14 果てに待つもの
リコはゆっくり探せばいいと思っていたが十人の古の種族はリコのナノテクリソースを大量に消費しておりリコの能力は輝きを増した金色の目だけに退化してしまいそのうえ混乱した夢を常に見るため深刻な寝不足に陥ってしまった。共生者探しは火急のミッションになった。とはいえ友人づきあい以上に信頼できる人間を探すのはコミュ障のリコには難題でありそれはサーシャもおなじだった。
リコは気が向かなかったが学校にいる自分やサーシャとおなじ試験管に保存されていた蘇生児童を探すことにした。最初の候補者はおなじ高校に通っている二年生だった。緑色の尖った髪型が目立つ少年だった。リコがハックした学校の名簿によれば彼はESP種族でテレパスの能力ありとのことだった。リコは心を読まれるのはやだなと思いつつ彼なら理解が早いのではという直感もあった。リコはちょっと考えてからメッセージを書いた。
――わたしは金色の瞳の少女。突然だけどだいじな話があるから放課後学校の屋上まで来てくれない?
その少年、ヒジリは共生者になった。
リコと共生者のことはネットの都市伝説としてティーンエイジャーの間に浸透していった。金色の瞳の少女からある日メッセージが届く。そして秘密の組織の一員になるかどうか選択を迫られる。組織の目的は世界を変えること。どう変えるのか、どうやって変えるのかは誰も知らない。
テンポウザン教授はこれまでとおなじように孤独だった。怒りに任せて宇宙空間に飛び出したのはいいが目的地があるわけでもなかった。円盤に恒星間ジャンプの能力があることはわかっていたが目的もなしにどこかを訪れるのは教授の趣味ではなかった。教授は月の影になるように円盤を移動させてから内部記録を改めて調べることにした。優秀だが独立心の強い助手が解放してしまったパンデモニウムユニットにひとつだけ空き部屋ではない部屋があった。教授は訝しんだ。教授は監視塔に移動して外壁に並んだ部屋を見た。最上部の一号室が在室中のステータスになっていた。教授は部屋の前まで階段を上った。部屋には明かりが灯っていた。教授はドアを開けた。寝台には男が眠っていた。男は見たところ三十代で長い黒髪に髭を豊かにたくわえていた。教授は覚醒ボタンを押し椅子に腰掛けて待った。
男が呻き声を立て寝返りをうち目を開けた。それから長いこと眠りすぎて体の動かしかたを忘れてしまったというようにゆっくりとぎこちなく体を起こした。男はそのままぼんやりしていたが
教授は何も言わなかった。男は教授に気がついたが驚く様子はなかった。
「おれを起こしたのはおまえか」
「いかにも」
「おれの同類ではないようだが……まあいい」
男は寝台から立ち上がった。男は全裸で背が高く引き締まった肉体をしており背がとても高かった。2メートル以上は確実だった。
「おれはヤマトタケルという。おまえ、名はなんという?」
「わたしはテンポウザンといいます。まさか健在だったとは」
教授は立ち上がって右手を差し出した。ヤマトタケルは一瞬迷ってから前かがみになって大きな手で教授の手を強く握った。
「えらい時間が経ったようだが」
「あなたの時代からは二千年以上は経っています」
「地球時間でか。そいつは参った。知った顔はみんな死んだか。まあもはやおれを必要とはしていないだろうが。あの恩知らずども」
ヤマトタケルは教授の顔をまじまじと見下ろした。教授は体格差に恐怖を覚えるようなタイプではなかった。
「おまえらがおれたちの円盤を扱えるようになるとはな。とっくに滅んでるかと思ったぞ」
「幸いなことに人類はまだ滅んでいません」
「そうか」
「なぜ長いこと眠っておられたのです?」
「なんだろうな。朝廷の連中の策略だろう。おれが起きないように細工したんだ。おれは嫌われていたからな」
「伝説ではあなたは戦いで病に倒れ亡くなったことになっています」
「病か。連中の考えそうなことだ」
男はクローゼットを開けて白い服を取り出した。
「やつらは剣を使いすぎていた。おれはそれを諌めたんだ。敵を滅ぼすのは簡単ではない。滅ぼしたと思っても必ず根が残り将来の禍となって返ってくる。敵の子や孫が自分たちの子や孫を殺しにくる。血縁とはそういうものだ。それは永久に終わらない。どこかでやめなければならない。朝廷の連中はやめたくなかったのかもしれないが」
「あなたはもっと武闘派なのだと思っていました」
ヤマトタケルは大声で笑った。
