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背後からの一突き 〜女リーダーの尻に悪戯した忍者、追放される〜

作者: Biz

 マスターという言葉に、浮かぶイメージは何であろう。


(つまらん)


 とある城の中。

 黒装束に身を包んだ男は、目の前の大きな尻を眺めながら思った。


「アーッハハハハ! 圧勝圧勝! 記念すべき100勝目に相応しい戦いだわっ!」


 紺のレオタードスーツに、赤褐色の短い外套を羽織る女丈夫。手にした黒杖を振りかざし、高飛車に笑う。何度見ても好ましくない姿だ。

 視線の先にそびえるは、氷柱(つらら)飛び出す氷の壁。その手前には鎧甲冑を纏った騎士(ナイト)が壁を作る。そこには修道服を着た僧侶(プリースト)や、弓を手にした狩人(レンジャー)らも交じっている。


(この女が〈大火球(メテオファイア)〉を唱え、氷壁(アイスウォール)を崩す。そして騎兵を押し込む――)


 型通りだな、と男は視線を横に移動させた。

 城内は入り組んだ構造となっていて、道を塞ぐ氷壁の上に、柵のない渡し通路が伸びる。その両端の出入り口から弓を持った敵が現れるも、矢が放たれる前にこちらの矢が大量に突き刺さった。

 出入り口付近で二の足を踏めば、魔術師(メイジ)の〈氷柱(アイススパイク)〉や〈電撃球(ライトニングボール)〉など、魔法の餌食となる。

 決死の覚悟を見せる敵はもういない。諦めの空気が感じられた。


(つまらん流れだ)


 これは戦争ではない。魔法技術による〈模擬戦〉である。

 なので、いくら矢で射られようが、魔法で焼かれようが、やられた側には“死”と言うものがない。

 ただ消滅し、城の外に戻るだけ。

 それ故に勝利に慣れ、敗北に慣れてしまっている――黒装束の男はそう見ていた。


 ◇


 人と魔物がしのぎを削り合う大陸・スターブル。

 その中央に構える首都・ポルトラは、東西南北に四つの街を持つ。


 建国直後、王は四人の臣下に土地を与えた。

 臣下はそれぞれ騎士(ナイト)僧侶(プリースト)魔術師(メイジ)狩人(レンジャー)のクラスを。

 ナイトは剣術、プリーストは治療やサポート、レンジャーは弓術や獣操術、メイジは四元素を用いた魔法……など強力な魔物と渡り合うべく、駆け出しの冒険者を育成する専門街とその機関を作る。――これらは後の職業組織ギルドの礎となった。

 また、クラスは四つに限らず。悪党が結成した盗賊(シーフ)・職人をはじめ商いに携わる者たちによる商人(マーチャント)などの新規参入、ほかに派生・特化することで複雑化を遂げている。


 冒険者たちはパーティーを組み、やがて規模の大きい“クラン”を組織する。

 国王は対魔物に備えるため、このクラン同士の模擬戦を提言。

 最初は目論み通りに進んだものの、クランはやがて同盟を結ぶなどして勝敗にこだわり、民たちもこれに準ずるかのように熱狂し始めたわけである。


 そして今現在、彼らの話題は一つだけ。


 ――同盟・アルカナの100連勝


 三つの強豪クランによる同盟は、結成時から負け知らず。

 二番手に位置する同盟のみが唯一の対抗馬なのだが、彼らも打開策を見いだせないまま敗北を重ね、99敗を数えている――。


 ◇


 黒装束の男は、正面の尻をずっと眺めていた。


【精霊よ。灼熱の炎を呼び、塊となりて――】


 同盟の長・大魔導士(ハイ・ウィザード)が詠唱を始めた。彼女は高速詠唱を得意としている。

 食い込んだ紺のレオタードが臀部の形を浮かばせているのだが、100勝と言う大きな節目を迎えるためか、時おり小さく、きゅっきゅっと引き締まる。

 それが男の悪戯心をくすぐるのだ。


 男のクラスは忍者。

 この大陸のものではなく、数年前に発見された大陸から渡ってきた。他にも侍が海を渡っている。

 忍者は肉体を極限まで鍛える。研ぎ澄まされた感覚は、通路の向こうから制止を振り切り、飛び出そうする女を捉えていた。


(一騎打ち――敵総大将の悪い癖だな)


