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銀黎のファルシリア  作者: 秋津呉羽
五章 黄金の銃士
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真鍮製の薬莢

 ククロとミスリアが喧嘩別れして五日後

 セントラル街の中央ギルド会館に併設されているカフェに、ククロとファルシリアは机を挟んで座っていた。平常通りのククロに対し、ファルシリアは半眼……何かを疑ってかかるかのようにククロの表情を眺めている。


「ギルド直属の依頼調査は終わったのか?」

「あぁ、うん。何とかね。原因となっていたモンスターも倒したよ」


 ファルシリアがそう言うと、ククロは胡散臭い笑みを浮かべてスッと、カフェのメニューをファルシリアの方へと滑らせた。ここのカフェは値段の割に量が多く、冒険者でない者も利用するほどの人気がある。


「さぁ、ファルさん。依頼が終わったお祝いだ。今日は俺の奢りだ。何でも好きなものを――」

「それで、本題はなに?」


 全てを言わせるよりも早く、ファルシリアがそう切り込んだ。他人に食事をたかるならまだしも、ククロが自分から食事をおごるなど普通にありえない話だ。何か、言い難い事があるのだろうと予想を付けることぐらい簡単だろう。


 じとっとした湿度の高い視線を向けられ、ククロは若干引きつったような表情を浮かべる。

 そもそも、この勘の良い女性に対して隠し事をすること自体が無謀だったかと諦め、ククロは頭を掻きながら単刀直入にいうことにした。


「……ミスリアと仲直りしてくんない?」

「また、直球で、斜め上のお願い事をしてくるね、ククさん……」


 珍しく頭痛を堪えるような表情をして、ファルシリアが大きくため息をついた。そして、眉を寄せて割と本気で不快そうな顔で口を開く。


「他人の事情に口出ししてくるなんて、ククさんらしくないね。それに……ミスリアのこと、かばうってことはもう色々聞いてるんでしょ?」

「勘違いするな、ミスリアが積極的に自分から話したんじゃなくて、俺が聞いたんだからな。ファルさんがあそこまで敵意剥き出しの表情をするのが珍しくて、ついついな」

「……どこまで聞いたの?」

「復讐の件まで、あと、スウィリスとかいう暗殺者について少し調べた」


 問われたククロは素直に聞いたことを話した。

 ファルシリアの情報収集能力は非常に優秀だ……下手に誤魔化すだけならまだしも、本気の話し合いで嘘をついても、裏を調べられて嘘だと見抜かれてしまうだろう。ならば、正直に言った方がマシというものである。


「スウィリスのこと、調べたんだ」

「あぁ、ちょっと色々話を聞いて見たくてな」

「スウィリスのこと、疑ってるの?」


 ファルシリアの声に険が混ざる。気の弱い者なら、それだけで椅子から転げ落ちてしまいそうな威圧に対し、ククロは平然と頷いて返す。この男の心臓の毛の生え具合も、大したものである。


「直接な犯人云々ではなく、ファルさんに話していない何か重要なことを知ってるんじゃないかと睨んでな。まぁ、直接本人と話してみんことには何も分からん」

「余計なお世話なんだけど」

「まぁ、それな」


 本気で嫌そうなファルシリアの言葉に、ククロは軽く肩をすくめてお手上げのポーズを取った。疑わしそうな視線を向けながら、ファルシリアは言葉を続ける。


「というかさ、ククさんこそ何かした? 最近、スウィリスがククさんは危険だから離れろって、耳タコになるぐらい頻繁に言ってくるんだけど」

「会ったことすらないわ!」


 ギョッとククロは目を丸くして言う。

 まさか、こちらが目を付けるよりも早く、相手に目を付けられていたとは。まぁ……ククロの場合、悪い意味で有名なのでその噂を聞いたのだろうが……。


「ま、それ関係については置いとくとしてだ……ミスリアに関しては仲直りしてやってくれ」

「………………」

「あの娘は随分と気にしてたぞ、ファルさんのこと。ファルさん的にはどうなんだよ」


 ククロの言葉に、ファルシリアは途中でやってきた紅茶に口を付けた。そして、無言。

 バリバリとククロがクッキーを食べ、ファルシリアが何度か紅茶に口を付ける。そして、彼女は小さく吐息をつくと、弱った様子で言葉を紡ぐ。


「あの子のこと、嫌いではないよ。でも、許せないって気持ちがどうしてもあって……」

「ふむ」

「まるで、私の生きてきた道をすべて否定された気分になったんだ」

「まぁ……なぁ」


 復讐はファルシリアのこれまでの生きてきた道筋そのものだ。ミスリアが復讐を否定するということは、これまでファルシリアが歩んできた道のり全てを否定することを意味しているのだ。


「ククさんはどう思ってるのさ、復讐のこと」

「復讐は否定しない。でも、復讐することでファルさんが不幸になりそうだから、いざとなったら止める」

「玉虫色の答えだね」

「俺は別に正義のヒーローじゃねぇしなー」


 ずごごごご、とアイスコーヒーを吸いながらククロは言う。そんなククロを、どこか感情が欠落したかのような瞳で見据えながら、ファルシリアがポツリとつぶやく。


「ククさんじゃ、私を止められないよ?」

「ミスリアの方が、止められるか?」

「どうだろね……」


 自分でも答えが出ないのだろう……ファルシリアは自嘲するような笑みを浮かべると、軽く頭を振った。


「ミスリアの件、少し考えておく」

「おう、考えてやってくれ」


 会話に一段落ついて、残っていたクッキーを食べていたククロだったが、不意にため息をついた。そして、トントンと机を指で叩きながら声を上げた。


「おい、後ろの席の翡翠と眞為さん。変装していても分かるからな、そこ」


 びくぅっ!! とククロ達の背後の席に座っていたカップルが、椅子の上で飛び上がった。ククロが振り返って見てみれば、気まずそうな表情をしている翡翠と、『やっぱりバレたか』という表情をしている眞為が座っていた。