「戦うのは目的があるときだ。戦いで何かをなさねばならないときだ。しかし往々にして戦いそれ自体が目的となってしまう。戦争は遊戯というわけだ。しかし人の遊戯に巻き込まれる連中はたまったものではない。遊戯は中毒してしまう。おれはそれを言って煙たがられた」
「あなたとは気があいそうですな」
「そいつはいい」
ヤマトタケルは服を着終わると手を振って部屋を消した。次の瞬間、ふたりは円盤のブリッジにいた。
「テンポウザン、どこか行くところはあるのか?」
「いえ。なくなったところ、ですな。困っておりまして」
「じゃあおれの故郷に来い。まあ、おれもほかに当てがないんだが」
「お供しましょう」
円盤は超空間ジャンプを起動し彗星のような尾を引いて宇宙の彼方へ消えた。
十人の共生者を見つけた後もリコはサーシャ、そしてフルタと一緒に遺跡を探索し、古の種族だったものを回収していった。機材はテンポウザン教授の研究室から拝借してリコの部屋に運び込んでいた。サーシャの中にいる古の種族とはコミュニケーションは取れなかったが、サーシャはミキと名付けていた。サーシャはときどきミキの夢を見るのだという。ミキのたくさんある手のひとつをサーシャが引いてカフェに連れていき一緒にキャラメルマキアートを飲んでお互いのことを話したのがいちばん最近の夢とサーシャは言った。リコはフルタに摂食行動はするのかと尋ねたところ恒星の光からエネルギーを合成するのでそういう習慣はないということだった。ミキはきっとサーシャと仲良くなりたいんだとリコは言った。共生者でリコとフルタのように言語でコミュニケーションがとれるケースはいまだになかった。金色の瞳の少女は声を聞くものとして一層神格化された伝説となっていった。そして誰もリコのような小さくて頼りないどこにでもいる少女が伝説の存在だとは思わなかった。金色の瞳だけが現実と伝説を繋ぐ糸だった。リコはその状況をおもしろがった。伝説のひとりの元に大勢の想いが束になって結節点となり歴史の複雑なタペストリーが紡がれていくことをリコは理解しはじめていた。
「金色の瞳の少女って」
水棲種族の少女は言った。
「もっと違うイメージでした。なんて言うか……」
「もっと美少女だと思った?」
「いえ、すいません。そんな意味じゃなくて……」
「だいじょうぶ。よく言われるから」
リコと水棲種族の少女は公園の古い木製のベンチに並んで座っていた。水棲種族の少女のなめらかな皮膚は水中生活に適したものでありイカを思わせる質感なのだが襟の高いワンピースと黒いタイツと黒い手袋で顔以外の部分はすべて覆い隠していて今時珍しい太い黒ぶちの眼鏡をかけておりそれは水中でも視力を確保できるはずの彼女の目は機能不全で常に補正が必要であるため可変式レンズを組み込んであるからだった。リコはそのことを知っていた。少女は黒い墨だけで描いた絵画のようだった。
「手を出して」
少女は言われた通りにした。リコは少女の手に巾着袋を持たせた。中にはボングとマリファナと古の種族の溶解したコアを入れた瓶が入っていた。
「わたし、いいんですか?」
「うん」
リコの金色の瞳に見つめられ少女ははっとした表情を見せた後、慌てて受け取った巾着袋を自分の黒いショルダーバッグにしまい込んだ。
「ひとつだけ質問してもいいですか」
「いいよ」
「なぜこういうことをしようと思ったんですか」
「うーん、はっきりとは答えられない、かな。半分は成り行き、半分はこれはいいことだと思ったから」
「それだけですか……」
「もっと重大な何かあると思ってた?」
「はい」
「そうなんだよねえ」
リコは苦笑いした。
「でもさ、これでなりたいものに近づけるかもしれない。少なくとも現状から抜け出せるかもしれない。生きかたを決めることができるかもしれない。そういう可能性はできる。それが悪いことだとは思わない。そんな感じ」
少女は無言でしばらく考え込んでいた。
「じゃ、わたしは行くね」
リコはそう言うと立ち上がった。
「スミカ、あなたは何がしてみたい?」
まだ考え込んでいるスミカにリコが言った。
「わたしは……海に行ってみたい、です」
スミカが顔を上げるとリコの笑顔が見え、そして瞬きした次の瞬間にリコは消えていた。一瞬で空気になってどこかへかき消えたようだった。スミカはその場にしばらく座っていた。そしてオキナワの透明な海のこと、そこに棲む色とりどりな魚類や無脊椎動物のこと、まだ感じたことのない海水の感触のことを考えた。




