒステリーを起こしているようにしか見えない。

 そして家族からは慣れと諦めから、無視されるようになってしまったせいで、一人で空回りしてしまうタイプだった。


 姉は父の逃げる背中と、その背中に罵詈をぶつける母を見て、自分に火の粉がかからないように、姿を消すようになった。

 運動は元々好きだったようで、ふらりと消えて一日中走り回って暗くなるころに帰って来たり、そもそも人の気配を感じさせないように部屋に引きこもっているかのどちらかだった。

 猫のような性格で、友達と仲良く遊んでいる所を見たことが無く、一人で居ることが多かった。それは悪い友達とつるむようなこともなかったので、完全に悪いとは言い切れない事だが。

 大人しく目立たなく、意識されないようにぽつんと居るような・・・希薄な存在だった。

 今思い返しても、姉弟の仲は悪くは無かったと言える。暇なときは遊んでくれたし、姉が興味なさそうな話題でも付き合ってくれていた。

 割と弟の面倒は見てくれていた方だろう。


 そして自分は、運動神経は決して悪くはないと自負しているが、如何せん身体が小さい。まだ小学生六年生とは言え、身長が伸び悩んでいる、父も母も姉も小柄で、将来的に160センチを超えられるかどうかと、微妙に絶望感を味わっていた。

 父に相談したところ「中学高校で伸びるから大丈夫だ」と根拠もなく、太鼓判を押された。中学高校と伸びてその上背しかないの父親の姿を見て、自身の伸び代の残りを気にしているのに、それを分かってはくれなかった。

 そのせいか、部活動もあまり熱心に打ち込めないでいた。


 今のスポーツ界は結局のところ、長身の人間が活躍する。

 バスケットやバレー、普通に陸上競技にしたって、コンパスの長さの違いが、そもそものポテンシャルを差別化してしまっている。

 スポーツに励んでもプロ選手には程遠く、学生大会ですら参加が出来るかどうかが自分の限界だと、自身で未来に見切りをつけてしまい、早くも本気で部活動に励む気力を失っていたのだ。

 もし仮に全力で励んでも、大人に成ったら全然関係の無い職業に就いて「若い頃はスポーツに打ち込んだ。今ではいい思い出だ」と、父親のように酒の席で思い出話で零す存在になるのだと思えてならない。

 だから全力で打ち込めず、部屋に引きこもって、ロボットモノのアニメや漫画を趣味にしてしまっていた。


「ジョッキーとパイロットは小さいに限る」


 とある作品のその台詞に、救われた気持ちになった。

 背が小さくとも、そう言う選択肢があるのだと知ることが出来たからだ。


「・・・パイロットか」


 幹也の住んでいる日本は、日本国軍・・・・を保有している。

 背の低さ、体の小ささは、兵器の操縦席に潜り込むにはアドバンテージになる筈だった。もっとも機動兵器のパイロットなどはエリート中のエリートなわけで、そこに至る方法を知らないので、憧れだけで終わりそうだったが。

 だがそれは、自身の努力不足。

 今はそれ以外の理由で、諦めの顔を浮かべる。


「憧れはしたんだよなあ・・・」


 だがその夢も、姉が居なくなってから儚く消えてしまった。現実的ではないと止めを刺されたとも言うか。


 父親は、仕事に逃げることが減った。

 時間があればパソコンなどをいじくりまわして、何らかの情報を探しているようだった。

 普通に考えれば、姉が居なくなったことは、仮想敵国の諜報員に拉致されたか、悪い遊びに目覚めて裏社会に行ってしまったかだ。二十歳程度の年齢なら駆け落ちの線もあったが、そもそも女っぽさっすら微塵程度にしか持ち合わせていない姉に、恋人なんぞ出来る筈もなく、男の影すらない状況でその可能性は低いだろう。


