6 生きるということ
リコは日曜日をフルタと話して過ごした。フルタの声は自分だけに聞こえていたが、リコは発話しないとフルタに言葉を伝えられなかったので、ただでさえ他人の憐憫を誘いがちな自分がずっと独り言を呟く姿はさぞかしかわいそうに見えるだろうと思わずにいられなかった。フルタの本体はリコの松果体付近に存在し、脳幹と接続してリコの身体機能に影響を与えている、らしい。リコはトイレに行こうとして自分のプライバシーが一切なくなったことに気づいたが、フルタは紳士・淑女的に黙っていてくれた。自分の思考が筒抜けではないことに、リコは慰めの妥協点を見いだした。人間の思考をそのまま読むために相当な情報処理能力が必要で、もしそれが可能なのだとしたら言語はそもそも存在しなかっただろう。
古の種族とは何か。
フルタいわく、彼らは遠い昔、地球が氷河に覆われる前に地球に飛来した地球外生命体らしい。
古の種族には並行宇宙間すら移動できる能力があるのだが、定期的に長期の休眠が必要で、たまたま地球でその休息をとることに決めた。古の種族たちは南極の氷床の下で何万年もの間休眠状態だった。
「それで目が覚めたらわたしの中だったってわけ」
「そう。きみの話からするとわたしたちを掘り出して利用した連中がいるようだが、それもかなり前の話なのだな」
「うん。遺跡は絶滅した錬金術種族の研究施設だった」
「元の体なら亜空間通信技術を使って仲間を探せたのだが、きみにそういう能力はない」
「それは、さすがに無理」
リコはなんだかとてもひどいことをした気分になった。コミュニケーションが取れる相手を自分の願望のため利用したことに良心の呵責を覚えた。
「わたし……なんかすごく悪いことしちゃった?」
「行為としてはまあ、そうなるな」
「やっぱり……」
「しかし気にすることはない。結果としてわたしは新しい共生者を得た。きみは失われた力を取り戻した。ウィン=ウィンというやつだ」
「どういうこと?」
「お互い得する取引だったということだ」
「そういうもんかな……」
「元の体とは言っているが、あれはほかの生命体から乗っ取ったものだ。本体は寄生生命体なんだよ、わたしたちは」
「ええっ!」
「きみの肉体を完全に支配できないのは、わたしの再生が不完全だったからだ。ひどい技術だ」
「ふえぇ、わたし、いつかフルタに乗っ取られちゃうの?」
「安心しろ、宿主とこういうコミュニケーションが取れる例は稀だと言ったはずだ。わたしはこの関係が気に入ったんだよ」
「よ、よかった……」
「納得してもらったところでさっそくだが、仲間を取り戻すのを手伝ってもらう。きみの師匠はなかなかの食わせ者のようだから、わたしの存在は秘密にするように」
「う、うん……」
フルタは自分たちの寄生能力がかつてのポストヒューマンたちに利用されたのだろう、なぜなら肉体と精神を完全に分離することで古の種族の発展は可能になったからだ、知能を持った生物は肉体とは別に魂というものがあると錯覚しているが実際は魂と思っているものは脳の能力のサブセットでしかない、肉体を魂が操縦する機械のように扱うにはもっと高度な抽象化を行う必要がある、きみたちの祖先はそのやり方をわれわれから盗もうと思ったのだろう、というようなことを語った。リコはその話をテイクアウトのハンバーガーとポテトの山盛りを頬張りながら聞いた。そして遺跡で見た錆びついて動かなくなった乗り物のことを思い出していた。不要になった肉体はああいう風にいつかは放棄されてしまうのだろうかと考え、錬金術種族のものであろう人骨を思い出し、シリンダーの中の古の種族の骨のことを思い出した。人間をやめるのはいいけど、生きるということは思っていたより複雑だと思った。ポテトを次々と口に押し込みながら、サーシャの作ってくれる弁当のことを思い出し、食べることもしなくなるんだろうか、それはちょっと寂しいなと思った。