 彼女もまたハイ・ウィザード。

 いわばライバル関係にあり、桃尻の持ち主が高速詠唱を得意とするなら、彼女は火力特化。決まれば一気に形勢逆転するだろう。


【我が命に従い――】


 相手が詠唱を始めたのに対し、こちらの詠唱は終わりを見せようとしている。

 味方も総大将がやられるところを見たいのだろう。

 ナイトは剣を納め、レンジャーは矢を構えず、ニヤニヤと眺めているだけ。


 ――盛り上がらない


 黒装束の男・忍者は、大きく盛られた臀部を見ながら思った。


「……」


 油断している今がチャンス。

 手を組み、忍術を唱えるかのように人さし指を立てる。

 そして忍者は構え、


「殺」


 女の尻溝に向かって、


【今ここに降り落ち――んュゥゥゥンッ!?」


 ぶっ刺した。


 ◇


 首都・ポルトラの西南。

 シーフギルドを構える荒野街・エスタンの酒場横――。


「同盟会議と言うか同盟長・シェーシャさんの独断により、ジュウザさんはクランより追放となりましたぁ……」


 忍者が所属するクランの長・女ナイトは、こってり絞られたのか疲れ果てた様子で沙汰を告げた。

 他にはプリーストや、それから派生した修道士(モンク)、ナイトやレンジャーなどが集まり『さもありなん』と言ったように頷き続ける。


「うぅむ……かのような大ごとになるとは」

「あんなドセクハラ喰らえば、誰だってぶちギレるわよ! しかも重大な局面で!」


 相手の詠唱が終わる前に再詠唱を行い、ギリギリ敵将撃破で締める見立て。

 ……だが、まさか杖を落とし悶絶するとは思わなかった。

 忍者はそう述べた。


「それのどこが締まるって言うの」

「ケツしか締まらなかった」

「ばかたれ」


 同盟長の尻に突き刺した直後のこと。

 弓なりに反り返った彼女は、杖を手放し膝から崩れた。そして相手の大魔法〈大風雪(アイスストーム)〉に襲われ、前線にいた部隊が全滅したのである。

 結果どうなったかと言うと……。

 同盟・アルカナの連勝は99でストップ。絶対王者の敗北は、首都中の話題となった。


『あのクソ忍者の首を出せェッ!』


 これに同盟長・シェーシャは、魔法で街を吹っ飛ばしそうなほど怒り狂ったようだ。

 同盟の解消まで飛び出していたのだが、忍者が所属するクラン・〈ルナ〉が占める戦力が大きく、回りが必死に諫めた。……ものの、行為そのものまで容認できない。反対意見がないまま追放が決定した。

 この説明に、静かに控えていたもう一人の忍者が難しく唸った。


十蔵(じゅうざ)殿が去るとなると、この先、更に難しくなるでござるな」

「いい機会だ。隼人(はやと)に後を任せるとしよう」

「拙者に代わりは務まらぬでござるよ」


 黒頭巾をした忍者・隼人は目を細めて言う。

 ただの同僚ではない。供に大陸へと渡ってきた乳兄弟である。


「すべてはこの敗北から気付くかどうか、でござるな」


 うむ、と頷く十蔵。

 二人の会話に、同じクランの者たちは首を傾げるばかり。そもそも忍者が何をしているのか、誰も知らないのだ。


 ◇


 季節は夏の終わりを告げようとしている。

 赤に色づく草木に合わせるかのように、首都を賑わせた話題も変貌していた。


『なあ、聞いたか?』

『ああ。アルカナだろ? ひでーもんだな』


 十蔵はあちこちから聞こえる噂話を耳に入れながら、落ち葉広がる山道を歩く。

 ここはレンジャーギルドがある、フォーレスの街。大陸北東に位置し、深い密林を拓いた地にある。十蔵の足は、その街の中心地ではなく人気(ひとけ)のない森の奥へと向かっていた。


(話題に事欠かぬ、賑やかな連中だ)


 クランを離れてから、十蔵はあてのない旅を続けていた。

 いや、あるにはあった。しかしすぐに済ませてしまったので、次なる目的を探している最中である。

 情報収集を生業とするため噂話などには敏感だ。旅を始めてから十蔵が耳にする噂の大半が、


 ――王者・アルカナの凋落


 それを破った同盟・〈ハルジオン〉に雪辱を果たそうとするも、まるで敵わず、完全に王座を奪われてしまったと言うのものである。

 ある時は前線を支える騎士隊が総崩れ。

 ある時は相手の魔法に消し飛び。

 ある時はこちらの魔法を封じられる。

 同盟長・シェーシャが糾弾せぬ日はなく、同盟に軋轢が生じているとの噂まであった。


「さて、そろそろいいだろう。私に何か用か?」


 十蔵は急に足を止め、振り返った。

 そこには何もない。両端に鬱蒼とした木々を置く、黄土色のあぜ道が延びるのみ。

 しかし、声をかけると突然、ゆらりと()()()()()()


「――流石は兄上」

「やはり(こと)か」


 ふっと姿を現したのは、黒の修道服姿の女・プリーストであった。

 琴と呼ばれた女は、流れるような所作で両膝を地に添え、両指を揃えて頭を下げた。


「お久しゅうございます」

「うむ。息災そうで何よりだ」


 頭を上げると、琴は兄の顔をじっと見つめる。

 艶のある黒髪。凛としたアーモンド状の眼は、勝ち気さをたたえている。顔立ちも整い、十蔵は記憶よりも美に磨きがかかっていると思った。


「して、何用か」

「追放の一件。琴の耳にも届いておりまする」

「む、うぅむ……そのことか」

「兄上の助力を願い、この機にとお誘いに参じました」


 誘い、と訊ねると、琴はそっと目を伏せる。


「私が属するクランは、此度、模擬戦に挑むことになりました。――しかし隊のものらは、人と戦うことはおろか、魔物や獣と渡り合うのも苦労するほど。戦場の空気を知る兄上が援軍に加われば、これほど心強いものはございませぬ」

