1.侍、中学生になる。
この作品はあまり更新することがないと思いますが、続きは書きます。
「On your mark」
その言葉と同時に観客席は静まり返る。そしてそれは選手たちの緊張が観る人全員に伝わる瞬間でもある。
「Set」
選手たちは一斉に腰をあげる。その様子に観客は固唾を飲んで見守る。
パンッ!!!
その号砲と共に、選手たちはスタートする。
(僕は今、オリンピックの会場にいるんだ!)
現在20XX年、ここフランスではパリ五輪が開催されていた。
そして颯斗は自分の父が出場する400mHの決勝を見に、家族で会場まで来ていた。
「おとうさーん!がんばれー!」
颯斗の妹の渚が必死に自分の父を応援している。颯斗も負けじと声を張る。
「がんばれー!お父さーん!」
「親父ー!ファイトー!」
颯斗の一つ上の姉、麗菜も応援している。
『日本の新田が速い!ここまでですでにトップに躍り出ている!これはメダル争いに入ってくるぞ!』
母の見ている中継の実況も颯斗の父を絶賛していた。
『日本の新田!ラスト100!ラスト100だー!』
実況も大いに盛り上がる。
そして颯斗の父は歴代初のオリンピックの陸上短距離種目で金メダルを獲得した。
『日本の新田が金メダル!金メダルです!ここまでの長い苦しみを乗り越え、今日!日本の新田がこの400mHで金メダルを取りました!』
そんな実況の声が聞こえる中、颯斗は父の後ろ姿をじっくりと目に焼き付けていた。
日の丸の旗を掲げる、自分の父の姿を…
***
あれからもう6年が経とうとしていた。現在、颯斗は中学1年生、渚が小学4年生、麗菜は中学2年生になろうとしていた。
「颯斗〜、起きなさ〜い」
颯斗の母、沙織は寝ている颯斗を起こそうと声をかける。
「はーい、もう起きてるよー!」
そのとき颯斗はもう起きて、制服に着替えていた。
「今日から僕も中学生だ。姉ちゃんに恥じぬようしっかりしないと!」
颯斗は拳を握りしめ、部屋を飛び出す。階段を二段飛ばしで駆け降りて、リビングに入る。
「そんなに慌てると怪我するわよ」
「そうだぞ、颯斗。お前の足には日本の未来がかかっているんだからな」
「大丈夫だよ、もう中学生になるんだから」
颯斗の父、久信は現在ではもう引退し、陸協の副会長を務めるなど引退後のキャリアを充実させていた。
「あっそうだ!今日入学式じゃない!!」
「お?そうだったのか?颯斗」
二人はあろうかとか完全に今日が颯斗の入学式だということを忘れていたのだ。
「えぇ!二人とも忘れていたの!?」
今日は4月7日で大抵の中学校は入学式である。ましてや今の颯斗の格好は制服であるため、忘れようもないのだが…
「どうりでおかしいと思ったのよ。制服なんか来て降りてくるし、昨日なんかは明日の朝は早いからとかなんとか言っているから走りにでも行くのかと思ってたわ」
「母さん………」
「あなたも何をしてるの!早く準備をしなくちゃ!」
「そ、そうだな。俺も今日は仕事休まないと」
なんだか朝から慌ただしかった。颯斗は呆れつつ、朝食を食べ始める。すると誰かがリビングの戸を開ける。
「何〜?朝から騒いで〜」
颯斗の姉、麗菜である。6年前よりも髪が伸び、少し大人っぽくなっていたが、残念ながら胸はなかった。
「あっ、姉ちゃんおはよう。今日僕の入学式なんだけど父さんたち二人とも忘れてたんだ」
「えっ、今日って入学式………」
何やら麗菜の顔がどんどん青ざめていく。
「………ヤバイ!朝練遅刻だ!」
そう言うと、大慌てで支度をし始めた。
(はあ、朝から忙しいなぁ………家は)
颯斗は呆れつつも朝食を食べ終え、ついでに麗菜の朝食と渚の朝食も作ってあげた。
(ま、朝食って言ってもトーストとスクランブルエッグに昨日のサラダを出しただけだけどね)
「ごめん颯斗、渚ちゃん起こして〜」
沙織は洗面所で化粧をしていた。ちなみに久信はトイレにこもったきりである。
颯斗は二階の妹の部屋に行こうとする。
「ヤバイ!私まだ朝食食べてないじゃん!」
麗菜は階段を五段飛ばしで駆け降りてくる。
(これ見ると僕の方がまだ安全だよね)
「姉ちゃん!朝食ならテーブルの上に用意してあるからね」
「さすが私の弟!できるわ!」
麗菜はその勢いのままリビングへと向かう。
(ホント忙しいなぁ)
颯斗はため息をつきつつも少し微笑む。
それから颯斗は二階に行き渚の部屋に入る。
「渚〜、朝だよ〜」
颯斗はベットに近づいて声をかける、しかし渚は起きそうもない。
「仕方ないなぁ」
颯斗は渚の布団を引っ剥がす。
「んんー、お兄ちゃん寒い」
四月上旬と言ってもまだ気温は高くないので、若干肌寒かった。
「朝だから起きないと。それに今日は僕の入学式だから起きないと置いてかれるよ」
颯斗は少し脅してみる。
「ううー、わかった。でも抱っこ」
「ええ!?」
渚は両手を伸ばして、起き上がる。その目はうるうると輝いていた。
「ね?いいでしょう?」
「はぁ、仕方ないなぁ。よいしょっと」
颯斗は渚を抱えて階段まで行き階段を降りたところで渚を降ろす。
「ここからはちゃんと歩きなさい」
「はあい」
リビングに入ろうとすると勢いよく扉が開いた。
「あら渚おはよう、でも私もう行くね!じゃあ行ってきます!」
麗菜は勢いよく飛び出すとそのまま学校へと走っていった。