「何してんの、君ら」

「だ、だって……ミスリアの件、気になったし……」

「私は付き添い。ちなみにコーディネートは翡翠さんに頼んだ」

「さいですか」


 見事に男装している眞為は、何だかうれしそうだ。そんな二人に呆れるククロだったが……ファルシリアは二人に違う印象を抱いたのだろう。小さく小さく、ククロに辛うじて聞こえるような声で、呟いた。


「そっか、皆もミスリアのことを心配してるんだ……」


 振り返ってみれば、小さく笑みを浮かべるファルシリア。もしかすると、案外アッサリと仲直りできるのではないかと……そうククロが期待した、その時だった。


「誰か、ヒーラーはいないかッ!!」


 文字通り、中央ギルド会館の入り口扉が蹴り開けられた。あまりの勢いに扉が吹っ飛び、カウンターの端まで吹っ飛ぶ程の勢いだ。ククロ、ファルシリア、翡翠が瞬時に席を立って武器に手を掛けたが……そこにいた人物を目にして目を丸くした。


「ツバサさん……それに、ミスリア!?」


 そう、そこにいたのはツバサと……そして、彼に抱きかかえられた、全身血塗れになったミスリアの姿だった。唖然としたままその場で硬直するファルシリアを置いて、誰よりも早く動いたのは眞為だ。柔らかなソファーに寝かされたミスリアに、素早くヒールを掛けはじめる……この初動の速さは流石の治癒師と言ったところか。


 慌てて、ギルド会館にいた他のヒーラーも集まって来て、ヒールを掛けている間に、ククロはツバサの傍に近寄った。ツバサも、全速力でこの場に来たのだろう……ミスリアの血で全身が汚れている上に、息も絶え絶えと言った様子だった。


「良かった……病院よりもこっちが近かったからね……ヒーラーが待機してると思ってギルド会館に駆け込んだのは正解だった……」

「ナイス判断。と、それよりもだ……これ、何があったんだ……?」


 ククロがパッと見た限りでは、ミスリアは切り傷に、擦り傷、果ては銃創までこさえてきている。これほど多種多様な傷を負っている場合、相手はモンスターではなく、明らかに人間だろう。

 ククロのような裏の人間が襲われるならまだしも、ミスリアは一般冒険者だ。誰かに恨みを買っているとは考えにくい。

 ククロの問いに、ツバサは首を横に振って答えた。


「分からない。ただ、イーストルネで依頼をこなして帰る途中、誰かから逃げるように、森の中から突然出てきてね……この重傷だし、治療設備がない途中の村で休ませるよりも、ユーティピリアで治癒師に魔法掛けてもらったほうがいいと判断して、ここまで全速力で走ってきたんだ」

「誰かから逃げるように……?」


 ククロが言うと、ツバサは頷いた。


「ククさんも見て分かると思うけど……たぶん、誰かに襲われたんだと思う。この子が森から飛び出してきた時、微かにだけどもう一つの気配があった」

「相手は?」

「わからない。けど、気配の消し方が上手すぎた。あれはたぶん、殺し慣れた人間だ」

「…………」


 嫌な予感がした。

 と、その時……ふらふらとファルシリアがミスリアの傍に近づいていくのが見えた。

 ファルシリアが傍によると、ミスリアは目を開いて、強く握っていた手を開いてみせた。

 そこにあったのは……真鍮製の薬莢。相当昔のものなのだろう。くすんでいるものの、遠目からでもハッキリとそれが分かった。


「ミ、ミスリア……これは……」

「はぁ、はぁ……ふ、ファルシリアさんの……お父さんが、殺された現場に……落ちてました…………そ、そして……」


 そう言って、ミスリアが荒く息を付きながら示したのは、その薬莢の表面に施された刻印だ。

 独特の刻印は、まるで、剣に蛇が絡み合っているかのようで……それが一体何を示しているのか、理解しているのはミスリアだけだった。


「この刻印は……スウィリスさんが……うちの銃火器店で……特注していた……弾丸の……薬莢に……施された……ものです……」

「…………嘘」


 疑問というよりも、その言葉を否定するかのようなファルシリアの言葉を、ミスリアはゆっくりと首を振って否定し返す。


「嘘……じゃ、ありません……私、家にいたスウィリスさんに……確認して……そしたら、いきなり襲いかかってきたんです……何とか、逃げ出して……このこと、ファルシリアさんに……伝えなきゃって……」

「ごめんなさい、ファルシリアさん。もうあんまり喋らせないで。傷が開いちゃう」

「あ、う、うん……」


 眞為の言葉に、ヨロヨロと後ろに下がるファルシリア。

 そんな彼女に止めを刺すように……ミスリアは最後にこう言った。




「ファルシリアさん……貴女の、お父さんを殺したのは……スウィリス、さんです……っ!」




「…………ッ!!」

「おい、待て、ファルさん!!」


 ククロが静止の声を掛けるが、ファルシリアが止まるはずもなく。

 彼女はまるで突風の如きスピードで自由都市ユーティピリアを飛び出し、一路、イーストルネの生家に――その場で、待ってるであろう人物に問いただすために、駆けるのであった。


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