「なるほど。しかし、本当にそれだけか?」


 十蔵は言うと、琴は驚き顔を向けた。


「何かを隠す時、お前は眉尻を下げる」

「あらまあ」


 眉尻をいじる妹に、ふっと笑みを浮かべる十蔵。

 それを合図に、再び、今度はより畏まった仕草で頭を下げた。


「添いたい方がおりまする」


 やはりか、と十蔵は思った。

 忍びの家に産まれた女が、この地に渡って信仰心に目覚めたわけでもない。

 クラスの変更は可能と言えど、ずっと聖職者に留まり続けるのには理由がある。支援を得意とするそれに、女が拘るとなれば、おのずと答えは導き出せるものだ。


「まだ、おしめを外せたばかりと思うておったが」

「いつのことを申されます。今や当て布をしておると言うのに」


 琴はぷくっと頬を膨らませる。


「はっはっは! まぁ、そのために模擬戦に参加するのであろう」

「娶らば敵将首一つ――。私とて忍びの娘、いくら海を渡り故郷を捨てる決心を固めようと、掟を忘れたことはございませぬ。……兄上、どうか我らに力を貸してくださいまし」


 声を震わせ、深く頭を下げた妹を前に、兄・十蔵は否と返事をすることはできなかった。


 ◇


 それから数日後。

 十蔵は首都から東にある港町・ワジを訪れていた。

 ここにギルドはないが、商人ギルドが管理・運営する大きな商売通りがある。


【商人はワジにて商売を覚え、ワジに終える。】


 そう語られるほど、駆け出しからベテラン商人が集まる。

 そして、物が集まる地には人も集まる。祭りかと思うほど人で賑わう町であった。

 酒場も多く、その一店・海が望めるとこに入れば、ナイトやレンジャー、モンク……多彩なクラスの者たちが楽しげに談笑を交わしていた。


「ねぇねぇ、これ使えると思う?」

「あら、〈ストーンシールド〉じゃない。どうしたの?」

「えへへ、今度の模擬戦で使えるかなって思って、買っちゃった」

「えー、いいなー! 私も装備買おうかしら」


 そのような会話も突然途切れる。

 酒場に突然現れた、見慣れぬ者を訝しんだからだ。


『ねえ、あの人誰?』

『さあ?』

『あれ、うちの新入りか?』

『そんな話は聞いてないが……』


 ひそひそと詮索されながら、十蔵は真っ直ぐカウンターのある場所へと向かう。

 そこにはひと組の若い男女が座していた。


「お待ちしていました。兄上」


 女・琴は石床に膝をついて深々と頭を下げる。

 その所作に酒場中がどよめき、横にいた男は狼狽えを見せながらも、曲げた腕を腹の前に、身体を屈めた。


「お、おお、お初にお目にかかります! わ、私はここのクラン・〈ディストリクト〉を束ねる、じゅ、ジュラルドと申し……っ!」


 既に琴より聞き及んでいるのだろう。

 ジュラルドと名乗った男は、ガチガチに緊張していた。


(琴は人を見る目もあるが、このお転婆を扱えるとは思えん)


 十蔵はジュラルドを見て、まず好青年だと思った。

 顔立ちは武人よりも文人に近い。――つまりは頼りない印象が勝る。

 とは言え、琴・当人がよしとするなら、兄も反対する理由がない。


「みなさん。この方は我が兄、十蔵でございます。かつて白戦錬磨の王者・アルカナに属しておられ、我々の模擬戦のためと援軍に馳せ参じて下さりました」


 訝しむ目は一変、おお、と声と共に期待のものへと変わった。


(白戦とは、上手いことをいう)


 99勝。百には一つ足りぬ。

 妹の言葉に感心しながら、浮かれる者たちを見渡した。


『いかにもお祭りだが』


 忍びの技。口を動かさず、互いにしか通じぬ会話術で妹に告げる。


『ええ。お祭りでございます』

『模擬戦は魔法の応酬。それに耐えうる武具を、揃えているように見えぬが?』

『ええ。お祭りでございますれば』


 魔物相手では頑強な防具、もしくは経験で致命傷を避けることはできる。

 しかし、相手は人間・メイジの魔法が雨あられのように降るため、防具は硬さを重視したものよりも、耐魔法のコーティングが施されたものが主となっている。また素早い行動も必要とされるため、軽装が好まれた。

 十蔵が見る限り、クランの者たちはみな対魔物の重装ばかり。


『……すべては面倒みれんぞ』

『ええ。お祭りでございますので』


 あくまでクランのイベントとして。

 当人を縛る掟のことは伝えられていない。萎縮させないための配慮だろう。


『して、相手はどこだ』

『ハルジオンでございます』


 なに、と十蔵は思わず聞き返した。

 それは以前、所属していたアルカナと刃を交わし続けた同盟なのである。


『……仕込んだな?』

『お祭りでございますれば』


 琴は再び同じ返事をするだけだった。


 ◇


 一方、首都・ポルトラでは、


「どうして勝てないのよぉ!」


 アルカナの同盟長・シェーシャの金切声が今日も響く。

 会議室にと用意された部屋には誰もいない。そもそも誰も召集してないから当然なのだが、人がいてもいなくても同じだと、このとき気づいた。

 椅子にはドーナッツクッションが置かれている。あの日以降、手放せなくなったのだ。


「だいたい、あのニンジャとかいうクラス、役立ってる気がしないわ」


 切ろうかしら。

 腰かけ、深くため息を吐いたその時、


『まだ気づいておられぬ様子でござるな』


 他に誰もいないはずの部屋から、突然、声がした。


「だ、誰!」


 シェーシャは杖を手に、身構える。


「拙者でござる」


 何もなかった天井から、降り立つ黒装束の男。

 背中には天井と同じ(がら)の板が据えられている。


「あなたは確か、ルナの……」

「隼人でござる」


 いつからいたのか、と言いたげにするシェーシャに、隼人は言葉を続けた。


「影は光が増すほど濃く、そして見えなく――我ら忍びは影働きが主でござる」

「だから何なのよ。裏で仕事しているから目立たないって言いたいわけ」

「それもあるでござる」

「そう。でも裏で動くのはあなたたちだけじゃないの。シーフ派生のクラス・追跡者(ストーカー)暗殺者(アサシン)たちは、裏方でも誰がどうしていたって報告があるわ。あなたたち、ニンジャのことは一切聞かないけどね」