「たぶん親父は目撃情報を探してるんだよな」


 今のご時世で、全く目撃されないと言う可能性は低い。

 生きている限り、日本で生活している限り、何かしらの痕跡が残るはずだからだ。

 それを目を皿のようにして、仕事以外の時間を費やし探している。


 母親は口数がめっきり減った。

 それに比例するかのようにヒステリーを起こす機会も回数も激減していた。

 性格が丸くなったと言うよりは、欠けたか割れてしまった。そんなショックを受ける程度には、娘を失ったダメージと言うものが大きかったのだろう。それともまだ町を走り回っているせいで昼間は居ないだけ、部屋に閉じこもっているから家出も出くわさないだけと、居なくなったことを信じないようにしているのかもしれない。


 現に母は、食事を四人前用意することが多かった。


 そして一食残ってしまった食事を、帰りが遅い姉に怒りをぶつけながら、せっかく作った食事を食べてくれない事で泣きながら、捨てられなくて食べていたのを知っている。一時期はそのせいですごく太ってしまい、精神カウンセラーを必要としたくらいだった。


 そして両親は軍人に対してあまりいい印象を持っていない。

 なにも命のやり取りをする職業に就かなくてもと、無邪気に小さい頃に聞いた時の回答が今でも心に突き刺さっている。

 人を殺すとか、誰かを護る為に死ぬとか、そこまで考えたことはない。ただ子供心に力の象徴である兵器に憧れを持ち、それを自由に扱える自分になってみたいと思っただけだ。死ぬとか殺すとか、そう言う概念すら頭の片隅にはなかった。

 だが、両親はどんな詭弁を添えても兵器は人殺しの機械であり、暴力を忌避していた。息子には暴力に触れて欲しくないと思っているようだった。

 そして姉が居なくなった現状では、更に息子を失いかねないと言う喪失感の予兆に拒絶反応を起こし、軍人にさせたくないだろうと容易に想像できた。


 牢獄の様だった。

 石積みと鉄の檻でできたような堅牢さは無いが、真綿が絡みつくような絶対に逃げ出せない牢獄に捕らわれているような気分になる。やれることはなく、やりたいことも出来ず、ただ社会の部品になる為の自分の未来なら嫌悪するしかない。


 幹也は目を覚ました。

 ぼんやりとした頭のまま時計を見て、午前八時を少し回った辺りであることを確認し、少し寝過ごしたかなと思いながらカーテンを開ける。

 空はどんよりと鈍色に沈み、雨は降っているのか分からない程度であったが、路面はしっかりと黒く濡れていた。

 今の季節が梅雨であることを鑑みれば、別段おかしい光景ではないが。


「・・・折角の日曜が・・・、今日は何しようかな」


 おかしくない光景だからといって、諸手を挙げて歓迎できるはずもない。

 このところずっと晴れない沈んだ気分をそのままに反映するかのような天気に、余計憂鬱な気分は強くなる。

 溜息も、重く長い物が溢れた。

 寝癖頭を掻きながら、台所へ向かう。

 高城家では土曜日も日曜日もきっちりと朝食を摂る習慣――主に父が仕事に逃げていた時の名残なのだが――があり、朝食を摂るには少しだけ遅い時間だ。あと三十分もすれば、母親にヒステリー気味の声で叩き起こされることになる・・・少なくとも半年前はそうだった。


「おはよー」

「あら、おはよう。今日はゆっくりね?」

「・・・とくに出かける用事はないからね」

「そう? じゃ家でゆっくりしていなさい。・・・出来れば勉強なんかもやってくれると、母さんは嬉しけど」


 台所では既に流しで、三人分・・・の食器を洗っている母が居た。

 父は定位置で、パソコンをいじくりながら、コーヒーを啜っている。


「あれ? 母さん。オレの飯は?」

「え? そこに用意して有るでしょう?」


 テーブルの隅に一人前の朝食が鎮座していた。

 既に冷めてしまったベーコンエッグと付け合わせのレタスとトマト。パンにするかご飯にするかの選択肢はあったが、みそ汁はすでに配膳されていた。


――みそ汁があるならご飯か? でも気分的にはパンが食いたい。


「足りない? ちりめんと納豆なら冷蔵庫にあるわよ」


――ぬう。どうやら世界はオレにコメを食わせたいようだ。だが!