「まぁ、姉ちゃんは置いておいて、渚も朝食を食べよう」
「さすが私のお兄ちゃん!もう私の分を用意してるなんて!」
(なんかさっきも同じようなセリフを聞いたような)
しかし渚は小学4年生とは思えない揺れ方をしていた。
(さっきも当たってたんだよなぁ)
颯斗は頭振って、自分も学校へ行く準備をする。
それから沙織達も準備を終えた。
「颯斗〜待たせてごめんね。もうギリギリだよね早く行こうか」
現在時刻8時30分、入学式が10時で受付完了が9時20分なので結構厳しい時間だった。
「もうお父さんがいつまでもトイレに籠っているからだよ!」
「すまん!こういう時に限ってお腹を壊すんだよ」
「あなた、そんなことより早く行って!」
道中、車の中も賑やかだった。
そして現在時刻9時18分、本当にギリギリで間に合った。
「ふぅ、なんとか間に合ったわね」
「ほんとよ、お父さんのトイレのせいでお兄ちゃんの大事な入学式が台無しになるところだったわ」
「いや、ホントごめんよ」
まだその話で盛り上がっていた。そんなことはさておき、颯斗は駆け足で教室に向かう。
「あら、あなたが新田君ね」
教室に入ると、綺麗な女性が立っていた。
「まぁギリギリセーフですね。新田君はそこの席ですよ。早く座りなさい」
当然先生なので遅刻ギリギリの颯斗に注意する。
席に向かうと隣はこれまた美少女さんだった。颯斗は内心ついてるなとか思い、心の中でガッツポーズをする。
「よろしくね」
「えっ、あ、よろしく」
またその笑顔は最高に可愛いかった。
「さて、ようやく全員来たので私の自己紹介から始めたいと思います。みなさん初めまして、今日からこの1年D組の担任を務めます、山田 篤子です。よろしくお願いします」
山田先生は自己紹介の後、今日の日程を伝え、体育館へ行くために整列を促す。
「よぉ!颯斗。同じクラスだなんてな、これから頑張ろうぜ!」
整列すると颯斗は後ろのやつに声をかけられた。
「あっ!祐介!」
「そこ!静かにしなさい!」
颯斗は山田先生に怒られた。
しかし、颯斗は気づかなかったが、同じクラスには幼稚園から同じの永井 祐介がいた。
颯斗はここ、私立名京学園は愛知県で一番名門の学校なので祐介も同じ学校に行っているとは知らなかったのだ。
それから入学式が始まった。
そして入学式も終わりクラスでHRがあった。内容は明日の連絡事項と教材の受け渡しなどだった。
HRが終わり颯斗は陸上部の見学にでも行こうと思い、立ち上がる。
「颯斗、帰るのか?」
祐介が声をかける。
「いや、今から陸上部を見に行こうと思って」
「ああ、お前ずっと入りたがってたもんな」
颯斗はずっと前からこの学園の陸上部に入ろうと思っていた。久信の母校であり、今は麗菜が副キャプテンとして入っていた。
「うん、祐介はサッカー?」
「まぁそうだな。でもここ強いからレギュラー入れるかなぁ」
「いや、祐介なら大丈夫だよ!」
「そうか、ありがとう。じゃあ俺先に帰るわ」
「うん!じゃあまた明日」
颯斗は祐介と別れるとグラウンドまで行く。そこにはタータンのトラックが6レーン分あり、陸上部の先輩達が練習をしていた。
「あれ?颯斗君だぁ!」
そう言って颯斗に近寄ってきたのは麗菜の同級生で仲のいい浅見 香織だった。香織は髪をポニーテールにし、すらっと長い身長はモデルのようだった。
「あっ、こんにちわ」
「久しぶりだね、そっか今日は入学式だもんね」
香織は颯斗の手を取り引っ張って部の先輩達が集まっているところへ連れて行かれる。
「えっ?ちょ、ちょっと!」
「いいからいいから、麗菜〜!颯斗君来てるわよ!」
「えっ!颯斗!?」
すると、奥の方から麗菜が走ってくる。
「どうしたの?なんかあった?お母さん達は?」
「いや、少し見学していこうと思って……それとお母さん達はまだ中で話を聞いているから」
保護者はまだ体育館で今後の説明などを聞いていた。
「そっか、あんた陸上部に入りたがってもんね。いいわよ私がキャプテンに言ってあげるからついて来なさい」
颯斗は言われるがままに麗菜の後をついていく。
「キャプテ〜ン、見学者1名いいですか?」
「ん?構わないけど、名前は?」
キャプテンと呼ばれるその人は知らずもがな3年の松井 亮太で、去年の全中では男子100、200で1位と2位という陸上やっている中学生なら知らないものはいなかった。
「えっとー、新田 颯斗です。よろしくお願いします」
「ん?新田って………」
「ええ、この子は私の自慢の弟ですよ」
麗菜は少しドヤ顔で言う。
「へー、君があの………」
松井はまじまじと颯斗の顔を見つめる。
「いいよ。でも練習に参加はしちゃダメだよ」
「はい!わかりました!」
颯斗はそのあとベンチに座って練習風景を眺めていた。
(うーん、あの人腕の振りが後ろにいっているな。あっ、あの人は足の接地が爪先からいっちゃってるよ)
気づけば颯斗はどんどんフォームのダメ出しをしていた。颯斗は幼い時から麗菜と一緒に父に走り方を見てもらっていたので、フォームの些細な良し悪しまでもわかるようになっていた。
「おい!そこのお前何をしている!」
と、そこで後ろから怒鳴り声が頭に響いた。
舞台は愛知県の名古屋を中心に書いていこうと思います。