13 契約
リコは円盤の精神を吸収する装置の前に立っていた。白く光るリング状の装置の上部にはたくさんのケーブルが接続されていて上へと伸びていた。何か巨大な生物の内臓のような整然さだった。リコはケーブルを目で追った。
「フルタ、どこ?」
「……上……ッキ……」
グリッチした音声が途切れ途切れに聞こえてきた。リコはリフトを見つけ操作盤をスキンでハックした。リフトは音もなく上昇をはじめ上のデッキで停止した。ケーブルの束は天井で放射状に広がり円形の壁面に並んだシリンダーに接続されていた。リコはこのシリンダーを見たことがあった。リコはシリンダーを覗き込んだ。中にはリコが集めた球体を教授が液体化して詰めた小さな瓶が入っていた。それぞれのシリンダーに瓶が一本ずつ聖遺物のように収められていた。リコはシリンダーのロックもハックして解除し瓶を取り出して一本ずつ床に並べていった。瓶は十本あった。
「これを持っていけばいいのかな」
「……そのままでは……持ち出せない……」
フルタの声はさっきより明瞭になっていた。
「じゃあ、どうしよう?」
「……飲め」
「は?」
「……きみが吸収……すれば……んとかなる……かも……」
「そんな適当な」
リコはこれも賭けであると感じた。運命の輪がリコを選んだのなら、正確には古の種族を選んだのなら、賭けに勝つだろう。リコは勝てる気がした。根拠はないが直感を信じなくなると瞬発力がなくなることをリコは学んでいた。リコは瓶に手を伸ばし蓋をひねって開け中身を一息に飲んだ。頭の中に誰かが増えた気がした。リコはかまわず残りの瓶も片端から飲み干した。
「よし、いいぞ。仲間は回収した」
「フルタ、戻ったんだね」
「魂の牢獄のほうはすでに解放してある。放っておけば本来の肉体に戻っていくだろう」
「マジで幽体離脱だよね、それ。臨死体験」
「死んではいないがな」
「よーし、脱出するよ」
リコの全身を黒いスキンが覆い、消えた。
円盤はミナミの上空で停止していた。光る目はその光を失っていた。サーシャは人混みに紛れて円盤を見上げていた。
「おー、止まったじゃない」
円盤の上部中央に網目状に黒い亀裂が走り黒い流れが湧き出して人間の形を作るとスキンは消えリコが現れた。リコは円盤の端に向かって走りそのまま夜のミナミの街の灯りに向かってジャンプした。円盤の光る目がひとつだけ復活し放物線の頂点にいて逆さになったリコを捉えた。重力と均衡し無限の一瞬だけ静止したリコは光る目に向かってニヤリと笑みを浮かべた。
「バイバイ、教授」
円盤から白い羽が吹き出し回転をはじめた。円盤は回転速度を上げながら上昇していき音速を超えて夜空の彼方へ消えてしまった。レーダーの追跡では成層圏を離脱したのではないかということだった。ネットにはいつもの何倍もUFOの情報が飛び交った。
サーシャは古いアーケードのアーチの上に登って待った。リコが減速しながらゆっくり落下してきたのをサーシャは両手で受け止めた。
「どうだった?」
「お姫さまだっこだ」
「もう、結構心配したんだから」
「みんな取り返した。よね、フルタ?」
「ああ。ありがとう」
「契約満了?」
「そうなんだが少し問題があってな」
「問題?」
「知っての通りわれわれは肉体を失っている。だからわたしを含めて十一人がきみの中にいることになっている」
「は?」
「そこで提案なんだが、リコやサーシャのような能力を持った人間とわれわれの相性は良好なようだ。ほかに共生者となってくれそうな人間を探してほしい」
「ちょっと待ってそれわたしどうしたってやらなきゃダメなんじゃ」
「もちろん対価はある。潜在的なポストヒューマンの能力をわれわれなら解放できる」
「待ってそれわたしのメリットじゃないし」
「その条件なら受けてくれる人、結構いるんじゃないかな」
「ちょっとサーシャ」
「わたし、普通にならなきゃって思ってたけど、こういう冒険がある毎日は好きかなって」
サーシャは路地に飛び降りてリコを地面に立たせた。
「はい、お疲れさま」
「肩の荷が下りた気がしない……」
「前向きに考えたほうが楽しいよ、きっと」
「うん……」
リコは教授のことを考えた。教授もまた自分とおなじように血統に囚われた人間なのだと思った。教授からすれば自分は血統に恵まれた人間ということになる。リコは対決は避けられなかったと思った。相対主義のどっちもどっちという考えは嫌いだった。今回はリコが勝った。勝利に意味はある。リコは望む結果を手に入れ少しだけ世界に自分の意志の正当性を認めさせたのだった。