「いや、パンにするから」


 また母が、無意識に四人前用意して、二人前食ったなと幹也は解釈しパンをトースターに突っ込んだ。

 今朝のトーストにはどんなジャムを塗ろうかと、考えながら焼けるのを待っていると、来客を告げる家のチャイムが鳴った。


「おとーさーん。でてきてー」

「・・・ん・・・ああ、分かった」


 洗い物で手が離せない母が、父を向かわせるが、直ぐに驚愕の声を上げた。


「か、かかかか、かーあさんっ!! ちょ、ちょっとぉ!」


 慌てふためく父の声に、母も応じて洗い物を切り上げ玄関へ、その後姿に興味を惹かれた幹也も着いて行った。

 玄関には軍服・・・内勤時に着る征服を折り目正しく着こなした女性が、姿勢よく立っていた。外には同僚だろうか、男性の軍人も控えていた。


「では、改めまして。日本国陸軍第一師団第一後方支援連隊総務部付少尉、伊藤成茄であります」


 年のころは二十歳過ぎ。少々きつめの印象の有る美人だ。髪を束ね、化粧も派手ではない・・・ように見える。スタイルは制服が体のラインを隠しているので、良くは分からないが、きびきびとした動きはそれなりの筋肉が無ければできない芸当だ。

 軍とは関係の薄い一般人を、威圧し過ぎず、舐められず、派手過ぎず、健全に見られるように心配りをした外見だった。

 まだ少年過ぎる幹也には、女性が化粧で化けられる存在だと言うことを知らないし、自分と一回り以上も年上の女性は「おばさん」のカテゴリーに入ってしまうため、ときめくなんてことは無いのだ。


「ああ、あはい。これはご丁寧に・・・どうも、あ・・・えっと、高城大樹です。はい。製造部三課の課長をやっておりますです。はい」


 だが、どうにも父のストライクゾーン内に入っており、少し照れながらどもる姿は、同じ男として非常に情けない気持ちになった。


「本日は八日前に帰宅したご息女、美咲さんの事でお話に伺ったのですが」

「・・・それだ! かーさん! なにか」

「あらやだ、おとーさん。ちゃんと美咲が帰って来たと言ったじゃないですか。今朝だってしっかりと朝ごはんも食べていたし」


 え? 聞いていない。

 そして、見ても居ない。


 父も母のカウンセリングのかいなく一段階悪化したと思っていただけの話だ。

 娘が居なくなって、心が壊れかけた母が、ある日行き成り「娘が帰って来た」と言えば、心が完全に壊れてしまったと思うだろう。


「み、幹也! 見てこい!」


 何をと何所をと言う言葉を欠いた命令だったが、幹也はそれを正確に把握し、力強く頷くと駆け出した。

 家の中を自分の部屋へ逆戻り、そしてもう一つ奥の部屋。姉の部屋。半年間、人の気配が一切ない無人のはずの部屋。

 ドアノブを掴むと躊躇うことなく開け、突入する。

 相変わらず殺風景な部屋だった。女の子らしい家具やらは、主に金銭的理由で導入されておらず、ホームセンターで買えるような家具ばかり。僅かな小物が、部屋の主の趣味を語っていたが、女の子らしい部屋には程遠かった。

 可愛い物好きの友人の方が、よっぽど女の子の部屋らしいとさえ思えてしまう。


 部屋には相変わらず、人の使った形跡はない。

 母が豆に掃除と空気の入れ替えをしているので、埃っぽさもないが、人の気配もない。

 やはり、母が一層狂っただけだと結論付けて、溜息を漏らす。

 僅かな期待があった。だがそれも砂でできているように、指の隙間から零れて落ちた。そんな喪失感にも似た、暗澹たる気持ちになる。


「・・・・・・幹也。・・・姉の、部屋に・・・息せき切って、駆け込むのは・・・どうかと、思う」


 背後から、心配そうな“姉”の声が聞こえた。


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」


 驚きと、それに付随する恐怖に駆られ、高城幹也は人生最大の悲鳴を上げた。


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