 隼人は嫌味にも動じず、むしろ嬉しそうに目を細めた。


「それこそが我らでござるよ」

「負け惜しみにしか聞こえないわ」

「アサシンらは同業でござるが、少々目立っておるでござるな。ストーカーと併せて技能(スキル)はなかなか、我らにも有用と思えるものがあるものの」

「ザルザルうるさいわね。結局何が言いたいのよ」


 シェーシャは、腹だたしげに手を振り払う。


「影は前に出ず、常に後ろに回るもの。光が向く方向を誤れば、影もまた方向を誤るでござる。一兵卒ならまだしも、導く者が気付かぬのではいつまで経っても勝てぬ、人が去るばかりでござる」

「そんな当たり前のこと分かってるわよ! あなたの仲間が、あんな邪魔さえしなければ、私は勝ってたの! あのせいでガタガタになったんだから!」

「否。敗北を重ねる理由は、十蔵殿が危惧していたこと――相手を軽んじ、特に裏方が目立とうと人の前に、前線に飛び出している。またシェーシャ殿も、大将にも拘わらず無警戒に歩るきすぎだ、と。あのまま100勝という節目を迎えれば、あとは崩壊しかない緩みが蔓延してたござるよ」

「なにを――」


 思い当たることがあるのか、言いかけた口を閉じた。

 99勝でストップしたのは引き締めなおす、最後のラインだったのか。


「まぁ、気を張っていても失敗はあるもの。十蔵殿も、まさかこうなるとは思わなかったようでござるが」

「女の尻に指突っ込むのがあんたらの仕事ってんなら、この場で首切るわよ」

「あれは十蔵殿にしかできないもの。拙者には無理でござる」


 隼人は手を合わせ、人さし指だけを立てて見せる。

 シェーシャは反射的に身構えた。

 模擬戦はでは、斬られ、射貫かれても傷を負わない。死=消滅、言わば精神が乗り移った人形同士が戦っているのに近いのだが、攻撃を受けた感覚だけは残る。――尻穴への一撃は、未だに苦しめるものだった。


「あのせいで、集中できないのよ」

「不発だったせいでござる」

「え……?」

「十蔵殿はアサシンらのスキルを体得し、致命打・その威力を増してしているでござる。穴に直撃(ホールインワン)していたならば、昇天の勢いでござるよ」


 シェーシャは眉を思い切り寄せる。


「ニンジャとやらに、そんな技があるって言うの?」

「ないでござる。けれど名付けるならば、〈魔術師三年殺し(メイジマッシャー)〉――」

「あんたのクビ、真剣に考えるわ」


 メイジマッシャー。

 その名の通り、魔術師を仕留める直刃の短剣である。


 ◇


 模擬戦前日を迎えたクラン・ディストリクト。

 集い場にしている酒場は今、かつてない緊張感に包まれている。


『皆さん、お祭りなので気楽に構えてくださいね』


 琴は緊張を和らげようとするが、効果は薄い。

 それもそのはず。目の前に張り出された地図と数字を見れば、顔が強張るのも当然だった。


「た、多勢に無勢ってこのことを言うの……かな?」


 メイジの一人が言う。

 紙に書かれた数字は250、対するこちらは28なのだ。

 地図は城の見取り図で、貼り出されたものは前庭部分。塁壁により、蛇行するように入り組んだ構造をしている。


【レンジャー 20名】

【メイジ・ウィザードクラス 44名】

【アイスストーム・ライトニングストーム・メテオファイア】


 そこには弓兵・魔法職の配置図までも記されている。

 魔法にも得手不得手があるため、強豪になるほど誰が何の魔法を唱えるかまで定められていることが多い。敵同盟・ハルジオンは氷系を得意としているため、第一カーブは水場かと思えるほど真っ青に、魔法だけで全滅必至だと誰もが思った。


【ナイト系 48名】

【内 ドラゴンライダー 30名】


 運良く切り抜けても今度は、鉄の壁・ナイト系を相手にしなければならない。

 しかもエリートクラスでなければ乗れない、ドラゴン系の数がとんでもない。


『相手の数が多くありませぬか。私の調べでは150そこそこだったはず』

『勝ち馬に乗りたいクランが同盟に加わっている』


 十蔵と琴。

 兄妹のみに聞こえる、忍びの話法で言葉を交わす。


『記した数は総動員した場合の最大の数。実際は半数以下と見ていいだろう』

『なるほど』


 妹は二度、三度頷くと、今度は皆に聞こえるように口を開いた。


「兄上。勝機はおありで?」

「負け戦をするために調べたわけではない」


 その言葉は、クランの者たちに小さな希望を抱かせるものであった。

 手伝いで参加すると表明してから二週間。一度も姿を現さなかったこと不信感は、目の前の情報と併せ、信頼へと逆転したようだ。

 相変わらず人を乗せるのが上手い、と十蔵は思うしかない。


 ◇


 模擬戦当日――。

 今回は宿敵・ハルジオンが他とマッチしたため、アルカナは不参加となっていた。

 相手はディストリクト。新興勢力かと思いきや、何とそこは三十人にも満たないクラン単体であるらしい。


(酷な選出するわね)


