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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
一章 迷子の吟遊詩人
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ダンジョン崩落

 ファルシリア達が必死の逃走劇を繰り広げている間、ククロが何をしていたかというと……呑気に一層で水筒から水を飲んでいた。


「ファルさん達遅いな……」


 何気にククロのルートが最も倒れている冒険者が多く、その人数九名。この中で、生存者は二名しかいなかったが……それでも、何とか要救助者を拾い上げることに成功していた。

 ただ、一層と二層の往復が多かったこともあってか、最深部にまで足を踏み入れることはできなかった。そのため、口の中のキャンディーが無くなるほんの少し前に、一層へと脱出したのである。


 ククロは周囲を見回す。


 現在、一層の捜索は大詰めに来ており、深緑の洞窟自体がそこまで広くないこともあって、そのほとんどのルートは捜査し終えている。

 発見された冒険者は二十三名。このうち、生存者は8名。そして……眞為のリングのメンバーはその八名には入っていなかった。

普段からあまり表情の変わらなかった眞為が、ボロボロと涙を流し、激しくしゃくり上げる様は彼女とリングのメンバーがどれだけ仲が良かったのかを察するには余りあって……。

 不器用なククロは結局何の言葉もかけることはできずに、彼女が仲間の死体と一緒に外へと出ていくのを見送ることしかできなかった。

 今は、このダンジョンにもほとんど人は残っておらず、大半の冒険者は外で生還者の治療と、死者を悼むための祈りを捧げているはずだ。残っているのは、誰にも荒らされていない二層へと踏み込んで、何とか宝物と名誉を手に入れようとしている欲深い者達だけだ。


「アホくせぇ」


 チラチラと視線を向けてくる冒険者達に向かって吐き捨て、ククロは一層から二層を覗き込む。何というか……妙に嫌な予感がするのである。

 微かな……本当に、微細なものなのだが、先ほどから足元が揺れている気がするのである。まるで、巨大な何かが暴れまわっているかのように。

 予感をタダの予感と切って捨てても良いのだが……冒険者の予感は、本能に根差す部分が大きい。経験すらも上回って、真実を射抜くことも多いのだ。


「お……?」


 と、その時、二つ分の足音が聞こえてきた。そう……壁や障害物を跳ね飛ばしながら前進する、巨大な『何か』の足音にかき消されそうになりながら。


「げ……おいおいおい、何かデカいモンスターが来るぞ! 死にたくない奴はとっとと逃げろ!」

「ひっ!?」

「嘘だろ!!」


 ククロの本気の一喝にその場にいる全員が散るように逃げ出す。そして、ククロは出入り口から慌てて距離を取ると、背に負っていた漆黒の大剣を引き抜く。

 次の瞬間、ファルシリアの『皆、ここから逃げろ』という声が響き渡り、一層の岩盤を破壊して大蜘蛛が姿を見せたのであった……。



―――――――――――――――



「また随分でっかいお客さんを連れてきたな!」


 ファルシリアとツバサが一階へと飛び出した瞬間、すれ違うようにしてククロが大蜘蛛へと突っ込んでゆく。それを横目にしたファルシリアは、肺に新鮮な酸素を十分に取り込みながら、肩から生存者二人を下ろした。

 背後を振り返ると、ククロが巨大な蜘蛛と一人で切り結んでいた。


「ツバサさん、大丈夫だった!?」

「なんとかね……ちょっと負傷してしまったけれど……」


 頭と肩から血を流しながら、ツバサは苦笑を浮かべてみせる。

 さもありない……真っ向から勝負したのならまだしも、殿を務めながら無呼吸で戦ってきたのだ。たったこれだけの負傷で、あの巨体を釘付けにしていたことの事実の方が、凄まじい。