 アルカナの同盟長・シェーシャは、昼間から部屋でワインを傾けていた。

 模擬戦への参加は、基本的に王城の窓口に届けるだけでいい。特別な申し出がない限り、力関係が近しい同盟同士があたることになる。……はずだ。


(狩られる側は可愛そうだけど)


 正直、これに助けられた部分もある。

 たまには休みを入れ、リフレッシュするのもいいだろう。それに今回も勝てる気配がしない。

 そう思っていた矢先――


「バイルダーで観戦するでござるよ」


 音もなく例の忍者・隼人が現れる。


「帰ってくれない?」


 呆れが先にきたため、さほど驚くことはなかった。


「十蔵殿が手伝いに出ているでござる。バイルダーを仕込んだので観るでござる」

「人の話を聞きなさいよ! と言うか、あのクソ男が出てるからって理由にならないし」

「影働きとはどのようなものか、外野からなら分かるでござる」


 そう言われると、シェーシャは追い返す理由を失ってしまう。

 別に『興味ない』と言えばそれで済むのだが、敗北の理由を『采配する者が知らぬせいだ』と指摘された以上、観なければ蔑まれることになるからだ。


 隼人が差し出した丸い盆に水を張り、さっと魔力を込める。

 バイルダーとは魔物の名前であるが、ここでは違う。

 水晶球に魔力を込めた遠視(とおみ)用の魔法道具のことで、本来は王城が持ち、管理するもの。これをどうして個人が、と疑問に思ったものの、今は深く考えないことにした。


「……何これ?」


 城の門に一つつけたのだろう。

 水面にその光景が映った途端、シェーシャの眉間に皺が寄った。


「全員、模擬戦用じゃなくて魔物用の狩り装備じゃない」

「お祭りだからでござる」

「呆れた。いくら何でも魔法ぐらい耐えようとしなさいよ。勝つぞーっなんて顔しちゃってるけど、あれじゃ始まってすぐ全滅よ」


 言っていて、少し空しさを感じていた。

 かつては自分たちもそうであったな、と。


「まぁ、大丈夫でござる」


 いよいよ始まるのだろう。

 全員が顔を上げ、同じ場所に目を向けた。

 そこには大きな鐘楼台が一つ。開戦を告げる合図が行われるのである。


 ――ゴーン、ゴーン、ゴーン


 バイルダーは映像だけ。

 けれど、宿屋までその音は届く。


「城内はどこに仕掛けたの」

「門を入ってすぐに一つ、難所となる三の丸の曲輪(くるわ)に一つ、城内への進入口に一つでござる」


 シェーシャは頷くと、水面の画面はさっと切り替わった。


「え……」


 それを見た瞬間、我が目を疑った。

 場所を間違えたのか? いや、間違えてはいない。確かに防衛しているのはハルジオンで、攻めるのはディストリクトというクランだ。

 城は最も堅いとされるもので、蛇行する塁壁に挟まれた通路は城内まで続く。その上から魔法や矢などが、雨あられのように降る――なのにそれがなく、あっさりと猛進を許しているのである。


「な、なんで!? 何でハルジオンの連中は防衛しないの!?」


 弱小相手だから、ではない。

 道中のメイジらはその意志を見せているのに、まるで魔法がかみ合っていない。

 氷系を得意としているはずなのに、同時に炎系を唱えて相殺してしまっている。


「なんで!? なんで、連中がこんな初歩的なミスしてるのよ!?」

「メイジをよく見るでござる」


 塁壁に視点を移せば、そこは異様な光景が広がっていた。


「……誰これ?」

「勝ち馬に乗ろうと、新たに加わったクランの連中でござる。メイジは炎系の魔法が得意でござるよ」


 ハルジオンの者は、大声で連中を怒鳴っているようだ。

 なのに炎系を唱えるのを止めようとせず、逆に怒鳴り返し、道を阻む時間稼ぎ用のアイスウォールまで溶かす始末である。


「な、何やってるのよこいつら!?」

「雑魚相手であるし、得意な魔法で一掃してアピールしてやろうぜ。氷系よりも炎系、あいつら嫌いだから追いやろうぜ、など唆しているでござる」

「唆し……って誰が?」

「十蔵殿でござるよ」

「え?」

「風のように駆け、敵をあざむき、影なる刃で仕留めるのが忍び。ハルジオン側のメイジになりすまし、扇動する。これが戦場操作(ボードコントロール)でござる」


 対立による機能不全。

 増員から日が浅いため互いの顔をよく知らず。功を焦ればつけ入る隙はできる、と隼人は言う。

 互いに魔法を打ち消し合えば怖くない。

 ハルジオンのメイジは矢に射貫かれ、また魔法に倒れていった。


「こんなあっさ……ってそうか、防具が魔法対策の薄いものだから……」

「ご名答でござる。軽装な上に、魔法も不遇な大地系のものでござる」


 岩石のつぶてを喰らえば、あっさりと倒れる。

 狩りには多用される大地系の魔法も、模擬戦では使用されない。……と言うのも、火や氷、風に比べると押し負けやすいためだ。


「相手の矢が飛んでないけど、レンジャーも不和ってるの?」

「連中の弓矢を見るでござるよ」


 近くに寄れば、何人かのレンジャーがもたついているのが見えた。

 ある者は弦が切れ、ある者は使い慣れていないであろう弓を持つ。しかも使用する矢は、揃って威力の低い木の矢――そのため、鍛冶師(ブラックスミス)が持つストーンシールドなどに弾き返されていた。


「慣れと思い込みは怖いでござる」

「こ、これもあのニンジャが?」

「矢筒に入っているのは鉄製の矢。惰性で武器を手にしていれば、紛失や些細な変化には気付かぬでござる」


 いちど納得するも、いやおかしい、とシェーシャは口にした。


「弓兵の隊をまとめるのは、お堅いことで有名なエリザよ。彼女がそんな基礎的なチェックを怠るはずないわ」

「ああ、あの弓の腕がピカイチな」


 エリザと呼ばれたレンジャーは、すぐに発見できた。

 彼女の弓矢は問題ない。……なのに、どうしてか集中できておらず、矢が当たっている気配もしなかった。


「何でカバンに、隠していた夜のお道具セットが!? ――の巻、でござる。生真面目かつ完璧主義なほど、予期しないトラブルや精神的揺さぶりに弱いでござるから」

「……」


 呆れてものも言えない。

 ディストリクトは離脱者を出さないまま、難関のカーブに差し掛かる。そこはハルジオンのメイジ、そしてナイトの騎兵が並んでいる。

 ここまでだろう。

 向こうには〈剛剣のガデム〉と呼ばれる騎士がいる。ここまで小細工で突破できても、ドラゴン系の騎士を、真っ向からの力勝負では勝てない。


「ナイトの前に、メイジの魔法で蒸発ね。〈反魔法霧(アンチマジックミスト)〉があれば大丈夫でしょうけど」


 唱えられるメイジのハイクラス・〈賢者(ビショップ)〉はいるらしい。

 しかし、その詠唱を終えるまでに魔法の雨が降るだろう――。


 ◇


 まず一番早く終えそうな者を。

 十蔵は塁壁の上を跳び、手に握る蝶のナイフでメイジを貫いた。

 次は対岸の塁壁にいる者。


「ガッ!?」

「グゥッ!?」


 これは腰の巾着から取りだした石ころを投げ、詠唱を阻む。

 その間に乱射するように命じていたレンジャーの矢が刺さり、倒れた。


(間に合うか)


 十蔵はアサシンの技能(スキル)・〈透明化(インビジブル)〉で姿を隠し、近くのメイジを屠る。

 この技能は万能ではない。探知系の魔法であぶり出されるため、潜んでいることを気付かれぬよう慎重に、そして着実に動く。三人、四人のメイジを仕留めた。

 しかし相手は熟練。経験値は段違いである。


「妨害を受けて魔法が唱えられない! 騎兵を前へ!」


 幾度も敗北を重ねてきた経験は、不測の事態への対応力を備えていた。

 魔法がまるで放たれないと分かるや、すぐに号令を出し兵を動かしたのである。


「ナイトたち、壁を作れェーッ!」


 ジュラルドが命を出すや、即座にナイトによる盾の壁を構築する。

 しかし、馬よりも大きな地竜に乗る敵のナイトは厭わず、


「脆い脆いっ、そんな壁このガデムが打ち破ってくれるわァッ!」

「く、来るぞォッ! ふんばれェッ!」


 重い金属の激突音が響く。


(こちらも長くは持たぬか)


 前庭のメイジを束ねるのは、ハルジオンの分隊長だ。

 普段はインビジブルで姿を隠しているものの、油断が生じているのか姿を現したまま。仕留めるのは今であるが――十蔵は、間もなく詠唱を終えるメイジにも気付いていた。

 あの位置ならば直撃。琴とそのジュラルドまで飲まれてしまう。


(やむを得ん)


 分隊長は後回しに。

 足に力を込めた、まさにその時だった。


『すとぉーん、ばれっとぉぉっ!』


 気の抜けるかけ声と同時に、三十センチほどの岩が、仕留めようとしたメイジの顔に直撃したのである。


「や……やったぁ! 当たった、倒したーっ!!」


 塁壁の下で、ぴょんぴょんと跳ねる女メイジ。

 クランの中に、如何せん魔法職の才が感じられない女がいた。

 それが放ったストーンバレットが直撃したのだった。


(ツキのない日もあるものだ)