 ファルシリアは、肩に背負っていた二人をツバサの方へと押し付けると、その場で立ち上がり、蛇腹剣を腰から引き抜いた。


「ツバサさんは、この二人を外へ! 私はククさんの援護に行くから!」

「うん、頼むよ。終わったら援護に来るから!」


 そう言って、ツバサは二人を担いで出口へ向かって走ってゆく。それを見送ったファルシリアは、蛇腹剣を構えて再び大蜘蛛へと向き直る。

 ちょうど、ククロが大蜘蛛の折れた前足を切り飛ばしているところであった。

 大蜘蛛が盛大な悲鳴を上げて悶えるのを尻目に、ククロが真っ向から攻め込んでゆく。その姿は、勇猛果敢というよりも蛮勇というべき姿であったが……。


「あぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

「まさに戦闘狂……という感じだよねぇ」


 うっすらと……ククロの顔に笑みが浮かんでいる。

 あの男は、死の瀬戸際……逆に言えば、最も生を実感できる場面においてこそ、戦いの喜びを感じると公言している。そのために、戦っているとも。ククロのことを、ネジが一本取れているようと評する者は多いが、それは、あながち間違いでもないのだ。

 だからと言って一人で戦わせていいという訳でもない。ファルシリアは援護をするために走り出そうとしたが……それよりも先に、天井からパラパラと振ってくる土塊に気が付いた。

 一体何事かと顔を上げ……ファルシリアは顔を引きつらせた。


「ククさん、このままじゃ天井が崩れ落ちる! 退くよ!!」

「は? うお、マジだ!?」


 一層は二層に比べて天井が低い。

 そこに、無理やり大蜘蛛が乗り込んできたのだ……先ほど地盤を壊して二層から一層に来たこともあって、ダンジョン自体にガタがきてしまったようだ。徐々に、けれど、少しずつ盛大に、落ちてくる土塊が大きくなってゆく。


「くそ、こいつ自分ごと、ダンジョンを崩落させるつもりか!」

「ともかく出口まで突っ切るよ!」


 再度の脱出劇が開始される。

 しかし、ここが二層と大きく違うのは……普通のモンスターがワラワラと近寄ってくることだ。ジャイアント・オークが、バスターフロッグが、バジリスクが、ファルシリア達の足を止めんと突っ込んでくる。


「えぇい、くそ! 邪魔だ!!」

「このままじゃ追いつかれる……!」


 片っ端からモンスターを叩き切っているククロの隣で、ファルシリアが渋い顔をした。

 このままモンスターに足を取られていては、いつか追いつかれる……そう判断したファルシリアは、背負っていたアイテム袋からキラキラと輝く結晶を取り出した。


「ククさん、前方に飛んで!」

「お、おぉうっ!!」


 ククロが前方の部屋に飛び込むのを確認することなく、ファルシリアは迫ってくる大蜘蛛の少し前の天井に向けて、結晶を投げ放った。


「魔法石『スターダストフラッシュ』起動!」


 次の瞬間、視界の全てが白に染まり大音量が響き渡った。

 天井から景気よく土塊と岩塊が落下し、大蜘蛛の上に降り注いでゆく。すでに足を二本斬り飛ばされ、目を潰され、全身のいたるところに傷を負った大蜘蛛にこれを防ぐ手段などなく……腹の底に響くような咆哮と共に、岩塊の下へと埋もれてゆく。


「ククさん、走って!!」

「慎重論者のファルさんにしては随分派手なことしたな!?」

「これだけ追い駆けられれば嫌気も差すよッ!」


 大声で言い合いながら、二人はダンジョンから光の差す外へと飛び出し……次の瞬間、背後で轟音と共に深緑の洞窟が崩落した。

 呆然とする冒険者達や、四ヵ国騎士団の面子を横目で見ながら、ククロとファルシリアは乱れた呼吸を整えて……そして、ファルシリアはパタッと後ろに倒れた。


「……さすがに疲れた」


 二層に足を踏み入れてから、ノンストップで走りっぱなしである。冒険者として心身ともに鍛えているファルシリアだが、さすがに今回は疲れた。


「なんにせよ……依頼クリアだな……」

「そうだね……」


 こうして、『深緑の洞窟救助作戦』はダンジョン崩落という形で幕を閉じたのであった。

 結局、なぜ深緑の洞窟がディメンション化したのかはハッキリと分からず、調べることもできず……原因が何だったのか分からないままに闇に葬られることとなる。

 しかし、それでもダンジョン内にいた冒険者は全て回収され……今回のことは大きな教訓として、新米冒険者達の間に刻まれることとなったのであった……。


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