 十蔵はすぐさま転じ、分隊長のメイジに跳び向かった。


「覚悟――」

「な゛ッ!?」


 敵に忍びがいることすら知らなかったのだろう。

 そしてそれは、どこで見覚えのある顔――気付いた時には遅く、首がハネ落ちていた。


「分隊長っ、ナイトたちの様子がおかし――あれ?」

「分隊長はどこにっ!? 分隊長ーっ!」

「くそっ、とにかく魔法を撃て、撃てーっ!」


 消滅したことに気付いたメイジは混乱を極め、とにかく一発でも魔法を放とうとする。

 長い詠唱を必要とする魔法は邪魔をされる。なので単体を相手にした氷塊や、氷柱などの攻撃に切替え、魔法障壁となる霧から外れた者・個々に仕留める方へと切り替えた。


「あぅっ!?」

「ぐああっ」


 元より威力の高い攻撃。それと同時に騎兵の攻撃も合わされば、あっという間に蹴散らされてしまう。

 そもそも人間同士の戦いは初めての者ばかりだ。

 魔物とは勝手が違うことの戸惑いに、壁の一部が容易く崩され、後ろに控えるメイジやレンジャー、プリーストが撃破されてゆく。

 攻める側・ディストリクトの戦力は、28名から16名まで減っていた。


『琴。どうにかしろ』

『兄上の仕事でございましょう』

『我は千手観音ではない』


 琴は不満げに唇を尖らせると、今にも破られそうな正面の壁を見据えた。


 ◇


「ああもうっ! そこはファイアウォールじゃなくて、アーススパイクですっ転ばしてからファイアボールをぶち込むのよ! レンジャーも罠を置いて足止めしなさいよ! 狩りの基本動作でしょうが!」


 観戦中のシェーシャは食い入っていた。

 最初の勢いが嘘のように、みるみると数を減らしてゆくのが歯がゆいようだ。


「まぁ、これが本来あるべき姿でござるからなあ……」

「てか、ハルジオンのナイトは何してんの、舐めプ? ガデムとか押せてないし」


 剛剣のガデム――ナイトの中でも指折りの剣を持つ彼が、未だに壁で悶着しているのだ。それに追従するナイトらもまた同様に。


「盛られてるでござる」

「盛ったって、あんたら本当にやりたい放題ね……毒まで使うなんて」


 シェーシャは鼻白む。


「いや、毒を使うまでではないでござる」

「じゃあ『盛った』って何なの」

「クッキー」

「は?」

「琴殿は才色兼備。引く手あまたな美人でござるが……」


 人が死にかねない菓子を作り、またそれを振る舞いたがると言う。


「……」

「だけど剛剣と言われるだけあり、タフでござる。いよいよ壁が破られそうでござる」


 調子が悪いとは言え、ガデムの剣は苛烈。

 盾で受けるナイトはついに膝から崩れ、騎乗した竜に蹴っ飛ばされた。その先にはリーダー・ジュラルドがいる。


「イケメンが討たれて終わり。健闘したわ」


 手を振ったその時、


「お、琴殿が出るでござるか」


 ジュラルドの前に立ち阻んだプリーストが一人。

 左手のメイスを後ろ、脇構えに。右手で柄尻を握る恰好のまま、制止した。


「いったい、なにして――」


 突っ込んでくるガデム。

 ジュラルドが止めようと左手を伸ばしたその時、


「……え?」


 琴はメイスを構えた恰好そのまま。

 なのにガデムは横に流れ、地面に墜ちると同時に消滅したのである。その時、剣を握る腕から斜めに、身体が分かれたように見えた。


「抜刀術・椿でござる」

「ば――なに?」

「柄に刃を仕込んでござる。拙者でも見逃し、首を落とされたほど速い剣でござる」

「プリーストって剣使ったらダメでしょ」

「見えなきゃセーフ、でござる」


 神すらも捉えられないだろう、と隼人は言う。

 剛剣墜つ。ジュラルドも他のナイトも、何が起こったのかと唖然としている。

 そこに事情を知らぬディストリクトのメイジが、大魔法・アイスストームを唱えた。


 ◇


 防衛の要となるナイトが全滅。前庭は制圧寸前。

 勝利が見えたことへの喜びに、ほっと気を抜いたその時――


「な、なにあ……きゃああああっ!?」

「うぎゃあああああっ!?」


 おびただしい量の火球が降り、魔法を防ぐ霧ごと吹き飛ばしたのである。


「な……」


 地面に転がるジュラルドは、上半身を起こしたまま愕然としていた。

 砂塵と硝煙の中ではえぐられた地面だけ、共に戦った仲間は誰一人とていなかった。


「み、みんなは……」

「気付いたときにはもう手遅れでした……」


 琴がジュラルドを抱きかかえ横へ飛び退()いた。

 おかげで総大将は討たれずに済んだ。


 ――メテオファイア


 障壁ごと吹き飛ばす業火を唱える者は、そう少なくない。

 十蔵は塁壁の上から、城内への入り口から現れた者を見据えた。


「恥さらしどもが」


 怒りに声を震わせ現れたのは、ハルジオンの総大将であった。

 威力特化のハイ・ウィザード。名をレオナと言ったか。

 魔法防御を重視した防具に身を包んだ王者でも、決まれば一撃で壊滅させるほどの火力を持つ。


(奴に魔法を唱えさせないようにしていたが)


 仕留めるのは容易いが、それは影が表だってすることではない。

 妹がジュラルドに嫁ぐには、敵将の首を一つ、持参せねばならない掟がある。

 だが心根の優しい彼の手を汚したくない。

 そこで選ばれたのが『模擬戦で敵将を討たせる』と言うものだ。

 勝利はそれに付随するだけにすぎない。


『琴、いけるか?』

『難しいでしょう。これほどまでとは……』


 強大な魔法を初めて目の当たりにし、琴も動揺を隠せないようだ。


『兄上、どうか足止めだけでも……!』

『影落ちる負け戦こそ忍びの舞台。お前は足を進ませることだけを考えろ』


 十蔵は姿を消したまま、塁壁を飛び降りた。


「ジュラルド様。敵は一騎打ちを望んできました」

「し、しかし……」

「何を弱気になっているのです。私を嫁にする覚悟はそれほど生半可なものですか。退けば無様に背を焼かれて終わり、我々に残された道は前しかありません。それに杖と剣、メイジとナイトでは得意な距離が違う、接近戦に持ち込めばチャンスは十分にございます」


 琴が発破をかける。

 相変わらずその気にさせるのが上手く、ジュラルドの顔に再び力が戻った。


「兄上が援護します。脇目を振らず、一気駆けしてください」

「よ、よしっ、こうなれば玉砕覚悟だ!」


 支援魔法・速度上昇(スピード)と、魔法保護(マジックバリア)をかける。

 どちらも気休めであるが、愛する者のならば魔王ですら倒せる気がするのだろう。


「おおおおおおおおッ!」


 ジュラルドは両手に握り締め、勇猛に駆けた。


「愚かね」


 総大将・レオナは杖を掲げ、ゆっくりと詠唱を始める。


【凍てつく心持ちし水の精よ】


 周囲の空気が冷たくなってゆく。

 渦状の白い霧がぴしぴしと音を立て、杖の先端に向かう。


【我が命に応じ、吹き荒れる風と共に――】


 威力が最大になる中心地にくるよう調整しているのか。

 後半は非常にゆっくりと。あと一言を残し、待ち構える。杖の先端には、今にも爆発しそうな白い球体が、ぎゅんぎゅんと音を立てて回転している。


「おおおおおおッ!」


 そこにジュラルドが走る。

 女が薄く微笑むと同時に、影に潜んでいた十蔵が動いた。


【解放され――え?」


 腕を伸ばし、拳でレオナの膝裏を強く叩く。

 すると彼女はカクンと、腰から落ち――


「ほォあァッ!?」


 尻餅をつくと同時に、両目を剥いて絶叫した。

 周囲が『なにがあった!?』と目を向けるも、誰も彼女(の尻)に起こった悲劇に気付いていない。


(やはり、あの時は生地が原因か?)


 つま先をピィンと。

 尻を押さえたままヘッドブリッジする彼女に、何も知らぬ騎士が突っ込んでゆく――。


 ◇


 首都・ポルトラの商いの通りから一つ筋が外れた住宅街に、シェーシャが借りる部屋がある。

 模擬戦から三日後。彼女は近くの路地に、十蔵を呼び出していた。


「隼人さんからの嘆願と、あなたの働きを見て復帰を許すことにしたわ」


 新王者・ハルジオンは、お祭り参加の弱小クランに敗北。

 青天の霹靂のことにポルトラは騒然と、また一部始終を見ていたシェーシャと隼人であったが、


『十蔵殿はそなたを仕留めきれてない。これは忍びにとって恥でござる。だから何が何でも仕留めるため、あちこちの相手に紛れ、尻をつけ狙うでござるよ』


 たまったもんじゃない。

 尻を警戒するのに明け暮れるくらいなら、監視下に置いた方がまだマシだ。


「だけどこれだけは誓いなさい。今後一切、模擬戦中に、私の、お尻を、狙わないこと!」

「承知」


 あっさりした返事に不安を感じてしまう。


「ま、喰らっても平気だけどね」


 シェーシャは普段の姿に。

 ふふん、と得意げに鼻を鳴らす。


「私のレオタードスーツのお尻部分に、厚いレザーを張って補強したんだから。いかに鍛えているとは言え、指でこれを貫くのは不可能――やれるもんならやってみな、ってくらいよ」


 ふふんと鼻を鳴らし、横目でチラりと見やるシェーシャ。

 ……が、そこに十蔵の姿はなかった。


 ◇


 一方、そこから少し離れた道具屋の前――。

 隼人は誰かを探すように歩いていると、そこから出てきた女と遭遇・お見合いになった。


「あ、すみませ……って、隼人さん?」


 それはアルカナの副リーダーのプリースト。名をファファと言う。


「む? おお、ファファ殿でござったか! 奇遇でござるな」

「い、いったいどうしたの? そんな珍妙な恰好して……」


 訝る目で下から眺める。

 隼人はいつもの黒装束に加え、ナイトが身につけるような重厚な胴鎧を装備しているのだ。


「十蔵殿を探しているでござる」

「ジュウゾウってあの、復帰を許されたニンジャさん?」

「そうでござる。実は追放されている間、モンクの技能〈貫通撃〉を習得したらしいでござる。拙者も習得しようと思っていたので、その効果――」


『ンピィィィィィィィィィィィィーーッ!?』


「うむ、あそこでござるな」


 突然、首都中に響き渡る断末魔。

 周りとそこを見ながら、効果は絶大でござる、と隼人は頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『背後からの一突き 〜女リーダーの尻に悪戯した忍者、追放される〜』 そりゃ当たり前だwww
[良い点] 朝から笑いをありがとうございました。 流石Bizonさん。安定のクオリティです。 それにしても、忍者すげぇ!!   [気になる点] 貫通技は防具(生地)を直接突き破るんでしょう か? …
[良い点] ニンジャこわい ニンジャきたない [一言] ちょーシェーシャん、キレたんですか?
2018/10/31 01:27 退会済み
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